大類浩平の感想

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2017年に読んだ小説・エッセイ・漫画

10点満点。
小説・エッセイが84項目、漫画が8項目あります。
引用文における〔〕は筆者注。


10.0 紫式部源氏物語』<全5巻>円地文子訳、新潮文庫

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

 世界規模で見た傑作
 今から1000年前(平安時代中期)に書かれた長編小説。片思いの苦しさ(片思いも立派な恋愛である)・身分社会の息苦しさ・公家文化から武家文化への移行(武士が台頭)による女性の存在感の低下、などありとあらゆることが読み取れる傑作である。同時代の世界を見渡しても、源氏物語のような傑作は11世紀に見つからないとされる。いくつもの現代語訳が存在するが、私は円地文子訳で読んだ(円地の父親は国語学者である上田萬年)。


10.0 ホメロスオデュッセイア』<上・下>松平千秋訳、岩波文庫

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

 ヨーロッパ文学の源流
 紀元前8世紀ごろにホメロスによって書かれた古代ギリシア最古期の長編叙事詩トロイア戦争に参加した英雄オデュッセウスが主人公で、人を食う一つ目の巨人キュクロプスとの対決は面白い。また、オデュッセウスが家を留守にしている間に、彼の妻ペネロペイアを手に入れようと家には悪い求婚者達が群がっていたのだが、乞食の姿をしたオデュッセウスが彼らと対決をして蹴散らしていく様は迫力があり生々しい。物語自体が面白いので、注釈の多さに戸惑ってしまう人は注釈を飛ばしても楽しめるだろう。


10.0 『ギリシア悲劇エウリピデス(上)』『ギリシア悲劇エウリピデス(下)』ちくま文庫

ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

 愛憎劇は面白い
 エウリピデス(前480~前406)が残した悲劇をまとめたもの。劇では女の役割がちゃんとあり、自らの感情をはっきり述べて男達の価値観と対立し、遂には激しい愛憎劇となって吹き出るのが面白い。「メデイア」「救いを求める女たち」「オレステス」などがよかった。ところでエウリピデスは生前、大衆受けはしていたが当時の知識人からはあまり評価されていなかったというのは驚いた。いつの時代も大衆に支持される物は知識人の気に入らないのは同じようだ。私はソポクレスよりもエウリピデスの方が人間ドラマがあって好きである。


9.5 ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』青木次生訳、講談社

 背筋が凍るほど美しい
 英国を舞台にした心理小説で、1902年に刊行された。主人公ケイトは新聞記者のマートンを愛しているが、彼には金がなく結婚に踏み切れないでいる。そこに、米国から余命幾ばくもない女性資産家ミリーが社交場にやってくるので、ケイトはマートンにミリーと仲良くするよう勧める。ケイトは男を愛するがために、わざと三角関係に陥るのである。それぞれの登場人物のバックグラウンドから心の動きを徹底的に書き尽くすことで、愛の悲劇を背筋を凍らせるほど美しく立ち上げさせた傑作である。ここまで人間の心理を描き出すことが出来るのかと驚嘆するし、不倫がどうこうで騒いでいる場合ではないだろう。1997年にイアン・ソフトリーによって映画化。


9.5 オノレ・ド・バルザック『従妹ベット』<上・下>平岡篤頼訳、新潮文庫

従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)

従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)

 貴族への女の復讐
 1847年に刊行された長編小説。放埒を極める男爵の堕落と、男爵の妻アドリーヌの従妹ベットのパッとしない生活がメインで描かれる。美人でもないし家柄も良くないし生い立ちも不幸なベットは、自分への慰めとして貧しい芸術家の男を支援していたのだが、その芸術家が貴族達間で話題になりついにはアドリーヌの娘と結婚してしまうので、ベットは男爵家に復讐することを決意する。劇的な物語は概して女の生々しい情感に満ちており、終盤で派手な展開にならない所こそインパクトに欠けるが、それでも傑作である。


9.5 ヴィクトル・ユゴー『九十三年』<上・下> 榊原晃三訳、潮出版社

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)

 ユゴーの集大成
 1874年に刊行されたユゴー最後の長編小説。フランス革命後の1793年に起った王党派によるヴァンデの反乱を舞台に、立場を異にする人々同士でドラマが織りなされ、そこでは戦場における非情な決断が余すことなく描かれる。フランス革命の理想と現実、ひいては人間の在り方を問う傑作歴史小説と言える。


9.5 オウィディウス『変身物語』<上・下>中村善也訳、岩波文庫

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

 意外にも読みやすい
 ローマの詩人オウィディウス(全43-後18)が残した名作。変身をモチーフとする物語が大小合わせて250含まれているが、それぞれの神話が別の神話に繋がっているので思ったより読みやすく驚いた。血なまぐさい話も多いが、許されぬ恋に燃え上がり悩む男女の心情もリアルで面白かった。


9.0 永井豪デビルマン』<全5巻>講談社漫画文庫(漫画)

新装版 デビルマン(1) (講談社漫画文庫)

新装版 デビルマン(1) (講談社漫画文庫)

 やれることをやり尽くした傑作
 1972年から1973年に連載された漫画で、これは本当に傑作である。漫画を面白くするためならば手段を選ばず、許される限りの表現を徹底的にやり尽くしたと言えるし、それが文庫本で5冊という絶妙な短さで終わっているのも凄い。先の読めない展開や、残酷なドラマに戦慄を覚えるのはもちろんだが、とくに私には溌剌としたヒロイン美樹がいとおしく、他に取り替えのきかない唯一無二のヒロインだと感じる。ただそれだけに、私だったら美樹をこうはしない…とも思ってしまうが。


9.0 宮本百合子『二つの庭』

 正義感の強い女性は面白い
 著者の自伝的3部作である伸子シリーズの第2部をなす小説で(第1部は『伸子』、第3部は『道標』)、1949年にかけて発表された。伸子は結婚生活の破綻から親友の素子(モデルは湯浅芳子)と暮らすが、距離が近くなることによりかえってお互いにすれ違いが生まれるところが興味深い。また、『伸子』からも相変わらず母親との確執は続いており、「どうして私たちのことを小説に書くんだ」「もっと分かりやすい小説を書け」と言われるところは胸が痛くなる。もちろん、その親子喧嘩すら小説にしている宮本の覚悟は凄い。その他、母親の言うことをききすぎる弟を心配したり、進歩的な学者と言われながら女性を差別している男に怒りを感じたり、左翼運動のつもりで金をせびりに家を訪ねてくる貧乏学生を叱ったりと非常に面白い。私はこういう素朴なフェミニスト、素直な目で社会に矛盾を感じてしまう正義感の強い女性が大好きである。


9.0 マーガレット・ミッチェル風と共に去りぬ』<全6巻>荒このみ訳、岩波文庫

 不撓不屈の女
 南北戦争を舞台にした大河小説で、1936年に刊行。利発でプライドの高い女主人公スカーレットが、「女の身で出過ぎた真似を…」と周囲に非難され対立したり、融和したりを繰り返しながらしながらも力強く前に進んでいく様には感動する。異性をめぐる愛憎劇もさることながら、戦争の悲惨な実態も生々しく描かれていて迫力がある。終盤のスカーレットとバトラーの退屈な結婚生活は冗長に感じたが、それでも映画ともども傑作である。


9.0 ヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル』<全4巻>豊島与志雄訳、岩波文庫

レ・ミゼラブル〈1〉 (岩波文庫)

レ・ミゼラブル〈1〉 (岩波文庫)

 大河小説
 ユゴー1862年に刊行した長編大河小説で、「ああ無情」の題でも知られる。パンを盗んだくらいのことがここまで悲劇になるのか、と思ってしまうがそれは置いておいて、主人公ジャン・バルジャンを中心としたキャラクターが当時の社会情勢に翻弄されるさまは面白く、人間の醜いところと美しいところを描ききっている。ジャン・バルジャンが孤児の少女コゼットと交流するのも胸を打つが、個人的にマリユスという青年に実らぬ恋をするエポニーヌの勇気に感動した。その他、著者の七月革命への熱い思い入れも伝わってきて読み応えがある。


9.0 E.M.フォースター眺めのいい部屋』北條文緒訳、みすず書房

眺めのいい部屋 (E.M.フォースター著作集)

眺めのいい部屋 (E.M.フォースター著作集)

 フォースターの入門
 1908年に刊行された小説。若い男女ジョージとルーシーの愛が英国の階級社会に翻弄される様が描かれており、とくにルーシーが旧来の価値観を守ろうか脱皮しようかとジレンマに陥り悩む様には引き込まれる。ハッピーエンドであるのもよく、社会の階級や障壁を考え続けたフォースターの入門に格好の小説と言える。新井潤美の『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)では『眺めのいい部屋』が平易に解説されているので合わせて読みたい。1985年にはジェイムズ・アイヴォリーによって映画化された。


9.0 E.M.フォースター『インドへの道』瀬尾裕訳

インドへの道 (ちくま文庫)

インドへの道 (ちくま文庫)

 異文化間のドラマ
 1924年に発表された長編小説で、英国の植民地だった頃のインドで巻き起こる2カ国の人間同士の交流と不和が描かれた名作である。もちろん、白人による偏見や問題点も暴かれるが、フィールディングという近代的で無神論者の白人男は魅力的で、友達になりたくなる。また、インド人同士の間でもヒンドゥー教徒イスラームだったりして対立している所もちゃんと描かれており、偏見の問題が重層的に捉えられている。ただ、英国人旅行者ミス・クェステッドが、主要キャラであるわりに存在感が薄く、終盤ではまるで悪者のような扱いになっているのは不満だった。『インドへの道』は1984年に映画化されているが(デヴィッド・リーン監督)、こちらはミス・クェステッドの人間としての魅力が伝わってくるし、彼女がインド人のアジズという男から手紙を貰うという感動的なシーンも挿入されているので大傑作である。


9.0 イーディス・ウォートン『エイジ・オブ・イノセンス』大社淑子訳、新潮文庫

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事 (新潮文庫)

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事 (新潮文庫)

 息をのむ美しさ
 女性作家イーディス・ウォートンの長編小説で、1921年ピューリッツァー賞を受賞。1870年代のニューヨークの狭い階級社会が、自由な精神を身につけたエレンと出会ったことにより動揺するさまが描かれるが、著者の階級社会の偽善性を喝破する筆致は楽しい。また、主人公の男アーチャーは上流階級出身であり、結局はエレンと擦れ違ってしまうのだが、この悲劇的な顛末が息をのむ美しさで描かれている。ただ、その分生々しい肉欲的な情感はあまり表現されないので、何か一つエロスがほしいとも思える。1993年にスコセッシによって映画化。


9.0 ハーマン・ウォーク『ケイン号の叛乱』新庄哲夫訳、フジ出版社

ケイン号の叛乱 (1970年)

ケイン号の叛乱 (1970年)

 映画共に傑作
 映画『ケイン号の叛乱』(エドワード・ドミトリク監督、1954年)の原作小説で、1951年刊行。太平洋戦争により主人公ウィリーはオンボロの掃海駆逐艦ケイン号に派遣された。ところで乗組員のウィリーや副艦長マリク達は、神経症的な艦長クイーグの常軌を逸した命令にいつも悩まされていたが、太平洋上の嵐を前にして副艦長はついに艦長の精神が錯乱したと判断し、クイーグを解任し自らを艦長とする叛乱を起こした。これがのちに軍法会議にかけられる騒動になり、死刑か無罪か…という闘争になる。映画も小説も共に面白く傑作であるが、とくに小説ではウィリーとイタリア系の恋人メイ・ウィンとの家柄の差や人種の問題などが掘り下げられているし、また映画では一切出てこなかった日本軍との対決も描かれている。全編通して戦争の捉え方が現実的であり、軍人を卑しめずかつ美化もしない筆致で、歴史小説としても楽しめる。
 ただ、結局ウィリーが恋人と結ばれるかどうか分からないオチは家柄の問題を棚上げしていて物足りないので、その分ハリウッド映画の明確なハッピーエンドはいい結末だと思う。


9.0 円地文子『虹と修羅』講談社文芸文庫

虹と修羅 (講談社文芸文庫)

虹と修羅 (講談社文芸文庫)

 優れた私小説
 円地文子の自伝的3部作の第3作目(1作目は『朱を奪うもの』、2作目は『傷ある翼』)で、1968年刊行。乳房の手術や子宮がんの手術をしても好きな男とセックスをするなど、中年女性の生々しい性欲に興奮した。また、成長してきた自分の娘の美子との間に確執がおこり、ときには物を投げ合うよう喧嘩にも発展するなど、家庭の不和をありのままに描いており壮絶で面白かった。
 

8.5 コデルロス・ド・ラクロ『危険な関係』<上・下>伊吹武彦訳、岩波文庫

危険な関係〈上〉 (岩波文庫)

危険な関係〈上〉 (岩波文庫)

 スリルと官能
 ラクロ(1741-1803)の書簡体小説で、1782年に刊行。復讐するために手を組んだ男女が純粋な少女を誘惑していくが、18世紀にして心理描写が緻密で官能的であり驚いた。書簡だけで構成された小説なので読みづらさはあるが、それぞれのキャラクターの性格がしっかり書き分けられているので、スリリングなドラマをしっかり演出できていると思った。


8.5 宮本百合子『伸子』新潮文庫

伸子 (新潮文庫 み 1-1)

伸子 (新潮文庫 み 1-1)

 素朴かつ理性的
 著者の自伝的3部作である伸子シリーズの第1部をなし、1924~1926年にかけて発表された。自由な精神を持って成長してきた若い主人公伸子は、旧来の価値観を有する母などと喧嘩し対立する。自分を押し通して周囲の反対をよそに結婚したものの、失望感を味合わされ離婚に至る。伸子の素朴な心と、恋愛結婚における理想や現実を冷静に考察する理性とが絶妙にマッチしていて面白かった。


8.5 佐多稲子『素足の娘』新潮文庫

素足の娘 (新潮文庫 さ 4-2)

素足の娘 (新潮文庫 さ 4-2)

 少女の性を扱った名作
 1940年に刊行された小説で、少女時代に播磨相生で父親と暮らしていたときのことが描かれる。東京から来た娘だということで男達の視線を感じたり、また逆に自分が男のことを気にしたりと麗しい心情が描かれる。また、父親や男性労働者と暮らしていた相部屋で自分一人だけになり、ふと性的に興奮してきて自分の体を触ったり、野外で処女を喪失する顛末が書かれていたりと生々しい性も描かれていて面白かった。


8.5 瀬戸内晴美『美は乱調にあり』岩波現代文庫

 大杉栄と共に殺された伊藤野枝の伝記小説
 著者は現在の瀬戸内寂聴で、1966年に刊行された。甘粕事件で大杉栄と共に殺された、雑誌「青鞜」の最後の編集者伊藤野枝の伝記小説で、神近市子との傷害沙汰にまで発展する愛憎劇には目を瞠るものがある。また伊藤野枝だけでなく、大正時代の作家・アナーキスト平塚らいてうなどの女性たちの理想や挫折が記録されており、それぞれ力強く生きていたことが伝わってきて読み応えがある。今の瀬戸内寂聴はともかく(作家の政治思想と作品の面白さは別けて考える必要がある)、これは名著である。


8.5 石ノ森章太郎『千の目先生』双葉文庫(漫画)

 女キャラが生き生きとしている
 実は超能力を持つ女教師の千草(ちぐさ)が、宇宙人の侵略から地球を守るというSF漫画で、1968年に連載。女性達の造形が美しいのはもとより、女学生達も一人一人が生き生きとして引き込まれる。ただ、壮大なスケールの話になるのかと思ったら小さくまとまってしまった感じはある。


8.5 白土三平『サスケ』<全15巻>小学館文庫(漫画)

 面白いが死にまくる
 1961年から1966年にかけて連載。少年忍者サスケの成長を描いた漫画で、基本的には人間が容赦なく死んでいく殺伐とした世界観だが、女キャラがそれぞれ可愛かったり色気があったりしてそこは楽しめる。4巻に出てくる、サスケの命を狙うがサスケに助けられてしまう鬼姫なんかもいとおしい。ただ、終盤はキリスト教などの宗教がテーマになってくるのが共感できなかったのと、ラストが悲惨すぎるのは勘弁してと思った。


8.5 吾妻ひでお失踪日記イースト・プレス(漫画)

失踪日記

失踪日記

 ホームレス生活
 2005年に刊行された、吾妻ひでお私漫画鬱病とアル中に陥った吾妻は山で自殺しようとするが失敗し、そのまま野外生活を始めた。ホームレスとしてしばらく暮らしていたが、金に困り身分を偽って配管工として働き、また「東英夫」という名前で漫画を描いて雑誌にも載ったが誰にも吾妻だとは気付かれなかったというから面白い。酷い体験であるはずなのに清々しいポップな絵で表現されているのでどんどん読み進むことが出来る。ところで、吾妻が明らかな浮浪者の格好をしていたとき、車に乗った謎のオヤジに「乗ってけよ 送ってやるからよ」と声をかけられたというエピソードは意図が分からなくて怖い。
 ただ、吾妻に迷惑をかけられ続けている奥さんを思うと気の毒ではある。奥さんがどう思っているのか、彼女に迫るシーンがあるとよかった。


8.5 三島由紀夫「サド侯爵夫人」

(イメージ無し)
 エロくて良い
 マルキ・ド・サドの妻ルネを主人公にした戯曲で、1965年発表。登場する女性たちは品があって物静かなのに、彼女らがグロテスクで過激な性行為の思い出話を淡々と口にして描写していくのは面白く、ギャップがあって興奮した。「悪徳というものは、はじめからすべて備わっていて何一つ欠けたもののない、自分の領地なのでございますよ」と、そこで展開される悪徳論も興味深い。新潮文庫には「わが友ヒットラー」が併録されているが、「サド侯爵夫人」のほうが断トツで面白い。


8.5 小谷野敦『非望』幻冬舎

悲望 (幻冬舎文庫)

悲望 (幻冬舎文庫)

 小谷野の意地
 小谷野が東大院生時代に好きになった女性を追い回してしまったことが書かれている私小説で、2007年刊行。女性がカナダに留学したので自分も留学するなど、目を覆いたくなるような体験を余すことなく白状していて圧倒される。もちろん著者は自らの過去を客観視して反省した上で小説を書いているので、ストーカー論としても読めると思う。小谷野は人の作品に容赦のない比較文学者・批評家だが、ちゃんと自分でも小説を書いて世に提示しているというのは偉いことだし、しかもできれば隠したいような過去を小説にしているのだから小谷野の意地が感じられる。一方で併録された中編「なんとなく、リベラル」は、小谷野の文学論や政治論を織り交ぜたもので主人公を女性にするなど虚構性が強く、つまらなくはないが「非望」のインパクトに比べると箸休めみたいに感じてしまった。


8.0 二葉亭四迷浮雲新潮文庫

浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)

 冴えなくて面白い
 1887年から1889年にかけて発表された長編小説で、日本の近代小説の始まりにも位置づけられる。序盤の語り口こそ装飾的で鬱陶しいが、その文体は次第に洗練され自然になっていく。うまく世渡りが出来ず復職できず女にもモテない主人公・文三は面白く、勝ち気で頭の良い従妹お勢も魅力的である。冴えない人間の片思いは面白い、というのはどの時代も一緒である。


8.0 広瀬正『エロス』集英社文庫

 愛のすれ違い
 早世したSF作家広瀬正(1924-1972)が1971年に刊行した小説。「もしもあのとき…していたら」という仮定のもと、すれ違った二人の男女の愛が平行世界で提示されている。娯楽的なSFでありながら、愛の擦れ違いが静謐に語られていて胸を打つ。また、昭和初期や二・二六事件の時代背景がしっかり描き出されているのもリアリティがあって良い。ただ、オチのブラックな感じは好みではなかった。


8.0 大塚ひかり『いつの日か別の日かーみつばちの孤独』主婦の友社

いつの日か別の日か―みつばちの孤独

いつの日か別の日か―みつばちの孤独

 度胸を感じる
 大塚ひかりがデビューしたエッセイで、1988年に刊行。うんこがでないので恋人に背中をさすって貰ううちにセックスになった、恋人に過去の女の写真を出させて彼から過去の女を否定させる言葉を引きだすまで粘るといった、恋人と付き合っていた頃の思い出から、男と別れた後も諦められずに新しい女が住んでいるという下北を徘徊した(p98)ことなど、大塚の痛切な思いが恥ずかしいところも含めて吐露されていて度胸を感じた。「かなりのトシで独身で、しかもキレイな女がいたならば、“かげの男”が必ず彼女をたっぷりかわいがっていると思っていい」(p41)という提言など、大塚の洞察力が既に鋭いことも伺い知れる。
 ところで大塚はライター時代、編集長に命令され、男女混浴風呂で男の作家の背中を流したりしたというが(p173)、現代ではアウトだから驚いた。


8.0 司馬遼太郎空海の風景』<上・下>中公文庫

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

 客観的な筆致がいい
 空海を扱った歴史小説で、1975年刊行。まるで歴史学者のように資料を検証するスタイルで、事実は事実として書き出し、よく分からない所については作者が注釈をしながら想像を膨らませる。分からないことが多い古代の人物を、客観的な筆致を持って浮かび上がらせていて面白い。ただ、司馬は科学と宗教がどちらが本物かは分からず誰にも「回答を出す資格を持たされていない」(p109、上巻)と言うが、なぜ著者にはそんなことを言う資格があるのか分からない。科学と宗教では科学が勝ったのは事実である。


8.0 吾妻ひでお『アル中病棟 失踪日記2』イースト・プレス(漫画)

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

 アル中の怖さ
 漫画『失踪日記』の続編で、2013年刊行。アル中を直すために入院した時の闘病生活が描かれている。病院の方針でなぜかアル中患者は途中から精神疾患の人達と一緒に生活せねばいけなくなるが、便座にうんこが塗られるなどとても共同生活が出来なくなったという。物語としてのインパクトは『失踪日記』に比べると欠けるが、退院したと思ったらまた酒を飲んで死にそうになる患者が何人も居たりと、アル中の怖さは認識できる。これ以降吾妻は酒を一滴も飲めなくなったが、吾妻がまだ生きているということはちゃんと酒をやめているということだろう。


8.0 佐々木守小島剛夕『一休伝』<上・中・下>講談社(漫画)

 面白いが妻子を捨てるのは酷い
 1989年から1990年に刊行された漫画。天皇の私生児だったとされる一休の、偽善を拒否する生き様を力強く描いており、また彼に関係する女たちにも官能的な魅力があっていい。水・風・煙や、風に揺れる木々などの絵の迫力もある。ただ、一休は「あえて地獄に入るため」妻子を捨てるのだが、妻子にしてみたら堪ったものではないし、妻子を捨てる言い訳にしか聞こえない。


8.0 ポール・ギャリコ『七つの人形の物語』矢川澄子訳、王国社

七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)

七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)

 『リリー』の原作
 人形を通してでないと人に気持を伝えられない人形遣いの男コックと、金も仕事もなく死のうと思っていた若い女性ムーシュが織りなす屈折した愛が描かれており、ミュージカル映画の傑作『リリー』(1953年)の原作である。ムーシュの純粋な心が、女嫌いの捻くれたコックを変えていく様は感動的だが、しかし小説では男のDVや暴力が酷すぎて感情移入しにくいのが欠点だと思った。まずは映画を薦めたい。


7.5 円地文子『傷ある翼』新潮文庫

傷ある翼 (1964年) (新潮文庫)

傷ある翼 (1964年) (新潮文庫)

 女の生々しい情感
 円地文子の自伝的3部作の第2作目(1作目は『朱を奪うもの』、3作目は『虹と修羅』)で、1962年刊行。主人公滋子は愛していない男と結婚したので、普段から夫のことを嫌っているが、夫が職場で色恋沙汰を犯してしまい、滋子は社会的な地位を失いたくないので夫の味方をしてしまう。また、他の男に惹かれる女の生々しい情感などが描かれていて引き込まれた。ただ、第二次世界大戦が物語に効果的に絡んでいるとは思えなかった。小椋という男が満州人に撲殺されるが、主人公とそんなに接点があったわけでもないし感情を揺さぶられなかった。


7.5 安野モヨコ『監督不行届』祥伝社(漫画)

監督不行届 (FEEL COMICS)

監督不行届 (FEEL COMICS)

 庵野との結婚生活
 安野モヨコが夫・庵野秀明との結婚生活を漫画にしたもので、2005年刊行。オタク夫婦同士の変なノリやルールは小っ恥ずかしいが面白く、また夫の風呂嫌いなところや一度服を着たら着っぱなしになるところを突き放さず、ちょっとずつ改善させていく妻には愛を感じる。ただ、なぜか著者は自分を赤ちゃんの姿で描いているが、わざとそうしているとはいえデザインが好みではなかった。


7.5 P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳、岩波少年文庫

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

 読み応えがある
 1934年に刊行された児童小説で、メアリー・ポピンズの第1作。ナニー(乳母)のメアリー・ポピンズは不思議な力を持っていて、例えば明らかに空からやって来たのに、子供達に不思議がられると「そんな訳ないでしょう!」「ありえません!」と急にツンと叱ったりするなど面白いし、妙に色気がある。新井潤美が『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)で述べるように、英国のナニーという乳母のありかたや階級問題が作品に反映されており、児童文学だが読み応えがある。


7.5 三島由紀夫「熱帯樹」

(イメージ無し)
 女性蔑視的だが面白い
 1960年発表の戯曲。夫を殺そうと目論む妻・母子との近親相姦・兄妹との近親相姦など、ギリシア悲劇のテーマをうまく日本に翻案している。妻を悪く描きすぎるという女性蔑視はあるものの、ドラマとしては楽しめる。息子の勇が衣装箪笥を開けて母親の着物をひっぱりだし、匂いを嗅いで自慰をするシーンなどは背徳的なエロさがあり印象に残った。


7.0 P.L.トラヴァース『帰ってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳、岩波少年文庫

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

 幻想的だがリアリティもある
 『風にのってきたメアリー・ポピンズ』の第2作で、1935年刊行。子供の身に不思議なことは起こっても、今のは「夢だったかもしれない」という保留が付くなどリアリティがある。「なんだって永久につづくものは、ありません」というような何気ないメリー・ポピンズの大人な言葉には掴まれる。ただまあ、前作の方が面白かった。


7.0 『ソーントンワイルダー戯曲集3 結婚仲介人』水谷八也訳、新樹社

結婚仲介人 (ソーントン・ワイルダー戯曲集)

結婚仲介人 (ソーントン・ワイルダー戯曲集)

 生き生きと喋っている
 1954年に発表された戯曲。ト書きが少なく、キャラクターが生き生き喋っていて面白い。が、ファルス(笑劇)なのでプロットが練ってあるとは言い難い。主人公ドーリーがどうしてケチな男ホレスのことが好きなのかという心情が掘り下げられているともっと面白くなるが。


7.0 ホメロスイリアス』(上・中・下)呉茂一訳、岩波文庫

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

 戦闘しっぱなし
 紀元前8世紀中頃に書かれたといわれるホメロスの長編叙事詩。戦闘シーンや人間が殺される描写は生々しいが、いかんせん3巻ずっと戦闘をやりっぱなしなので飽きてしまう。ギリシアの古典は一読の価値があるが、私は『オデュッセイア』の方が面白かった。


7.0 小谷野敦『美人作家は二度死ぬ』論創社

美人作家は二度死ぬ

美人作家は二度死ぬ

 虚構小説の難しさ
 2009年に刊行された小説。「もし樋口一葉が夭折しなかったら」というアイデアは面白く、著者の比較文学者としての教養が発揮されていて説得力もある。が、主人公の女学生の魅力がイマイチ伝わってこない。男性目線にならないように、女性に配慮しているのは分かるが、生き生きしていないと思った。男が女を主人公に据える場合、漫画や映画に比べて文学だとより粗が見えやすいのかもしれない。


7.0 津本陽『弥陀の橋は―親鸞聖人伝』<上・下>読売新聞社

弥陀の橋は―親鸞聖人伝 (上) (文春文庫)

弥陀の橋は―親鸞聖人伝 (上) (文春文庫)

 上巻は面白い
 津本陽(1929-)が親鸞を描いた小説で、2002年に刊行された。親鸞が旧来の僧侶や仏教に偽善を感じて反発したり、流刑になってもしぶとく生きる様は面白い。時代背景も生々しく描かれており、鎌倉時代の飢饉では「生まれた子を祖父母が涙をふるい膝頭で圧し殺し、口減らしをすることもめずらしくなかった」(p383)というから怖い。ただ、後半は抽象的な仏教の思索が多くなり退屈した。著者は、「肉体が元素に帰ったのち、そこに宿っていた心が消耗した電池のように無に帰すると、どうしても思えない」(p327)と語るなど宗教的な人間だが、私は無宗教なので入り込めなかった。


7.0 ヴィクトル・ユゴーノートル=ダム・ド・パリ』<上・下>辻昶、松下和則訳、岩波文庫

ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)

ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)

 片思いは面白いが散漫
 1831年に刊行された小説で、『ノートルダムのせむし男』の題でも知られる。詩人のグレゴワール、女嫌いの司教補佐フロロ、そして醜い鐘番のカジモドが皆、同じエスメラルダというジプシー女を好きになるが、それぞれうまくいかず片思いなのが面白い。ただ、主人公が絞りきれず散漫になっている。また、エスメラルダが恋する男フェビュスは嫌なやつだし、結局彼女は絞首刑になるので後味が悪い。


6.5 井上靖天平の甍』新潮文庫

天平の甍 (新潮文庫)

天平の甍 (新潮文庫)

 鑑真の来朝
 1957年に刊行。鑑真の来朝を描いた歴史小説で、もちろんドラマになっていて読まされるし、何度渡航を失敗しても船を差し押さえられても挫けない鑑真には驚かされる。が、この本で描かれるのは男の僧と僧のつながりであり、女が全く出てこないホモソーシャル的な世界に私は共感しきれなかった。


6.5 立松和平『遠雷』河出文庫

遠雷 (河出文庫 132A)

遠雷 (河出文庫 132A)

 殺人犯のバックボーンがない
 1980年刊行。まあまあ面白いが、映画(根岸吉太郎監督、1981年)が小説を忠実に再現しているので映画を観れば充分、という気もする。あと映画でもそうなのだが、殺人を犯してしまう公次(主人公満夫の親友)のバックボーンがよく分からないので、殺人を犯されても感情移入できない。
 ところで、異性の陰毛を財布に入れたり、柱に貼ったりして商売繁盛を願うなど(p269-270)、田舎の性の認識が覗けるのは面白い。


6.5 福永武彦「廃市」

(イメージ無し)
 短編向きのテーマではないのでは
 映画『廃市』(大林宣彦監督、1983年)の原作短編小説。愛する心がすれ違う悲劇はヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』を思わせるが、扱っているテーマのわりに紙片が少なく物足りない。映画はこの短編を上手く膨らませたと言える。


6.5 ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ美女と野獣』藤原真実訳、白水社

美女と野獣[オリジナル版]

美女と野獣[オリジナル版]

 なかなか心情がリアル
 1756年刊行。王子はよぼよぼの老女の妖精にプロポーズされるが振ったところ、怒った妖精に野獣に変えられてしまうのだが、変身の経緯に女の情念が絡んでいて面白い。また、醜い姿の野獣になかなか心を許せないベルの心情はリアルで、容姿により格差が生まれてしまう現実を描いているようにも思える。ところで、野獣が王子に戻った後、ベルの身分も実は王女だったことが判明するのは都合が良すぎるし、後半はドラマがなくて残念だった。


6.0 井上ひさし「日本人のへそ」

 政治的には同意するが
 1969年に発表された戯曲で、1977年に映画化(須川栄三監督)。天皇制をホモソーシャルと絡めるなど、著者の政治的な認識には同意できるが、主人公の女性にイマイチ主体性がなく、また彼女が惚れた詐欺師の男の魅力もよく分からない。映画を見ればいい。


6.0 倉田百三親鸞』中公文庫BIBLIO

親鸞 (中公文庫BIBLIO)

親鸞 (中公文庫BIBLIO)

 読みやすいが終盤が蛇足
 倉田百三(1891-1943)が親鸞を描いた小説で、1940年に刊行された。読みやすく親鸞の入門にはいいが、親鸞と息子の善鸞が和解するのは創作だろう。ところで、親鸞が長い行脚を終えて京都に帰ってから、なぜか弥女という下女が主人公になり話が進むが、ここが面白くなかった。


6.0 マリヤ・トラップ『サウンド・オブ・ミュージック』中込純次訳、三笠書房

サウンド・オブ・ミュージック

サウンド・オブ・ミュージック

 言うほど激動の人生か?
 マリヤ・トラップが1949年に発表した自叙伝で、映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)の原作。トラップ一家が米国に渡りコンサートを開こうとした際、マリヤには「セックスアピールがないから人が集まらないのではないか」と言われたエピソードなどは面白いが、基本的には戦争から逃れて欧州から米国にやってきた平均的な移民の一例に過ぎないのではないか。この原作を巧みに脚色した映画をお勧めしたい。


6.0 江戸川乱歩『黒蜥蜴』創元推理文庫

黒蜥蜴 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

黒蜥蜴 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 乱歩唯一の女賊もの
 1934年に発表された探偵小説。『黒蜥蜴』は江戸川乱歩の小説では唯一女賊もの(p246)というが、女盗賊・黒蜥蜴には色気があっていい。しかし、それぞれのトリックには無理があり白けてしまうので、現代の目から見て質の高いサスペンスとは言えないだろう。また、明智小五郎が自分の身代わりとして松公という男を見殺しにするシーンがあるのは探偵としていいのかと思う。


6.0 三島由紀夫『黒蜥蜴』祥伝社

黒蜥蜴―戯曲 (1969年)

黒蜥蜴―戯曲 (1969年)

 色気があるのはいい
 江戸川乱歩の小説『黒蜥蜴』の戯曲化で、1961年発表。黒蜥蜴が明智小五郎に恋愛感情のようなものをもつと、黒蜥蜴の部下の雨宮が嫉妬するのは面白い。ただ、サスペンスのアイデアや物語は乱歩より多少新しくなったというくらいで、原作を超えたとまでは思えなかった。


6.0 山田太一異人たちとの夏新潮文庫

異人たちとの夏 (新潮文庫)

異人たちとの夏 (新潮文庫)

 ホラー小説
 映画『異人たちとの夏』(大林宣彦監督、1988年)の原作小説で、1987年刊行。両親の霊との交流などつまらなくはないが、終盤の愛憎シーンでは映画の演出の方が優れていると思った。


5.5 ガストン・ルルーオペラ座の怪人三輪秀彦訳、創元推理文庫

 爆破テロ
 1909年に発表されたゴシック小説。意外とちゃんとしたミステリーで、砂が敷き詰めてある鏡張りの部屋に人間が閉じ込められるシーンは興味深いし、怪人が劇場の下に大量の火薬を仕掛けて爆破しようとするさまは凶悪テロの先取りにも思える。ただ文庫本で450ページもあって長く、そのわりにクリスティーヌなど女性キャラの心情が掘り下げられず不満が残る。


5.5 ウィリアム・メイクピース・サッカレーバリー・リンドン』角川文庫

 映画の方は傑作
 映画『バリー・リンドン』(キューブリック監督、1975年)の原作小説で、1844年刊行。成り上がりの主人公バリーの一人称小説で、死んだ兵士の肩章を味方がむしり取るなど生々しい戦争の描写は面白い(p117)が、自分より下の階級を蔑視する発言が多く入り込めなかった。また、サッカレー自身がギャンブル中毒だったためか(p513、訳者あとがき)、賭け事をするシーンが長くしつこかった。映画はこの小説の筋をうまく改編し、映像化したと言える。


5.0 バーナード・ショーピグマリオン』小田島恒志訳、光文社

 ハッピーエンドでいいのに
 1913年に刊行された戯曲で、映画『マイ・フェア・レディ』の原作。上流階級出身のヒギンズはマザコンで女嫌いの言語学者で、イライザは労働階級の花売りの娘だが、映画とは違い二人は結ばれない。ショー自身は「彼女〔イライザ〕にとって彼〔ヒギンズ〕はあまりにも神のごとき存在であり、到底つき合えるものではない」(263p)と言っているが、神と言われてもちょっと共感できない。しかもこの言い方だと、ヒギンズのような傲慢な上流階級を批判しているわけでもない。ヒギンズは上流階級でイライザは労働階級だが、二人が結婚して「大きな階級を超えた恋が実る」というラストでも充分階級問題を視野に入れた作品になるのだから、ハッピーエンドにしていいのではないか。映画『マイ・フェア・レディ』は傑作。


5.0 ショラム・アレイヘム『屋根の上のバイオリン弾き南川貞治訳、早川書房

屋根の上のバイオリン弾き (ハヤカワ文庫 NV 44)

屋根の上のバイオリン弾き (ハヤカワ文庫 NV 44)

 宗教色が強い
 映画『屋根の上のバイオリン弾き』の原作小説で、1894年発表。娘を嫁に出す父親の心境と、社会の近代化に直面する彼の不安が描かれているが、映画以上に父親の敬虔なユダヤ教徒ぶりが強調されるなど宗教色が強く共感しかねるところもある。


5.0 赤川次郎『ふたり』新潮文庫

ふたり (新潮文庫)

ふたり (新潮文庫)

 彼氏に魅力を感じない
 1989年に刊行された小説で、映画『ふたり』(大林宣彦監督、1991年)の原作。だが、小説では主人公・実加に哲夫という恋人がすんなりできてしまうので、少女のウジウジした心が表現されないし、しかも哲夫のバックボーンも提示されないのでこの男に魅力を感じなかった。映画の方が断然面白い。


5.0 シェイクスピア『新訳 ロミオとジュリエット河合祥一郎訳、角川文庫

新訳 ロミオとジュリエット (角川文庫)

新訳 ロミオとジュリエット (角川文庫)

 有名だが
 1597年に刊行された戯曲。しかし、ロミオもジュリエットも一目惚れで相思相愛になるだけで丁寧な恋愛描写は無いから、読んでいても二人の人間としての魅力が伝わってこない。また、二人が死ぬことで両家が仲直りする、というのも楽観的で腑に落ちなかった。


5.0 ロアルド・ダールチョコレート工場の秘密』1964年柳瀬尚紀訳、評論社

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

 冒頭は面白いが
 1972年に刊行された小説。冒頭の、チョコレートの当たりを引くために試行錯誤する人々を見るのは面白いが、工場主ワンカのバックグラウンドは描かれず、ミステリアスな魅力もない。子供を工場の跡継ぎにする理由も、「大人は、わたしの言うことを聞かない。学ぼうとしない。自分のやり方でやろうとする、わたしのやり方ではなく。だから、子供でなくちゃならんのです。わたしは、ものわかりのいいかわいい子がほしいのです」(p253)と子供を買いかぶりすぎていて共感できない。2005年の映画『チャーリーとチョコレート工場』に乗り越えられている。


5.0 ジーン・ウェブスターあしながおじさん』松本恵子訳、新潮文庫

あしながおじさん (新潮文庫)

あしながおじさん (新潮文庫)

 少女の視点は面白いが
 1912年に発表された児童文学。孤児の少女ジーンのみずみずしい感性と、社会の矛盾を突くするどい近代的な視点は面白い。貧しき者がこの世にあるのは我々をして常に慈善を行わしめんとする神の意志である、という聖書の言葉に対しても「これじゃあ、まるで貧乏人は役に立つ家畜同様ではございませんか!」と宗教を批判する姿勢はまともである。しかし、とくにドラマもなく退屈であることは事実である。あしながおじさんのバックボーンもなく人間性が浮かび上がってこないのも問題ではないか。


4.5 近藤聡乃『A子さんの恋人』<1~4巻(連載中)>エンターブレイン(漫画)

 男が描けていない
 けいことあいこのモテない女同士の奇妙な友情など女キャラは面白いが、男キャラは全て恋愛可能なモテ男やチャラ男として描かれており全然共感できない。男の人間性が表面的にしか捉えられていないので、その男達が惚れる主人公のA子の魅力もあまり伝わってこなかった。


4.5 三島由紀夫「十日の菊」

(イメージ無し)
 自殺の美化
 1961年発表の戯曲。政治家の妾になっている母親の裸を息子が目撃し、その裸に唾を吐きかけるなど目を瞠るシーンはあるが、いかんせん「自殺すること」を美化しているので高評価はしかねる。


4.0 シェイクスピア恋の骨折り損小田島雄志訳、白水uブックス

 女が気になる心は分かるが
 1595~96頃に発表された戯曲。勉学のために女を遠ざけようとしても女のことが気になる、という男心には共感するが、全体として何を言いたのかは分からない。男女の仲が結局どうなるのか不明瞭なのも物足りない。


4.0 シェイクスピア『じゃじゃ馬馴らし』松岡和子訳、ちくま文庫

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

 妻の「調教」
 1594年頃に発表された戯曲。夫(ペトルーチオ)が頭の良い妻(キャタリーナ)を「調教」する話で、前半のキャタリーナの生き生きした舌鋒は面白いが、夫は妻に食事を与えず眠らせないなどの措置を講じており魅力的だった舌鋒もなくなる。400年以上前の作品とはいえ大丈夫なのかと思ってしまう。


4.0 水上勉飢餓海峡新潮文庫

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

 長い
 1963年に刊行された推理小説で、700ページあるが長い。無実の人を2人殺している犬飼には同情できないし、刑事の人物像も平凡でバックボーンも詳しく描かれないので、ドラマや感動も感じなかった。唯一私が感情移入が出来た売春婦も中盤で死んでしまう。飢餓海峡は映画を観ればいいだろう。


4.0 フランク・ボーム『オズの魔法使い』幾島幸子訳、岩波少年文庫

オズの魔法使い (岩波少年文庫)

オズの魔法使い (岩波少年文庫)

 映画を見れば足りる
 1900年刊行の童話。オズという名の魔法使いが実は地上から気球で迷い込んできた男だった、というのは宗教と距離を置いているように読めるからいいが、基本的には忠実に再現された映画を見ればい足りるだろう。


4.0 三島由紀夫『朱雀家の滅亡』河出書房新社

朱雀家の滅亡

朱雀家の滅亡

 エウリピデスの翻案
 エウリピデスの戯曲「ヘラクレス」を日本の第二次世界大戦下に翻案した劇で、1967年に発表。まあ筋だけ見ればつまらなくないし、三島が読者に天皇主義や身分制を押しつけているとまでは言えない。しかし、近代的な考えをもつ女中おれいへの扱いが悪く、防空壕に逃げ込んだのに死んでしまうのは酷いと思った。


3.5 三島由紀夫命売りますちくま文庫

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

 女が官能的なのはいいが
 1968年刊行の小説。「静脈より動脈に噛みつきたい」という女など、官能的な女が出てくるので興奮できるが、主人公の羽仁男は基本的に「死にたい」と思っている人間なので感情移入は出来ない。感情が死んでいる羽仁男は女性にフラれても「何ともなかった」(p40)というが、私は何ともないことはない。また、庶民の生活が「ゴキブリの生活」(p205)と表現されるが、全体的にインテリが庶民を見下しているようなトーンで書かれていて腑に落ちなかった。


3.0 ロベール・トマ「八人の女」

現代フランス戯曲名作選―和田誠一翻訳集

現代フランス戯曲名作選―和田誠一翻訳集

 趣味が悪い
 映画『8人の女たち』(2002年)の原作で、1962年発表。8人の女達が1人の男をめぐって小競り合いをする話で、全体を通して女性嫌悪的というか、「女ってこんな嫌なところがあるんだよ」ということを言いたいために作品を作ったとしか思えない。ミステリーにはなっているが、ちょっと趣味が悪いと思う。 


3.0 吉川英治親鸞』<全3巻>、講談社

親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

 長すぎる
 1938年から48年にかけて発表された親鸞の生涯を描いた小説だが、長すぎて退屈である。終盤に、DV夫が親鸞の教えに感動して反省する場面が出てくるが、酷いDVを振るわれていた妻が簡単に夫を許すのは腑に落ちないし、夫を責めたほうがいい。宗教の「許し」の限界である。親鸞の小説は津本陽『弥陀の橋は』を読めばいいだろう。


3.0 チャールズ・ディケンズ『オリヴァ・トゥイスト』<全2巻>北川悌二訳、三笠書房

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

 名作だとは思わない
 1837年から39年にかけて発表された小説。ただ、話の筋に矛盾や無理がある。スリに深入りしていないオリバーをスリ仲間がしつこく必死に捕まえようとするのはおかしい。オチも、オリバーの生れは結局良かったことが強調されるだけだし、とくに名作だとは思わなかった。


2.5 陳舜臣曼陀羅の人』<上・中・下>徳間文庫

 虚構が浮いている
 空海が留学生として唐に渡った時の記録をもとにした歴史小説で、1984年刊行。しかし、事実の記録に対して作者が想像したドラマが浮いている。全3巻というのも長く退屈で、司馬遼太郎の『空海の風景』を読んだ方がいい。


2.5 ジェームズ・バリ『ピーター・パン』厨川圭子訳、岩波少年文庫

ピーター・パン (岩波少年文庫)

ピーター・パン (岩波少年文庫)

 語り口は現代的だが
 元々戯曲として作ったものを1906年に小説として刊行。作者の語り口は現代的だが、ウェンディの弟たちが「イギリス王万歳!」と叫ぶ(272-273p)などディズニー映画とは違い身分制の肯定があり、またティンカーベルが爆死するので可哀想である。フックがピーター・パンの命を狙う理由も「ピーターのなまいきな性質のため」(240p)というだけなので弱い。
 ところでピーター・パンが読者に向かって「妖精を信じている子供は拍手をしてください」と呼びかけるシーンがあるが、黒澤明の『素晴らしき日曜日』(1947年)を思い出す演出であった。


2.0 モルナール・フェレンツ『リリオム』徳永康元訳、岩波文庫

リリオム (岩波文庫 赤 771-1)

リリオム (岩波文庫 赤 771-1)

 DVの肯定
 映画『回転木馬』(1956年)の原作戯曲で、1909年刊行。だが、映画以上に主人公の男が妻子の暴力を振るう。しかも、妻子が男にぶたれても「痛くない」ということが強調されるが(p162)、このDVを肯定したかのようなメッセージにはやはり変である。ちなみに作者のモルナール(1878-1952)はハンガリーのユヤダ系の作家(ハンガリーでは日本と同じく上が名字で下が名前)。


2.0 三島由紀夫「女は占領されない」

(イメージ無し)
 反米思想を代弁しているだけ
 1959年発表の戯曲。米軍に占領される日本を「女」に例えるだけの、三島の政治思想を代弁する作品にしか思えず退屈である。この劇では、日本の未来が米軍に全て委ねられているかのような大げさな筆致だが、そうすることで読者の反米感情を煽りたいだけだろう。「身分!身分なんて!アメリカにそんなものがありますか」(p44)と言う米国人のハリスンは良かった。


2.0 三島由紀夫「恋の帆影」

(イメージ無し)
 殺人の動機が不明
 1964年発表の戯曲。主人公のみゆきは、かつて男を湖に落として殺したことがあるというのが話の肝だが、抽象的な動機しかないので(男に愛の告白をされたのが許せなかったというだけ)、とくに共感できず入り込めなかった。


2.0 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・カロル』村岡花子訳、新潮文庫

クリスマス・カロル (新潮文庫)

クリスマス・カロル (新潮文庫)

 単なるおとぎ話
 1843年刊行。金貸しの金持ちスクルージが改心することで町に平和が訪れるという内容だが、紙片が少ないので彼が唐突に心変わりした印象を受ける。また、そもそも金持ちが一人改心したくらいでは世の中が良くなるわけがないのであり、階級問題を射程に入れていないので単なるおとぎ話にとどまる。


2.0 ベルトルト・ブレヒト三文オペラ千田是也訳、岩波文庫

 全員嫌なやつ
 1928年に発表された著名な戯曲だが、登場人物が全員極端に嫌なやつなので人間を描いておらず感情移入が出来ない。世の中の悪を暴きたいという著者の左翼的なイデオロギーが濃すぎて面白くなかった。


2.0 メリメ『カルメン』 杉捷夫訳、岩波書店

カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

 悪人への同情
 1845年発表。主人公のスペイン旅行者の男は盗賊や殺人犯に同情的であるので共感できないし、作中で扱われる情事による殺人にも関心が持てない。なぜ有名なのかよく分からない小説だと思った。


2.0 メーテルリンク『青い鳥』堀口大學訳、新潮文庫

青い鳥 (新潮文庫 メ-3-1)

青い鳥 (新潮文庫 メ-3-1)

 内向きな童話
 1908年発表の有名な童話だが、オズの魔法使い(1900年刊行)のように冒険しても何だかんだ「おうちが一番」という内向きな話。訳者の堀口はあとがきで、「万人のあこがれる幸福は、遠いところにさがしても無駄、むしろそれはてんでの日常生活の中にこそさがすべきだというのがこの芝居の教訓になっているわけです」(238p)というが、貧乏な家庭やDV・虐待で苦しむ家庭の中から万人のあこがれる幸福が見つかるとは思えない。『青い鳥』を読んだだけではメーテルリンクノーベル賞を受賞できた理由は私にはちょっと分からない。


2.0 ロアルド・ダール『おばけ桃が行く』柳瀬尚紀訳、評論社

おばけ桃が行く (ロアルド・ダールコレクション 1)

おばけ桃が行く (ロアルド・ダールコレクション 1)

 ジャイアント・ピーチ』の原作
 1961年発表の童話で、映画『ジャイアント・ピーチ』(1996年)の原作。しかし原作では、蜘蛛の女が他の虫に嫌われていないなど、いまいち設定を生かせていない。映画の方が面白い。


1.5 ジェイムズ・ヒルトン『チップス先生、さようなら』白石朗訳、新潮文庫

チップス先生、さようなら(新潮文庫)

チップス先生、さようなら(新潮文庫)

 パブリック・スクールの美化
 1934年に発表された小説。女に興味の無いパブリック・スクールの教師チップスが主人公で、女にしか興味の無い私にはまず共感できないが、そのくせチップスは女に惚れられて結婚できるのだからムカついてしまう。チップスの妻子は戦争で死ぬが、どうやって死んだのかも分からないままで扱いが悪い。また、パブリック・スクールといえば虐めや体罰が横行していた体育会系の場所だが(新井潤美パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』に詳しい)、虐めで悩む子供も出てこず美化されて描かれていて嫌である。


1.5 山田宗樹嫌われ松子の一生幻冬舎

 リアリティがない
 2003年に刊行された小説。平凡で真面目な女教師・松子の身に次々と不幸な事件が舞起り、ソープ嬢に落ち、男を殺すに至る話だが、機械的なストーリー展開なので松子達キャラクターの心情にリアリティが感じられない。骨壺が「ことり」と鳴って死者の意志が示されるといったオカルト演出もあり、映画以上に馬鹿馬鹿しいと思った。


1.5 アニタ・ルース『紳士は金髪がお好き常盤新平訳、大和書房

紳士は金髪がお好き (1982年)

紳士は金髪がお好き (1982年)

 主人公が嘘くさい
 1925年に刊行された小説。作者のアニタ・ルースは黒髪女性だが、序文で彼女は「同じくらいのルックスでも自分より金髪の女の方が男に優遇されている」「私の方が教養もあるのに」と漏らすのは面白い。しかし小説自体はつまらなかった。主人公を金髪女にしていて、嘘くさいからである。作者と同じ黒髪の女を主人公に据えて、その女から見える世界を描写すればリアリティも出るし面白かったであろうに、失敗作である。


1.5 斉藤憐『上海バンスキング』而立書房

上海バンスキング

上海バンスキング

 ジャズが好きな人向け
 1980年刊行。戦時中に上海にやって来た日本人ミュージシャンらが主人公だが、深作欣二の映画同様、第二次世界大戦下の日本の植民地政策を何となくリベラルに批判しているだけのように思える。ジャズが好きな人には面白いのだろうか?


1.0 三島由紀夫「わが友ヒットラー

(イメージ無し)
 女性が出てこない
 1968年発表の戯曲。ヒトラーを親友だと信じていたのに裏切られ殺された軍人エルンスト・レームを讃える劇で、三島はこの劇でヒトラーを讃えているわけではない。レームは「人間の信頼だよ。友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ。これなしには現実も崩壊する。従って政治も崩壊する」と言うが、この場合の「人間」は男性しか指さないわけで、いかにも古代ギリシアのようなホモソーシャルが目立つ。ヒトラーどうこうよりまず、私は女性を蔑視する姿勢に共感できない。


1.0 三島由紀夫『癩王のテラス』中公文庫

 君主制とオカルト
 1969年刊行の戯曲。カンボジアの慈悲深い王が主人公だが、とくに面白いところはない。ラストは王の「肉体」と「精神」が語り合うなどオカルトな展開になる。本当に慈悲深いなら身分制はなくした方が良いのではないか。


1.0 三島由紀夫『喜びの琴―附・美濃子』新潮社

 オカルトの肯定
 「喜びの琴」「美濃子」共に1964年に発表された戯曲。「喜びの琴」は警官や右翼・左翼活動家が出てくるが、未来のビジョンのない破壊衝動やテロ行為を讃えているので賛同できない。「美濃子」は愚連隊のリーダー豊が巫女の美濃子に惚れたことで改心するという話だが、神道を讃えているだけの宗教プロパガンダに思えた。二人が雷に打たれて死ぬと登場人物が「二人は今、神になった」と言うがそんな訳はなく、オカルトの類いだろう。
 

1.0 十返舎一九『現代語訳 東海道中膝栗毛』<上・下>、伊馬春部訳、岩波現代文庫

 何が面白いのか
 1802年刊行。弥次さん喜多さんという男二人が飲んでは女に惚れられるが、女の描き方が一辺倒で深みがなく、何が面白いのか全く分からない。弥治は妻が働いて得た金まで遊びに使い、服も食べ物もろくに与えないまま妻を死なせた(p164-165)というし酷い。訳者の後書きでは、この物語は金持ちの道楽息子の弥次が財産を使い果たし、同性愛の相手であった若衆・喜多と駆け落ちした話だというので、ホモ関係に興味の無い私にはそりゃあ理解できないと思った。


1.0 パトリック・デニス『メイムおばさん』上田公子訳、角川文庫

メイム叔母さん (1956年)

メイム叔母さん (1956年)

 なぜか売れた
 1955年刊行された小説。身寄りを無くした少年が変わり者の叔母に引き取られる話で、戦後米国でそこそこ売れたようだが面白くない。全体的に日本人の下男イトウを差別口調に描いているのも嫌である。引き取ったイギリスの戦争孤児達にイトウが苛められ、古い奴隷部屋に彼をつなぎ足を三カ所骨折させられた(p352)というが犯罪だろう。


0.5 サン=テグジュペリ星の王子さま内藤濯訳、岩波書店

星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

 私には分からなくていい
 1943年に発表された小説だが、女性キャラが全く出てこないので楽しくない。まるで人生における大事な登場人物は男だけだと言いたげである。また全体的に、大人より子供の方が良いという反動的な筆致で、どこに共感すれば良いのか私には分からなかった。
 ところで、サン=テグジュペリは「私のふるさとは、私の子供時代である」と言ったというし(p136、あとがき)、訳者も「〔この小説は〕かつての童心に生きている大人でなくては、歯が立ちようのないたぐいです」(p138)と言っているので、つまり裏を返すと童心に生きていない人はこの小説の良さを分からなくていいということである。


0.5 三島由紀夫「源氏供養」

(イメージ無し)
 気分が悪くなる
 1962年発表の戯曲。紫式部を思わせる「野添紫」という女性作家の霊が登場人物に批判されるだけの内容で、何が面白いのか全く分からない。武家社会に影響を受けた三島が公家文化の小説(源氏物語など)と相容れないのは分かるが、野添紫の霊がとくに反論も出来ないまま消えて、登場人物に「彼女の文学もこの程度だよ」と総括されるなどフェアではないし気分が悪くなる。