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向浦宏和「魔井句崎くんに踏まれたい。」

(2016/11/4(金)発売のヤングガンガンに載っている特別読切、「魔井句崎くんに踏まれたい。」の感想)

 

 

 ラップが面白くないと成立しない漫画だからハードルが高くなっていると思うが、ちゃんラップが面白いから素直に楽しめた。そして、魔井句崎くんの、自分がインテリでハイクラスであるところを開き直った振る舞いには魅力があるし、むしろ好感が持てる。イヤなキャラは、自分のイヤなところを余す所なくさらけ出した方が面白いということがこの作品で実感できる。

 

 そんな魔井句崎に対して、主人公・須藤は「コ…コイツ… ハイクラスな家系で育ったくせにまるでゲットーに育ったラッパーの如きフロウをしやがる」(231ページ)と動揺する。しかし、本当にゲットーで育ったようなラップをしているのかはぼくは疑問に感じ、共感できなかった。ハイクラスで金に不自由のない魔井句崎が、貧民街で地面を這うように生きてきた人間のようなラップをするためには、よほどの才能か努力が必要なのではないか。本物のゲットーから出てきたラッパーからすれば、「なめんなよ」とケンカになりはしないだろうか。須藤が勝手に魔井句崎を持ちあげているように見えてしまい、こちらとしては置いてきぼりになってしまったので、魔井句崎のラップがいかにゲットーに遜色ないかの描写が必要だっただろう。その描写とは、ただ韻を踏むのが上手いとか上手くないとかのレベルの話ではないだろう。

 

 また、設定が「進学校」であるため、須藤のキャラをそこまで馬鹿なヤツに出来ないという縛りがある。本来なら須藤をもっとロークラスキャラにすることで魔井句崎と対立させた方が面白いのだが、須藤もなんだかんだ頭のいい学校に通えている。だから例えば、須藤は生まれは貧しかったが何とか這い上がって進学校に入学できた、というバックボーンを付けたほうが、ハイクラスVSロークラスという設定が鮮明になる。唐突に最後に出てきた妹のラップも面白くはあるが、ここではラップの中身の面白さよりも「ハイクラスVSロークラス」の対立を描くという「物語的な面白さ」を前に押し出した方が、読者としてはより続きが楽しみになる展開になると思う。須藤が「魔井句崎くんに踏まれた」くなっている、「コイツとラップしたくなってる」(232ページ)としたら尚更二人の対称性を強調するオチにしたほうが良かっただろう。

 

 さらに「魔井句崎くん」を連載する場合、ゆくゆくは進学校すら行けないガチの中卒ロークラスのラッパーキャラも出すべきである。インテリクラスしか出てこないラップものは井の中の蛙だと思うので。

 

 そしてもう一つ気になった所は、響子がラップに詳しいのか詳しくないのか分からないという所である。224ページでは、「魔井句崎くんがそんなこと(ラップ)するわけないじゃん」とラップを見下しているような発言をしているが、235ページでは「っていうかアンタらもラッパーに憧れてんならちゃんとフリースタイルやるなりサイファーやるなり」と専門用語を駆使している。今後連載していくには、響子はラップが好きなのか、好きなのだが好きな自分が嫌で自虐的になっているのか、などのキャラを浮き彫りにする必要がある。ぼくは作品を見るときに「女性キャラを描けているか」がかなり気になる性格なのだが(なぜなら女が好きだから)、ラップという男性が主体になりがちな世界で、女性キャラの面白さを引き出すことができたらかなりクオリティの高い作品になると思う。

 

 絵についてはぼくからは何も言えない。効果線やトーンの繊細なタッチからは作者の連載への気迫が伝わってくる。トーンを貼ってないところを数えたら229ページの1コマ目しかなく、プロの仕事に気が遠くなった。

 

 散々喋ってしまったが、「魔井句崎くんに踏まれたい。」は連載してほしい。そもそも1話で判断できる漫画ではないと思う。ヤングガンガンまだ発売中。

 

終わり