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2016年に読んだ本・前半

「文学や学問は神聖なものだから、点数をつけては失礼」なんてことは微塵も思ってないので、点数も付けてみます。(追記2017年2月9日に点数を少し変えた。)

 

(採点目安)
9点台 :傑作
8点台 :面白い
7点台 :読んで損なし
6点台 :面白いところもある
5点台 :いま一つ
4点台以下 :よく分からなかった

↓点数順。クリックで飛べます

 

 

 

ヘンリー・ミラー『北回帰線』本田泰典訳、水声社 9.5/10


卑猥なところがカットされていないこの本田訳を読むべきらしい。パリで売春に明け暮れるという、作者の経験に基づいた底辺の暮らしを、人種や性別への差別満載でなりふり構わない文体で書くが、ぐんぐん読みすすむことができた。頭のイカレた女がエロティックに描かれてて興奮した。売春宿のトイレの場所が分からず、娼婦の目の前でウンコをしたというインド人の話もグロ面白い。傑作です。ぽんこつ陰部!

 

 

小谷野敦天皇制批判の常識』洋泉社 9.5/10


常識的に考えれば分かることだが、生まれで人を差別してはいけない。しかし、皇族は差別されている(皇族は日本国民ではないので、選挙権も基本的人権も無い)。では、天皇制はやめた方が良いじゃないか、という明快な主張をしているのがこの本だ。もちろん、天皇制をやめるだけであって、天皇を殺せとかいう訳ではない。京都の方に帰ってもらって、裏千家のような一つの伝統として穏やかに存続して頂ければよいのであり、過激な主張でもないんでもない。つまり、天皇制を無くそうという主張は過激でも何でもないのだ。小谷野は自らを共和主義者だという。共和主義国家とは、王様がいない国で、アメリカなどがそう。しかし、日本には「天皇」という王様(君主)がいる君主国であり、国としての合理化がきちんとされないままなのだから、近代国家にしてしまえばよいのである。また一方で、普段は「人間は平等だ」と主張するサヨク文化人が、なぜか積極的に天皇制を批判しないことを斬っているのが痛快で(小谷野いわく、ヒヨっている)、多くの知識人の欺瞞性を明るみに出す。そしてだからこそ、一貫して天皇制を批判し続けている大江健三郎加藤周一は立派な「左翼」であり、尊敬できるのである。

 

 

小谷野敦江藤淳大江健三郎筑摩書房 8.5/10


戦後の代表的な文芸批評家・江藤淳が、学問的な手続きを踏まずに、「米国嫌い」という感情論で、保守的な文学論をぶつようになったことを浮き彫りにしている。一方、大江健三郎の小説は間違いなく素晴らしいく、彼のエッセイも笑いのセンスがあって非常に面白いのに、どうして大江は政治的にバカなことしか言えないのだろう、と小谷野がイライラしているところが面白い。大江健三郎って難しいんじゃないか、と思っている人には『キルプの軍団』がオススメらしい。

 

 

 ゲーテ『若きウェルテルの悩み』高橋義孝訳、新潮文庫 8/10

繊細かつ爆発したような恋の表現が切なく、後進の少女漫画に影響を与えたのも頷けた。作者25歳の作品で、周囲の大人たちの偽善や党派性の批判もあり、熱いのがいい。「ぼくの知っていることなんか、誰にだって知ることのできるものなんだ。――ぼくの心、こいつはぼくだけが持っているものなのだ」。一歩間違うと「自殺美化」の話になってしまう危険性を孕んではいるが。あと、こんなこというのは野暮だけど、中盤までウェルテルの手紙だけで構成され、終盤で第三者の視点で語られる、と言う構成がよくマッチしてると思った。

 

 

スラヴォイ・ジジェク『暴力―6つ斜めからの考察』中山徹訳、青土社 8/10

違う文化の人々への正しい接し方とは、同じ人間として大人扱いすることだ、という主張は素晴らしい(ジジェクが最初に言い出したのではないかもしれないが)。もし違う文化の人々が、我々の文化に照らし合わせると犯罪や不正行為と思われることをしたのに、「彼らは別の文化を生きる人間だから」と言って特別扱いするとしたら、それはつまり子ども扱いをしていることになり、「どうせ彼らに言っても分からないだろう」という蔑視すら含まれるからだ。「イスラム過激派」を「彼らがテロをするのも分かる」とついつい擁護してしまうのは、結局はイスラムを下に見た侮辱になってしまうのだ。そういうヨーロッパ的寛容の偽善性を暴いていて面白い。全体的に興味深いが、終盤の「神的暴力」という章だけはよく分からなかった。ベンヤミンキリスト教を交えた話になっていたが、人間の行為をわざわざ神話に結び付ける必要があるのか疑問に思った。

 

 


小谷野敦『反米という病 なんとなくリベラル』飛鳥新社 8/10


宮台真司の喋りにハマってたとき、よく宮台は「右も左もない」と言って右翼と左翼の対立を相対化させようとしていて僕は「なるほど!」と思い影響を受けたが、しかしどこかで胡散臭くも思っていて、「そんなに簡単に右と左は和解できるのか?」と疑問だった。それに答えてくれたのが僕の中では小谷野で、結局は「反米」という感情論だけでまとまっているに過ぎない、代替案の無い連中だよ、と喝破してくれた。そりゃあもちろんアメリカは悪いこともしてるけど、アメリカばかりを集中批判することで、ヨーロッパや中国やロシアなどの悪事を隠し、多めに見ることになってしまうのだ。「言いたいことを言うのはいいが、言いすぎないでほしい」、という研究者としての「中庸」精神を引き継いでいる。ただ、僕は研究者じゃないので、学者にとって必要な中庸精神を猿真似してもしょうがない訳だから(面白い表現ができる訳ではないので)、一体どこで小谷野の影響を自分の中から抹殺するか、というのが今後の課題である。

 

 

田中喜美子『漱石を愛したフェミニスト駒尺喜美という人』思想の科学社 8/10

フェミニスト批評の先駆け、駒尺喜美の伝記で、早くからマルクス主義左翼の男中心主義を批判、女を別の生き物として区別するなら「人間として差別」した方がマシと喝破、家族でない人々と住宅で共同生活して一生を終える、など時代の先取りに驚く。大塚英志上野千鶴子のフェミ論の元ネタだと知ったが、そうすると今も大学教授として地位や名誉がある上野に比べたら大学での職を捨てた駒尺を評価していくべきなんじゃないかと思った。それにしても、5歳まで母に「あんた」としか呼ばれてなかったので自分の名前を「あんた」と思ってた、宝塚の男役スターAが大好きだからと名家の男性のプロポーズを断った、など面白エピソードも多い。駒尺の写真が多く挿入されているが、30代の写真が特に美人で驚いた。ところで、駒尺も著者の田中も漱石を評価しているが、夏目漱石などの小説家が何でそんなにフェミニズムにとっていい作家なのかイマイチ分からなかった。そんなに味方になってくれるとは思えないが…

 

 

大江健三郎『個人的な体験』(新潮文庫)7.5/10


脳に障害を持って生れてきたわが子を医者に「処分」して貰おうかどうか迷う話なのだが、その語りが病気じみてて面白い。冒頭の男娼など、脇役も印象的。急にハッピーエンドになるのがチープだが、大江の実の息子が障害児だし、と思えばまあ納得か。

 

 


筒井康隆『驚愕の荒野』河出文庫 7/10


(実は)初めての筒井康隆長編。どこまで作者が真面目に書いてるのか分からないが、時折描かれるグロテスクなシーンにゾッとした。仏教観など、元ネタを色々知ってればもっと面白いのかもしれないが。

 

 


小谷野敦『こころは本当に名作か 正直者の名作案内』新潮社 7/10

読書案内として『バカのための読書術』(同じく小谷野敦著)より整理されてる。「過大評価」された名作を批判していくさまが痛快。ただ、信用し過ぎてはいけないと思うが(つまり、小谷野が読まなくていい、という本も本当は読んだ方が良い、ということ)。ある程度の前知識(作家や本の名前)を知っているとより面白いと思う。「褌(ふんどし)は本来陰茎を隠すもので、睾丸は外へ出す」などの豆知識も色々。

 

 


レフ・トルストイ『イワン・イリッチの死』米川正夫訳、岩波文庫 6.5/10

冒頭は「イワンイリッチ」なる人物が病死したことで周囲の人々が動揺するさまを描き、中盤からはイワン・イリッチの目線で自らの死と向き合う様を描く。リアリズムを重視しながらも人間の生活を滑稽に描こうとするトルストイの手法が伝わってきて面白い。ただ終盤の「主人公の死の受け入れ方」が唐突で美化されすぎてると思うので(カルトっぽい?)、僕だったら最後の章は第三者(その妻や友人)目線で書くだろうとは思った。

 

 


ゲーテ『ヘルマンとドロテーア』国松孝二訳、新潮文庫 6/10


女性を目の前にした時の主人公の落ち着きのなさが繊細に書けていて面白い。ヒロインのドロテーアは肩幅が広く剣をあやつる「男まさり」(これは差別表現らしい)で、エイゼンシュタインの映画『アレクサンドル・ネフスキー』(1938年)を思い出した。ただ「人間のあり方とはどうこう…」という説教臭いきらいがあるので、僕は『ウェルテル』の方が好き。

 

 

小谷野敦『バカのための読書術』ちくま新書 6/10


柄谷行人共著の『必読書150』や、保坂和志の選書リストなどの「哲学インテリ」を参考にしていた身としては、それらが選ばない本をバンバン選んでいるので参考になった。退屈で難解なマルクス主義的な社会史より、まず司馬遼太郎海音寺潮五郎を読んで歴史に興味持った方が良いだろ、というのには納得した(僕はまさにその理由で司馬などを敬遠していた)。ただいかんせん本が挙がりすぎてるので『こころは本当に名作か 正直者の名作案内』の方が整理されていて初心者はとっつきやすいかと思った。

 


ギー・ドゥボールスペクタクルの社会』木下誠訳、ちくま学芸文庫 5.5/10


難解で(特に序盤は何言ってるか分からなくて我慢して読んだ)、本文よりも訳者の紹介文「芸術に限らず、思想も政治も経済も、「専門家」に任せきりで、鷹揚にお手並拝見と構えているうちに、いやおうなく「観客」であるしかないどころか、大仕掛けな茶番劇のエキストラに動員されてしまいかねない」が一番分かりやすい。交通機関やインスタントスープで時間の節約をしても、テレビを見る時間が長くなる社会、とか面白いところもあるが、研究書とは言えずサヨクエッセイの域を脱してないと思う。

 

 

エドワード・オールビー全集1 ヴァージニア・ウルフなんかこわくない、デリケート・バランス』(早川書房) 5.5/10


女キャラに力が入ってて、妙にエロティックなのもよかったが、話の展開などに意外性があるとは思わなかった。昔少し読んだハロルド・ピンターとかイヨネスコとかの「不条理演劇」は笑えないぶん、こっちの方が得るものはありそうだが。

 

 

小谷野敦『中庸、ときどきラディカル』筑摩書房 5/10


歴史教科書・フェミニズム・江戸幻想などにたいして、両極の主張それぞれを批判して吟味していくが、後年の著作に比べて斬り方が遠慮がちな気がする。つまらなくはないけど飛びぬけて面白い!という訳でもなかった。ただ、江戸を美化するある学者に対して、「じゃあ江戸時代の貧農に生まれて教育を受けられなくてもよかったのかお前は」と喝破するのは格好いい。それにしても、学者ですら「中庸」を目指してる人って全然いないなあと、思わせてくれた。

 

 

四方田犬彦の『テロルと映画 スペクタクルとしての暴力』中公新書 4.5/10


テロを扱った映画をリストアップしていて参考になったが、ドゥボールスペクタクルの社会』を最近読んだのもあり、テロルについての考察は王道で新しさは無いように思った。それにしても四方田犬彦の政治思想ってよく分からないのだが、思ったより平凡なのかもしれない。ただ彼の『日本映画史110年』(集英社新書)は、世界大戦やアジアへの植民地関係をからめて書かれていて興味深く、役に立った。