大類浩平の感想

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私の思想遍歴

 政治思想というのは、年をとって勉強を重ねていくうちに多かれ少なかれ誰でも変わっていく。いつの間にか昔と全然違う政治思想を言っているのに悪びれないでいると信用を失うが、「昔はこう考えていたが今はこう考えている」と転向した説明がされていれば納得できる。ということで私の、とくに政治に関わる思想の移り変わりを白状する。


①12~16歳半ば 政治家を茶化したい期
 私は、社会科目の勉強が好きな子供だったが、読書は19歳になるまでまったくしたことがなく、気分転換には漫画を読むかテレビ番組を見るかの二択だった。それでバラエティ番組やワイドショーを見るうちに、権力を持っている(とされる)政治家を風刺するのが面白い気がした。自民党とか石原慎太郎とかブッシュとかビン・ラディンとか金正日とかは基本的に悪人なのだと思っていた(まあビン・ラディン金正日は悪人なのだが)。うちの両親がどちらかというとリベラルであることも関係しているかもしれない。家族でテレビのニュースを見ながら夕食をとるとき、親が政治家の批判や文句を言うので、自分も言いたくなってくるのだ。ただ、明確な政治思想はなく、政治家を茶化すことでそれが笑いになればよかった。お笑いが好きだったので、爆笑問題とか18KINの時事ネタみたいなことがしたかっただけである。
 ちなみに私の子供の頃からの思想の特徴としては、一切宗教に関心がないということがあげられる。いわゆる日本人にありがちな、無宗教とはいいながら神社やお寺やお墓参りに行く、とかではなくて本当に関心がなくて、初詣や参拝も幼少期の頃に親に連れられて行ったことがあるが自発的に行ったことはない。お墓参りの際に線香を上げて手をあわしたのも、そうしないと周りの大人が非難がましく見るからである。この宗教に無関心な思想はわりと昔から一貫している。
 また、子供の頃から今でも一貫している態度としては不良・ヤンキー・ヤクザ嫌いがある。いわゆる優等生の私は、不良やヤンキーのことは内心馬鹿にしていた。グレる暇があったら勉強をしろと思っていたのである。また、ヤクザも単純に悪事をしているので嫌いだった。


②16歳半ば~18歳 なんとなく保守期
 私はとにかく昔から集団行動や集団生活が嫌いで、周りとなじまないことから小学校や中学校では軽くいじめられることがあり、勉強自体は好きだが学校は昔から嫌いだった。といっても、不良もヤンキーも嫌いなのでグレることもなく、ただただ時間が過ぎるのを耐えた。高校では第一志望の男女共学の都立学校に受かったのだが、ついていけない科目が出てきたりして嫌になり、また好きな女子にふられたことも相まって、それまでの学校が嫌だというストレスがピークになって16歳の2学期から学校に行かなくなり、結果そのままやめた。しかし私は昔から自信家でナルシストで、「自分は頭もいいし面白いことも考えられる。才能があるんだから高校を中退しても関係ない」と開き直っていた。しかしこれは全くかっこうよくない。高校を中退した後自分で自立していればいいのだが、私は単純に親の財産をあてにして実家に引きこもっていただけだからである。また、それまで優等生だったはずの息子が突然学校に行かなくなったので親には心配をかけたし、とくに現在、母親が重い胸腺がんになったことを思うと学校をやめたという決断に眩暈がしてくるが今更後悔しても遅い。
 ちなみに、高一の倫理の授業で、倫理の先生が小林よしのりの保守的な戦争観を批判する授業回があった。しかし私は当時、戦争は絶対悪ではなく自衛戦争は仕方ないだろうと思っていたので(実は今もそう思っている)、「この先生は一方的なことを言うな。普段の授業では「議論が大事」と言っているくせに、矛盾しているのではないか?」と思った。のちに私が保守派になる土壌はこの時にはもうあったのだ。
 2006年の夏から高校に行かなくなったあと、将来はお笑いで食っていこうと思った私は、誰がやっているとも分からないインターネット上のサイトに自作の漫才やコントの台本を送りつけて審査して貰ったり、大喜利をやったり、日記みたいな物を書いたりして過ごした(引きこもっているのに記録することなど何もないのだが)。しかし、そこでインターネットの閉鎖空間にはまるうちに、今までなんとなく政治家を馬鹿にして笑いにしていたけど、ちゃんとやっている政治家はやっているし、だめな政治家はだめ過ぎて笑えないんだな、と考えるようになった。政治の風刺を、笑いではなく(変に)真面目なものとして捉えるようになった。そして保守的な思想に共鳴していく。いわゆるネトウヨだが、ネトウヨとはなんとなく右翼的な人達で、右翼思想家のように論理に一貫性を持たせようとは志向していない。ふだんのストレスや鬱憤を、諸外国の反日的な側面をとくにクローズアップすることで発散している(もっとも、普段のストレスや鬱憤を、安倍や自民党や保守派などの失策をクローズアップして発散するのはネット左翼であろう)。私もこの時に韓国・北朝鮮・中国のことが嫌いになったが、もちろんここでは韓国政府・北朝鮮政府・中国政府とその市民を恣意的に同一視するものであった。ちなみに私は当時安倍はいいと思っていたが、麻生はそこまで共感してはいなかった。当時麻生はオタク文化に理解がある、という面をアピールしていたが、私はアニメやオタク文化には昔からはまっていなかったからである。ちなみにネトウヨに触れたことで、それまで全く無関心であった天皇や皇族についてもなんとなく好意的に見るようになった。しかしなんとなく好意的なだけであって、何か天皇について詳しく調べることは特になかった。神道に対してもそこまで関心は無かったが、まあ伝統的なものだからいいんだろうとは思った。
 保守的になったことで、当時インターネットで知り合ったお笑い好きの人達と、考え方の違いから喧嘩別れをするようになった。しかし元から人付き合いが嫌で友達がいない自分としては、人と喧嘩別れすることは慣れているのでさして気にしなかった。


③18歳~20歳 ロックにはまり、左翼に傾く期
 18歳の時に椎名林檎とかeastern youthとかフィッシュマンズとかを聞いて日本のロックにはまった。それまではJ-POPのミリオンヒットを聴くくらいしかなかった私は、自分が知らないだけで面白い曲があるんだなあと純粋に思った。愛国心がある私は、日本のロックはすごいと思って、60年代からゼロ年代にいたるまで、YouTubeとかを活用してロックを聴くようになった。しかしここである矛盾が生じる。ロックミュージシャンには、浅井健一などの一部をのぞいて左翼的な人が多いのである(ちなみに椎名林檎は浅井の影響が強いので保守っぽいところがあるが、椎名自身は後年のインタビュー記事で別に読書はしないと言っていて、私は拍子抜けした。椎名の保守はあくまで表面的な気がする)。日本のロックの左翼的な考えの筆頭が忌野清志郎で、彼に影響を受けた坂本龍一ブルーハーツエレファントカシマシソウルフラワーユニオン真心ブラザーズなどもそうである(エレカシ宮本は一見日本の文化や伝統が好きそうであるが実は政治的には左派っぽいと私は思っている)。とくに私が好きだったのが女性歌手のUAで、単純に声がよく、また読書家であるらしく知的なエロスが漂っているのを感じた。そこでUAにはまっていくうちにUAの左翼的な思想や平和主義的な態度に影響を受けるようになった。もっとも、UA浅井健一AJICOというバンドを組んで活動していたこともあり、ロックミュージシャンの右翼的な態度・左翼的な態度は表面的なだけでまず音楽第一で、思想家のように一貫性を持たせようとは思っていないのがうかがい知れる。
 だが当時の私は表面的だとは思っていなくて真面目に左翼的な思想と対面することになる。そうするうちに、今までの自分の保守的な態度は、道徳的に間違っているのではないかと思うようになった。例えば韓国政府は悪いところがあったにしても、韓国市民全員が悪いと考えるのはおかしかった、というように。贖罪意識から来る保守への反動である。今まで他の人種を差別していたことが後ろめたくなった白人が、心機一転、必要以上に他の人種の味方をするような現象である。元々、なにかを批判することが好きな私は、保守的な気持ちを引き摺りつつも日本を批判したほうがいいような気がしてきたし、それが日本のためになる気がしてきた。もっとも、日本批判が「日本のためになる」というのは、実は国を憂いでいるので愛国的な考え方である。本当に日本が嫌いなら日本のためにならなくていいからである。そう考えると、私は昔から現在に至るまで一定の愛国心はある。左翼の厄介なところは、たとえ誇張しているとしても自国を悪くいうことが結果的に自国のためになる、と信じているからだろう。
 話がそれた。そこまでくると、私の完全な転向に時間はかからない。右翼と左翼は兄弟みたいなものでコインの裏表なので、いったん転向してくると一気に左翼的な考えになった。護憲派の平和主義・人種差別反対路線である。この頃、ロックミュージシャンは意外と読書家であるということを知って、本を読むようになった。といっても何を読んで良いのか分からないので、川端康成の『雪国』とか三島由紀夫の『金閣寺』とか有名な文藝作品を読んだがよく分からなかった。山田詠美は当時ちょっと面白いと思ったが、それは私が年上の知的な女性にエロスを感じるからだろう。天皇については、昭和天皇に戦争責任があると考えるようになったのでなんとなく反対的な立場になったが、しかし天皇制に反対とまでは思っていなかった。
 ちなみに19歳の時、自分の笑いの才能に限界を感じ、また人と話すのが苦手で話術が全くなかったので、お笑いの道は諦めた。絵を描くのは昔から好きだし、漫画も描いたことがあるし、漫画家にならなれるんじゃないかという根拠のない自信だけはあったので、漫画家を目指すことにした。目標も転向したのである。


③20~24歳 意識的に左翼期
 引きこもりながらの生活にも限界を感じてきた。漫画家は人間観察が必要だと思って、あとできれば彼女もほしいしセックスもしてみたかったので大学に行くことにした(結局、24歳まで童貞であったが)。高卒認定試験に行って合格し、一年浪人して偏差値52くらいの私大の英語英米文学科に入った。入学後すぐ漫画研究部に入ったが、漫画家を目指している部員が他におらずがっかりした。ロックが好きだということで同じ学部で友達ができたが、彼が喫煙者で、私は煙草は吸わないが喫煙所にいりびたるようになった。すると喫煙所には大学の教授達も入り浸っていて、私は教授たちと政治の話をするようになった。私は左翼的な観点から議論をしようとしたが、単純に勉強不足であったり、根拠のない感情論を振りかざしていただけなので、絶対に議論に負けた。そのうち、ちゃんと議論が出来るようにもっと読書をして勝手に勉強し始めた。ここから、意識的に自分の左翼的な理論を一貫させることに躍起になった。また、在学中は「絶対に漫画家になる」と息巻いていたので、「表現者たるもの反権力であるべきだ、つまり左翼であるべきだ」と思っていた。冷静に考えると、例えば共産主義プロレタリア独裁で権力の権化なので、反権力であるなら左翼のことも当然批判するべきなのだが、「左翼であるべき」という感情にとらわれていたので視界が狭かった。共産主義はそこまで悪くないと思っていたのだ。大学の友達に誘われて、原発反対のデモや安保法反対のデモに参加したこともあった。なんとなく保守だったときは第一次安倍内閣に好意的だったのに、もう思いっきり反安倍である。我ながら無節操である。しかし、国会前で平和的なデモをやっても何も変わるわけではないので、無力感が残った。
 ところで、2011年に東日本大震災が起こった際、大学が宮城県でのボランティアを受け付けていたので参加した。宿泊先は仙台市にある浄土真宗系のお寺で、これは私がブログに『学芸員の女』として漫画でフィクション化して描いている。元々一貫して宗教が苦手だった私は、僧侶の言うことも説教臭くて納得できなかった。しかも宿泊先の僧侶達はみんな大酒飲みで毎晩酔っ払っていて、元六本木のホストの僧侶とかもいて、うまが合わず度々議論をした。そんな中で私が慕っていたのが、ボランティア先に来ていた、韓国からの留学生の女性キムさんである。大阪の大学院に留学中で、学芸員の資格をとっていて、将来は日本の研究機関で日本人の死生観を勉強したいとか言っていた。キムさんは私より7つほど上だったが日本語が堪能で、日本人と間違えているボランティア参加者もいた。黒髪のショートカットの美人であり、読書家であることからやはり知的なところに惹かれ、私は馬鹿のようにキムさんにばかり話しかけていた。当時私は背伸びをしていたので、「ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』がどうこう…」と本を読んでいるアピールばかりしていたが、なんでもっとキムさんの昔の思い出とか家族の話をとかを質問しなかったんだろうかと今でも後悔する。『学芸員の女』のヒロイン白田はもちろんキムさんである(しかし漫画では、白田の国籍を韓国にすると要素が増えてややこしくなりそうだったので日本人という設定にした)。当時左翼思想だったこともあいまって、やはりいい人悪い人に国籍は関係ないのだと実感した(もちろん今でもそう思っている)。しかしキムさんは私より先に大阪の大学院に戻ることになり、滑稽なのだが失恋したような気分になって元気をなくしていた。すると別れ際にキムさんが私に「今までありがとう、これどうぞ」と名刺を渡してくれて嬉しかった。この名刺は今でもとってある。
 あとこの時から、積極的にフェミニズムに味方するようになった。なんとなく女性は差別されていると思っていたし、しかもフェミニズムに味方をすれば、自分も女性に好意的に思われてもてると思ったからである。単なる下心であるが、このような下心を抱いてフェミニズムに味方をする男は多いと思っている。後年私は、小谷野敦赤川学などを読んでフェミニズム的な立場を修正することにした。冷静に考えると、世の中は既にある程度男女差別はなくなっているので、社会的地位の高い女もいる。一方で社会的地位の低い男もいる。すると、世界には①男が男にする差別②男が女にする差別③女が男にする差別④女が女にする差別の四通りの差別があるので、「男が女にする差別」にしか着目しないフェミニズムは偽善的であることが分かる。男だろうが女だろうが、性別で差別してはいけない。女を差別してはいけないのと同様に、男も差別してはいけないのである。
 時はたって2013年、大学4年になって「政治のことを考えている場合じゃない」と思って焦り、慌てて『ポルノをかく』という短編漫画を描いた。これをコミティアの出張編集所に持っていって、色んな編集者に見て貰った結果、一番いい評価をくれた小学館ビッグコミックスペリオール紙の新人賞に出すことにし、編集者のアドバイスで2シーンくらい描き足して第4期新人コミックオーディションに出した。これが運良く優秀賞になって25万円をもらったので調子に乗った。しかし、自分は面白い作品が作れると思いすぎて、何を描いても「これではだめだつまらない」と思って何も描けなくなった。この時編集者にアシスタント先として真造圭伍さんを紹介され、今でもアシスタントをさせてもらっている。


④24~26歳 右翼でも左翼でも過激ならなんでもいい期
 しばらくするとやはりまた自分の中で左翼熱が再燃する。しかし、安倍や自民党アメリカを批判するだけでは意味がない。従来の穏健な左翼では世の中を変えられない。つまり、近代というシステムを壊さないと世の中は変わらないから、左翼だろうが右翼だろうがとにかく過激な思想を求めるようになった。大学中にかじっていたフランス現代思想やその影響をうけた一連の哲学者・作家も、実はけっこう右翼的なことを言っている。ドゥルーズが人権否定派だったり議論なんか必要ないと言ったり、ガタリ江藤淳天皇賛美的な思想をほめたり、前田英樹宮台真司東浩紀が右翼を再評価している(ちなみに小林秀雄篠沢秀夫など、日本のフランス文学者は実は保守が多い)。こうなると私も、近代を否定できるなら何でもよくなってきて、前近代的な信仰や宗教にも関心を持って読書をするようになった。元々、UAがスピリチュアルな思想を持っていたり、ボランティアであったキムさんが死生観に興味があったりと、私の好きな女性が宗教に関心があったことで、私も宗教を勉強しようという下地ができていたのだろう。神道、仏教、キリスト教イスラム教などを自分なりに勉強した。
 しかし、過激だったら何でもいいというのはテロリズムや暴力革命やヤクザや暴力団も容認するわけで、それはそれでいいのかと不安にもなった。自殺や死刑につながる過激な思想は、最終的に自滅して行き止まりなんじゃないかという現実がさすがに見えてきた。


26歳~ 中道(のつもり)期
 そんな中読んだのが小谷野敦の『天皇制批判の常識』である。当初私は天皇制を批判する所のみを期待していたのだが、右翼だろうが左翼だろうが考えが偏ったらだめだという論調に共感した。政治思想をふり回して疲れていた私は、小谷野の別の著作やかれの薦める本を読むうちに、もう中道しかないよなと納得してはまっていった。小谷野は自分を共和主義者として、「天皇制は人を生まれで差別する身分制だから反対」として批判しつつ、中国やロシアなどの共産主義陣営は信用できないのでアメリカを敵視せず友好的にして九条改正賛成、自衛戦争は当然容認というところは私も影響を受けた。小谷野が宗教に無関心であることや、狭く深くよりは薄く広くものを知っていた方がいいというスタンスも、私と似ていて身近に思った。ただ、その小谷野が完全に中道かは分からない。右翼からすると、天皇制を批判しながらアメリカと友好関係を持つのは左派だし(右翼はアメリカの「占領」は屈辱だと言いがちだが私は全然思わない)、左翼からすれば9条改憲は右派に見える。
 まあしかし、小谷野の文学や映画に対する批評は「自分が共感できるかどうか」に重きが置かれていて分かりやすい。現代思想をからめた評論とかテクスト論とかは、「自分の頭がいい自慢」であるどころかもはや自分たちでも何を言っているか分かっていないのである。私は小谷野の薦める本を次々読むことにしたが、しかしかれの価値観に支配され個人崇拝してもいけないというジレンマもある。最近、ようやく小谷野を客観的に見られてきている。たとえば、小谷野はあくまで文学者なので、文学における小谷野の見解は重要で今でも参考になるが、政治については政治学者が言っていることをまず参考にすべきだし、経済については経済学者が言っていることをまず参考にしよう、というように。
 ちなみに私は経済では高橋洋一を参考にしはじめている。小谷野が文系の合理主義者なら、高橋は理系の合理主義者である。私は天皇制に批判的なので、実は右派メディアによく出ている高橋のことを警戒していたのだが、感情論を廃した高橋の議論は合理的でかなり勉強になると気づいた。高橋は元財務相の官僚だが、官僚の汚職やなれ合いに批判的で、左翼陣営は今の自民党政権だけを批判すればいいと思っているが、安倍や自民党が退陣したところで官僚達はクビにならずそのままなのだから次に野党が政権交代しても官僚をどうにかしない限り政治・経済政策は似たようなものになるとする見解はなるほどと思った。ちなみに現在私は安倍と自民党を特別支持していないが特別敵視もしていない。日本に共和党ができれば共和党に投票する。ロック音楽は、漫画の作業中にたまに流す程度で全然聴かなくなってしまった。UAは一時期から、古代の原始的な日本人を美化するようになってきているがこれはもはや右翼なんじゃないかと思う。
 ところで、小谷野と高橋はともに東大出身だが共通する主張がある。学生の時にどんなに頭が良くて東大に入っても大人になってから勉強や読書をやめると馬鹿になる、というものである。こういうのを聞くと、ただでさえ東大に入る頭が全くない私は尚更ずっと勉強し続けて、なるべく思想が偏らないようにならないとなあと思うのである。その際は、客観的な事実に基づかなくてはならない。たとえば戦争責任は、侵略側が隠蔽するのはおかしいし、侵略された側が誇張するのもおかしい。私の今の政治思想は人から見たら決して中道ではないかもしれないが、勉強や人との議論を通して自分としてはなるべく中道を目指すしかない。そうでないと、私の性格上、極端なことをつい言いたくなってしまうからだ。しかし、私のような政治の専門家でもない人間が、極端な政治的な意見を主張するのは議論をややこしくするだけで迷惑だ。また、匿名で政治的な意見を言うインターネットの状況は、自分を安全なところに置いているぶん卑怯でもある。少なくとも私は卑怯者にはなりたくないから、今後も意見を述べるときは実名を出していく。
 でもまあ、まず私は漫画を描かなければいけないのだが。