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2016年に読んだ本・後半

前回に引き続き、2016年に読んだ本の感想です。「作品は神聖なものだから、点数をつけては失礼」なんてことは微塵も思ってないので、点数も付けます。ただ素人の付ける点数なので本気にする必要はないです。

(採点目安)
9点台 :傑作
8点台 :面白い
7点台 :読んで損なし
6点台 :面白いところもある
5点台 :いま一つ
4点台以下 :よく分からなかった





↓点数順。クリックで飛べます

シモーヌ・ド・ボーヴォワール『女ざかり ある女の回想』朝吹登水子・二宮フサ訳、紀伊国屋書店 9.5/10

女ざかり 上―ある女の回想

女ざかり 上―ある女の回想

 日本では1963年に刊行。女性哲学者ボーヴォワールの自伝で、二十歳ごろから第二次世界大戦が終わるまでが回想されている。
 ある日列車に乗っていると痴漢されてしまうのだが、認めたくないけどドキドキしてしまった、などの告白調の挿話に興奮した。ぼくは自分に都合の悪いこともちゃんと書く人が好きなので、フェミニズムに都合の悪い事を隠さないボーヴォワールは格好いいと思った。他には、外で読書をしていたら男がオナニーをしながら自分を見ていたとかいう話もある。
 また、フランス知識人たちの交流が多く出てくるが、ドイツ軍にパリを占領されても知識人たちは目立った抵抗はせずパリに留まり、サルトルなどは自分の演劇を上演したりしているから興味深い。彼らは本気で戦争に反対していなかったのかもしれない、とも読めるからだ。これも、自ら都合の悪いことを(図らずも?)ボーヴォワールは著述しているということだと思う。



レフ・トルストイ『クロイツェル・ソナタ米川正夫訳、岩波文庫 9.5/10

 1899年出版。序盤は女性性や結婚について遠慮のない考察が続き、例えば「婦人があらゆる公職についたり、政治に参与することを認める」男がいるが、「婦人を眺める目を依然として同じ」で、これでは奴隷制度じゃないか、と婦人解放を主張する男の偽善を指摘していて興味深い。
 そして何より、妻の浮気を疑った夫が妻に襲いかかるシーンが圧倒的に恐ろしい。殺されそうになる妻の「恐怖の表情」が「苦しいほどの快感を与えてくれた」、という夫の性的倒錯もさることながら、夫に抵抗する妻をここまで生々しく描いた作品を、漫画や映画を含めてぼくは初めて見たように思う。トラウマになるほど凄い。




ギリシア悲劇Ⅰ アイスキュロスちくま文庫 9.5/10

ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)

ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)

 アイスキュロスギリシアの劇作家で、紀元前525年に生まれ紀元前456年に没したといわれる。
 「オレステイア三部作」(「アガメムノン」「供養する女たち」「慈しみの女神たち」)が特に面白かった。息子に殺されそうになった母クリュタイメストラが、「地上にひざまずいて、胸の衣を裂き、乳房をさしつけ」、「この乳房、それへ縋って、お前がたびたび、眠こけながらも、歯齦に噛みしめ、たっぷりおいしい母乳を飲んだじゃないの」と息子に迫るシーンは常軌を逸していると思う。眼を瞠った。




ジェーン・オースティン『エマ』工藤政司訳、岩波文庫 9.5/10

エマ〈上〉 (岩波文庫)

エマ〈上〉 (岩波文庫)

 1814年刊行。美人だがプライドが高くおせっかいな女性エマが主人公で、年下の友人ハリエット・スミスを牧師のエルトンと結婚させるために色々と手を打つ。しかし実はエルトンはエマが好きだという三角関係で、その擦れ違いの描写に工夫があって良い。絵の才能があるエマはハリエットを座らせて絵を描き、エルトンにハリエットの良さを伝えようとする。エルトンはエマが好きなのでその絵を褒めるが、エマとハリエットは「ハリエット」の美しさを褒めていると勘違いする、というのは切ないが面白い。
 また、恋心のゾクッとするような描写もあって、ハリエットがエルトンの貼りそこねた絆創膏をずっと捨てずに持っていた、というのはかわいくもあるがグロテスクでもある。
 後半はいかにも大団円という感じで終わるが、ハリエットの振る舞いに魅力が欠けるというか、もっと自分を振り回したエマと喧嘩なり対決なりしたほうがいいと思った。
9.5/10




マーク・トウェインハックルベリー・フィンの冒険』上・下、西田実訳、岩波文庫 9/10

ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)

ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)

 1885年発表。少年ハックが黒人のジムと一緒に筏で放浪する話で、てっきり奴隷解放を勧めるようなヒューマニズム小説なのかなと思っていたら滅茶苦茶面白かった。子どもの残酷さと大人のグロテスクさを、綺麗事なしに語りまくっているのだ。
 ただ、後半ではジムの存在感が薄くなったので、もっと活躍したほうが物語が面白くなるのにと思った(そこが時代的制約なのかもしれないが)。




シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』遠藤寿子訳、岩波文庫 8.5/10

ジェイン・エア 上巻 (岩波文庫 赤 232-1)

ジェイン・エア 上巻 (岩波文庫 赤 232-1)

 1847年発表。孤児のイケてない女の子(ジェイン)が主人公で、周りのイジメっ子や大人たちにショックを受けながらも成長していく。大人や因習に反抗していくジェインは痛快で、孤児院を運営する人々の偽善性もしっかり描かれている。
 終盤の、一回り以上年上で片腕が無く盲目の男ロチェスターとの結婚生活は、いいように書かれすぎているというか、実際にそういう人と結婚したらもっと大変だろう思う。それとも、大変ではないほど金持ちということなのだろうか。一般的なリアリティがなく、不満が残った。




深沢七郎『盆栽老人とその周辺』文藝春秋 8.5/10

 1973年刊行。庶民らが平和に盆栽を育てていると思いきや、日々盆栽をお金で取引しあい、お互いに意地を張り合っている。
 主人公に半ば無理やり盆栽を勧める、先輩気どりの為平という老人は、盆栽を「眺めながら飯を食べることが何よりのたのしみ」だと豪語するが、盆栽の師匠である水沼老人に「(そんな盆栽)処分するんだなア、持っていてもムダだよ」と一蹴され、顔を赤くして泣きだしそうになる所は笑ってしまう。
 また、台風が来てビニールハウスが吹き飛んでしまい落ち込んだ農家の権平さんが、仲の悪い人の車が風で川に落ちてビニールハウス以上の被害額がかかる見通しだと知って安心する、など人間の嫌な部分が淡々と書かれていて面白い。




小谷野敦『中学校のシャルパンティエ青土社 8.5/10

中学校のシャルパンティエ

中学校のシャルパンティエ

 2003年刊行。作者が慣れ親しんできたクラシック音楽などが、当時の思い出と共に紹介されている。小谷野の父親は高卒の時計職人だったなど、身近な話も載っている。
 ただ、ぼくは(小谷野が苦手だという)ロックやジャズを聞いてきており、クラシックはほぼ全く知らないので感情移入できないところもあった。ちなみに一時期「文学が好きな人間は難解なクラシックを聞かなくてはいけない」と思って慌ててブーレーズとかシェーンベルクなどを聴いてカッコつけようとしたが理解不能で挫折した。まあしかし、変に難しいを表現しているというな音楽家よりメロディメーカーのマーラーなどのほうがいい、とか、実際に生で聴かなくてもCDでいい、とかいう所はクラシックに関係なく同意できる。
 また、君が代や日本の軍歌は欧米の生命賛歌と違い「立派に死んでこい」というニュアンスがあり、これはいくさを美化し陶酔させる危険がある、という考察も面白い。
 そして音楽の話だけでなく、創作論も出てくる。作品を作るとき「「反物語」であろうとする意思は「男性的」なもの」で、「それは最終的には女性的な「物語」に敗北する」、という。確かに「反物語」を作ろうとする表現者の多くは男ばかりで、ぼくも昔はアヴァンギャルドというような、わざと物語が無いナンセンスな作品をつくったことがあるが、結局は男が男に媚を売るような女性軽視(無視)的なところがあって、そもそも今見ると面白くない(笑えない)ので反省している。よく女に媚を売らない、という人がいるが、男に媚を売ってたら意味がないと思う。まあ結局のところ、作品には「物語」は必要、という考えはぼくの中ではゆるがないと思う。





勝目梓『小説家』講談社 8/10

小説家 (講談社文庫)

小説家 (講談社文庫)

 2006年刊行。昭和の売れっ子作家だった勝目梓(男性、本名同じ)が書いた私小説
 若い頃に働いていた炭鉱で、仲間のSが落盤に巻き込まれて死んだのだが、Sは大事な腕時計を落盤から守ろうと咄嗟に口の中に押し込んだので、死体の口から時計のベルトが見えていた、などのエピソードが怖いけど面白い。
 また、どんな過激な作品も本名を出して創作を続けた作者の覚悟には好感が持てる。「ペンネームの陰に隠れてポルノ小説を書き、金を稼ごうという魂胆のほうが、恥ずべき卑しい心根であろう」という発言からもそれが伺える。
 ただ、作者は一貫して女が出来る度に浮気をする男で、女性の扱い酷い。作者は自分の不利になることを隠さずに発表しているのは凄いし面白いのだが、娘も居るのに父としてそれは無いんじゃないのか、と疑問に思う所もやはりある。




ハーマン・メルヴィル『白鯨』田中西二郎訳、新潮文庫 8/10

白鯨 (上) (新潮文庫 (メ-2-1))

白鯨 (上) (新潮文庫 (メ-2-1))

 1851年発表。鯨に取り付かれた男たちの偏執的な語り口には迫力があり、引き込まれる。乗組員が鯨を執拗に追いかけるさまは、神を畏れぬ人間の行為と重なっているが、最終的に乗組員が全員死なないということからも、作者がその行為をある意味で肯定していると読める。
 ただいかんせん当時の鯨の生態学など、瑣末で詳細な著述が登場し過ぎて冗長で、ウンザリすることもあった。




谷崎潤一郎「盲目物語」 8/10

(イメージなし)
1932年発表。織田信長の妹お市をめぐる歴史小説で、シンプルに面白い。語り部はお市につかえた盲目の坊主で、人間の死や裏切りを淡々と述べていて、恐ろしくも痛快である。燃盛る城の中、女性を救出するためにおんぶしたとき、お尻が自分の体に触れるときの感触も、いやらしく伝わってきてよかった。




大江健三郎『キルプの軍団』岩波書店 8/10

キルプの軍団 (講談社文庫)

キルプの軍団 (講談社文庫)

 1988年刊行。主人公が男子高校生なので、大江の小説としては平易な言葉で読みやすかったが、前半はディケンズをめぐる考察などが冗長に感じた(というかディケンズをぼくが読んでないので、読んでからならもっと面白いのかもしれない)。
 しかし、サヨク的言説とは異なる視点からもキャラが生き生きと描かれていて、「ヒューマニストの作家であっても、かれが小説家として役に立つ資質を持っているということは、むしろ自分の生きている社会のね、差別的な感情を素直に体現している、というふうでもあるのやないか?」など、キャラクター同士の思想的な対立により小説に深みを出す手法は勉強になる。




小谷野敦『日本文化論のインチキ』幻冬舎新書 8/10

日本文化論のインチキ (幻冬舎新書)

日本文化論のインチキ (幻冬舎新書)

 2010年刊行。「日本というのは~」「日本人というのは~」という論調は学界にも氾濫しているが、冷静に考察したり資料を調べれば、日本(人)だけでなく西洋(人)にもあてはまるのだから日本だけに限定するのはおかしいということを一つ一つ論証していく。日本人論はまず疑った方がいいということだ。それだけ聞くとシンプルだが、多くの日本文化論がとりあげられては批判されるので読むのは辛抱がいる。
 一方で、過去を美化することへの批判から「ドラマが「戦前美化」をしていても、ドラマ中で軍国主義や戦争を「悪」として描かれていると凡庸な左翼には批判できない」と痛いところを突いたり、チョーサーやシェイクスピアの作品を用いて「恋愛が女によって裏切られるという話は女性蔑視だ」などの男女問題への切り込みなど、話が脇道に逸れているがそれはそれで面白い。
8/10




ジャン=ジャック・ルソー『孤独な散歩者の夢想』新潮文庫 7.5/10

孤独な散歩者の夢想(新潮文庫)

孤独な散歩者の夢想(新潮文庫)

 1782年刊行。馬車にはねられ怪我をしたら、後日自分は死んだというデマが広がっていた、などエピソードが面白い。慈善するときのジレンマも考察していて、「慈善を受けた物が、怨恨でおどしながら、その継続を要求するための何らかの名目をこさえるとき」、「もうそのときから窮屈が始まって、楽しさは消えてしまう」などと吐露している。
 その一方で、格好よく聞こえるけど本当に格好いい発言なのか分からないものもある。言いっ放しのいいところと悪いところがあるというか、この本は学問ではなくてエッセイとして楽しむべきだろう。
 ところで、ルソーが子どもの頃友達と喧嘩になった話で、棒に殴られその場に倒れたら、友達はルソーを「殺した」と思い、「抱きかかえ、抱きしめて、涙にぬれながら、泣き叫」んだらしく、これはハワード・ホークスの映画『港々に女あり』(1928年)を思い出した。
7.5/10



円地文子『朱を奪うもの』講談社文芸文庫 7.5/10

朱を奪うもの (講談社文芸文庫)

朱を奪うもの (講談社文芸文庫)

 1963年刊行。自伝的小説の三部作の第一部。(17/3/24追記)円地文子は1946年に子宮がんにより子宮を摘出している。作中では乳房切除の話も出てきて、女性としての存在価値を問うていて興味深いが、円地が実際に乳房も切除したのかは分からない。
 少女時代の回想がリアルで、子どもの世界を理想化せず残酷なところも書いていく。男友達とばかり遊んでいるので同性から嫌われる、というのも苦くていい。少女が発育していく不安が赤裸々に語られていてよかった(オナニーを匂わす描写もあった)。
 中盤以降、貧しい人を助けたいが自分は裕福な家の出身だ、という葛藤がちょくちょく出てきてそこは退屈に感じた。



森まゆみ『断髪のモダンガール―42人の大正快女伝』文藝春秋 7.5/10

断髪のモダンガール―42人の大正快女伝

断髪のモダンガール―42人の大正快女伝

 2008年刊行。長い黒髪こそ美人の条件だった当時の世の中で、断髪した女性たちの生き様を追う。早世と長生き、引っ越しと永住、奔放と奥手、出産するしない、同性or異性が好き、と多様性があり驚いた。42人分の顔写真が掲載されていて楽しめる。
 1人1人掘り下げられているとはいえないが、入門にいいと思う。



ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』ちくま文庫 7/10

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)

 「生まれ高き者は、立派に生きるか、さもなくば立派に死ぬか、このいずれかを選ばなければならない」というセリフにみるように、命を賭けることが美しいこととされていて、ニーチェナチス三島由紀夫などに影響を与えたのもうなずける。紀元前400年以上前に書かれたものが今も残っている訳だからそれだけで読む価値はあるが、神に逆らった人間は基本的に敗北するので、ワンパターンだとは思った。あと、「女が出てこないからダメ!男に興味無し!」と言うつもりはないけど、アイスキュロスの劇では(悪役だけど)眼を瞠る女キャラが出てきて面白かったからぼくはアイスキュロスの方が好みではあった。




ロンゴス『ダフニスとクロエー』松平千秋訳、岩波文庫 7/10

ダフニスとクロエー (岩波文庫 赤 112-1)

ダフニスとクロエー (岩波文庫 赤 112-1)

 2世紀末から3世紀初め頃の古代ギリシアで書かれたとされる恋愛物語。ギリシアの恋愛観と言えば「男同士」という女性蔑視で知られるが、これは男女の恋愛を描いた珍しい作品とされている。男女の心の動きがしっかりと書かれていて驚いたが、戦争の描き方は神話的で、実際の戦争のような生々しさはないので、恋愛の細やかな描写との落差を感じた。捨て子が親と簡単に和解するのも、時代的にしょうがないだろうが不満は残った。




ジェーン・オースティン高慢と偏見』富田彬訳、岩波文庫 7/10

高慢と偏見〈上〉 (岩波文庫)

高慢と偏見〈上〉 (岩波文庫)

 1796-97年に執筆、1813年出版。主人公のエリザベスが、「嫌な男だ!」と思っていたダーシーを逆に意識しだし、徐々に自らの偏見に気付く、という恋愛小説。既に1800年には、クオリティの高い心理描写が書かれていることに新鮮に驚いた。ただ、オーソドックスで面白いのは確かだが、展開は予想がつくので後半は長く感じ、ワクワクするシーンに欠けた。『エマ』の方が面白い。
 ところでこれは大学の授業で聴いたが、オースティンの時代は女性が小説を書くのは恥だとされていて、自分の部屋で小説を執筆する時はすぐに原稿を隠せるように扉の蝶番をわざとサビさせて、誰かがドアを開けようとすると「キイ」と大きな音が鳴るようにしていたという。




筒井康隆ロートレック荘事件』新潮社 7/10

ロートレック荘事件 (新潮文庫)

ロートレック荘事件 (新潮文庫)

 1990年刊行。表紙に注意書きがなされている通り、メタフィクションとしてのミステリー小説なのだが、登場人物それぞれの心理が丁寧に描写されているので(娘たちがみずみずしい)、アンチ・クライマックスな展開でもガッカリせずに楽しめる。ただ、その仕掛けがすごい面白いかと言うとそうではない気もする。
 ところで、侏儒(しゅじゅ=小人)症のキャラクターが主人公なあたり、名探偵コナンを思い出した。
7/10




J.M.クッツェー『マイケル・K』くぼたのぞみ訳、岩波文庫 6.5/10

マイケル・K (岩波文庫)

マイケル・K (岩波文庫)

 1983年発表。南アフリカの内戦中、ヤギを捕まえて頭を池に沈めて殺し、なんとか解体するも、気分が悪くなってほとんど食べれない、など一般人が戦争に放り込まれた時の絶望感がにじみ出ていてよい。難民キャンプでは、「ここは刑務所じゃないぞ。キャンプだ。食いぶちは自分で稼ぐ、キャンプじゃみんなそうしているんだ」と、そこでの非人間的な生活も描写している。
 その後主人公はキャンプ地を脱走し、耕作放棄地で作物を育てる決意をするが、ここらへんは退屈に感じた。大地と向き合うことが生きること、というのは、確かにそうかもしれないが、内戦の解決には直接関係がないことなので内戦を見ないフリとしている気もする。主人公が混血、という設定が必要なのかも分からなかった。著者と同じく白人で良いのでは?




谷崎潤一郎吉野葛』 3/10

(イメージなし)
1937年発表。後南朝人形浄瑠璃の知識があると面白いのだろうが、固有名詞が分からないので難しかった。ぼくに教養がないのが悪いのだが。中心となる主題「母への恋」も、美しくまた色気のある母を持った人なら分かるのかもしれないが、そこもぼくにはピンとこなかった。ちなみにこの小説は、作者が歴史小説を書こうとして書けない、というメタ小説の先駆けとしての評価もあるらしい。




泉鏡花『春昼・春昼後刻』岩波文庫 3/10

 1906年発表。初めて泉鏡花を読んだ。『春昼』は鈴木清順の映画『陽炎座』の原作で、映画は先に見ていて、ぼくが大楠道代という女優が好きなこともあり楽しめたが、小説の方は「怪奇小説」というものなのか、人間が掴みにくくて(というか掴みにくいようにしていて)読みにくかった。泉鏡花の小説に10点中3点を付けるのはヤバいことなのかもしれないが、よく分からなかったのだからしょうがない。
 ただ、他の鏡花の作品はいずれ読んでいきたい。




久生十蘭『内地へよろしく』(河出文庫) 1/10(参考)

 実は最後まで読んでいない。友人に勧められたが面白さが全く分からなかった。この小説は太平洋戦争中に書かれた作品だが、南島に派遣された日本兵たちが雌鶏が卵を産むか産まないかでモメる、その雌鶏が銃弾で死ぬも日本兵は死なない、などの能天気ぶりである。能天気であるが、ギャグにしては笑えない。
 結局のところこれはただの、「南島に派遣される生活も和気あいあいで楽しいよ!やりがいがあるよ!」というような、戦争美化ではないのか?全部読んでないので参考ではあるが1点。面白いぞ!という反論があればもちろんどうぞ。