大類浩平の感想

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感慨深いAV――『145cmマイクロ秀才娘処女喪失 小春くるみ』

 『145cmマイクロ秀才娘処女喪失 小春くるみ』(2011年)というAVが感慨深かった。青春時代は勉強しかしてこなかったという真面目な27歳の女性が、会社で初恋の男性に失恋したのをきっかけに、自分を変えるために自ら応募してきたというものだ。女性が美人過ぎないし、人見知りで男性にモテてこなかった感がリアルなので、ほぼヤラセなしのドキュメンタリーだろう。これ一作しかAV出演がないし。
 冒頭で小春くるみが、どうして私は今まで処女だったのかと分析して喋っているところから始まるが、ここからもう私は掴まれた。私は頭の良い女性が好きだからである。「秀才娘」というタイトルにも偽りがない。
 社会学者の赤川学(1967-)は、ポルノとは「マスターベーションに必要な想像をかきたてるために利用される表現物」(『性への自由/性からの自由』p14)と定義する。そもそもポルノというのは、受け手をマスターベーションさせることを目的としているから、当然私はこのAVでオナニーをして射精した。しかし普通のAVに比べたら、私がペニスをいじる時間は短かった。性的興奮を催すというより、好奇心と心配が勝つシーンも多かった。例えば、いざ挿入となるとき、彼女は痛そうにしているし、おそらく全く気持ちよくなさそうだからである。苦痛を浮かべている女性を見て余計興奮する、という男は性癖が倒錯していると言っていい。私を含めた大体の男は、女性が気持ちよくなっている顔や仕草こそが好きだからである。だから、普通の男はレイプ犯罪をおこそうとは思わない。レイプ犯は、女性が苦痛で顔をゆがめていることすらも快感に思うのだ。もちろん、この小春くるみはレイプをされているわけではない。処女を捨てるために自分から応募している。なんと彼女が3Pをするシーンもあるが、これも事前に同意して行っており、本人も「一生できないだろうから貴重な体験」とか言っている。でも、やはり見ていて痛々しい感じがある。彼女が実際は気持ちよくなっていないのを、もはや制作者側も隠す気がない。だから、セックスシーンのほとんどでは、私は性的興奮というよりは処女の大人の女性はどういう反応をするのか、という興味で見た。全く退屈はしなかった。もっとも、とにかく性的興奮だけを求めている人には物足りないAVではある。あと、女性が見ても面白いとは思うが、人によっては性描写に不快を覚えるかもしれない(AVだから当たり前だが)。あと、女性AV監督による処女喪失ものとかがあるなら見たくなった。
 果たして小春くるみはこの後どうなったのだろうか。まさか、AV出演がバレたのをきっかけに職場で苛められ、生きるのが辛くなった、ということにはならないでほしい。AVに出た女性に偏見を持つことは愚かなことである。AV女優や性産業に従事する女性が男のガス抜きをするおかげで性犯罪率は下がっているので、彼女らは社会貢献をしているのである。とくに彼女には幸せになって欲しい。


●参考文献
赤川学『性への自由/性からの自由 ポルノグラフィの歴史社会学青弓社、1996年

『イントレランス』(1916)から『リリーのすべて』(2016)まで 2017年に観た映画

102本、年代順。



点数(10点満点)『映画タイトル』(制作年/制作国)監督名
(ほぼ全てネタバレをしているのでご了承ください。)

1.5『イントレランス』(1916/米)D・W・グリフィス

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 迫力があるだけ
 でかいセットは迫力がある。しかしそれだけである。当時としては珍しく4つの物語を平行して描いているが、面白いかどうかは別の話である。全体が180分に膨らんでおり冗長になっている。しかも物語のそれぞれがユダヤ教キリスト教に関わるもので、私には興味が出なかった。


6.0『ナポレオン』(1927/仏)アベル・ガンス

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 4時間は長い
 中盤くらいまでは大河ドラマとして楽しめる。しかし、後半はナポレオンの勇ましさが実験的な映像で強調されるばかりで面白くなかった。ナポレオンが共和主義を裏切るところも、没落していくところも描かれない。再生時間は4時間あるが、半分にまとめてほしい。


6.0『下宿人』(1927/英)アルフレッド・ヒッチコック

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 サスペンスの基本
 誰が犯人か分からない、というサスペンスの基本が既に現われている。ハッピーエンドなのもいい。ただ、娯楽性でいうと後続のサスペンスに乗り越えられている。


7.0『マタ・ハリ』(1931/米)ジョージ・フィッツモーリス

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 ガルボが美人
 第一次世界大戦中にスパイ容疑で処刑されたストリッパー、マタ・ハリをモデルにした映画である。グレタ・ガルボが美人で官能的でよい。病院にいる負傷した兵士たちも生々しく、戦争の息づかいが伝わる。ただ、マタ・ハリが映画にするほどの人物なのかどうかは疑問である。


4.0『若草物語』(1933/米)ジョージ・キューカー

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 ドラマがない
 4人姉妹が主人公だが、姉妹でケンカをする場面もほとんどなくドラマがない。主人公のキャサリン・ヘプバーンが男の求婚を断る意味もピンとこない。また、キャサリンは作家を目指しているが、さして努力してるように見えないのに難なくデビューするのは唐突である。


5.0『孔雀夫人』(1936/米)ウィリアム・ワイラー

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 意地悪な貴族
 浮気っぽくて思慮がない妻が夫に捨てられる、いい気味だ!という話。女性蔑視的で、ラストも後味が悪い。ただ、貴族の母親が意地悪に描かれているのはいい。「息子は貴族として子孫を残さないといけないが、年上の妻に子供が産めると思えない」と、年増の女が結婚を拒否される場面は、身分制への問題提起として読める。


3.0『ステージ・ドア』(1937/米)グレゴリー・ラ・カーバ

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 自殺させることはない
 女優を目指す女達の群像劇だが、それぞれの登場人物の描写が足りない。後半で、ある女優志望の女がキャサリン・ヘプバーンに役を奪われ自殺してしまう。しかし、その自殺がうまく物語に絡んでいない。だったら何も彼女を自殺させる必要は無く、キャサリンと喧嘩したのち仲直りする、くらいで良かっただろう。


7.0『汚れた顔の天使』(1938/米)マイケル・カーティス

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 ギャングの更正
 ギャングのキャグニーが主人公だが、基本的にはギャング更正映画である。神父(パット・オブライエン)はかつてキャグニーと親友だったが、双方がしっかり対立しておりドラマが生まれている。ラストの電気椅子のシーンもいい。ただ、私はギャングと宗教に興味がないから、もっと何か決め手が無いとこれ以上の点は付けられない。


6.0『我が家の楽園』(1938/米)フランク・キャプラ

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 まあまあ楽しめる
 1938年アカデミー賞作品賞、監督賞受賞。軍事工場の社長が民家のある土地を買収しようとするが、金儲けよりも大事なことがあるんじゃないかと思いとどまり中止する。コメディとしてはまあまあ笑える。ただ、現実的ではない話なのだから、エンターテインメントだとしたらもっと楽しめないといけない。『メリー・ポピンズ』(1964年)では、銀行家の父が金儲けより大事なものがあるといって歌い出すシーンがあるが、ミュージカル映画という性質を十分生かしており面白い。後年の映画に乗り越えられている。


10.0『風と共に去りぬ』(1939/米)ヴィクター・フレミング

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 ヴィヴィアン・リーが痛快
 まだ貴族社会の息苦しさが残る19世紀に、ヴィヴィアン・リーは持ち前の気の強さとたくましさで生き延びていく。女のくせに、という偏見をもろともせず突き進んでいくさまは痛快である。一昔前の献身的な女を演じるオリヴィア・デ・ハヴィランドも美人である。基本的に原作小説を忠実に再現しており、さらに終盤のゲーブルとの結婚生活は小説に比べうまくカットしている。もちろんこの映画に対して、黒人奴隷の描き方がステレオタイプだという批判はできる。しかし、この時代に人種をステレオタイプで描いていない映画を探す方が無理なので、減点対象にはしない。


8.5『哀愁』(1940/米)マーヴィン・ルロイ

 売春するヴィヴィアン
 第2次世界大戦中の英国が舞台。序盤では、主人公ヴィヴィアン・リーの恋心が瑞々しく描かれる。ロバート・テイラーが家の前に現われた嬉しさで、彼女は自分が服を着てるのか来てないのか分からなくなる。恋に落ちた女性の取り乱すさまが面白い。まもなくテイラーが戦争に行くと、彼が死亡したという記事が新聞に載るが、これは誤報であった。しかし、ヴィヴィアンはそうとは知らず絶望し、友人を通じて売春を始める。強かなヴィヴィアンは美しいが、そこが泣ける。この時代に売春がテーマになる映画は珍しいのではないか。ただ、ヴィヴィアンが身を投げるというオチは可哀想である。責任は新聞の誤報にあるのだ。


8.0『いちごブロンド』(1941/米)ラオール・ウォルシュ

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 面白いがハヴィランドの見せ場が少ない
 主人公のキャグニーが、かつて女や仕事のことで出し抜かれた男に復讐しようとする話。ストーリーも楽しめるし、結婚生活の現実とかゾッとすることも描かれている。ところでキャグニーの妻オリヴィア・デ・ハヴィランドは元々進歩的な女で面白かったのに、結婚後はただの平凡な女になってしまう。ハヴィランドの見せ場が減り残念。


6.5『逃走迷路』(1942/米)アルフレッド・ヒッチコック

 前半のプロットは面白い
 ロバート・カミングスは破壊工作員と間違われ、警察からも追われる。序盤からハラハラする展開が続き、引き込まれる。ただ、疑い深かったプリシラ・レインがカミングスを信用する気になった理由がよく分からない。心理描写が丁寧ではないのだ。また、戦争中の映画なので、ナチス批判だったりと説教臭いところはある。


7.5『わが青春に悔なし』(1946/日)黒澤明

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 原節子の色気
 戦前から終戦までの日本が舞台。仲の良い友達同士が思想的に擦れ違い、疎遠になるという展開はベタだが面白い。また、私は小津安二郎の映画で原節子を見ても美人だと思ったことはないのだが、これは美人で驚いた。原には予測不能なところがあり、理由もなくイライラして男の同級生を土下座させようとする。そういうところに妙な色気がある。また、大人の社会のイジメや田舎の閉鎖性も描かれている。ただなにぶん、戦後すぐの映画なので説教臭さはある。


8.0『素晴らしき日曜日』(1947/日)黒澤明

 羨ましい
 前半のテンポは悪く少々退屈する。しかし、後半には感銘を受けるシーンがいくつもある。戦争の傷跡が残る町で、喫茶店を開く夢を語り合うカップルはいいし、野外ステージで指揮者の真似をするシーンも感動的である。こういうカップルは羨ましい。


8.0『破れ太鼓』(1949/日)木下惠介

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 初々しい
 女性の自我や恋愛結婚観など、一つの家庭を舞台に近代の概念が初々しく語られる。親父の阪東妻三郎はいかにも家父長的な振る舞いをするが、阪東が若い頃北海道の開拓地で働いたシーンが登場するなど人物のバックボーンが分かるので憎めない。


7.0『花嫁の父』(1950/米)ヴィンセント・ミネリ

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 父親の心境は面白い
 結婚を控えた花嫁の父親(スペンサー・トレイシー)を主人公に据える。結婚を待ち望む娘(エリザベス・テイラー)や妻(ジョーン・ベネット)とは違い、父親としての不安な心境が丁寧に語られる。対比がうまくなされていて面白い。ただ、肝心の花婿像が詳しく描かれていないのは勿体ない。あと、物語にわざとらしい事件が起こる必要はないのだが、起こらなすぎる。


8.5『アフリカの女王』(1951/米・英)ジョン・ヒューストン

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 中年の恋心
 「アフリカの女王」とは、ハンフリー・ボガードが操縦する小型貨物船の愛称。第一次世界大戦下、ドイツの植民地だったアフリカから、ボガードとキャサリン・ヘプバーンはひっそりと脱出を試みる。キャサリンの気が強いところは面白いし、美男美女には見えない二人がいつの間にか惹かれあっていくのが微笑ましい。中年の恋愛映画としても楽しめた。


9.5『ケイン号の叛乱』(1954/米)エドワード・ドミトリク

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 傑作
 ハーマン・ウォークの同名小説が原作。小説は小説で面白いが、映画は無駄がなく面白い。神経症的な船長(ハンフリー・ボガード)には凄みがあるし、その後の軍法会議でのやりとりも手に汗握る緊張感がある。小説とは違い、主人公ウィリーが彼女と結ばれて終わるのもいい。傑作である。


7.5『心のともしび』(1954/米)ダグラス・サーク

 もっと面白くできる
 金を持て余している男ロック・ハドソンは、毎日投げやりに生きている。しかしある日、ふとした事故でジェーン・ワイマンという知り合いの女性に怪我を追わせ失明させてしまう。ハドソンはこの事件をきっかけにまともに生きることを決意する。ハドソンは名を名乗らず、他人のふりをしてワイマンの世話をする。しかし、実はワイマンは彼がハドソンだということを何となく感づいていた、というシーンは感動的である。大人の男女の愛が美しく描かれている。ただ一方で、失明させられたワイマンや親族は、もっとハドソンに怒りを抱いていいのではないだろうか。そういう葛藤も描くとドラマも増えただろうに、惜しい。


7.5『追想』(1956/米)アナトール・リトヴァグ

 オチが良い
 イングリッド・バーグマンがロシアの皇族の生き残りではないか、とユル・ブリンナーが探る。ユル・ブリンナーは最初は遺産目当てだったが、バーグマンのことが本当に好きになっていく。物語に派手さはないが、ベタな面白さがある。そして、ラストでは二人は駆け落ちする。バーグマンが本当に皇女だったのか分からない。しかし、たとえ家柄がどうだとしても二人は人間として愛し合う道を選んだ、という結末であるから良いオチである。1996年に、ディズニーによって『アナスタシア』としてリメイクされているが、そちらは王制への憧れが強くて嫌だった。
 

8.5『喜びも悲しみも幾歳月』(1957/日)木下惠介

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 灯台守の夫婦
 灯台守の夫婦を通して、戦前や戦時中の日本がふり返られる。説教臭くないし、身近な人々が戦死するなど戦争を美化はしてもいない。『風と共に去りぬ』のような大河ドラマの趣がある。ただ、夫婦の物語であるわりに妻(高峯秀子)の存在感が足りない。


3.0『カビリアの夜』(1957/伊)フェデリコ・フェリーニ

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 楽しくはない
 娼婦のジュリエッタ・マシーナは良いが、恋愛描写のような情緒は無い。マシーナがひたすら男に翻弄されるだけの話なので、可哀想だし楽しくない。また、マシーナが神にすがり教会に行くシーンがあるが、私は神にすがったことがないので共感できなかった。


8.0『裸の太陽』(1958/日)家城巳代治

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 仲代の話を広げればもっと面白くなった
 『暴れ太鼓』のように、カップルを通して近代思想が瑞々しく描かれており面白い。ただ、終盤で仲代達矢の片思いの恋が明かされるが、仲代のバックボーンに時間が割かれていないのは物足りなかった。ここを広げればもっと面白くなったであろう。主題歌はポップで楽しい。


8.5『北北西に進路を取れ』(1959/米)アルフレッド・ヒッチコック

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 代表作
 観客を裏切る物語が冴えるし、飛行機が突っ込んでくるシーンには迫力もある。エヴァ・マリー・セイントが知的で美人なのも良い。ヒッチコックの代表作と言える。


2.0『勝手にしやがれ』(1959/仏)ジャン=リュック・ゴダール

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 たいした映画ではない
 大学生の頃に初めて見たときは凄い映画なのかと思ったが、多少カットのつなぎにアイデアがあるだけで、見直すとたいしたことはない。主人公の男がマフィアに憧れているだけのチンピラなのが寒い。また、その男を裏切り警察に売った女が悪く描かれるが、むしろチンピラを擁護しないだけ立派な女である。


3.0『殿さま弥次喜多 捕物道中』(1959/日)沢島忠

殿さま弥次喜多 捕物道中 [VHS]

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 雪代敬子が活躍しない
 殿様二人が身分を偽って旅に出る話だが、身分制自体を批判しているわけではない。女義賊である雪代敬子がキーパーソンのように語られるが、実際は全然活躍しないので物足りない。男同士の映画に過ぎなくなっている。


1.5『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(1960/米)ロジャー・コーマン

 1986年版の方が面白い
 主人公シーモアは、植物の餌のために歯科医を自分の手で殺すなど狂気染みしている。リメイク後のミュージカル映画(1986年)のほうが感情移入できて面白い。


1.0『若者のすべて』(1960/伊)ルキノ・ヴィスコンティ

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 若者の一部
 貧しい兄弟がボクシングをやったり、そのうちの一人が娼婦を殺したりと、粗野で乱暴で眉をひそめたくなる映画。こんな野蛮な人々は若者の一部に過ぎない。


4.0『ろくでなし』(1960/日)吉田喜重

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 高千穂ひづるだけいい
 ヌーベルバーグのように退廃的な調子で、エネルギーが感じられない。津川雅彦が無責任な男で不快である。ただ、年上の女高千穂ひづるに色気があり、人間的に魅力もあるのはいい。


8.0『黒い十人の女』(1961/日)市川崑

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 女達の共謀
 一人の男に不倫をされていた女達が、共謀して男に復讐しようとする。殺人事件が起きているわけでもなのに、サスペンスとして引き込まれる。テレビ局に勤める岸田今日子が、封建的な男性プロデューサーに理論的に反論するシーンも格好いい。ただいかんせん、モテまくりで不倫しまくりの主人公船越英二に感情移入しかねる。


1.0『女は女である』(1961/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール

女は女である HDリマスター版 [DVD]

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 だから何だ
 ハリウッドのミュージカル映画のオマージュをブツ切りでやっているわけだが、だから何だという話である。わざと音痴に歌ったりしている。映画評論家の蓮實重彦がベスト141のうちの1本に選んだりしているがまったく意味が分からない。ゴダールだというだけで高評価しているんだろう。


1.5『女と男のいる舗道』(1962/仏)ジャン=リュック・ゴダール

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 殺すことはない
 冒頭のカメラワークだけちょっと面白い。主人公のナナがただかわいそうで、殺すことはないだろう。


0.5『軽蔑』(1963/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール

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 典型的な女性蔑視
 愛を裏切るのは女の方からだ!という典型的な女性蔑視映画である。こういう男の考えが私は嫌いである。あとは、米国人プロデューサーを陳腐な悪役にしているだけで、物語には工夫がない。


3.0『山猫』(1963/伊)ルキノ・ヴィスコンティ

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 貴族がダラダラしてる
 統一戦争時代のイタリアが舞台だが、大河ドラマとしての娯楽性は低い。ガリバルディが出てくれば面白いのに、出てこない。上映時間が3時間もありながら、貴族が舞踏会でダラダラするシーンばかりが目立つ。カンヌ映画祭パルム・ドールを受賞した作品だが、何で受賞したのか分からない。


1.0『はなればなれに』(1964/仏)ジャン=リュック・ゴダール

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 実験的な作品は古びる
 「1分間の沈黙は長い」ということを示すために、映画を1分間無声にする演出があるが迷惑である。実験的な作品は古びるということが分かる。


1.0『気狂いピエロ』(1965/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール

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 感情移入なし
 ベルモンドは一児の父親だが、家族を捨てて先のまったく見えない逃避行をする。冒頭からまったく感情移入できない。その後も、女が男を裏切るなど女性蔑視的な展開である。ところで、この映画のタイトルは「きちがい」と読む。放送倫理に配慮して「きぐるい」と読んだり、原題のカタカタ読みとして「ピエロ・ル・フ」と言ったりすることもあるようだが、そういう言葉狩りは愚かである。


8.0『飢餓海峡』(1965/日)内田吐夢

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 左幸子が泣ける
 水上勉の同名小説が原作だが、小説よりはまとまっていて面白い。娼婦の左幸子の健気なところが泣ける。ただ、いかんせん無実の人間を二人殺す三國連太郎に感情移入はできない。


7.5『幸福』(1965/仏)アニエス・ヴァルダ

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 女達への愛が感じられる
 「幸福」と書いて「しあわせ」と読む。仲睦まじそうな夫婦が主人公だが、実は夫は結婚生活に退屈していて不倫をする。ふとした弾みに出現する妻との不和が恐ろしい。一方、不倫相手の女はステレオタイプに描かれず、制作者側の女達への愛が感じられる。ただ、前半に見せ場が少ないのでそこは退屈した。


5.0『アルファヴィル』(1965/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール

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 ゴダールではまとも
 ディストピアを舞台にしたSF作品。ストーリーがあるのでゴダールとしてはまともな方である。ただ、主人公が思想統制された都市に入り込んでいるにもかかわらず、見張りもなく自由に活動できているのが不自然である。また、この映画では論理や論理的であることが批判されているが、非論理的な犯罪者やテロリストがいることを思えば論理は大事である。そして皮肉にも、『アルファヴィル』はゴダールの作品において論理的な方である。


5.0『女のみづうみ』(1966/日)吉田喜重

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 原作小説よりはいいが…
 原作は川端康成の小説『みづうみ』だが、小説は群像劇のようで散漫としているので、主人公を絞っている映画の方がいい。女性も官能的に描けている。ただ、ヌーベルバーグの影響なのか、演出が間延びしている。もっと面白くできそうなのに、わざと娯楽性を排除しているきらいがある。


0.5『中国女』(1967/仏)ジャン=リュック・ゴダール

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 過去の遺物
 文化大革命毛沢東をスタイリッシュに取り上げているつもりらしい。私には全く興味が出ない映画である。文化大革命とは、政府が金属を集めて工場をたくさん作るために農民から農具を取り上げたら、農民が餓死しまくったというもので、悲惨であるが単純な話に過ぎない。ところで終盤、過激派の学生が哲学者に窘められるシーンがある。制作者側としては、左翼運動に諸手を挙げて賛成していない、ということを言いたいのだろうが、だったら尚更映画にする必要などない。最初から、左翼運動がテーマの映画など作らなければいいのである。


1.0『ウイークエンド』(1967/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール

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 古くなっている
 今見ると別に実験的でもショッキングではない。ギャグも古くなっている。車が大渋滞するシーンは北野武の『みんな~やってるか!』でオマージュされているが、武の方がちょっと笑えるくらいである。


4.0『エロス+虐殺』(1969/日)吉田喜重

 いらない手法が目立つ
 大杉栄と共に殺された無政府主義者伊藤野枝が主人公。序盤では、女性運動家としての初々しい正義感が語られて微笑ましい。しかし、なぜか現代を舞台にした学生達のエピソードが交代で挟まる。これではテーマが散漫になるだけである。また、野枝と大杉とその愛人逸子の三人が相争うシーンを期待したが、三人とも観念的な台詞を口にするだけでガッカリした。


1.5『煉獄エロイカ』(1970/日)吉田喜重

 痩せた女性の裸だけ良い
 ヨーロッパの前衛を真似しただけ。観客に理解させようという気がない。原子力を扱っているが、原子力に賛成かも反対かもよく分からない。伝えたいことがないのだろう。ただ、痩せた女性(木村菜穂)の裸には興奮した。


8.0『クロムウェル』(1970/英)ケン・ヒューズ

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 共和国の実現
 クロムウェルは英国の政治家で、王制を倒して英国において初めて共和国を実現した。オーソドックスな伝記映画であるが、大河ドラマとして楽しめる。もっとも、クロムウェルが政権を奪取して以降は描かれないのでそこは物足りない。尺が足りなかったのか、クロムウェルの独裁者的な性格を描くのから逃げたのか…。


1.0『ラムの大通り』(1971/仏)ロベール・アンリコ

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 面白さ不明
 ヤクザまがいの老いた船長が主人公。なぜかスター女優が男に惚れるが、惚れる要素などないから意味が分からない。男にも女にも感情移入はできない。そのくせ、女は別の男にくらんで主人公を捨てる。女の方から愛を裏切るという女性蔑視である。


1.0『告白的女優論』(1971/日)吉田喜重

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 精神分析だの何だの
 ヨーロッパの前衛に影響を受けたゲイジュツ映画。さも精神分析学で好まれるようなテーマを筋に当てはめているだけで工夫がない。登場人物も多いだけで、全く必要ない。


7.5『マーラー』(1974/英)ケン・ラッセル

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 マーラーの伝記
 作曲家グスタフ・マーラーの伝記映画。奇抜な映像表現だが、ちゃんとマーラーの生い立ちやバックボーンが描かれるので感情移入できる。妻がミステリアスで良いキャラをしているのだが、それだけに妻のバックボーンも描いてほしいところであった。


9.0『バリー・リンドン』(1975/米)スタンリー・キューブリック

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 小説より面白い
 原作はサッカレーの同名小説だが、小説より面白い。物語も工夫されているし、冗長な賭博のシーンも削られている。義理の息子との決闘シーンなどは息をのむほどドラマがある。主人公の従妹(ゲイ・ハミルトン)も美人ではないが色気がある。私が観たキューブリック作品の中で一番好きである。


8.5『アデルの恋の物語』(1975/仏)フランソワ・トリュフォー

 感情の予測不能
 フランスの文豪ユーゴーの次女・アデルを描いた伝記映画。アデルはかつて一夜を共にした英国の中尉のことが忘れられない。カナダまで彼のあとを追ってきて熱い手紙を送るなど、その思いはストーカーじみていく。この女性の執念を、恐ろしいと言っていいのか美しいと言っていいのか分からない。しかし、この映画が人間の感情の予測不能さを捉えているのは間違いない。


9.0『祭りの準備』(1975/日)黒木和雄

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 自伝的映画
 脚本家の中島丈博が育った高知県中村市が舞台である。中島の実体験からくるのであろう、田舎の息苦しさや粗野なところが生々しく描けてある。売春宿に勤めたあと頭がおかしくなってしまった女がいるのだが、主人公の祖父がその女を孕ませてしまう展開は唖然とした。登場人物が多く、もっと一人一人にスポットを当ててほしいという不満もあるが、しかしそこを差し引いてもかなり面白い映画である。


1.5『デルス・ウザーラ』(1975/ソ連・日)黒澤明

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 自然を主人公にしてもつまらない
 大自然を賛歌し、近代文明を批判するだけの内容である。ロシアの探検家の人となりも描写されないので感情移入できるキャラがいない。女性も出てこない。この映画の主人公は「自然」なのだろうが、人間が主人公でない映画はつまらない、という当たり前の事実を再確認した。


8.5『震える舌』(1980/日)野村芳太郎

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 追い詰められた夫婦の絆
 原作は三木卓の同名小説。家の近くで泥遊びをしていた幼い娘が破傷風にかかり、壮絶な闘病を余儀なくされる。親夫婦は娘の命を気遣ったり、あるいは自分のせいだと自らを責めたり、喧嘩をしてしまう。しかし、そんな時にふと垣間見える絆は感動的である。ストーリーのテンポは悪いのだが、そのテンポの悪さが闘病の大変さや、何もできない親の無力感を表現しているとも思える。主治医の中野良子が頼りがいがあって格好良い。あと病院の中で皆が煙草を吹かしているのは興味深い。


8.5『遠雷』(1981/日)根岸吉太郎

 横山リエがエロい
 原作は立松和平の同名小説だが、農家や団地妻の生々しいエロスが小説以上に表現できている。永島敏行が年上の女(横山リエ)とビニールハウスでセックスをする場面はかなり興奮した。もしこういう女と実際に会ったら私も人生を狂わされてしまいそうである。ただ、永島の親友であるジョニー大倉のバックボーンが描かれないので、彼の起こした殺人事件について心を揺さぶられることは無かった。


7.5『ポゼッション』(1981/仏・西独)アンジェイ・ズラウスキー

ポゼッション デジタルニューマスター版

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 怪獣映画みたい
 妻(イザベル・アジャーニ)が夫のことを毛嫌いするようになり、夫は怒りでストーカー化する。その後の展開を思うと、怪獣映画のようでもある。なぜか途中、バレエ教室でイザベル・アジャーニが少女を調教するシーンがあり、撫で回される少女に興奮した。後半の展開は飛躍していてほとんど意味が分からない。もっと若い頃に観ていれば衝撃を受けたかもしれないが、今の私では7.5点。


8.5『幻の湖』(1982/日)橋本忍

幻の湖[東宝DVD名作セレクション]

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 謎の面白さ
 主人公の南条玲子はソープ嬢で、愛犬とのランニングを日課にしている。南条にはエロさと素朴さとが奇妙に同居していて良い。ところがある日、愛犬が誰かに殺されてしまう。彼女は犯人を見つけるために奔走し、ついに犯人の男をあぶり出す。最終的に南条は男をナイフで刺して敵を討つが、このオチはやり過ぎだとも思う。もっと言うと、この映画は色々とやり過ぎである。ほとんど脈絡もないのに戦国時代の物語に飛んだり、南条が宇宙飛行士と交流したりする。にもかかわらず、面白い映画であるから謎である。


7.5『愛と青春の旅だち』(1982/米)テイラー・ハックフォード

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 面白いがもう一つ
 リチャード・ギアは父親を反面教師とし、真面目な軍人になろうと決心する。親子の対立というお膳立てがしっかり描かれるので、物語に入り込めやすい。ただ、基本的にはいかにもマッチョな男社会が描かれるので観ていて疲れる。男をだまして自殺に追いやってしまう女も出てくるが、わざわざこういうエピソードを挟むところに女性嫌悪を感じてしまう。リチャード・ギアデブラ・ウィンガーの間にも、もう一ひねりドラマがほしかった。


8.5『廃市』(1983/日)大林宣彦

 姉妹の愛憎
 福永武彦の短編小説「廃市」が原作で、映画は短編をうまく膨らましている。単純な不倫ではなく、誤解などが絡んでいる愛憎関係は面白い。峰岸徹の通夜に、姉妹がお互いの感情をぶつけ合うさまは劇的である。姉妹がただ相手のことを憎んでいるのではなく、相手のことを思いやった上でぶつかり合うから観客の心が揺さぶられるのである。ただ、序盤の見所が少ないところが惜しい。
 

10.0『インドへの道』(1984/英・米)デヴィッド・リーン

 近代をテーマにした傑作
 植民地時代のインドを舞台に、英国人とインド人との交流が初々しく描かれる。フィールディング教授は近代思想を体現したような人物で共感できる。彼は周りの英国人の持つ偏見に挑戦するし、自分の家名が絶えることを気にしない。他方でインド哲学の宗教観にも疑問を呈すなどバランスが良い(宗教に批判的でなければ近代主義者ではない)。もちろん、フィールディングが友情を育んでいたはずのインド人アジズと擦れ違ってしまう展開も泣ける。原作はE.M.フォースターの同名小説であるが、小説よりもミス・クェステッドの扱いが良い。また、クェステッドとアジズとの和解のシーンもあり小説以上に感動的である。


8.0『眺めのいい部屋』(1986/英)ジェイムズ・アイヴォリー

眺めのいい部屋 HDニューマスター版 [DVD]

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 ベタだがいい
 原作小説はE.M.フォースターの同名小説で、小説を忠実に再現している。身分を隔てた恋がなかなか進展しない様はベタだが引き込まれる。ただ、ヘレナ・ボナム=カーターの従妹役としてマギー・スミスは適切ではないだろう。二人の間には32歳差もあり、年を取り過ぎている。


8.0『吉原炎上』(1987/日)五社英雄

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 生き地獄
 吉原を美化せず、女にとってそこが生き地獄であることが生々しく描かれる。とくに、男に裏切られ気がふれてしまった仁支川峰子は恐ろしい。ただ、主人公(名取裕子)の生い立ちがちゃんと描かれないので感情移入しきれない。また、名取の心理描写も物足りず、飛躍している。おぼこだったはずの彼女が、いつの間にか花魁としてのプライドを持っているので違和感があった。


8.0『マルサの女』(1987/日)伊丹十三

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 宮本信子が痛快
 マルサとは国税局査察部の通称。頭が良くて正義感の強い税務署員・宮本信子は痛快である。脱税者を追い詰める勧善懲悪ものとして楽しめる。また一方で、山崎努の金儲けの哲学にもついつい頷いてしまう。ただ、宮本の一人息子や家庭環境・バックボーンが不明瞭である。そこが描かれればもっと宮本に感情移入できて面白くなったであろう。


0.5『右側に気をつけろ』(1987/仏・スイス)ジャン=リュック・ゴダール

右側に気をつけろ [DVD]

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 分からな
 群像劇のようにしたいのか知らないが登場人物が多く、ミュージシャンらをメインにしたストーリーも挿入される。しかし丁寧に人間を描いていないので感情移入が出来ないしよく分からない。コメディかというと別に笑えない。


8.5『ダイ・ハード』(1988/米)ジョン・マクティアナン

 質の高い娯楽映画
 もちろんアクションには迫力があるが、何より登場人物のバックボーンや人間ドラマがしっかり描けていて面白い。また、ブルース・ウィリスは非番の警官だが、警官を美化していないし、わざと醜く描いてもいないのも冷静で良い。映画には娯楽が必要だ、ということがよく分かる。


8.5『異人たちとの夏』(1988/日)大林宣彦

あの頃映画 「異人たちとの夏」 [DVD]

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 ホラー
 風間杜夫は子どもの頃に死んだはずの両親と再会する。本当は幽霊だと分かっていても、ついつい団欒してしまう。幸せな日常から、ふとした瞬間に垣間見える死の恐怖には身震いした。終盤ではブライアン・デ・パルマの『フューリー』を思わせるシーンがある。原作は山田太一の同名小説だが、映画の方がホラーとしての娯楽性が高まっていて面白い。


8.0『カミーユ・クローデル』(1988/仏)ブリュノ・ニュイッテン

カミーユ・クローデル [DVD]

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 クローデルの伝記映画
 ロダンの弟子であり愛人でもあった彫刻家カミーユ・クローデルの伝記映画。クローデルは知的で行動力があり、周囲の人間に自己主張していくのは痛快である。ただ後半では、ロダンへの憎しみからクローデルは頭が変になってしまう。救いようもない展開になってからは観るのがキツくなった。


0.5『ヌーヴェルヴァーグ』(1990/スイス・仏)ジャン=リュック・ゴダール

ヌーヴェルヴァーグ [DVD]

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 女が嫌いな人が作った
 男は溺れている女を救うが、女は溺れている男をただ見捨てるという、女性を悪者にするテーマが不愉快である。あと、どこからどこまでが回想シーンなのか分からないように作っているのも観づらい。


8.5『ダイ・ハード2』(1990/米)レニー・ハーリン

 飛行機に乗りたくなくなる
 観客を何度も裏切るプロットで、前作同様に質の高い娯楽映画になっている。飛行機が墜落するかもしれないという恐怖もリアルで、飛行機に乗りたくなくなる。面白かった。


7.0『レッド・オクトーバーを追え!』(1990/米)ジョン・マクティアナン

レッド・オクトーバーを追え!アドバンスト・コレクターズ・エディション [DVD]

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 観ていられるが…
 ソ連から米国に向かう潜水艦がある。米国に攻撃するためなのか、それとも亡命をしに来たのかと情報が錯綜する。サスペンスとして観ていられる。しかし、主人公と妻子の関係が中途半端にしか描かれないのは物足りない。『ダイ・ハード』に比べると主人公に感情移入しかねる。ところで、潜水艦の中で皆が煙草を吸っているのは興味深い。


9.0『ふたり』(1991/日)大林宣彦

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 小説より面白い
 原作は赤川次郎の同名小説だが、小説だと主人公(石田ひかり)にイケイケの彼氏ができるのでムカつく。映画の方が、石田ひかりと死んだ姉や女友達の関係が丁寧に描かれており面白い。死んだ姉の彼氏との微妙な距離感もドキドキする。また、父親の浮気相手の女が夫婦の家を訪ねてくるシーンは迫力がある。ただ、石田ひかりが暴漢に襲われるシーンがあるが、なぜか石田にはトラウマが全く残らない。あんな経験をしたらフラッシュバックしそうなものだが、その後も明るく暮らしているのは違和感がある。


8.5『ハワーズ・エンド』(1992/英・日)ジェームズ・アイヴォリー

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 階級社会の意地悪さ
 ヘレナ・ボナム=カーターは、不貞の女性を家に泊めると家の価値が下がる、とか言われてしまう。英国の階級社会の意地悪さが分かる。ヘレナが労働者階級の男を救い出そうとして空回りしてしまうのは泣ける。ただまあ基本的に、成り上がりに厳しく上流階級には同情的な調子なので、納得しがたいところもある。原作はE.M.フォースターの同名小説で、映画はこれを忠実に再現している。


8.0『ぼく東綺譚』(1992/日)新藤兼人

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 永井荷風の伝記
 永井荷風の小説『ぼく東綺譚』を映画化するだけではなく、荷風の一生そのものを描いた伝記映画のようになっている。小説『ぼく東綺譚』はつまらなかったが、映画は面白かった。荷風は女にだらしなくて、若い女・墨田ユキと婚約(?)したのに裏切る。しかし、結局のところユキは年の離れた荷風と結ばれないほうがいい気もするから、女性への可哀想さは緩和されている。実際終盤では、ユキが戦後も強かに生きる、というシーンがあり安心する。


7.5『エイジ・オブ・イノセンス』(1993/米)マーティン・スコセッシ

 美しいが娯楽性は低い
 1870年代のニューヨークの閉鎖的な社交界が、自由な思想を持つミシェル・ファイファーの登場により動揺する。素朴な女性解放論者が前近代的なルールを切り崩していく様は面白い。ダニエル・デイ=ルイスとの友情のような関係性は美しいが、大恋愛には発展しないので娯楽性は低い。もっとミシェル・ファイファーが活躍すれば痛快なのだが。イーディス・ウォートンの原作小説の方が面白かった。


0.5『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994/米)ロバート・ゼメキス

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 マッチョ
 内気な主人公がすぐに女の子と仲良くなり、二人っきりで遊ぶようになるのはよく分からない。しかも主人公は足が速いと言うだけでラグビー選手として大学に入学できるなど、いつの間にかマッチョ男になっており腹が立つ。男の一途な愛や寛容さが強調され、女の方が愛を裏切るという女性蔑視な展開もあり嫌である。中途半端に政治問題や反戦思想が絡んでいるのもダメである。いかにも「評論家さん誉めてください」というあの寒さである。


6.5『ダイ・ハード3』(1995/米)ジョン・マクティアナン

 1作2作に劣る
 ストーリーは退屈ではない。しかし、前作まであったブルース・ウィリスと妻子との関係が無くなりドラマが減っている。女性キャラもとくに出てこない。あと、カーチェイスのシーンが多くブルース・ウィリス危険運転をするが危ない。


0.5『ユージュアル・サスペクツ』(1995/米)ブライアン・シンガー

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 犯罪者に共感しない
 容疑者が法螺話を駆使して警察から逃げおおせる、という話で共感できない。あと、わざとストーリーを分かりづらくしているのもイライラする。女性もほぼ全く出てこない。


8.5『鳩の翼』(1997/英・米)イアン・ソフトリー

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 人間の不可解さ
 原作はヘンリー・ジェイムズの同名小説。ヘレナ・ボナム=カーターは、ジャーナリストのライナス・ローチを愛している。しかし彼には金がない。そこでヘレンは、遺産があるが重い病気を患う女友達(アリソン・エリオット)と、自ら進んで三角関係に陥る。人を愛するあまり残酷な振る舞いをする、という人間の不可解さが表現されている。ただ、これは原作小説でもそうなのだが、アリソンの心情がいまいち分からない。もっと、ヘレンとアリソンとの友情を描くと完璧なのだが。


8.0『悪い女』(1998/韓)キム・ギドク

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 娼婦との友情
 娼婦のジナと、貞淑で頭の良いヘミは従妹同士である。ヘミは体を売るジナを軽蔑していたが、徐々に友情が育まれるのが美しい。女性の色気や官能性も生々しくて興奮する。ただ、ジナの身の上が描かれないので感情移入できない。また、終盤でヘミが男に体を売るのだが、突然な展開であり納得できない。


8.5『シックス・センス』(1999/米)M.ナイト・シャマラン

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 幽霊にバックボーンがある
 ホラーとしても楽しめるが、それぞれの幽霊にバックボーンがあるのがいい。人間ドラマとして作られているので、質の高い娯楽映画になっている。大オチは今となっては真新しくないが、それでもうまく物語を締めている。


8.0『リトル・ダンサー』(2000/英)スティーヴン・ダルドリー

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 異性愛者の私にも楽しめた
 主人公の少年は、父親に無理矢理ボクシングをやらされている。しかし、本当はバレエを踊ってみたいと思っている。「男は男らしく」というジェンダーへの押しつけに刃向かっていく少年は応援したくなる。また、父と兄は炭鉱に務めているが、ストを続けるかスト破りをするかという葛藤もありドラマが冴えている。ところでこの映画には、認知症の祖母を除くと基本的に女性は出てこない。劇中に同性愛者の少年は出てくるので、恐らく監督がゲイなのだろう。基本的に私は同性愛的な映画には共感できないのだが、『リトル・ダンサー』は登場人物のドラマがしっかり描けているので私にも楽しめた。


8.5『猟奇的な彼女』(2001/韓)クァク・ジェヨン

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 正義感の強い女性はいい
 正義感が強く義憤にあふれる女性チョン・ジヒョンが痛快である。そうかと思えば、ジヒョンが彼氏に聞こえない声量で本音を言うシーンもあり感動的である。ただ、ジヒョンとその保守的な両親との葛藤がいまいち描かれないのは物足りない。オチももう一ひねりできる気がする。


7.0『ゴーストワールド』(2001/米)テリー・ツワイゴフ

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 オチが変
 スクールカーストが低そうなオタクの女子ソーラ・バーチと、オタクの中年ブシェミが何となく惹かれあうのが面白い。オタクを嫌う女友達とバーチとの間にズレが生じるのもベタだが引き込まれる。ただ、オチがよく分からない。シュールなのかバッドエンドなのか。ブシュミとの仲がどうなったのかが有耶無耶にされていており、物語から逃げてしまった。ちなみに原作はアメコミで(未読)、原作では中年男は出てこないらしいが、これは絶対に出てくる方が面白い。


2.0『ビューティフル・マインド』(2001/米)ロン・ハワード

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 文系の私には共感できない
 天才数学者ジョン・ナッシュの伝記映画。しかしナッシュは本を読まず、すべてを支配する理論を考えたいというから文系の私には共感できない。また、ナッシュは女心が分からないのに、美人の女学生に食事を誘われたりキスをされるなどムカつく。後半はナッシュの精神状態が悪化し、鬱々とした映画になっていて疲れた。


1.0『愛の世紀』(2001/仏・スイス)ジャン=リュック・ゴダール

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 PVにしろ
 海と人間が二重写しになる映像は確かに美しいが、それだけである。映画じゃなくて音楽のPVにでもした方がいい。コソボ紛争とか政治を扱えばいいんだろう、みたいなゴダールの姿勢が鼻につく。


1.0『青の稲妻』(2002/中・日・韓・仏)ジャ・ジャンクー

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 ダラダラ
 杜撰な計画で銀行を襲おうとする不良が主人公。ただでさえ登場人物に共感できないのに、ストーリーもダラダラしていて面白くなかった。


8.0『春夏秋冬そして春』(2003/韓)キム・ギドク

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 変わった映画
 人里から隔離された場所に、老僧と少年が生活している。かなり変わった映画だが、少女が寺を訪れてから面白い。少年が少女に対して募らせる性欲の描き方が生々しい。また、子供を捨てる親など、目を背けたくなるような人間の行動が描かれている。ただ、人間の内面に迫っているわけではない。成長した少年は殺人沙汰を起こすが、ちょっとついていけなかった。


4.0『僕の彼女を紹介します』(2004/韓)クァク・ジェヨン

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 二番煎じ
 チョン・ジヒョンは美人だが、所詮『猟奇的な彼女』の二番煎じである。ジヒョンが彼氏の仕事場に乗り込むなどやり過ぎで、恋愛描写に風情がない。あとやたら銃撃戦が多い。


0.5『アワーミュージック』(2004/仏・スイス)ジャン=リュック・ゴダール

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 オカルト
 序盤は実際の戦争の映像が繋ぎ合わされているだけ。中盤はユダヤイスラムの話題になるが私には関心が無い。ラストは登場人物が天国にいるシーンだが、オカルトである。
 

9.0『弓』(2005/韓)キム・ギドク

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 少女の自我
 船の上で二人きりで暮らす老人と少女がいる。少女が17歳になったら老人は彼女と結婚するつもりでいるが、少女は釣り客の青年と恋に落ちる。少女の自我がちゃんとテーマになっていて面白い。物語もいい意味で観客を裏切ってくれる。音楽もいい。強いて言うなら、釣り客の青年のバックボーンが分からず感情移入できないのだけ不満だった。


3.0『プラダを着た悪魔』(2006/米)デヴィッド・フランケル

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 職場のしごきの肯定
 オシャレにより人間に階層が生まれる、というテーマは分かる。しかし、そもそも私はファッションに興味が無いので、意地悪なファッション雑誌編集部の人々には腹が立ってくるだけである。新人アン・ハサウェイは結局仕事を辞めるが、職場でしごかれたことを良い思い出としてまとめているので、モラハラパワハラを肯定的に描いているような気もする。あとメリル・ストリープの良さが分からない。


8.5『卍』(2006/日)井口昇

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 レズの描き方がいい
 原作は谷崎潤一郎の同名小説だが、小説より面白い。女性同士のセックス描写にふざけたところがない。秋桜子に恥じらいがあり、エロティックで良い。ただ、終盤では「死のうか」「うん」と退廃的で、観音様に手を合わせるなどオカルト色も強くなる。


9.0『アズールとアスマール』(2006/仏)ミシェル・オスロ

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 異文化の接触
 フランスのアニメ。アズールは白人の金持ちの息子で、アスマールはアズールの乳母の息子でアラブ人である。子供の時はお互い何も気にせず遊んでいたが、いつしか人種という壁が立ちはだかる。白人に差別されるアラブ人、アラブ人に差別される白人という双方からの視点で描かれており、よく考えられている。冒険談としても楽しめる。『インドへの道』もそうだが、素朴な正義感を持つ異文化の人間が接触する映画は面白い。


7.5『ブレス』(2007/韓)キム・ギドク

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 浮気の復讐が変
 夫の浮気の復讐に、妻はテレビで知った死刑囚と面会するようになる。実際にはあり得ないようなストーリーだが、人間の愛の不可解さが表現されているとも思える。しかし、夫婦のバックボーンを描くシーンが足りないので共感はしづらい。評価に困る映画だが、一見の価値はある。ちなみに死刑反対的なメッセージはなさそうである。


0.5『ノーカントリー』(2007/米)コーエン兄弟

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 気分が悪くなる
 無差別殺人犯が罰せられず逃げおおせる話。グロテスクさや狂気が優先され、人間ドラマはないがしろにされる。アカデミー賞で4冠、キネマ旬報2008年1位(ふうん)。


7.5『カメレオン』(2008/日)阪本順治

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 ヤクザ映画ではない
 政府要人の拉致現場を目撃した藤原竜也らが謎の組織に命を狙われる。明らかに撃たれた水川あさみが生きているなどよく分からないところも多いが、基本的にストーリーもアクションも楽しめる。結婚詐欺をやっている塩谷瞬が、騙すつもりの女性のことを本当に好きになっている、というシーンも面白かった。


3.0『四川のうた』(2008/中・日)ジャ・ジャンクー

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 女性の話は面白いが
 前半は記録映画で後半はフィクションとなっている。閉鎖される軍需工場に勤めた人々が自分の経験を語っていく。ある女性は自分が18歳の時、14年ぶりに母が帰郷した時のことを話す。またある女性は、港で子供とはぐれたが、軍の命令で子供を捜索できないまま船に乗らなくてはならなかったという。ただ、後半のフィクションがどうも面白くない。それによく考えると、前半の工員の話も嘘なんじゃないかと思えてきてしまう。


3.0『そして父になる』(2013/日)是枝裕和

 福山ばかりを悪く描く
 成り上がりの福山雅治家と庶民的なリリー・フランキー家との間で取り替え子が起こる。それぞれの家の経済格差が描かれているのでそこは面白い。しかし、その後はずっと庶民のリリー家に味方するような物語の運びとなる。福山雅治だって別に悪いことをして金を稼いだのではなく、ちゃんと仕事をしているわけだから、「金を稼ぐ=悪い」みたいな安易な図式には辟易した。また、福山がファザコンであることは劇中で批判されるが、リリーが自分の父に教わったように田舎的な暮らしをするのは批判されないどころか美化されている。福山のファザコンは駄目で、リリーのファザコンは何でいいのか。リリーはリリーで自らのファザコンについて葛藤すべきであり、そうしないと物語に奥行が出ない。
 あとは、双方の少年が上品すぎる。男子は小さいころから性欲があるはずだが、女子や女性に見向きもしない。


2.0『42 世界を変えた男』(2013/米)ブライアン・ヘルゲランド

 キリスト教を持ち出すことはない
 黒人米国人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンの伝記映画。しかし、物語はジャッキー・ロビンソンがいきなりドジャースGMリッキーと契約するところから始まる。登場人物のバックボーンが描かれないので物足りない。また、キリスト教の説教臭さが強い。リッキーが「右の頬を殴られたら左の頬を差し出」すように差別を受けても我慢しろ、とロビンソンに言ったり、「死んだあと神様の前で黒人を差別したことを後悔するな」と他球団の監督に言ったりする。しかし、人間は生れで差別してはいけないというのは合理的考えから引き出せるのであり、キリスト教などわざわざ持ち出すことはないのだ。


0.5『さらば、愛の言葉よ』(2014/仏)ジャン=リュック・ゴダール

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 老人の嫌がらせ
 ゴダールの3D映画ということで当時の私はわざわざ映画館に観に行った。3Dメガネをかけても、わざとピントが合わない作りの映像になっている。80歳を超えたゴダールの嫌がらせである。実験的な作品が面白いという時代は終わったのだ。


1.5『海にかかる霧』(2014/韓)シム・ソンボ

 ドラマを蔑ろにしている
 最初は、船による密入国を描いた真面目な映画だと思ったのに、どんどんスプラッター映画みたいになってしまう。船長や船員が平気で人を殺すのだ。オチもなぜか男女が結ばれないというバッドエンドだし、密航者の女性が行方不明の弟を探すという展開さえどうでもよくなっている。ドラマを蔑ろにする映画は面白くない。


8.0『リリーのすべて』(2016/英・米・独)トム・フーパー

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 妻の心の動きがいい
 世界で初めて別適合手術を受けたリリー・エルベの伝記映画。リリーは男だった頃、画家である妻のモデルの代役として女装すると、みるみる女装にハマっていった。状況は次第にエスカレートし、女装してパーティに出席したりもする。ここでの、男であることがバレるかもしれない、という演出はスリリングである。また、妻も最初は夫の女装を面白がっていたのに、「夫が必要なの」と泣き出して夫に女装をやめるように言うのはいい。女性の心の動きも丁寧に描写しているから、異性愛者の私にも楽しめた。ただ、手術を受けるシーンは痛ましく目を覆いたくなった。



点数順(同点は年代順)

10.0『風と共に去りぬ』(1939/米)ヴィクター・フレミング
10.0『インドへの道』(1984/英・米)デヴィッド・リーン
9.5『ケイン号の叛乱』(1954/米)エドワード・ドミトリク
9.0『バリー・リンドン』(1975/米)スタンリー・キューブリック
9.0『祭りの準備』(1975/日)黒木和雄
9.0『ふたり』(1991/日)大林宣彦
9.0『弓』(2005/韓)キム・ギドク
9.0『アズールとアスマール』(2006/仏)ミシェル・オスロ
8.5『哀愁』(1940/米)マーヴィン・ルロイ
8.5『アフリカの女王』(1951/米・英)ジョン・ヒューストン
8.5『喜びも悲しみも幾歳月』(1957/日)木下惠介
8.5『北北西に進路を取れ』(1959/米)アルフレッド・ヒッチコック
8.5『アデルの恋の物語』(1975/仏)フランソワ・トリュフォー
8.5『震える舌』(1980/日)野村芳太郎
8.5『遠雷』(1981/日)根岸吉太郎
8.5『幻の湖』(1982/日)橋本忍
8.5『廃市』(1983/日)大林宣彦
8.5『異人たちとの夏』(1988/日)大林宣彦
8.5『ダイ・ハード』(1988/米)ジョン・マクティアナン
8.5『ダイ・ハード2』(1990/米)レニー・ハーリン
8.5『ハワーズ・エンド』(1992/英・日)ジェームズ・アイヴォリー
8.5『鳩の翼』(1997/英・米)イアン・ソフトリー
8.5『シックス・センス』(1999/米)M.ナイト・シャマラン
8.5『猟奇的な彼女』(2001/韓)クァク・ジェヨン
8.5『卍』(2006/日)井口昇
8.0『いちごブロンド』(1941/米)ラオール・ウォルシュ
8.0『素晴らしき日曜日』(1947/日)黒澤明
8.0『破れ太鼓』(1949/日)木下惠介
8.0『裸の太陽』(1958/日)家城巳代治
8.0『黒い十人の女』(1961/日)市川崑
8.0『飢餓海峡』(1965/日)内田吐夢
8.0『クロムウェル』(1970/英)ケン・ヒューズ
8.0『眺めのいい部屋』(1986/英)ジェイムズ・アイヴォリー
8.0『吉原炎上』(1987/日)五社英雄
8.0『マルサの女』(1987/日)伊丹十三
8.0『カミーユ・クローデル』(1988/仏)ブリュノ・ニュイッテン
8.0『ぼく東綺譚』(1992/日)新藤兼人
8.0『悪い女』(1998/韓)キム・ギドク
8.0『リトル・ダンサー』(2000/英)スティーヴン・ダルドリー
8.0『春夏秋冬そして春』(2003/韓)キム・ギドク
8.0『リリーのすべて』(2016/英・米・独)トム・フーパー
7.5『わが青春に悔なし』(1946/日)黒澤明
7.5『心のともしび』(1954/米)ダグラス・サーク
7.5『追想』(1956/米)アナトール・リトヴァグ
7.5『幸福』(1965/仏)アニエス・ヴァルダ
7.5『マーラー』(1974/英)ケン・ラッセル
7.5『ポゼッション』(1981/仏・西独)アンジェイ・ズラウスキー
7.5『愛と青春の旅だち』(1982/米)テイラー・ハックフォード
7.5『エイジ・オブ・イノセンス』(1993/米)マーティン・スコセッシ
7.5『ブレス』(2007/韓)キム・ギドク
7.5『カメレオン』(2008/日)阪本順治
7.0『マタ・ハリ』(1931/米)ジョージ・フィッツモーリス
7.0『汚れた顔の天使』(1938/米)マイケル・カーティス
7.0『花嫁の父』(1950/米)ヴィンセント・ミネリ
7.0『レッド・オクトーバーを追え!』(1990/米)ジョン・マクティアナン
7.0『ゴーストワールド』(2001/米)テリー・ツワイゴフ
6.5『逃走迷路』(1942/米)アルフレッド・ヒッチコック
6.5『ダイ・ハード3』(1995/米)ジョン・マクティアナン
6.0『下宿人』(1927/英)アルフレッド・ヒッチコック
6.0『ナポレオン』(1927/仏)アベル・ガンス
6.0『我が家の楽園』(1938/米)フランク・キャプラ
5.0『孔雀夫人』(1936/米)ウィリアム・ワイラー
5.0『アルファヴィル』(1965/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール
5.0『女のみづうみ』(1966/日)吉田喜重
4.0『若草物語』(1933/米)ジョージ・キューカー
4.0『ろくでなし』(1960/日)吉田喜重
4.0『エロス+虐殺』(1969/日)吉田喜重
4.0『僕の彼女を紹介します』(2004/韓)クァク・ジェヨン
3.0『ステージ・ドア』(1937/米)グレゴリー・ラ・カーバ
3.0『カビリアの夜』(1957/伊)フェデリコ・フェリーニ
3.0『殿さま弥次喜多 捕物道中』(1959/日)沢島忠
3.0『山猫』(1963/伊)ルキノ・ヴィスコンティ
3.0『プラダを着た悪魔』(2006/米)デヴィッド・フランケル
3.0『四川のうた』(2008/中・日)ジャ・ジャンクー
3.0『そして父になる』(2013/日)是枝裕和
2.0『勝手にしやがれ』(1959/仏)ジャン=リュック・ゴダール
2.0『ビューティフル・マインド』(2001/米)ロン・ハワード
2.0『42 世界を変えた男』(2013/米)ブライアン・ヘルゲランド
1.5『イントレランス』(1916/米)D・W・グリフィス
1.5『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(1960/米)ロジャー・コーマン
1.5『女と男のいる舗道』(1962/仏)ジャン=リュック・ゴダール
1.5『煉獄エロイカ』(1970/日)吉田喜重
1.5『デルス・ウザーラ』(1975/ソ連・日)黒澤明
1.5『海にかかる霧』(2014/韓)シム・ソンボ
1.0『若者のすべて』(1960/伊)ルキノ・ヴィスコンティ
1.0『女は女である』(1961/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール
1.0『はなればなれに』(1964/仏)ジャン=リュック・ゴダール
1.0『気狂いピエロ』(1965/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール
1.0『ウイークエンド』(1967/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール
1.0『告白的女優論』(1971/日)吉田喜重
1.0『ラムの大通り』(1971/仏)ロベール・アンリコ
1.0『愛の世紀』(2001/仏・スイス)ジャン=リュック・ゴダール
1.0『青の稲妻』(2002/中・日・韓・仏)ジャ・ジャンクー
0.5『軽蔑』(1963/仏・伊)ジャン=リュック・ゴダール
0.5『中国女』(1967/仏)ジャン=リュック・ゴダール
0.5『右側に気をつけろ』(1987/仏・スイス)ジャン=リュック・ゴダール
0.5『ヌーヴェルヴァーグ』(1990/スイス・仏)ジャン=リュック・ゴダール
0.5『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994/米)ロバート・ゼメキス
0.5『ユージュアル・サスペクツ』(1995/米)ブライアン・シンガー
0.5『アワーミュージック』(2004/仏・スイス)ジャン=リュック・ゴダール
0.5『ノーカントリー』(2007/米)コーエン兄弟
0.5『さらば、愛の言葉よ』(2014/仏)ジャン=リュック・ゴダール

五つ

素人の私の感想に説得力はあるのか
 率直に言って「ない」のだが、もう少し詳しく言うと、私より読書・映画鑑賞をしている人より説得力はないが、私より読書・映画鑑賞をしていない人よりは説得力がある、というところだろう。ただまあ、私の読書量などたかがしれているので、プロの評論家の方が圧倒的に説得力があるのは当たり前である。素人の私の意見に左右されず評論家の意見を読めばいい。
 ちなみに私が参考にしている日本の評論家は小谷野敦宮崎哲弥である。


芸術作品に点数をつけていいのか
 当然、芸術作品を厳密に数値化することはできない。ゆえに人々がブログや批評サイトや通販サイトで本・映画・漫画に点数や星を付けているのは本当はおかしい。ではなぜ私も点数を付けてしまっているのかというと、①私にナルシスト的な傾向が強いから、②他の人もやっているから。①は単純で、私はどうも「自分がこれを面白いと思っていてこれをつまらないと思っている」という優劣を人に言いたくなるので、ナルシストなのだろう。②だが、私は他の人が作品に付けている点数や星に納得することが少ないため、自分でやりたくなってしまうのである。
 ちなみにプロの作家や批評家で作品を数値化した人には中上健次福田和也小谷野敦などがいる。素人の私が点数や星をつける必要はますますないのだが、まあ、やるからには自分に正直に誠実にやりたいとは思っている。


勉強する必要のあるものを勉強する
 私は歴史の勉強をしたり文学作品を読んだりして教養を身につけることは大事だと思うが、その分野の専門家は別として、勉強しなくてもいいものは勉強する必要がないと思っている。例えば私は科学史家じゃないんだから既に論破された(人文)科学の論文は基本読まないし、そもそもアカデミズムではない分野、オカルトや新興宗教、ドラッグがどうこうも別に勉強していない。人生は短いので、そこを勉強する代わりにもっと必要な教養を身につけたいと思っている。そして、自分に教養が身についてくれば、勉強しなくても事件や事物の善悪の判断ができるようになるのである。私はツイッターで、新井潤美の『パブリック・スクール』をひいて「英国貴族にとって勉強するのは恥で、時にシェイクスピアの筋書きを知らないことを誇れるのは、彼らに地位があるから」で、地位のない私が舐められないようにするためには「読むしかない」と発言したが、上とは矛盾しない。私は勉強する必要のあるものを勉強するのであり、勉強する必要の無いものは後回しにするか、勉強しないだけである。新興宗教やドラッグを勉強しなくても教養のある大人には舐められないのだ。誤解されないように繰り返すが、冒頭で「その分野の専門家は別として」と言った。なるほど宗教学者新興宗教を勉強する必要はあるのかもしれないが、だったらその勉強は宗教学者に任せればいい、私は宗教学者ではないぞ、ということだ。


嫌煙とディテール
 私が本や映画などに感想を述べるとき、全体として面白いのか・過去の作品と比べてどうか、というかなりオーソドックスな批評家の論じ方を真似している。全体があってこそのディテールだと思うので、例えば「全体的には退屈だが、この1シーンだけ凄い面白い!」という映画があるとしても、全体的に退屈なら低評価を下す。そこで、私が漫画『歯のマンガ』の中の「嫌煙」・および作者の嫌煙発言を指摘するのはディテールに囚われていて矛盾するのではないか、と言う人がいた。が、嫌煙を指摘するのはディテールなのだろうか。私は民主主義の「議論をする」という側面はとても大事だと思う。議論を飛ばして、合法のものをなくすことをしてはならない。車の排気ガスや大気汚染や酒はそのままで煙草だけとりあえず取り締まるのはファシズムである。規模は小さいように見えるが、議論なく合法のものが禁止されれば質としてファシズムである。オリンピックを前にして煙草が規制される社会的状況を前にして、嫌煙的でしかも車社会に無頓着、という側面を批判してもいいではないか。でも、わかった。それでも嫌煙を指摘するのはディテールだとしよう。だが、私は『歯のマンガ』の面白さをディテールだけで判断したのではないし、ディテールに囚われてなどいない。「とても面白い漫画だが喫煙者を差別しているので星5中星1点です」となったらバカである。そうではなく、私にとって『歯のマンガ』はギャグにしては笑えず、ギャグでないのなら代わりに得るものがなく、歯のキャラの2人の性格も描き分けられておらず、全体としてもつまらないから低評価を下したのである。
 ところで私は、正当な手続きであれば、すなわち十分な議論が行われて排気ガス・大気汚染・酒なども平等に取り締まるのであれば煙草は将来的になくなっても仕方ないとも思っている。私は別に最初から過激なことは言っていない。


自転車無灯火のヤクザ風の男を注意するか
 私は夜に自転車を無灯火で運転している人が居ると、「ライトをつけろ」と注意する。交通事故は命に関わり、ぶつけられたほうはたまらないし、逆に無灯火の自転車が車に轢かれたらドライバーが可哀想だからである。年長だと40前後の私服の男に「ライトをつけろ」と言ったことがあるが、相手は驚いたあと舌打ちして、20メーターくらい進んでから「何だとお!?」とキレていた。しかし、遠くに行ってからキレられても私は怖くはないし滑稽に見える。
 ただ、ヤクザ風の男が無灯火でやってきても恐らく私は注意しない。これはヒヨっているかもしれないが、しかしそういう風貌の男が話が通じる人間だとは思えないのである。論争でもそうなのだが、話が通じない人間と議論をしても無駄である。それどころか、いい迷惑を被るかもしれない。腹が立つが、しかし話が通じない人に関わることに躊躇するのも人間だろう。

2017年に読んだ小説・エッセイ・漫画

10点満点。
小説・エッセイが84項目、漫画が8項目あります。
引用文における〔〕は筆者注。


10.0 紫式部源氏物語』<全5巻>円地文子訳、新潮文庫

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

 世界規模で見た傑作
 今から1000年前(平安時代中期)に書かれた長編小説。片思いの苦しさ(片思いも立派な恋愛である)・身分社会の息苦しさ・公家文化から武家文化への移行(武士が台頭)による女性の存在感の低下、などありとあらゆることが読み取れる傑作である。同時代の世界を見渡しても、源氏物語のような傑作は11世紀に見つからないとされる。いくつもの現代語訳が存在するが、私は円地文子訳で読んだ(円地の父親は国語学者である上田萬年)。


10.0 ホメロスオデュッセイア』<上・下>松平千秋訳、岩波文庫

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

 ヨーロッパ文学の源流
 紀元前8世紀ごろにホメロスによって書かれた古代ギリシア最古期の長編叙事詩トロイア戦争に参加した英雄オデュッセウスが主人公で、人を食う一つ目の巨人キュクロプスとの対決は面白い。また、オデュッセウスが家を留守にしている間に、彼の妻ペネロペイアを手に入れようと家には悪い求婚者達が群がっていたのだが、乞食の姿をしたオデュッセウスが彼らと対決をして蹴散らしていく様は迫力があり生々しい。物語自体が面白いので、注釈の多さに戸惑ってしまう人は注釈を飛ばしても楽しめるだろう。


10.0 『ギリシア悲劇エウリピデス(上)』『ギリシア悲劇エウリピデス(下)』ちくま文庫

ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

 愛憎劇は面白い
 エウリピデス(前480~前406)が残した悲劇をまとめたもの。劇では女の役割がちゃんとあり、自らの感情をはっきり述べて男達の価値観と対立し、遂には激しい愛憎劇となって吹き出るのが面白い。「メデイア」「救いを求める女たち」「オレステス」などがよかった。ところでエウリピデスは生前、大衆受けはしていたが当時の知識人からはあまり評価されていなかったというのは驚いた。いつの時代も大衆に支持される物は知識人の気に入らないのは同じようだ。私はソポクレスよりもエウリピデスの方が人間ドラマがあって好きである。


9.5 ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』青木次生訳、講談社

 背筋が凍るほど美しい
 英国を舞台にした心理小説で、1902年に刊行された。主人公ケイトは新聞記者のマートンを愛しているが、彼には金がなく結婚に踏み切れないでいる。そこに、米国から余命幾ばくもない女性資産家ミリーが社交場にやってくるので、ケイトはマートンにミリーと仲良くするよう勧める。ケイトは男を愛するがために、わざと三角関係に陥るのである。それぞれの登場人物のバックグラウンドから心の動きを徹底的に書き尽くすことで、愛の悲劇を背筋を凍らせるほど美しく立ち上げさせた傑作である。ここまで人間の心理を描き出すことが出来るのかと驚嘆するし、不倫がどうこうで騒いでいる場合ではないだろう。1997年にイアン・ソフトリーによって映画化。


9.5 オノレ・ド・バルザック『従妹ベット』<上・下>平岡篤頼訳、新潮文庫

従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)

従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)

 貴族への女の復讐
 1847年に刊行された長編小説。放埒を極める男爵の堕落と、男爵の妻アドリーヌの従妹ベットのパッとしない生活がメインで描かれる。美人でもないし家柄も良くないし生い立ちも不幸なベットは、自分への慰めとして貧しい芸術家の男を支援していたのだが、その芸術家が貴族達間で話題になりついにはアドリーヌの娘と結婚してしまうので、ベットは男爵家に復讐することを決意する。劇的な物語は概して女の生々しい情感に満ちており、終盤で派手な展開にならない所こそインパクトに欠けるが、それでも傑作である。


9.5 ヴィクトル・ユゴー『九十三年』<上・下> 榊原晃三訳、潮出版社

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)

 ユゴーの集大成
 1874年に刊行されたユゴー最後の長編小説。フランス革命後の1793年に起った王党派によるヴァンデの反乱を舞台に、立場を異にする人々同士でドラマが織りなされ、そこでは戦場における非情な決断が余すことなく描かれる。フランス革命の理想と現実、ひいては人間の在り方を問う傑作歴史小説と言える。


9.5 オウィディウス『変身物語』<上・下>中村善也訳、岩波文庫

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

 意外にも読みやすい
 ローマの詩人オウィディウス(全43-後18)が残した名作。変身をモチーフとする物語が大小合わせて250含まれているが、それぞれの神話が別の神話に繋がっているので思ったより読みやすく驚いた。血なまぐさい話も多いが、許されぬ恋に燃え上がり悩む男女の心情もリアルで面白かった。


9.0 永井豪デビルマン』<全5巻>講談社漫画文庫(漫画)

新装版 デビルマン(1) (講談社漫画文庫)

新装版 デビルマン(1) (講談社漫画文庫)

 やれることをやり尽くした傑作
 1972年から1973年に連載された漫画で、これは本当に傑作である。漫画を面白くするためならば手段を選ばず、許される限りの表現を徹底的にやり尽くしたと言えるし、それが文庫本で5冊という絶妙な短さで終わっているのも凄い。先の読めない展開や、残酷なドラマに戦慄を覚えるのはもちろんだが、とくに私には溌剌としたヒロイン美樹がいとおしく、他に取り替えのきかない唯一無二のヒロインだと感じる。ただそれだけに、私だったら美樹をこうはしない…とも思ってしまうが。


9.0 宮本百合子『二つの庭』

 正義感の強い女性は面白い
 著者の自伝的3部作である伸子シリーズの第2部をなす小説で(第1部は『伸子』、第3部は『道標』)、1949年にかけて発表された。伸子は結婚生活の破綻から親友の素子(モデルは湯浅芳子)と暮らすが、距離が近くなることによりかえってお互いにすれ違いが生まれるところが興味深い。また、『伸子』からも相変わらず母親との確執は続いており、「どうして私たちのことを小説に書くんだ」「もっと分かりやすい小説を書け」と言われるところは胸が痛くなる。もちろん、その親子喧嘩すら小説にしている宮本の覚悟は凄い。その他、母親の言うことをききすぎる弟を心配したり、進歩的な学者と言われながら女性を差別している男に怒りを感じたり、左翼運動のつもりで金をせびりに家を訪ねてくる貧乏学生を叱ったりと非常に面白い。私はこういう素朴なフェミニスト、素直な目で社会に矛盾を感じてしまう正義感の強い女性が大好きである。


9.0 マーガレット・ミッチェル風と共に去りぬ』<全6巻>荒このみ訳、岩波文庫

 不撓不屈の女
 南北戦争を舞台にした大河小説で、1936年に刊行。利発でプライドの高い女主人公スカーレットが、「女の身で出過ぎた真似を…」と周囲に非難され対立したり、融和したりを繰り返しながらしながらも力強く前に進んでいく様には感動する。異性をめぐる愛憎劇もさることながら、戦争の悲惨な実態も生々しく描かれていて迫力がある。終盤のスカーレットとバトラーの退屈な結婚生活は冗長に感じたが、それでも映画ともども傑作である。


9.0 ヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル』<全4巻>豊島与志雄訳、岩波文庫

レ・ミゼラブル〈1〉 (岩波文庫)

レ・ミゼラブル〈1〉 (岩波文庫)

 大河小説
 ユゴー1862年に刊行した長編大河小説で、「ああ無情」の題でも知られる。パンを盗んだくらいのことがここまで悲劇になるのか、と思ってしまうがそれは置いておいて、主人公ジャン・バルジャンを中心としたキャラクターが当時の社会情勢に翻弄されるさまは面白く、人間の醜いところと美しいところを描ききっている。ジャン・バルジャンが孤児の少女コゼットと交流するのも胸を打つが、個人的にマリユスという青年に実らぬ恋をするエポニーヌの勇気に感動した。その他、著者の七月革命への熱い思い入れも伝わってきて読み応えがある。


9.0 E.M.フォースター眺めのいい部屋』北條文緒訳、みすず書房

眺めのいい部屋 (E.M.フォースター著作集)

眺めのいい部屋 (E.M.フォースター著作集)

 フォースターの入門
 1908年に刊行された小説。若い男女ジョージとルーシーの愛が英国の階級社会に翻弄される様が描かれており、とくにルーシーが旧来の価値観を守ろうか脱皮しようかとジレンマに陥り悩む様には引き込まれる。ハッピーエンドであるのもよく、社会の階級や障壁を考え続けたフォースターの入門に格好の小説と言える。新井潤美の『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)では『眺めのいい部屋』が平易に解説されているので合わせて読みたい。1985年にはジェイムズ・アイヴォリーによって映画化された。


9.0 E.M.フォースター『インドへの道』瀬尾裕訳

インドへの道 (ちくま文庫)

インドへの道 (ちくま文庫)

 異文化間のドラマ
 1924年に発表された長編小説で、英国の植民地だった頃のインドで巻き起こる2カ国の人間同士の交流と不和が描かれた名作である。もちろん、白人による偏見や問題点も暴かれるが、フィールディングという近代的で無神論者の白人男は魅力的で、友達になりたくなる。また、インド人同士の間でもヒンドゥー教徒イスラームだったりして対立している所もちゃんと描かれており、偏見の問題が重層的に捉えられている。ただ、英国人旅行者ミス・クェステッドが、主要キャラであるわりに存在感が薄く、終盤ではまるで悪者のような扱いになっているのは不満だった。『インドへの道』は1984年に映画化されているが(デヴィッド・リーン監督)、こちらはミス・クェステッドの人間としての魅力が伝わってくるし、彼女がインド人のアジズという男から手紙を貰うという感動的なシーンも挿入されているので大傑作である。


9.0 イーディス・ウォートン『エイジ・オブ・イノセンス』大社淑子訳、新潮文庫

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事 (新潮文庫)

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事 (新潮文庫)

 息をのむ美しさ
 女性作家イーディス・ウォートンの長編小説で、1921年ピューリッツァー賞を受賞。1870年代のニューヨークの狭い階級社会が、自由な精神を身につけたエレンと出会ったことにより動揺するさまが描かれるが、著者の階級社会の偽善性を喝破する筆致は楽しい。また、主人公の男アーチャーは上流階級出身であり、結局はエレンと擦れ違ってしまうのだが、この悲劇的な顛末が息をのむ美しさで描かれている。ただ、その分生々しい肉欲的な情感はあまり表現されないので、何か一つエロスがほしいとも思える。1993年にスコセッシによって映画化。


9.0 ハーマン・ウォーク『ケイン号の叛乱』新庄哲夫訳、フジ出版社

ケイン号の叛乱 (1970年)

ケイン号の叛乱 (1970年)

 映画共に傑作
 映画『ケイン号の叛乱』(エドワード・ドミトリク監督、1954年)の原作小説で、1951年刊行。太平洋戦争により主人公ウィリーはオンボロの掃海駆逐艦ケイン号に派遣された。ところで乗組員のウィリーや副艦長マリク達は、神経症的な艦長クイーグの常軌を逸した命令にいつも悩まされていたが、太平洋上の嵐を前にして副艦長はついに艦長の精神が錯乱したと判断し、クイーグを解任し自らを艦長とする叛乱を起こした。これがのちに軍法会議にかけられる騒動になり、死刑か無罪か…という闘争になる。映画も小説も共に面白く傑作であるが、とくに小説ではウィリーとイタリア系の恋人メイ・ウィンとの家柄の差や人種の問題などが掘り下げられているし、また映画では一切出てこなかった日本軍との対決も描かれている。全編通して戦争の捉え方が現実的であり、軍人を卑しめずかつ美化もしない筆致で、歴史小説としても楽しめる。
 ただ、結局ウィリーが恋人と結ばれるかどうか分からないオチは家柄の問題を棚上げしていて物足りないので、その分ハリウッド映画の明確なハッピーエンドはいい結末だと思う。


9.0 円地文子『虹と修羅』講談社文芸文庫

虹と修羅 (講談社文芸文庫)

虹と修羅 (講談社文芸文庫)

 優れた私小説
 円地文子の自伝的3部作の第3作目(1作目は『朱を奪うもの』、2作目は『傷ある翼』)で、1968年刊行。乳房の手術や子宮がんの手術をしても好きな男とセックスをするなど、中年女性の生々しい性欲に興奮した。また、成長してきた自分の娘の美子との間に確執がおこり、ときには物を投げ合うよう喧嘩にも発展するなど、家庭の不和をありのままに描いており壮絶で面白かった。
 

8.5 コデルロス・ド・ラクロ『危険な関係』<上・下>伊吹武彦訳、岩波文庫

危険な関係〈上〉 (岩波文庫)

危険な関係〈上〉 (岩波文庫)

 スリルと官能
 ラクロ(1741-1803)の書簡体小説で、1782年に刊行。復讐するために手を組んだ男女が純粋な少女を誘惑していくが、18世紀にして心理描写が緻密で官能的であり驚いた。書簡だけで構成された小説なので読みづらさはあるが、それぞれのキャラクターの性格がしっかり書き分けられているので、スリリングなドラマをしっかり演出できていると思った。


8.5 宮本百合子『伸子』新潮文庫

伸子 (新潮文庫 み 1-1)

伸子 (新潮文庫 み 1-1)

 素朴かつ理性的
 著者の自伝的3部作である伸子シリーズの第1部をなし、1924~1926年にかけて発表された。自由な精神を持って成長してきた若い主人公伸子は、旧来の価値観を有する母などと喧嘩し対立する。自分を押し通して周囲の反対をよそに結婚したものの、失望感を味合わされ離婚に至る。伸子の素朴な心と、恋愛結婚における理想や現実を冷静に考察する理性とが絶妙にマッチしていて面白かった。


8.5 佐多稲子『素足の娘』新潮文庫

素足の娘 (新潮文庫 さ 4-2)

素足の娘 (新潮文庫 さ 4-2)

 少女の性を扱った名作
 1940年に刊行された小説で、少女時代に播磨相生で父親と暮らしていたときのことが描かれる。東京から来た娘だということで男達の視線を感じたり、また逆に自分が男のことを気にしたりと麗しい心情が描かれる。また、父親や男性労働者と暮らしていた相部屋で自分一人だけになり、ふと性的に興奮してきて自分の体を触ったり、野外で処女を喪失する顛末が書かれていたりと生々しい性も描かれていて面白かった。


8.5 瀬戸内晴美『美は乱調にあり』岩波現代文庫

 大杉栄と共に殺された伊藤野枝の伝記小説
 著者は現在の瀬戸内寂聴で、1966年に刊行された。甘粕事件で大杉栄と共に殺された、雑誌「青鞜」の最後の編集者伊藤野枝の伝記小説で、神近市子との傷害沙汰にまで発展する愛憎劇には目を瞠るものがある。また伊藤野枝だけでなく、大正時代の作家・アナーキスト平塚らいてうなどの女性たちの理想や挫折が記録されており、それぞれ力強く生きていたことが伝わってきて読み応えがある。今の瀬戸内寂聴はともかく(作家の政治思想と作品の面白さは別けて考える必要がある)、これは名著である。


8.5 石ノ森章太郎『千の目先生』双葉文庫(漫画)

 女キャラが生き生きとしている
 実は超能力を持つ女教師の千草(ちぐさ)が、宇宙人の侵略から地球を守るというSF漫画で、1968年に連載。女性達の造形が美しいのはもとより、女学生達も一人一人が生き生きとして引き込まれる。ただ、壮大なスケールの話になるのかと思ったら小さくまとまってしまった感じはある。


8.5 白土三平『サスケ』<全15巻>小学館文庫(漫画)

 面白いが死にまくる
 1961年から1966年にかけて連載。少年忍者サスケの成長を描いた漫画で、基本的には人間が容赦なく死んでいく殺伐とした世界観だが、女キャラがそれぞれ可愛かったり色気があったりしてそこは楽しめる。4巻に出てくる、サスケの命を狙うがサスケに助けられてしまう鬼姫なんかもいとおしい。ただ、終盤はキリスト教などの宗教がテーマになってくるのが共感できなかったのと、ラストが悲惨すぎるのは勘弁してと思った。


8.5 吾妻ひでお失踪日記イースト・プレス(漫画)

失踪日記

失踪日記

 ホームレス生活
 2005年に刊行された、吾妻ひでお私漫画鬱病とアル中に陥った吾妻は山で自殺しようとするが失敗し、そのまま野外生活を始めた。ホームレスとしてしばらく暮らしていたが、金に困り身分を偽って配管工として働き、また「東英夫」という名前で漫画を描いて雑誌にも載ったが誰にも吾妻だとは気付かれなかったというから面白い。酷い体験であるはずなのに清々しいポップな絵で表現されているのでどんどん読み進むことが出来る。ところで、吾妻が明らかな浮浪者の格好をしていたとき、車に乗った謎のオヤジに「乗ってけよ 送ってやるからよ」と声をかけられたというエピソードは意図が分からなくて怖い。
 ただ、吾妻に迷惑をかけられ続けている奥さんを思うと気の毒ではある。奥さんがどう思っているのか、彼女に迫るシーンがあるとよかった。


8.5 三島由紀夫「サド侯爵夫人」

(イメージ無し)
 エロくて良い
 マルキ・ド・サドの妻ルネを主人公にした戯曲で、1965年発表。登場する女性たちは品があって物静かなのに、彼女らがグロテスクで過激な性行為の思い出話を淡々と口にして描写していくのは面白く、ギャップがあって興奮した。「悪徳というものは、はじめからすべて備わっていて何一つ欠けたもののない、自分の領地なのでございますよ」と、そこで展開される悪徳論も興味深い。新潮文庫には「わが友ヒットラー」が併録されているが、「サド侯爵夫人」のほうが断トツで面白い。


8.5 小谷野敦『非望』幻冬舎

悲望 (幻冬舎文庫)

悲望 (幻冬舎文庫)

 小谷野の意地
 小谷野が東大院生時代に好きになった女性を追い回してしまったことが書かれている私小説で、2007年刊行。女性がカナダに留学したので自分も留学するなど、目を覆いたくなるような体験を余すことなく白状していて圧倒される。もちろん著者は自らの過去を客観視して反省した上で小説を書いているので、ストーカー論としても読めると思う。小谷野は人の作品に容赦のない比較文学者・批評家だが、ちゃんと自分でも小説を書いて世に提示しているというのは偉いことだし、しかもできれば隠したいような過去を小説にしているのだから小谷野の意地が感じられる。一方で併録された中編「なんとなく、リベラル」は、小谷野の文学論や政治論を織り交ぜたもので主人公を女性にするなど虚構性が強く、つまらなくはないが「非望」のインパクトに比べると箸休めみたいに感じてしまった。


8.0 二葉亭四迷浮雲新潮文庫

浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)

 冴えなくて面白い
 1887年から1889年にかけて発表された長編小説で、日本の近代小説の始まりにも位置づけられる。序盤の語り口こそ装飾的で鬱陶しいが、その文体は次第に洗練され自然になっていく。うまく世渡りが出来ず復職できず女にもモテない主人公・文三は面白く、勝ち気で頭の良い従妹お勢も魅力的である。冴えない人間の片思いは面白い、というのはどの時代も一緒である。


8.0 広瀬正『エロス』集英社文庫

 愛のすれ違い
 早世したSF作家広瀬正(1924-1972)が1971年に刊行した小説。「もしもあのとき…していたら」という仮定のもと、すれ違った二人の男女の愛が平行世界で提示されている。娯楽的なSFでありながら、愛の擦れ違いが静謐に語られていて胸を打つ。また、昭和初期や二・二六事件の時代背景がしっかり描き出されているのもリアリティがあって良い。ただ、オチのブラックな感じは好みではなかった。


8.0 大塚ひかり『いつの日か別の日かーみつばちの孤独』主婦の友社

いつの日か別の日か―みつばちの孤独

いつの日か別の日か―みつばちの孤独

 度胸を感じる
 大塚ひかりがデビューしたエッセイで、1988年に刊行。うんこがでないので恋人に背中をさすって貰ううちにセックスになった、恋人に過去の女の写真を出させて彼から過去の女を否定させる言葉を引きだすまで粘るといった、恋人と付き合っていた頃の思い出から、男と別れた後も諦められずに新しい女が住んでいるという下北を徘徊した(p98)ことなど、大塚の痛切な思いが恥ずかしいところも含めて吐露されていて度胸を感じた。「かなりのトシで独身で、しかもキレイな女がいたならば、“かげの男”が必ず彼女をたっぷりかわいがっていると思っていい」(p41)という提言など、大塚の洞察力が既に鋭いことも伺い知れる。
 ところで大塚はライター時代、編集長に命令され、男女混浴風呂で男の作家の背中を流したりしたというが(p173)、現代ではアウトだから驚いた。


8.0 司馬遼太郎空海の風景』<上・下>中公文庫

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

 客観的な筆致がいい
 空海を扱った歴史小説で、1975年刊行。まるで歴史学者のように資料を検証するスタイルで、事実は事実として書き出し、よく分からない所については作者が注釈をしながら想像を膨らませる。分からないことが多い古代の人物を、客観的な筆致を持って浮かび上がらせていて面白い。ただ、司馬は科学と宗教がどちらが本物かは分からず誰にも「回答を出す資格を持たされていない」(p109、上巻)と言うが、なぜ著者にはそんなことを言う資格があるのか分からない。科学と宗教では科学が勝ったのは事実である。


8.0 吾妻ひでお『アル中病棟 失踪日記2』イースト・プレス(漫画)

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

 アル中の怖さ
 漫画『失踪日記』の続編で、2013年刊行。アル中を直すために入院した時の闘病生活が描かれている。病院の方針でなぜかアル中患者は途中から精神疾患の人達と一緒に生活せねばいけなくなるが、便座にうんこが塗られるなどとても共同生活が出来なくなったという。物語としてのインパクトは『失踪日記』に比べると欠けるが、退院したと思ったらまた酒を飲んで死にそうになる患者が何人も居たりと、アル中の怖さは認識できる。これ以降吾妻は酒を一滴も飲めなくなったが、吾妻がまだ生きているということはちゃんと酒をやめているということだろう。


8.0 佐々木守小島剛夕『一休伝』<上・中・下>講談社(漫画)

 面白いが妻子を捨てるのは酷い
 1989年から1990年に刊行された漫画。天皇の私生児だったとされる一休の、偽善を拒否する生き様を力強く描いており、また彼に関係する女たちにも官能的な魅力があっていい。水・風・煙や、風に揺れる木々などの絵の迫力もある。ただ、一休は「あえて地獄に入るため」妻子を捨てるのだが、妻子にしてみたら堪ったものではないし、妻子を捨てる言い訳にしか聞こえない。


8.0 ポール・ギャリコ『七つの人形の物語』矢川澄子訳、王国社

七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)

七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)

 『リリー』の原作
 人形を通してでないと人に気持を伝えられない人形遣いの男コックと、金も仕事もなく死のうと思っていた若い女性ムーシュが織りなす屈折した愛が描かれており、ミュージカル映画の傑作『リリー』(1953年)の原作である。ムーシュの純粋な心が、女嫌いの捻くれたコックを変えていく様は感動的だが、しかし小説では男のDVや暴力が酷すぎて感情移入しにくいのが欠点だと思った。まずは映画を薦めたい。


7.5 円地文子『傷ある翼』新潮文庫

傷ある翼 (1964年) (新潮文庫)

傷ある翼 (1964年) (新潮文庫)

 女の生々しい情感
 円地文子の自伝的3部作の第2作目(1作目は『朱を奪うもの』、3作目は『虹と修羅』)で、1962年刊行。主人公滋子は愛していない男と結婚したので、普段から夫のことを嫌っているが、夫が職場で色恋沙汰を犯してしまい、滋子は社会的な地位を失いたくないので夫の味方をしてしまう。また、他の男に惹かれる女の生々しい情感などが描かれていて引き込まれた。ただ、第二次世界大戦が物語に効果的に絡んでいるとは思えなかった。小椋という男が満州人に撲殺されるが、主人公とそんなに接点があったわけでもないし感情を揺さぶられなかった。


7.5 安野モヨコ『監督不行届』祥伝社(漫画)

監督不行届 (FEEL COMICS)

監督不行届 (FEEL COMICS)

 庵野との結婚生活
 安野モヨコが夫・庵野秀明との結婚生活を漫画にしたもので、2005年刊行。オタク夫婦同士の変なノリやルールは小っ恥ずかしいが面白く、また夫の風呂嫌いなところや一度服を着たら着っぱなしになるところを突き放さず、ちょっとずつ改善させていく妻には愛を感じる。ただ、なぜか著者は自分を赤ちゃんの姿で描いているが、わざとそうしているとはいえデザインが好みではなかった。


7.5 P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳、岩波少年文庫

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

 読み応えがある
 1934年に刊行された児童小説で、メアリー・ポピンズの第1作。ナニー(乳母)のメアリー・ポピンズは不思議な力を持っていて、例えば明らかに空からやって来たのに、子供達に不思議がられると「そんな訳ないでしょう!」「ありえません!」と急にツンと叱ったりするなど面白いし、妙に色気がある。新井潤美が『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)で述べるように、英国のナニーという乳母のありかたや階級問題が作品に反映されており、児童文学だが読み応えがある。


7.5 三島由紀夫「熱帯樹」

(イメージ無し)
 女性蔑視的だが面白い
 1960年発表の戯曲。夫を殺そうと目論む妻・母子との近親相姦・兄妹との近親相姦など、ギリシア悲劇のテーマをうまく日本に翻案している。妻を悪く描きすぎるという女性蔑視はあるものの、ドラマとしては楽しめる。息子の勇が衣装箪笥を開けて母親の着物をひっぱりだし、匂いを嗅いで自慰をするシーンなどは背徳的なエロさがあり印象に残った。


7.0 P.L.トラヴァース『帰ってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳、岩波少年文庫

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

 幻想的だがリアリティもある
 『風にのってきたメアリー・ポピンズ』の第2作で、1935年刊行。子供の身に不思議なことは起こっても、今のは「夢だったかもしれない」という保留が付くなどリアリティがある。「なんだって永久につづくものは、ありません」というような何気ないメリー・ポピンズの大人な言葉には掴まれる。ただまあ、前作の方が面白かった。


7.0 『ソーントンワイルダー戯曲集3 結婚仲介人』水谷八也訳、新樹社

結婚仲介人 (ソーントン・ワイルダー戯曲集)

結婚仲介人 (ソーントン・ワイルダー戯曲集)

 生き生きと喋っている
 1954年に発表された戯曲。ト書きが少なく、キャラクターが生き生き喋っていて面白い。が、ファルス(笑劇)なのでプロットが練ってあるとは言い難い。主人公ドーリーがどうしてケチな男ホレスのことが好きなのかという心情が掘り下げられているともっと面白くなるが。


7.0 ホメロスイリアス』(上・中・下)呉茂一訳、岩波文庫

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

 戦闘しっぱなし
 紀元前8世紀中頃に書かれたといわれるホメロスの長編叙事詩。戦闘シーンや人間が殺される描写は生々しいが、いかんせん3巻ずっと戦闘をやりっぱなしなので飽きてしまう。ギリシアの古典は一読の価値があるが、私は『オデュッセイア』の方が面白かった。


7.0 小谷野敦『美人作家は二度死ぬ』論創社

美人作家は二度死ぬ

美人作家は二度死ぬ

 虚構小説の難しさ
 2009年に刊行された小説。「もし樋口一葉が夭折しなかったら」というアイデアは面白く、著者の比較文学者としての教養が発揮されていて説得力もある。が、主人公の女学生の魅力がイマイチ伝わってこない。男性目線にならないように、女性に配慮しているのは分かるが、生き生きしていないと思った。男が女を主人公に据える場合、漫画や映画に比べて文学だとより粗が見えやすいのかもしれない。


7.0 津本陽『弥陀の橋は―親鸞聖人伝』<上・下>読売新聞社

弥陀の橋は―親鸞聖人伝 (上) (文春文庫)

弥陀の橋は―親鸞聖人伝 (上) (文春文庫)

 上巻は面白い
 津本陽(1929-)が親鸞を描いた小説で、2002年に刊行された。親鸞が旧来の僧侶や仏教に偽善を感じて反発したり、流刑になってもしぶとく生きる様は面白い。時代背景も生々しく描かれており、鎌倉時代の飢饉では「生まれた子を祖父母が涙をふるい膝頭で圧し殺し、口減らしをすることもめずらしくなかった」(p383)というから怖い。ただ、後半は抽象的な仏教の思索が多くなり退屈した。著者は、「肉体が元素に帰ったのち、そこに宿っていた心が消耗した電池のように無に帰すると、どうしても思えない」(p327)と語るなど宗教的な人間だが、私は無宗教なので入り込めなかった。


7.0 ヴィクトル・ユゴーノートル=ダム・ド・パリ』<上・下>辻昶、松下和則訳、岩波文庫

ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)

ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)

 片思いは面白いが散漫
 1831年に刊行された小説で、『ノートルダムのせむし男』の題でも知られる。詩人のグレゴワール、女嫌いの司教補佐フロロ、そして醜い鐘番のカジモドが皆、同じエスメラルダというジプシー女を好きになるが、それぞれうまくいかず片思いなのが面白い。ただ、主人公が絞りきれず散漫になっている。また、エスメラルダが恋する男フェビュスは嫌なやつだし、結局彼女は絞首刑になるので後味が悪い。


6.5 井上靖天平の甍』新潮文庫

天平の甍 (新潮文庫)

天平の甍 (新潮文庫)

 鑑真の来朝
 1957年に刊行。鑑真の来朝を描いた歴史小説で、もちろんドラマになっていて読まされるし、何度渡航を失敗しても船を差し押さえられても挫けない鑑真には驚かされる。が、この本で描かれるのは男の僧と僧のつながりであり、女が全く出てこないホモソーシャル的な世界に私は共感しきれなかった。


6.5 立松和平『遠雷』河出文庫

遠雷 (河出文庫 132A)

遠雷 (河出文庫 132A)

 殺人犯のバックボーンがない
 1980年刊行。まあまあ面白いが、映画(根岸吉太郎監督、1981年)が小説を忠実に再現しているので映画を観れば充分、という気もする。あと映画でもそうなのだが、殺人を犯してしまう公次(主人公満夫の親友)のバックボーンがよく分からないので、殺人を犯されても感情移入できない。
 ところで、異性の陰毛を財布に入れたり、柱に貼ったりして商売繁盛を願うなど(p269-270)、田舎の性の認識が覗けるのは面白い。


6.5 福永武彦「廃市」

(イメージ無し)
 短編向きのテーマではないのでは
 映画『廃市』(大林宣彦監督、1983年)の原作短編小説。愛する心がすれ違う悲劇はヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』を思わせるが、扱っているテーマのわりに紙片が少なく物足りない。映画はこの短編を上手く膨らませたと言える。


6.5 ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ美女と野獣』藤原真実訳、白水社

美女と野獣[オリジナル版]

美女と野獣[オリジナル版]

 なかなか心情がリアル
 1756年刊行。王子はよぼよぼの老女の妖精にプロポーズされるが振ったところ、怒った妖精に野獣に変えられてしまうのだが、変身の経緯に女の情念が絡んでいて面白い。また、醜い姿の野獣になかなか心を許せないベルの心情はリアルで、容姿により格差が生まれてしまう現実を描いているようにも思える。ところで、野獣が王子に戻った後、ベルの身分も実は王女だったことが判明するのは都合が良すぎるし、後半はドラマがなくて残念だった。


6.0 井上ひさし「日本人のへそ」

 政治的には同意するが
 1969年に発表された戯曲で、1977年に映画化(須川栄三監督)。天皇制をホモソーシャルと絡めるなど、著者の政治的な認識には同意できるが、主人公の女性にイマイチ主体性がなく、また彼女が惚れた詐欺師の男の魅力もよく分からない。映画を見ればいい。


6.0 倉田百三親鸞』中公文庫BIBLIO

親鸞 (中公文庫BIBLIO)

親鸞 (中公文庫BIBLIO)

 読みやすいが終盤が蛇足
 倉田百三(1891-1943)が親鸞を描いた小説で、1940年に刊行された。読みやすく親鸞の入門にはいいが、親鸞と息子の善鸞が和解するのは創作だろう。ところで、親鸞が長い行脚を終えて京都に帰ってから、なぜか弥女という下女が主人公になり話が進むが、ここが面白くなかった。


6.0 マリヤ・トラップ『サウンド・オブ・ミュージック』中込純次訳、三笠書房

サウンド・オブ・ミュージック

サウンド・オブ・ミュージック

 言うほど激動の人生か?
 マリヤ・トラップが1949年に発表した自叙伝で、映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)の原作。トラップ一家が米国に渡りコンサートを開こうとした際、マリヤには「セックスアピールがないから人が集まらないのではないか」と言われたエピソードなどは面白いが、基本的には戦争から逃れて欧州から米国にやってきた平均的な移民の一例に過ぎないのではないか。この原作を巧みに脚色した映画をお勧めしたい。


6.0 江戸川乱歩『黒蜥蜴』創元推理文庫

黒蜥蜴 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

黒蜥蜴 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 乱歩唯一の女賊もの
 1934年に発表された探偵小説。『黒蜥蜴』は江戸川乱歩の小説では唯一女賊もの(p246)というが、女盗賊・黒蜥蜴には色気があっていい。しかし、それぞれのトリックには無理があり白けてしまうので、現代の目から見て質の高いサスペンスとは言えないだろう。また、明智小五郎が自分の身代わりとして松公という男を見殺しにするシーンがあるのは探偵としていいのかと思う。


6.0 三島由紀夫『黒蜥蜴』祥伝社

黒蜥蜴―戯曲 (1969年)

黒蜥蜴―戯曲 (1969年)

 色気があるのはいい
 江戸川乱歩の小説『黒蜥蜴』の戯曲化で、1961年発表。黒蜥蜴が明智小五郎に恋愛感情のようなものをもつと、黒蜥蜴の部下の雨宮が嫉妬するのは面白い。ただ、サスペンスのアイデアや物語は乱歩より多少新しくなったというくらいで、原作を超えたとまでは思えなかった。


6.0 山田太一異人たちとの夏新潮文庫

異人たちとの夏 (新潮文庫)

異人たちとの夏 (新潮文庫)

 ホラー小説
 映画『異人たちとの夏』(大林宣彦監督、1988年)の原作小説で、1987年刊行。両親の霊との交流などつまらなくはないが、終盤の愛憎シーンでは映画の演出の方が優れていると思った。


5.5 ガストン・ルルーオペラ座の怪人三輪秀彦訳、創元推理文庫

 爆破テロ
 1909年に発表されたゴシック小説。意外とちゃんとしたミステリーで、砂が敷き詰めてある鏡張りの部屋に人間が閉じ込められるシーンは興味深いし、怪人が劇場の下に大量の火薬を仕掛けて爆破しようとするさまは凶悪テロの先取りにも思える。ただ文庫本で450ページもあって長く、そのわりにクリスティーヌなど女性キャラの心情が掘り下げられず不満が残る。


5.5 ウィリアム・メイクピース・サッカレーバリー・リンドン』角川文庫

 映画の方は傑作
 映画『バリー・リンドン』(キューブリック監督、1975年)の原作小説で、1844年刊行。成り上がりの主人公バリーの一人称小説で、死んだ兵士の肩章を味方がむしり取るなど生々しい戦争の描写は面白い(p117)が、自分より下の階級を蔑視する発言が多く入り込めなかった。また、サッカレー自身がギャンブル中毒だったためか(p513、訳者あとがき)、賭け事をするシーンが長くしつこかった。映画はこの小説の筋をうまく改編し、映像化したと言える。


5.0 バーナード・ショーピグマリオン』小田島恒志訳、光文社

 ハッピーエンドでいいのに
 1913年に刊行された戯曲で、映画『マイ・フェア・レディ』の原作。上流階級出身のヒギンズはマザコンで女嫌いの言語学者で、イライザは労働階級の花売りの娘だが、映画とは違い二人は結ばれない。ショー自身は「彼女〔イライザ〕にとって彼〔ヒギンズ〕はあまりにも神のごとき存在であり、到底つき合えるものではない」(263p)と言っているが、神と言われてもちょっと共感できない。しかもこの言い方だと、ヒギンズのような傲慢な上流階級を批判しているわけでもない。ヒギンズは上流階級でイライザは労働階級だが、二人が結婚して「大きな階級を超えた恋が実る」というラストでも充分階級問題を視野に入れた作品になるのだから、ハッピーエンドにしていいのではないか。映画『マイ・フェア・レディ』は傑作。


5.0 ショラム・アレイヘム『屋根の上のバイオリン弾き南川貞治訳、早川書房

屋根の上のバイオリン弾き (ハヤカワ文庫 NV 44)

屋根の上のバイオリン弾き (ハヤカワ文庫 NV 44)

 宗教色が強い
 映画『屋根の上のバイオリン弾き』の原作小説で、1894年発表。娘を嫁に出す父親の心境と、社会の近代化に直面する彼の不安が描かれているが、映画以上に父親の敬虔なユダヤ教徒ぶりが強調されるなど宗教色が強く共感しかねるところもある。


5.0 赤川次郎『ふたり』新潮文庫

ふたり (新潮文庫)

ふたり (新潮文庫)

 彼氏に魅力を感じない
 1989年に刊行された小説で、映画『ふたり』(大林宣彦監督、1991年)の原作。だが、小説では主人公・実加に哲夫という恋人がすんなりできてしまうので、少女のウジウジした心が表現されないし、しかも哲夫のバックボーンも提示されないのでこの男に魅力を感じなかった。映画の方が断然面白い。


5.0 シェイクスピア『新訳 ロミオとジュリエット河合祥一郎訳、角川文庫

新訳 ロミオとジュリエット (角川文庫)

新訳 ロミオとジュリエット (角川文庫)

 有名だが
 1597年に刊行された戯曲。しかし、ロミオもジュリエットも一目惚れで相思相愛になるだけで丁寧な恋愛描写は無いから、読んでいても二人の人間としての魅力が伝わってこない。また、二人が死ぬことで両家が仲直りする、というのも楽観的で腑に落ちなかった。


5.0 ロアルド・ダールチョコレート工場の秘密』1964年柳瀬尚紀訳、評論社

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

 冒頭は面白いが
 1972年に刊行された小説。冒頭の、チョコレートの当たりを引くために試行錯誤する人々を見るのは面白いが、工場主ワンカのバックグラウンドは描かれず、ミステリアスな魅力もない。子供を工場の跡継ぎにする理由も、「大人は、わたしの言うことを聞かない。学ぼうとしない。自分のやり方でやろうとする、わたしのやり方ではなく。だから、子供でなくちゃならんのです。わたしは、ものわかりのいいかわいい子がほしいのです」(p253)と子供を買いかぶりすぎていて共感できない。2005年の映画『チャーリーとチョコレート工場』に乗り越えられている。


5.0 ジーン・ウェブスターあしながおじさん』松本恵子訳、新潮文庫

あしながおじさん (新潮文庫)

あしながおじさん (新潮文庫)

 少女の視点は面白いが
 1912年に発表された児童文学。孤児の少女ジーンのみずみずしい感性と、社会の矛盾を突くするどい近代的な視点は面白い。貧しき者がこの世にあるのは我々をして常に慈善を行わしめんとする神の意志である、という聖書の言葉に対しても「これじゃあ、まるで貧乏人は役に立つ家畜同様ではございませんか!」と宗教を批判する姿勢はまともである。しかし、とくにドラマもなく退屈であることは事実である。あしながおじさんのバックボーンもなく人間性が浮かび上がってこないのも問題ではないか。


4.5 近藤聡乃『A子さんの恋人』<1~4巻(連載中)>エンターブレイン(漫画)

 男が描けていない
 けいことあいこのモテない女同士の奇妙な友情など女キャラは面白いが、男キャラは全て恋愛可能なモテ男やチャラ男として描かれており全然共感できない。男の人間性が表面的にしか捉えられていないので、その男達が惚れる主人公のA子の魅力もあまり伝わってこなかった。


4.5 三島由紀夫「十日の菊」

(イメージ無し)
 自殺の美化
 1961年発表の戯曲。政治家の妾になっている母親の裸を息子が目撃し、その裸に唾を吐きかけるなど目を瞠るシーンはあるが、いかんせん「自殺すること」を美化しているので高評価はしかねる。


4.0 シェイクスピア恋の骨折り損小田島雄志訳、白水uブックス

 女が気になる心は分かるが
 1595~96頃に発表された戯曲。勉学のために女を遠ざけようとしても女のことが気になる、という男心には共感するが、全体として何を言いたのかは分からない。男女の仲が結局どうなるのか不明瞭なのも物足りない。


4.0 シェイクスピア『じゃじゃ馬馴らし』松岡和子訳、ちくま文庫

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

 妻の「調教」
 1594年頃に発表された戯曲。夫(ペトルーチオ)が頭の良い妻(キャタリーナ)を「調教」する話で、前半のキャタリーナの生き生きした舌鋒は面白いが、夫は妻に食事を与えず眠らせないなどの措置を講じており魅力的だった舌鋒もなくなる。400年以上前の作品とはいえ大丈夫なのかと思ってしまう。


4.0 水上勉飢餓海峡新潮文庫

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

 長い
 1963年に刊行された推理小説で、700ページあるが長い。無実の人を2人殺している犬飼には同情できないし、刑事の人物像も平凡でバックボーンも詳しく描かれないので、ドラマや感動も感じなかった。唯一私が感情移入が出来た売春婦も中盤で死んでしまう。飢餓海峡は映画を観ればいいだろう。


4.0 フランク・ボーム『オズの魔法使い』幾島幸子訳、岩波少年文庫

オズの魔法使い (岩波少年文庫)

オズの魔法使い (岩波少年文庫)

 映画を見れば足りる
 1900年刊行の童話。オズという名の魔法使いが実は地上から気球で迷い込んできた男だった、というのは宗教と距離を置いているように読めるからいいが、基本的には忠実に再現された映画を見ればい足りるだろう。


4.0 三島由紀夫『朱雀家の滅亡』河出書房新社

朱雀家の滅亡

朱雀家の滅亡

 エウリピデスの翻案
 エウリピデスの戯曲「ヘラクレス」を日本の第二次世界大戦下に翻案した劇で、1967年に発表。まあ筋だけ見ればつまらなくないし、三島が読者に天皇主義や身分制を押しつけているとまでは言えない。しかし、近代的な考えをもつ女中おれいへの扱いが悪く、防空壕に逃げ込んだのに死んでしまうのは酷いと思った。


3.5 三島由紀夫命売りますちくま文庫

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

 女が官能的なのはいいが
 1968年刊行の小説。「静脈より動脈に噛みつきたい」という女など、官能的な女が出てくるので興奮できるが、主人公の羽仁男は基本的に「死にたい」と思っている人間なので感情移入は出来ない。感情が死んでいる羽仁男は女性にフラれても「何ともなかった」(p40)というが、私は何ともないことはない。また、庶民の生活が「ゴキブリの生活」(p205)と表現されるが、全体的にインテリが庶民を見下しているようなトーンで書かれていて腑に落ちなかった。


3.0 ロベール・トマ「八人の女」

現代フランス戯曲名作選―和田誠一翻訳集

現代フランス戯曲名作選―和田誠一翻訳集

 趣味が悪い
 映画『8人の女たち』(2002年)の原作で、1962年発表。8人の女達が1人の男をめぐって小競り合いをする話で、全体を通して女性嫌悪的というか、「女ってこんな嫌なところがあるんだよ」ということを言いたいために作品を作ったとしか思えない。ミステリーにはなっているが、ちょっと趣味が悪いと思う。 


3.0 吉川英治親鸞』<全3巻>、講談社

親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

 長すぎる
 1938年から48年にかけて発表された親鸞の生涯を描いた小説だが、長すぎて退屈である。終盤に、DV夫が親鸞の教えに感動して反省する場面が出てくるが、酷いDVを振るわれていた妻が簡単に夫を許すのは腑に落ちないし、夫を責めたほうがいい。宗教の「許し」の限界である。親鸞の小説は津本陽『弥陀の橋は』を読めばいいだろう。


3.0 チャールズ・ディケンズ『オリヴァ・トゥイスト』<全2巻>北川悌二訳、三笠書房

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

 名作だとは思わない
 1837年から39年にかけて発表された小説。ただ、話の筋に矛盾や無理がある。スリに深入りしていないオリバーをスリ仲間がしつこく必死に捕まえようとするのはおかしい。オチも、オリバーの生れは結局良かったことが強調されるだけだし、とくに名作だとは思わなかった。


2.5 陳舜臣曼陀羅の人』<上・中・下>徳間文庫

 虚構が浮いている
 空海が留学生として唐に渡った時の記録をもとにした歴史小説で、1984年刊行。しかし、事実の記録に対して作者が想像したドラマが浮いている。全3巻というのも長く退屈で、司馬遼太郎の『空海の風景』を読んだ方がいい。


2.5 ジェームズ・バリ『ピーター・パン』厨川圭子訳、岩波少年文庫

ピーター・パン (岩波少年文庫)

ピーター・パン (岩波少年文庫)

 語り口は現代的だが
 元々戯曲として作ったものを1906年に小説として刊行。作者の語り口は現代的だが、ウェンディの弟たちが「イギリス王万歳!」と叫ぶ(272-273p)などディズニー映画とは違い身分制の肯定があり、またティンカーベルが爆死するので可哀想である。フックがピーター・パンの命を狙う理由も「ピーターのなまいきな性質のため」(240p)というだけなので弱い。
 ところでピーター・パンが読者に向かって「妖精を信じている子供は拍手をしてください」と呼びかけるシーンがあるが、黒澤明の『素晴らしき日曜日』(1947年)を思い出す演出であった。


2.0 モルナール・フェレンツ『リリオム』徳永康元訳、岩波文庫

リリオム (岩波文庫 赤 771-1)

リリオム (岩波文庫 赤 771-1)

 DVの肯定
 映画『回転木馬』(1956年)の原作戯曲で、1909年刊行。だが、映画以上に主人公の男が妻子の暴力を振るう。しかも、妻子が男にぶたれても「痛くない」ということが強調されるが(p162)、このDVを肯定したかのようなメッセージにはやはり変である。ちなみに作者のモルナール(1878-1952)はハンガリーのユヤダ系の作家(ハンガリーでは日本と同じく上が名字で下が名前)。


2.0 三島由紀夫「女は占領されない」

(イメージ無し)
 反米思想を代弁しているだけ
 1959年発表の戯曲。米軍に占領される日本を「女」に例えるだけの、三島の政治思想を代弁する作品にしか思えず退屈である。この劇では、日本の未来が米軍に全て委ねられているかのような大げさな筆致だが、そうすることで読者の反米感情を煽りたいだけだろう。「身分!身分なんて!アメリカにそんなものがありますか」(p44)と言う米国人のハリスンは良かった。


2.0 三島由紀夫「恋の帆影」

(イメージ無し)
 殺人の動機が不明
 1964年発表の戯曲。主人公のみゆきは、かつて男を湖に落として殺したことがあるというのが話の肝だが、抽象的な動機しかないので(男に愛の告白をされたのが許せなかったというだけ)、とくに共感できず入り込めなかった。


2.0 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・カロル』村岡花子訳、新潮文庫

クリスマス・カロル (新潮文庫)

クリスマス・カロル (新潮文庫)

 単なるおとぎ話
 1843年刊行。金貸しの金持ちスクルージが改心することで町に平和が訪れるという内容だが、紙片が少ないので彼が唐突に心変わりした印象を受ける。また、そもそも金持ちが一人改心したくらいでは世の中が良くなるわけがないのであり、階級問題を射程に入れていないので単なるおとぎ話にとどまる。


2.0 ベルトルト・ブレヒト三文オペラ千田是也訳、岩波文庫

 全員嫌なやつ
 1928年に発表された著名な戯曲だが、登場人物が全員極端に嫌なやつなので人間を描いておらず感情移入が出来ない。世の中の悪を暴きたいという著者の左翼的なイデオロギーが濃すぎて面白くなかった。


2.0 メリメ『カルメン』 杉捷夫訳、岩波書店

カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

 悪人への同情
 1845年発表。主人公のスペイン旅行者の男は盗賊や殺人犯に同情的であるので共感できないし、作中で扱われる情事による殺人にも関心が持てない。なぜ有名なのかよく分からない小説だと思った。


2.0 メーテルリンク『青い鳥』堀口大學訳、新潮文庫

青い鳥 (新潮文庫 メ-3-1)

青い鳥 (新潮文庫 メ-3-1)

 内向きな童話
 1908年発表の有名な童話だが、オズの魔法使い(1900年刊行)のように冒険しても何だかんだ「おうちが一番」という内向きな話。訳者の堀口はあとがきで、「万人のあこがれる幸福は、遠いところにさがしても無駄、むしろそれはてんでの日常生活の中にこそさがすべきだというのがこの芝居の教訓になっているわけです」(238p)というが、貧乏な家庭やDV・虐待で苦しむ家庭の中から万人のあこがれる幸福が見つかるとは思えない。『青い鳥』を読んだだけではメーテルリンクノーベル賞を受賞できた理由は私にはちょっと分からない。


2.0 ロアルド・ダール『おばけ桃が行く』柳瀬尚紀訳、評論社

おばけ桃が行く (ロアルド・ダールコレクション 1)

おばけ桃が行く (ロアルド・ダールコレクション 1)

 ジャイアント・ピーチ』の原作
 1961年発表の童話で、映画『ジャイアント・ピーチ』(1996年)の原作。しかし原作では、蜘蛛の女が他の虫に嫌われていないなど、いまいち設定を生かせていない。映画の方が面白い。


1.5 ジェイムズ・ヒルトン『チップス先生、さようなら』白石朗訳、新潮文庫

チップス先生、さようなら(新潮文庫)

チップス先生、さようなら(新潮文庫)

 パブリック・スクールの美化
 1934年に発表された小説。女に興味の無いパブリック・スクールの教師チップスが主人公で、女にしか興味の無い私にはまず共感できないが、そのくせチップスは女に惚れられて結婚できるのだからムカついてしまう。チップスの妻子は戦争で死ぬが、どうやって死んだのかも分からないままで扱いが悪い。また、パブリック・スクールといえば虐めや体罰が横行していた体育会系の場所だが(新井潤美パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』に詳しい)、虐めで悩む子供も出てこず美化されて描かれていて嫌である。


1.5 山田宗樹嫌われ松子の一生幻冬舎

 リアリティがない
 2003年に刊行された小説。平凡で真面目な女教師・松子の身に次々と不幸な事件が舞起り、ソープ嬢に落ち、男を殺すに至る話だが、機械的なストーリー展開なので松子達キャラクターの心情にリアリティが感じられない。骨壺が「ことり」と鳴って死者の意志が示されるといったオカルト演出もあり、映画以上に馬鹿馬鹿しいと思った。


1.5 アニタ・ルース『紳士は金髪がお好き常盤新平訳、大和書房

紳士は金髪がお好き (1982年)

紳士は金髪がお好き (1982年)

 主人公が嘘くさい
 1925年に刊行された小説。作者のアニタ・ルースは黒髪女性だが、序文で彼女は「同じくらいのルックスでも自分より金髪の女の方が男に優遇されている」「私の方が教養もあるのに」と漏らすのは面白い。しかし小説自体はつまらなかった。主人公を金髪女にしていて、嘘くさいからである。作者と同じ黒髪の女を主人公に据えて、その女から見える世界を描写すればリアリティも出るし面白かったであろうに、失敗作である。


1.5 斉藤憐『上海バンスキング』而立書房

上海バンスキング

上海バンスキング

 ジャズが好きな人向け
 1980年刊行。戦時中に上海にやって来た日本人ミュージシャンらが主人公だが、深作欣二の映画同様、第二次世界大戦下の日本の植民地政策を何となくリベラルに批判しているだけのように思える。ジャズが好きな人には面白いのだろうか?


1.0 三島由紀夫「わが友ヒットラー

(イメージ無し)
 女性が出てこない
 1968年発表の戯曲。ヒトラーを親友だと信じていたのに裏切られ殺された軍人エルンスト・レームを讃える劇で、三島はこの劇でヒトラーを讃えているわけではない。レームは「人間の信頼だよ。友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ。これなしには現実も崩壊する。従って政治も崩壊する」と言うが、この場合の「人間」は男性しか指さないわけで、いかにも古代ギリシアのようなホモソーシャルが目立つ。ヒトラーどうこうよりまず、私は女性を蔑視する姿勢に共感できない。


1.0 三島由紀夫『癩王のテラス』中公文庫

 君主制とオカルト
 1969年刊行の戯曲。カンボジアの慈悲深い王が主人公だが、とくに面白いところはない。ラストは王の「肉体」と「精神」が語り合うなどオカルトな展開になる。本当に慈悲深いなら身分制はなくした方が良いのではないか。


1.0 三島由紀夫『喜びの琴―附・美濃子』新潮社

 オカルトの肯定
 「喜びの琴」「美濃子」共に1964年に発表された戯曲。「喜びの琴」は警官や右翼・左翼活動家が出てくるが、未来のビジョンのない破壊衝動やテロ行為を讃えているので賛同できない。「美濃子」は愚連隊のリーダー豊が巫女の美濃子に惚れたことで改心するという話だが、神道を讃えているだけの宗教プロパガンダに思えた。二人が雷に打たれて死ぬと登場人物が「二人は今、神になった」と言うがそんな訳はなく、オカルトの類いだろう。
 

1.0 十返舎一九『現代語訳 東海道中膝栗毛』<上・下>、伊馬春部訳、岩波現代文庫

 何が面白いのか
 1802年刊行。弥次さん喜多さんという男二人が飲んでは女に惚れられるが、女の描き方が一辺倒で深みがなく、何が面白いのか全く分からない。弥治は妻が働いて得た金まで遊びに使い、服も食べ物もろくに与えないまま妻を死なせた(p164-165)というし酷い。訳者の後書きでは、この物語は金持ちの道楽息子の弥次が財産を使い果たし、同性愛の相手であった若衆・喜多と駆け落ちした話だというので、ホモ関係に興味の無い私にはそりゃあ理解できないと思った。


1.0 パトリック・デニス『メイムおばさん』上田公子訳、角川文庫

メイム叔母さん (1956年)

メイム叔母さん (1956年)

 なぜか売れた
 1955年刊行された小説。身寄りを無くした少年が変わり者の叔母に引き取られる話で、戦後米国でそこそこ売れたようだが面白くない。全体的に日本人の下男イトウを差別口調に描いているのも嫌である。引き取ったイギリスの戦争孤児達にイトウが苛められ、古い奴隷部屋に彼をつなぎ足を三カ所骨折させられた(p352)というが犯罪だろう。


0.5 サン=テグジュペリ星の王子さま内藤濯訳、岩波書店

星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

 私には分からなくていい
 1943年に発表された小説だが、女性キャラが全く出てこないので楽しくない。まるで人生における大事な登場人物は男だけだと言いたげである。また全体的に、大人より子供の方が良いという反動的な筆致で、どこに共感すれば良いのか私には分からなかった。
 ところで、サン=テグジュペリは「私のふるさとは、私の子供時代である」と言ったというし(p136、あとがき)、訳者も「〔この小説は〕かつての童心に生きている大人でなくては、歯が立ちようのないたぐいです」(p138)と言っているので、つまり裏を返すと童心に生きていない人はこの小説の良さを分からなくていいということである。


0.5 三島由紀夫「源氏供養」

(イメージ無し)
 気分が悪くなる
 1962年発表の戯曲。紫式部を思わせる「野添紫」という女性作家の霊が登場人物に批判されるだけの内容で、何が面白いのか全く分からない。武家社会に影響を受けた三島が公家文化の小説(源氏物語など)と相容れないのは分かるが、野添紫の霊がとくに反論も出来ないまま消えて、登場人物に「彼女の文学もこの程度だよ」と総括されるなどフェアではないし気分が悪くなる。

2017年に読んだ研究書・伝記・ルポなど

10点満点。
引用文における〔〕は筆者注。


10.0 富永健一『近代化の理論 近代化における西洋と東洋』講談社学術文庫

近代化の理論 (講談社学術文庫)

近代化の理論 (講談社学術文庫)

 近代化は西洋化ではない
 社会学の泰斗、富永健一の名著で、近代化の歴史や仕組みがまとまっている。「近代化」と聞くと、日本が西洋化してしまった悲劇だと嘆く人や右翼もいるかもしれないが、近代化と西洋化とは別物である。東洋は東洋で、古代→中世→近世と文明が発展し前進していったのは明白で、著者はそういう前進を近代化と言っているのである。だから、江戸時代の日本が明治政府に移行できたのも、いきなり西洋風に近代化したのではなく、日本社会が既に独自に近代化をしていたからに他ならない。近代化を嘆く右翼は筋違いなのだ。
 また、29章のポストモダン批判は必見である。私も現代思想にかぶれていたときはポストモダンという言葉を使ってしまっていたが、ポストモダンなどまだ世界には訪れていないことがわかる。ポストモダンとはモダン(近代)が終わったことを意味するが、世界の経済状況(資本主義)・家族形態・恋愛や結婚に至るまで、近代のやり方や価値観がそのまま今も続いているのは明らかである。また、民主主義や自由などの近代的価値観は相変わらず重要であり、近代をいたずらに批判するのは無益どころか有害である。そういうのが日本浪漫派(保田與重郎)などの思想(アンチ西洋)と結び付くと、ただの右翼になる。


10.0 ノースロップ・フライ『批評の解剖』海老根宏、中村健二、出淵博、山内久明訳、叢書・ウニベルシタス

批評の解剖 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

批評の解剖 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

 文学を語るには文学を読むのが第一である
 文芸批評をしたい人には必読とされるノースロップ・フライ(1912-1991)の主著。フライは言う、「文芸批評家がまず第一になすべきことは、文学を読み、その領域を帰納的に概観し、ただその領域についての知識からのみ批評原理を形作るようにすることである。批評原理は、神学や哲学や自然科学や、あるいはこれらを組み合わせたものから出来合いの形で安直に取り入れることはできない」(p11)。つまり、いくら科学や社会学や哲学に詳しかろうが、文学を語るにはまず文学をたくさん読むしかないのである。また、フライは文学における価値判断も厳しく批判する。例えば、シェイクスピアはジョン・ウェブスター(英国の劇作家)より偉大かどうか、などと考えるのは文芸批評と何の関係もない。もちろん、純文学よりケータイ小説のほうが偉いかどうかという優劣も批評とは関係なく、ケータイ小説でも面白ければ批評に値するのである。フライの姿勢は学問をする上でもっともだと思った。その後も文学作品は喜劇・ロマンス・悲劇・アイロニーに分類され分析されるが、ここは現在のジャンル論に直接影響を与えているので重要であるし面白い。
 ただ、英語詩の分析ではウィリアム・ブレイクやT.S.エリオットの詩を英語で読めないとよく分からないだろうし、私もよく分かっていない。よく分からない箇所があるのに10点を付けても良いのかと思うが、一応つける。


9.5 吉岡栄一『文芸時評ー現状と本当は恐いその歴史』彩流社

文芸時評―現状と本当は恐いその歴史

文芸時評―現状と本当は恐いその歴史

 本音で批評しなくなったら終わり
 文芸時評の歴史をふり返ることで、「ホンネ批評」がルールだったはずの文壇が、いつのまにか「ホメ批評」や「ヨイショ批評」が中心になったさまを暴き出している。詳しく言うと、1969年に石川淳朝日新聞の時評を担当するようになってからホメ批評が中心になったという。昔は良かったというわけではないが、ムラ社会のなかでもいいものはいいと褒め、駄作は駄作としてきっちりと欠点を指摘していた明治の文壇は、ホメ批評中心の現代より健康的である。「交友関係や情実などにとらわれるようなことがあってはならず、つまり周囲の事情の如何に不拘、自分の善しと信じ、悪しと信じるところのものを遠慮なく真直ぐ言う」と宣言した佐藤春夫には非常に共感した。ホンネで批評しなくなったら終わりだろう。


9.5 小谷野敦『日本売春史ー遊行女婦からソープランドまで』新潮選書

日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)

日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)

 小谷野の主著
 比較文学者、小谷野敦(1962-)の主著。売春をめぐる世の言説は極端で、売春をとにかく廃止しろという人もいれば、自由な性愛は素晴らしいとして江戸の遊女を「聖なるもの」として賛美する人もいる。しかし、売春を廃止するとレイプや性犯罪が増える危険があるし、女にモテない男は一生セックスできないまま死ぬことになる(モテる男は女とすぐセックスできるので売春がなくなっても痛くも痒くもない)。一方で、江戸や吉原で働かされていた風俗嬢はかわいそうなほど過酷であり、性病で早死にする例も多く、遊女を神格化したり美化するのは酷いことなのである。小谷野は学問では価値判断は避けるべきだとしながらも、「売春は合法化し、しかるべき規制によって性病の広まりを抑えるのが現実的な方向性だと思う」とあとがきで述べている。詳細な筆致なので読みづらさを感じるかもしれないが、今でも吉原のソープランドで非合法の売春が公然と行われている現代に訴えかけるものがある。


9.5 小谷野敦『日本恋愛思想史 記紀万葉から現代まで』中公新書

 川端康成の日本と三島由紀夫の日本は全然違う
 私が本や映画の恋愛描写を語る上で参考にしている本である。日本文化における恋愛の歴史で最も重要なのは、「公家的な、男が恋することを美ととらえる感性から、むしろ古代ギリシア的な、女性蔑視的で、女に一方的に恋する事を醜いととらえる感性への転換である」(p51)という。例えば平安時代源氏物語では、光源氏など男の主人公達がひたすら女に恋をする話であるのに、近松門左衛門など近世の武家文化に書かれた作品は、色男が女に惚れられるばかりで、男は自分から恋するのは恥だと思っているのである。ここに日本の歴史の断絶がある。だから一見すると、川端康成三島由紀夫も同じ日本的な・伝統主義的な作家だと思ってしまうが、実際は、川端は公家文化・三島は武家文化の影響を受けており全然違うのである。
 また、戦後の純愛教育で、まるで人間は誰でも恋愛が出来るように教えこまれ、90年代になっても例えば宮台真司のように誰でも努力すればモテるかのように言った論客はいるが、実際そんなことはありえないという主張は切実で面白い。どんなに個人が努力してもダメなものはダメである。それと合わせて売春論も展開されるが、売春防止法が制定された当時は誰でも25歳くらいまでには結婚するということが前提だったのであり、今の時代に即していない(p210)とするのはもっともな話だと思った。
 ただ、一部の知識人の認識である「恋愛輸入品説」や「恋愛は西欧二十世紀の発明説」を小谷野が批判していく様は専門的で、一般読者には読みづらいかもしれない。


9.5 古田博司『東アジア・イデオロギーを超えて』新書館

東アジア・イデオロギーを超えて

東アジア・イデオロギーを超えて

 必読の東アジア論
 東アジア諸国が一つにまとまれないのは、中国で生まれた「中華思想」という概念(自分たちが世界の中心であるという考え)をそれぞれの国が分有しているためだと論じられる。国同士が仲良く出来ない理由は、間違っても日本だけのせいではないのだ。また、ベトナムは地理的に中国に近く文明が入ってきたので、文明が遅れているカンボジアラオスを蔑視している(p47)というのも興味深い。著者は自分の立場を左派だとしているが、しかし反日を持ち出す中国や韓国の姿勢は支持していないし、自国のナショナリズムを批判するのに他国(中・韓)のナショナリズムを批判しない日本の左派を批判するのでまともである。
 ところで北朝鮮に関する章では、金正日政権がカルト宗教のように国民を洗脳するさまが詳しく分析されるが、北朝鮮がおかしいのは当たり前なのだからそこまで詳しくしなくてもと思い退屈だった。


9.5 新井潤美『階級にとりつかれた人々 英国ミドル・クラスの生活と意見』中公新書

 階級を勉強する意義
 比較文学者である新井潤美の初の著作である。米国と違い英国は階級社会で、英国の階級にまつわる物語やギャグ・コメディは米国人にもそのままでは理解できないというのは驚いた。また、階級がアッパー・クラス(上流階級)、ミドル・クラス(中産階級)、ワーキング・クラス(労働者階級)に分かれるというのは知っていたが、とくに英国ではミドル・クラスの中でも上下に分かれており(アッパー・ミドル・クラスとロウアー・ミドル・クラス)、その階級の違いを意識することが英国作品を理解する上での助けになるということも勉強になった。いつの世でもそうだと思うが、上流階級は成り上がりが嫌いなもので、アッパー・クラスは道徳的なミドル・クラスを馬鹿にするが、ワーキング・クラスの無骨な振る舞いは賛美する。これはきっと、ワーキング・クラスほど下の階級なら自分を脅かさない、という心理が働くからだろう。アッパー・クラスの若者の間ではワーキング・クラスの言葉が流行る、ということも無関係ではない(p182)。
 読者の中には、何でわざわざ階級を勉強しなくてはいけないのかと思う人もいるかもしれない。確かに日本でも見かけの階級はなくなった。しかしその代わりに、スクールカーストなどといった階層は今の日本にも存在しており、そういう息苦しいものはどうにかした方が良いのだから、階級を勉強する意味は失われていないと言える。


9.0 小野一光『震災風俗嬢』太田出版

震災風俗嬢

震災風俗嬢

 震災に関する本の傑作
 東北地方の沿岸部では大震災の津波により壊滅的な被害を受けたが、わずか二週間くらいで復旧した風俗店もあるというから驚きで、いかに人々に性産業が必要とされているかが分かる。デリヘル嬢が半壊した家に呼ばれて、半壊した家の二階で性行為をした話などがたくさんあり衝撃的である。またユキコという子持ちの主婦は、素人時代の彼氏の命令でアナルファックをするためにアナルを拡張しており、それが風俗店の面接で武器になったと言うし、自分が風俗に勤めているのを娘が知っているとも言う。震災の現実と風俗嬢の生活の記録、双方がありのままに描き出され混じり合い、傑作である。


9.0 羽入辰郎マックス・ヴェーバーの犯罪ー『倫理』論文における資料操作の詐術と「知的誠実性」の崩壊』ミネルヴァ書房

 個人崇拝の愚かさ
 著名なドイツの社会学マックス・ヴェーバー(1864-1920)の論文『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』におけるたくさんの矛盾や間違いを指摘し、かつヴェーバーを崇拝する学者がその間違いを認めないという姿勢も問題視する。事態は結構シリアスで、崇拝者の多い学者(この場合ヴェーバー)を若手学者が批判すると、干されたり虐められたりするという現実があるのだから酷いものである。個人崇拝をすることの愚かさや、学者とはどうあるべきか、学問にはどう望むべきかという誠実さを考えさせられる好著である。
 もっとも、著者はマックス・ヴェーバーの業績を全否定しているわけではない。


9.0 マックス・ガロ『イタリアか、死か―英雄ガリバルディの生涯』米川良夫・樋口裕一訳、中央公論社

イタリアか、死か―英雄ガリバルディの生涯

イタリアか、死か―英雄ガリバルディの生涯

 評価すべき英雄
 イタリアを統一した共和思想の英雄ジュゼッペ・ガリバルディ(1807-1882)の伝記であり、小説仕立てなので物語としても面白い。もっとも、ガリバルディは過激な思想を持っていた訳ではなく、ときには市民の暴動を鎮圧したこともあったが、大元の共和思想を守るためにはある程度仕方が無かったともいえる。またガリバルディは信仰を捨てた後は無信仰を貫き通していて、死ぬ間際になっても自分を火葬するようにと主張したことには感銘を受けた(キリスト教では火葬は禁忌である)。歴史にはガリバルディのように評価すべき英雄がいる、という骨太な視点は必要だろう。


9.0 窪田精『文学運動のなかでー戦後民主主義文学私記』光和堂

文学運動のなかで―戦後民主主義文学私記 (1978年)

文学運動のなかで―戦後民主主義文学私記 (1978年)

 作家達の歴史
 戦後すぐ、プロレタリア系の作家を中心にしてで来た「新日本文学会」が、時代とともに変化していく様を内側から記録したものである。窪田は日本共産党員だがイデオロギーの偏りは感じられず、民主主義とは何かというテーマを素直に扱っており非常に面白い。のちに会の実権を握った大西巨人花田清輝が横暴になり、採算の目処が立たないのに機関誌を増刷するなど内部での不和が容赦なく描かれる。また、野間宏は家に人を通すとき庶民的な部屋と豪勢な書斎とを使い分けたというが、人々の見栄やイヤらしさも垣間見えて興味深い。


9.0 小谷野敦『なぜ悪人を殺してはいけないのかー反時代的考察』新曜社

なぜ悪人を殺してはいけないのか―反時代的考察

なぜ悪人を殺してはいけないのか―反時代的考察

 死刑の意義
 序盤では死刑の存在意義が論じられる。「世に、まったく改悛の情を見せない凶悪犯罪者がいる以上、死刑制度は残すべきである」(p42)という著者の主張はシンプルだが、死刑廃止論者の主張を一つ一つ論破していくスタンスに裏打ちされているので説得力がある。死刑廃止論者は死刑は残酷だと言うが、終身刑を始めとして他の刑罰もみな残酷であるのだから、死刑だけやめる理由にはならないとジョン・スチュアート・ミルの言葉を引用する(p22)。欧州では死刑は廃止されているから日本も廃止すべきだ、という主張に対しては、「死刑を廃止したヨーロッパ諸国は、キリスト教国である。キリスト教ならば、「ローマ人への手紙」にある「復讐するは我にあり」つまり人が人に復讐すべきではなく、神の手に委ねるべきだという思想があり、死後、人々は神の国へ行き、最後の審判によって悪人は裁かれる、という「信仰」がある」(20p)と、そもそも文化の違いを見落としていることを指摘する。もちろんここでは、欧米がやったから日本も真似するべきだという姿勢も批判されねばならない。何でも欧米の真似をした方がいいと考える人は、では欧米が海外に植民地をもったから日本も植民地をもった方がいいと考えるのだろうか?また、死刑廃止論者は治安のいい高級住宅街に住むのではなく、「率先して、出所してきた凶悪犯罪者の近所に住んだらどうか」(p29-30)と提案するのも偽善を突いていて面白い。
 その他、共和思想や天皇制について分かりやすく語られており参考になった。


9.0 校條剛『ザ・流行作家』講談社

ザ・流行作家

ザ・流行作家

 作家の執念
 流行作家だった笹沢佐保(1930-2002)と川上宗薫(1924-1984)の生涯を、担当編集者だった校條剛の目からまとめた伝記で、二人とも生き様が破天荒で面白く、作家の執念を感じる。流行作家とは著者によれば「雑誌あるいは新聞に描いて原稿料で稼ぐ(自転車操業的)な作家」を指すが、現代では作家は書籍で稼ぐのが一般的なのでもう滅びている。笹沢佐保は時代小説や推理小説を主に書いたが、ホテルに缶詰になると10日も15日も1~2時間寝るだけでひたすら執筆するので、顔色はどす黒く目は真っ赤になり、鬼の形相になるという。また川上宗薫は官能作家で、官能小説を書くためにどんなに器量の悪い女とでも寝たというが、晩年に重い病気で入院した時、死ぬかも知れないのに女子大生を病室に呼んでセックスをしたというエピソードは衝撃的である(ただイかなかったようだ)。
 ところで、「ダメ出しをしたあとに、編集者の想像を上回る直しが出来る新人は、急速に大物になっていく」(p102)というのは核心を突いており胸が痛くなる。


8.5 高山文彦『孤児たちの城 ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人』新潮社

孤児たちの城―ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人

孤児たちの城―ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人

 ユートピアの失敗を記録した貴重な文献
 どうも知識人の中には、13人の孤児を引き取ったジョセフィン・ベーカー(ダンサー、女優)のことを人道主義者・聖人のように持ち上げたい人がいるようだが、それぞれ人種の違う13人の子供を一度に城で生活させるというユートピア的な実験はこれを読めば失敗していたことが分かる。ジョセフィンは来日した時2人の子供を引き取ったが、二人とも日本人であるより片方が韓国人である方が人種の融和という理想に近づくと思ったので片方を韓国人として二十歳まで育てていたというのは恐ろしく(p43)、人権を無視している。また、ジョセフィンは同性愛的傾向のある養子のアキオにベッドで性の喜びを教えた疑惑があったり(p205)、城の子供部屋に嵌めきりの窓をとりつけて観光客に観光料をとったり(p248)、ゴリラをペットにしたが人間に危害を加えそうになったので彼女の指示で射殺したり(p186-187)と衝撃的な話題に事欠かない。ユートピアの失敗を記録した貴重な文献で壮絶だ。


8.5 ノースロップ・フライ『よい批評家ー文芸批評の平均律法』渡辺美智子訳、八潮出版社

よい批評家―文芸批評の平均率法 (1980年)

よい批評家―文芸批評の平均率法 (1980年)

 批評には多読と共感が必要
 1961年にフライが行った講義をもとにした本。第一章では、人に考えを伝えるのには正しい言葉遣いが大事であることが強調され、「語は考えの容器である。語が見つかるまで考えは完全には存在しない」(p26-27)と言い切る。第三章では、批評について大事なのは、知識の集積とその続行、つまり読書や勉強をし続けることだと説かれ、シンプルだがもっともである。またフライが良いのは、批評には共感が大事だと言うことを忘れないところである。「文学を読む大衆の代表として、作家に共感し、学識のある人を、批評家という名称で呼びたい」(p96)というところもそうだし、以下も長くなるが引用する。
 「批評の基本的姿勢は、文学作品に対して私的な感情を持ち込まない反応をすることである」(p122)。しかし、「同時にこのようなつきはなした反応は、本来批評の目的ではない。どうしても巻き込まれ、引っ張り込まれるし、意見も出てくる、理想も言いたくなる。そして習慣的想像的態度、こうだときめてかかる自分の意見というものがでてくる。そして当然のことながら、自分の意見とか理想などが巧みに表現されている文学を、われわれは好きなのである。(略)もし客観的で審美眼的反応だけをもつようにしたら、文学鑑賞を正しくしていないことになる」(p122-123)。


8.5 大塚ひかり『「ブス論」で読む源氏物語講談社+α文庫

 源氏物語は凄い
 古典エッセイストの大塚ひかりが、源氏物語の登場人物を顔や体格で分類して人間を語り尽くす異例の書だが、大塚が分類をしていって思うのは、そもそも登場人物達にさまざまな容姿を設定した紫式部がすごいということである。容姿により人間にカーストが出来るのはいつの世も同じなのであるが、そのテーマすら紫式部はきちんと抑えていたのだ。また、源氏物語にはブスな女が沢山出てくるが、源氏物語以降その傾向は見られず女は美人が多い。これは、釈迦とは長身で美しい顔をしているものだとする仏教思想が広まったことと符合するという指摘は面白かった。


8.5 大塚ひかり源氏物語 愛の渇き』KKベストセラーズ

 武士の台頭と女の地位の低下
 源氏物語が書かれた時代は母系社会から父系社会に変わる過渡期であり、武士の台頭により女の立場が弱くなっていくことが、物語の女達の悲劇的な末路と符合する、というのはなるほどと思った。そして、その父系社会的な道徳観が裏目に出た男・薫は権威主義で偽善者で一番嫌いだ(p234)という主張にも繋がるが、大塚の人間を見抜く洞察力には驚かされる。
 ただ一方で、登場人物の切り口は『「ブス論」で読む源氏物語』の方が容赦なくて面白いと思った。


8.5 小谷野敦斎藤貴男栗原裕一郎禁煙ファシズムと戦う』ベスト新書

禁煙ファシズムと戦う (ベスト新書)

禁煙ファシズムと戦う (ベスト新書)

 差別したい心理
 昨今の禁煙運動は禁煙者差別であり、特定の集団を差別したいという心理が暴走しているとして、三人の著者がそれぞれ禁煙運動の矛盾を突いていく。小谷野の言い分は明快で、この世には体に悪いものなどいくらでもあり(自動車、過重労働、酒、ファーストフードなど)、車など排気ガスをまき散らして人もはねる。「車になるべく乗るのはやめましょう」というキャンペーンなど行われないのに(車会社が日本経済の中心でメディアのスポンサーになっているからだろう)、喫煙者が狙い撃ちにされているという実態を指摘する。また「ヒステリックな嫌煙家というのは、どうも元は喫煙者だったものが多い」(p91)というが、確かに小池百合子も元喫煙者である。一方で斎藤貴男は煙草を吸わないジャーナリストである。健康のために何かを予防していくとなると、ケガの原因となるスポーツ・目を悪くする読書、人間のありとあらゆる営みを制限することができ、何のために生きているのか分からなくなると主張する。また、禁煙運動は高所得者低所得者や肉体労働者を制限する構図になっていることや、受動喫煙の害の証明が疑わしいことなどが冷静に書いてある。
 もっとも、三人の著者で共通しているのは、ファシズム的なやり方でなければ煙草がなくなることを否定している訳ではない、ということである。あくまでその禁煙運動のやり方が恐ろしいと言っているのである。ただそれにはこのストレス社会をどうにかした方がいいし、煙草に代わるストレス発散方を教えてくれと喫煙者は言うだろう。


8.5 小谷野敦禁煙ファシズムと断固戦う!』ベスト新書

禁煙ファシズムと断固戦う! (ベスト新書)

禁煙ファシズムと断固戦う! (ベスト新書)

 小谷野は保守主義とは一線を画す
 『禁煙ファシズムと戦う』の続編で、禁煙運動への鋭い反論も引き続き行われるが、小谷野が大学のキャンパスや町中で喫煙していたときのエピソードや法廷闘争の記録などが書かれており、その場に居合わせた嫌煙家や注意してくるが法的に逮捕できない警官との会話など面白いエッセイとして読める。
 ところで、著者は「煙草は文化だから守れ」という主張はダメで、「合法であるから喫煙は権利として擁護される」(p193)べきだとしている。文化だから守れということになると、遊郭も纏足も家父長制も一夫多妻制も守ることになるからだ。伝統だから守れ、というような保守主義者とは一線を画すからこそ私は小谷野が信用できるのである。


8.5 キティ・ケリー『ヒズ・ウェイ』柴田京子訳、文藝春秋

ヒズ・ウェイ

ヒズ・ウェイ

 悪事を描ききった労作
 酔って発砲し市民を怪我させる、窓ガラスに女を突き飛ばし流血させる、ファンの老人を子分に殴らせる、当時妻だった女優のミア・ファローが映画(『ローズマリーの赤ちゃん』)に出演できないように全身を殴ってあざを作る、そのくせマフィアには媚びる…。世界中にファンがいる一人のスター、フランク・シナトラが行い、ひた隠しにしてきた悪事を膨大な資料とインタビューによって容赦なく描ききった労作で、崇拝されている人物の本性を暴くことは必要であると実感させられた。もっとも、この労力をもっと尊敬できる人物に費やせば良かったのに、とも思ってしまうが。


8.5 玉井次郎『ソープランドでボーイをしていました』彩図社

ソープランドでボーイをしていました

ソープランドでボーイをしていました

 風俗の必要性
 東日本大震災で家計に窮し、妻子に隠して吉原で働くことにした著者のルポルタージュソープランドでは厳しい縦社会に耐えねばならず、休みもほとんどなく、先輩の虐めに遭うのも印象的である。だが一番印象的なのは、要介護者のお客さんを車椅子ごとプレイ部屋まで運ぶと、彼は三発抜いて喜んでいたというエピソードで、感動的ですらある。モテる男は風俗など無くても女性とセックスができるが、モテない男(障害者など特にそうだろう)にとって性欲を発散する貴重な場所なのだ。また吉原のソープランドは全て違法だが、自治体も目をつむっており、茶番のような保健所の立ち入りの様が描かれて滑稽である。
 ところで、ボーイと風俗嬢は原則交流が禁止されているので、女性の登場人物の存在感が薄いのは物足りなく思った。


8.5 新井潤美『不機嫌なメアリー・ポピンズ』平凡社新書

 勉強になる
 階級を通して英国の小説や映画を読み解いていく新井の評論集で、彼女の『階級にとりつかれた人々』を読んでから取り組むと理解が深まっていいだろう。ところで英国は、政治の政策に賛成か反対かといった世論調査をするとき、男女・世代別の他に階級別(正確には職種・収入別)で出すというのは驚いた。


8.0 新井潤美パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』岩波新書

 上流階級と結び付く体育会系
 英国民の中でパブリック・スクール(英国の私立エリート校)に在学したことのある人間の割合は非常に少ないにもかかわらず、パブリック・スクールが英国民に大きな影響を与えたことを検証する。パブリック・スクールではスポーツを重視する一方、時代遅れのラテン語の授業が長く存続するなど、実はパブリック・スクールでは学問を軽視していた。なぜかというと、元々英国のアッパー・クラス(上流階級)は女性はおろか男性にも教育の必要性を認めておらず、「シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の筋書きさえ知らない」ような、「教育の欠如」を誇っていたからである(p130)。私は体育会系は嫌いだが、体育会系は上流階級とも結び付いていることを知り腑に落ちた。他にも、学校内での虐めや体罰が語られるが、パブリック・スクールのしつけとして行われる鞭打ちは、キリスト教の苦行が元になっているなど興味深かった(p5-6)。


8.0 新井潤美『へそ曲がりの大英帝国平凡社新書

へそ曲がりの大英帝国 (平凡社新書)

へそ曲がりの大英帝国 (平凡社新書)

 階級の調和という偽善
 アッパー・クラスにとって田舎は階級社会の理想像である。典型的な村にはまず大地主(村の権力者)がいて、その周りに村の牧師・医師・学校の教師といった「知的職業者」がおり、その下に小規模の農場主や小売業者などの人々がいて、さらに労働者がいる。「村では、あらゆる階級の人々が、美しい調和の中で暮らして」おり、「それぞれの階級が自分の居場所を持っていて、それに満足しており、自分に与えられた役割をこなしている。しかし、同時に、村の住民であるという認識によって一体となり、村の運営には互いに協力しあう」(p153)。これが階級社会の理想像であるというが、自分に出過ぎたことをしてはいけない階級社会の息苦しさが伝わってくる。アッパー・クラスが郊外や都市を馬鹿にするのはこのためだが、私には都市の生活のほうが絶対に良い。ちなみに、「使用人を一人でも置くことがミドル・クラス(ロウアー・ミドルを含む)の必須条件」(p131)とあるので、使用人がいない家庭はすべて中産階級ではない。私を含めて日本人のほとんどは中産階級以下なのだ。


8.0 秋山虔源氏物語岩波新書

源氏物語 (岩波新書 青版 667)

源氏物語 (岩波新書 青版 667)

 古びていない
 源氏物語研究の第一人者である秋山虔が1968年に発表したものだが、女の階級に着目した視点が良いし、充実していて古びていない。しかし考えてみれば当たり前で、今から1000年も前の小説に対する研究が、この50年で飛躍的に進化することは考えにくい。源氏物語のことは50年前でもよく分からないのだから、今でもよく分からないのは自然なことである。源氏物語への理解を深めたい人が読む基本書。


8.0 ジョン・バーンズ『エビータ』牛島信明訳、新潮文庫

エビータ (新潮文庫)

エビータ (新潮文庫)

 手厳しい筆致だが面白い
 アルゼンチン共和国の大統領フアン・ペロンの妻エバ・ペロン(通称エビータ)の伝記で、米国人の著者の筆致は時折手厳しく彼女のことが嫌いなのではないかと思わせるが、やはりエビータが下手くそな芝居女優から大統領夫人にまで上り詰めるまでの話は面白い。また、政治で権力をふるい独裁的だったとよく批判されるが、しかしエビータは女性の地位向上のために闘い(p185)、貧民のために医療機関などを建設する(p191)など社会貢献はしている。ファシズム共産主義だったわけでもない。共和国の政治家だから擁護すると言うわけではないが、ペロン夫妻の政治の評価が待たれるところだろう。


8.0 石井光太津波の墓標』徳間書店

津波の墓標

津波の墓標

 『遺体』より断然面白い
 乳児を背負う女が火事場泥棒をしていたり、高校生が金庫をこじ開けようとしたり、被災者同士が交通事故で喧嘩したり、避難生活の鬱憤を晴らすように子供たちの虐めが酷くなったりと、人間を美化せず記録している。個人的に、仮設トイレに血便をしたのが恥ずかしくペーパーで血便を包み林に捨てに行った女性の話が印象に残った。同じ著者の『遺体 震災、津波の果てに』より断然面白い。


8.0 小谷野敦『面白いほど詰め込める勉強法 究極の文系脳を作る』幻冬舎新書

 雑多だが参考になる
 まるで受験の勉強法を教えてくれるようなタイトルだが違う(タイトルは小谷野ではなく出版社が考えたという)。この本では、小谷野の読書体験や作家の著作年譜のまとめ方・買った本を忘れないようにメモする「読書ノート」の書き方の伝授など本好きには有用で、「読書ノート」は少し形式は違うが私は真似している。巻末附録の「知の年表」(戦後の主要な人文科学系の研究書の一覧)も参考になる。小谷野の話題は次々に飛び移るが、ブックガイド系の新書とはそういうものだと思えばいいだろう。著者のエッセンスである言葉をいくつか抜粋しておく。
 「本を読む、とくに文学作品を読むということは、ときに権威との戦いとなる」が、「単に権威への畏れを知らず、「なーんだ難しくってわからないや」と放り出す、あまり頭のよくない読者とは別である。ある外国の作家が、一読して面白くなくても、信頼している人がいいと言ったらもう一度読んでみると言っていたが、これは至言であろう」(p42)
 「呉智英が言っているように、吉本〔隆明〕は難解で分かりにくい書き方をしたため、「ありがたみ」が生まれて崇拝者が叢生したということになるのだが、だいたい、崇拝者を生む人というのは、難解な書き方、しかも、不必要に難解な書き方をする人が少なくない。」また、自伝というものは「都合のいいことしか書いてない」ので、「客観的で冷静な、あるいは時には冷酷な「伝記」を編纂すべきだろう。」(p144)
 「ところで近頃は「育メン」とかで育児する父親が増えているようだが、果して育児をしつつ知的に生活することは出来るだろうか。育児をして作家として大成した曾根綾子のような人はいるが、学問の世界では今のところ、微妙なラインだと言える。育児をした女性学者の業績で、「大成」と言えるかどうか疑わしい例はあるが、大きな仕事をした女性学者は、おおむね子供はない。」(p227)


8.0 小谷野敦私小説のすすめ』平凡社新書

私小説のすすめ (平凡社新書)

私小説のすすめ (平凡社新書)

 私小説は誰でも書ける
 批評家の大塚英志は、虚構の物語は訓練すれば誰でも書けると言うが、小谷野にするとそれは間違いである。虚構の物語を考えるにはやはりどうしても才能がいるであり、本当に誰にでも書けるのは私小説なのだという。また、虚構のファンタジーやSFは人に見せないと意味がないが、私小説は世間に発表しなくても書くことだけでカタルシスを得られるから良い(p181)というのはなるほどと思った。ところで私小説批判者には、人をモデルにするとその人を傷つけるからよくないという人がいるが、そんなことを言い出すと『源氏物語』も『若きウェルテルの悩み』もヘンリー・ミラーも同時代人のモデルがいる。二十歳で夭折したラディケの『肉体の悪魔』は長く虚構小説だと思われていたが、実は私小説だったことがあとになって分かったと言う。モデルにプライヴァシーで訴えられたら…という心配も、よほど小説が売れない限り自らわざわざモデルが名乗り上げてくるわけは無い。その他、日本の批評家が私小説を批判していた歴史がまとめてある。


7.5 清水好子紫式部岩波新書評伝選

紫式部 (岩波新書)

紫式部 (岩波新書)

 紫式部研究の古典
 紫式部の残した歌や日記をもとに彼女の人間像を描き出そうとした、紫式部研究の古典である。紫式部は漢学者の娘なのだが、女でありながら漢学に詳しいというので仕事場で虐められた時期があり、夫を早くに亡くしたのは「漢学に通じていて罰が当たった」と思われていたなど泣ける。また、紫式部が女房務めをしていた頃、后の彰子が皇子を出産した際、男達が皇子の性別ばかりを気にする中、まず彰子の安産を書いているなど女を想うところは胸を打つ(p174)。源氏物語に興味がある人は必読。


7.5 リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子<増補新装版>』紀伊國屋書店

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 まあ分かりやすい
 遺伝子というのは利己的で、自分のことしか考えていないという有名な主張がなされた生物学者リチャード・ドーキンス(1941-)の本。例えば二頭の動物が喧嘩をするときに相手を殺さないのは、相手のことを思いやっているからではなく、相手を殺す自分の体力が惜しいのはもちろん、自分が殺されたくないからである。ただ一方で、動物への考察がどこまで人間に当てはまるかという問題はある。もちろん、人間にとっても遺伝は重要で、例えば統合失調症などの精神病に人がかかるかどうかは遺伝が大きく関わっているが、科学の業績が文学や漫画に直接関わりがあるなどと過剰に思う必要はないだろう。その他、進化論の業績を簡潔にまとめてあり参考になった。


7.5 小谷野敦『本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝』新潮新書

本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)

本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)

 ブックガイド
 私はこの本は『『こころ』は本当に名作か――正直者の名作案内』 (新潮社、2009年)に連なる小谷野のブックガイドとして捉えている。私はこういう教養に裏打ちされた挑発行為が好きなのである。各人物の評の後に伝記が示されているのもいい。ただ説明不十分で誉めているのか貶しているのかよく分からない項もあるから、その場合は小谷野の別の著書を読むのを薦めたい。


7.0 安達正勝『物語フランス革命中公新書

 入門書
 平易な語り口なのでフランス革命の入門書として良いが、それほど重要だとは思えない登場人物も色々出てくるので読みづらい気もする。どうせ入門書を書くのならもっと主人公を絞って紙片を減らしてもよかったかもしれない。


7.0 北野圭介『ハリウッド100年史講義・夢の工場から夢の王国へ』平凡社新書

ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ (平凡社新書)

ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ (平凡社新書)

 まとまってる
 映画史の本は細かすぎたりマイナーすぎたりして読みづらいものが多いが、これは良い。エジソンの相棒ディクソンがキネトスコープを作った時代から、現代までを簡潔にまとめており、ハリウッドの歴史の概要を掴みたい人には最適だろう。後ろには参考文献リストも示されており説得力がある。


7.0 ジャン・カナヴァジオ『セルバンテス』円子千代訳、叢書・ウニベルシタス

セルバンテス (叢書・ウニベルシタス)

セルバンテス (叢書・ウニベルシタス)

 損は無いが読みづらい
 『ドン・キホーテ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの伝記で、小谷野敦は本書を「現在日本語で読める中では最も精細なセルバンテスの伝記である」としている。戦争で捕虜になったり投獄されたりと波瀾万丈であるが、細部が詳しすぎるし文体も読みづらく思った。ただまあ読書が好きな人がセルバンテスの伝記を読んで損をすることはない。


7.0 親鸞歎異抄岩波文庫

歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

 ほとんど無宗教に思える
 親鸞の仏教書。彼は今世の利益を一切求めないので、親鸞はほとんど無宗教なのではないかと思えてしまう。ただ、それなら宗教など信じなければいいのだから、無宗教の私は本書を読んで感動することはなかった。一読には値するが。


7.0 梅原猛全訳注『歎異抄講談社文芸文庫

歎異抄 (講談社学術文庫)

歎異抄 (講談社学術文庫)

 入門
 岩波文庫と同じ『歎異抄』だが、詳細な注釈と80ページ近い解説があるのでこちらから読むのもいい。親鸞というと結婚あり肉食ありだが、やりたい放題横暴にしていたのではなく、妻帯してからもずっと真面目だったようである。


7.0 リチャード・ドーキンス『神は妄想である 宗教との決別』垂水雄二訳、早川書房

神は妄想である―宗教との決別

神は妄想である―宗教との決別

 宗教に関心のある人が読むべき
 科学者として、一人の人間として、著者が宗教を徹底的に批判する本である。無神論者と不可知論者の違いなどは勉強になったが(不可知論者は神の存在自体を否定しないぶん、宗教の肩を持っている)、本書は一神教を信じている人が読むと有効な本であり、そもそも無宗教の私が読んでも感動するほどではなかった。また、批判されている宗教はあくまで一神教であり、仏教やギリシア神話など多神教には言及されておらず物足りない。一神教ほどではなくても多神教も有害なのだ。ところで、日本の神風特攻隊は宗教とは関係ない熱狂だという風に書いているが(p448-449)、そこには「天皇崇拝」という明らかな神道の狂信的な面があるので間違っていると思う。


7.0 小谷野敦『退屈論』河出文庫

退屈論 (河出文庫)

退屈論 (河出文庫)

 まだ共感できない
 「『遊びが大切だ』とか『快楽を肯定せよ』とか言われると、もうごく単純な疑問が湧いてくる、ということなのである。それはつまり、『飽きないか』」(p12)という冒頭には掴まれる。また、小谷野は何の本で読んだか忘れたというが、恐らく昭和初期の農村で、一日農作業を終えた老婆が日暮れ時、田の畦に座り込み、「ああ、えらかった」と言いながら陰部に手を差し入れてオナニーに耽っていた、という話は面白い。
 ただ、どういう結論になるのか不明瞭なまま話題が次々に飛び移るので、とくに読者を選びそうな本である。また小谷野は、本当に恐ろしい退屈は大人になってから訪れるというが、私はまだ本当に恐ろしい退屈に直面していないので共感しかねた。


6.5 山本淳子『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』朝日出版社

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

 平易だが物足りない
 小説『源氏物語』が執筆された一条天皇の時代が語られるが、紫式部は同時代人を小説の登場人物のモデルにしたと推測できて楽しい。また『源氏物語』ではよく登場人物が出家をするが、それは仏教に惹かれたというよりも、人生に絶望した心の自殺である(p94)というのはなるほどと思った。平易なのでこの時代の貴族の雰囲気を知るには良い。
 しかし個人的には時代の盛衰(公家文化の衰退と武家文化の勃興)を意識している大塚ひかりの著作のほうが好きなので物足りなさも感じる。


6.0 ボブ・トマス『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版』玉置悦子・能登路雅子訳、講談社、2010年

ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版

ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版

 英国びいき
 ウォルト・ディズニー(1901-1966)の伝記。1924年、ウォルトは23歳でディズニー・ブラザーズ・スタジオを設立したときから作画をアブ・アイワークスなどに任せており、ウォルト本人はほとんど絵を描かなくなったというのには驚いた(p100)。また、ウォルトは何本も英国で劇映画を撮影しているなど英国びいきで(p327)、ディズニーで君主制(王制)がやたらと出てくるのはこのためかもしれないと思った。共和国である米国人が君主国に憧れるのはよくあることだが、ウォルトは自分のことを「なさけ深い君主の最後の生き残り」だとも言ったことがあるらしく(p245)、さすがにここには狂気を感じる。ところで、ウォルトはいつも色々考えすぎていて毎晩寝付きが悪かったらしく、寝付きの悪い私はそこは共感した。


6.0 蓮實重彦『ハリウッド映画史講義 翳りの歴史のために』筑摩書房

 わざと読みづらい文章
 この本は、オーソドックスな映画史に反発するために書かれており、わざとマイナーな人物や蓮實が好きな人物を取り上げたりしているから、蓮實に惑わされずに普通のハリウッドの歴史を学ぶのが大事である(北野圭介『ハリウッド100年史講義・夢の工場から夢の王国へ』が分かりやすい)。それにしても、歴史的事実を記述する本なのに、語尾が「だろう」と推測の形を多用しまくっている意味が分からない。わざと読みづらい文章にしていて腹が立ってしまう。


6.0 阿満利麿『親鸞からの手紙』ちくま学芸文庫

親鸞からの手紙 (ちくま学芸文庫)

親鸞からの手紙 (ちくま学芸文庫)

 息子との絶縁は面白い
 現存する親鸞の手紙四二通を現代語訳と解説でまとめたもので、息子と絶縁したときの親鸞の動揺などは面白いが、基本的には親鸞に興味がある人向けである。


6.0 アラン・ジェイ・ラーナー『ミュージカル物語 オッフェンバックから「キャッツ」まで』千葉文夫・星優子・梅本淳子訳、筑摩書房

ミュージカル物語―オッフェンバックから『キャッツ』まで

ミュージカル物語―オッフェンバックから『キャッツ』まで

 参考にはなる
 「マイ・フェア・レディ」などのミュージカルの台本で知られるアラン・ジェイ・ラーナーが、著名な作曲家・作詞家の生い立ちを書いたり、ミュージカルの成り立ちをオペラから簡潔に説明した本で、私がブログでミュージカル映画の感想を言う上で参考になった。ただ、著者は「ゲルマン民族の本性には、ほとんど反キリスト的な遺伝子がそなわっていたかのようにも思われる」(25p)と全編通してドイツを批判しているのがくどく、また「英国社会こそもっとも文明的だと私は言いたい」(26p)とも言っているが、王制が存続し階級社会もはっきりしていて生まれによって差別される英国が「もっとも文明的」だとは思えない。


6.0 チャールズ・ハイアム『オードリー・ヘップバーン 映画に燃えた華麗な人生』柴田京子訳、近代映画社

オードリー・ヘプバーン―映画に燃えた華麗な人生

オードリー・ヘプバーン―映画に燃えた華麗な人生

 興味深いエピソードもあるがインパクトはない
 ハリウッド女優オードリー・ヘプバーン(1929-1993)の伝記。母はオランダ貴族、父はヒトラーに傾倒したイギリスのブルジョワで銀行の常務取締役でもあった(p7)。幼少の頃はぽっちゃりしていて同級生から虐められたらしいので(p11)、後年ずっと痩せていたことと関係があるのかも知れない。また、自分を美人に撮れないと思った撮影監督を解雇させたり(p206)、『マイ・フェア・レディ』の撮影中スタッフやキャスト全員が自分の視野に入らないよう命令を下すなど(p223)、横暴な面も描かれている。まあしかし、幼少の頃の戦争体験を除くと波瀾万丈の人生と言うほどのインパクトは無いので6点に留めた。


5.0 中島隆信『お寺の経済学』東洋経済

お寺の経済学

お寺の経済学

 僧侶批判として読む分にはいい
 僧侶が儲けるシステムを色々と暴露しているのでまあ面白いし、ショーエンK『「坊主まるもうけ」のカラクリ』(ダイヤモンド社)よりも数段詳しいが、著者は仏教に好意的なので無宗教の私には共感できない主張も多い。「学校や幼稚園を兼業すれば、まだ俗世間の色に染まっていない子供たちに仏教の教えの素晴らしさを伝えることが出来る。将来の信者を増やすという意味でも効果的であるし、宗教に裏打ちされた倫理教育を子供に施すことで学校教育の価値をより高めることもできる」(p144)と布教する意欲満々である。もっとも、著者の息子は脳性麻痺で車椅子生活をしているらしいので、彼が宗教にすがる気持も分からなくはないが。


5.0 日向一雅『源氏物語の世界』岩波新書

源氏物語の世界 (岩波新書)

源氏物語の世界 (岩波新書)

 まとまっているだけ
 一応まとまっているが、独自の視点はないし、先行する研究書を踏まえるとあまり新しい発見はないように思った。秋山虔源氏物語』(岩波新書)を読めば良いのではないか。


5.0 河添房江『源氏物語と東アジア世界』NHKブックス

源氏物語と東アジア世界 (NHKブックス)

源氏物語と東アジア世界 (NHKブックス)

 詳しすぎてついていけない
 894年の遣唐使の廃止から日本は唐の影響から脱していき国風文化が成立したが、依然として日本には唐物が渡来しており文化に影響を与えていた、というのはなるほどと思った。ただ、唐物一つ一つを分析していくのは詳しすぎてついて行けなかったし、また文化的ジェンダーがどうこう、とジェンダー論を展開していくが抽象的すぎて何を論じているのかよく分からなかった。


5.0 木谷佳楠『アメリカ映画とキリスト教 120年の関係史』キリスト新聞社

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

 宗教を押しつける筆致は残念
 米国映画とキリスト教の関係を映画黎明期から追っている。エリア・カザン赤狩りの対象となった背景には、ギリシャ系移民という彼の出自が関係しており(p72)、カザンばかりを悪者にするのはおかしい、というのはなるほどと思った。しかし、著者は実際にキリスト教の伝道師で、宗教を読者に押しつける筆致になることがある。「絶えず変化しつづける現代の映画というメディアに代表される大衆文化と、それを受容する我々の間において、時を超越して生きて働かれる神がどこに立ち、我々に語りかけているのか、ということを模索する」必要があるとか言っている(そんな必要はない)。神学部に入学した理由は「神の不思議な御手による導きがあったとしか思えない」とカルト的で恐い(そんな導きなど存在しない)。また木谷は後書きで佐藤優に感謝したり、佐藤優が本書を推薦したりとそれも嫌である。


5.0 新井恵美子『美空ひばりふたたび』北辰堂出版社

美空ひばりふたたび

美空ひばりふたたび

 拍子抜け
 横浜の魚屋に生まれた美空ひばり(1937-1989)は、幼少の頃から抜群の歌唱力を発揮し、1947年にNHKののど自慢素人音楽会に出演したが、審査員の丸山鉄雄に「ゲテモノ趣味である」「奇形児である」「大人の真似をさせる如きは児童虐待である」(p64)と批判され、またサトウハチローに『東京タイムズ』(昭和25年11月23日)で「吐きたくなった。(略)可愛らしさとか、あどけなさがまるでないんだから怪物、バケモノのたぐいだ。あれをやらしてトクトクとしている親のことを思うと寒気がする。あれをかけて興行している奴のことを思うと張り倒したくなる」(p89-90)とバッシングされたりと、当時の音楽業界では美空ひばりが全く受け入れられていないことに驚いた。あとは小林旭との結婚が破綻した様子や、山口組組長の田岡一雄との関わりなどが描かれ、まあつまらなくはないけど美空ひばりの人生には波瀾万丈な愛憎劇があるわけではなく拍子抜けした。伝記は愛憎劇があるほうが面白い。
 ちなみに著者はひばりの父について「最後まで身元に愛人を置いておくほど男気のある人だった」(p156)と書いているが、なぜそれが男気になるのか不明である。


5.0 ボブ・トマス『アステア ザ・ダンサー』武市好古訳、新潮社

アステア―ザ・ダンサー

アステア―ザ・ダンサー

 スターだが面白い人生ではない
 ミュージカル映画に革命を起こしたダンサー、フレッド・アステア(1899-87)の伝記で、『フレッド・アステア自伝』よりは面白い。が、ダンスに革命を起こしたわりに彼の人生には大事件などというものは起らず、退屈な印象を持った。スターだとはいえ面白い人生を歩んでいるとは限らないのだろう。
 ところで、映画『ブロードウェイのバークレー夫妻』を降板したはずのジュディ・ガーランドが突如スタジオに現われた話は面白い。代役のジンジャー・ロジャースはすぐさま楽屋に隠れたが、その後もガーランドは自分が演じるはずだった場面を勝手に演じ続け、監督チームにつまみ出される際に「くたばれ」とジンジャー・ロジャースを罵倒した、というから強烈である。


5.0 山本淳子『平安人の心で「源氏物語」を読む』朝日新聞出版社

平安人の心で「源氏物語」を読む (朝日選書)

平安人の心で「源氏物語」を読む (朝日選書)

 参考になるところもあるが
 『源氏物語』に出てくるシーンや描写を通して、平安時代の考え方や暮らしを一つ一つ取り上げており、「人妻の不倫が激しく罰せられるのは武家社会に入って以後のこと(父の財産を子が相続する制度では、妻が婚外子を生むと家系が乱れ、実に不利益となったから)」など勉強になるものもあるが、話題が雑多であり些末すぎる見出しもある。
 ところで巻末の方で、修道女の渡辺和子の「置かれたところで咲きなさい」、「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」という言葉を引用し(p247)、「人とは何か。それは、時代や運命や世間という「世(現実)」に縛られた「身」である」(p248)と著者は語っているが、これは「人間は出過ぎた真似をしてはならない」というように、人間の自主性や自由を批判しているように読めるから嫌である。別に、置かれてないところで咲いていいのである。


5.0 加藤幹郎『映画館と観客の文化史』中公新書

映画館と観客の文化史 (中公新書)

映画館と観客の文化史 (中公新書)

 マニアックすぎる
 映画館の上映形態の歴史を、国内外含めて調べており、またパークシアターやDVD・インターネット視聴・飛行機内の視聴まで分析しているが、詳しすぎてマニア向けになっている。また、「今日、インターネットによるポルノ動画配信時代にポルノ映画館が残存している最大の理由は、そこがもはやポルノ映画を見るための場所ではなくなっているという逆説においてであ」り、そこは「もっぱら男性同性愛者たちが遭遇し交流するための場所として積極的に機能している」(p280)というが、もう今ではポルノ映画館はほとんど残存していない(新橋文化劇場も2014年に閉館した)から論理が破綻しているし、なんだか無理に同性愛を絡めて映画館の意義を語っているように思える。ゲイに興味の無い私には、映画館の存亡など関係ないことなのかもしれない。


4.0 フィリス・ローズ『ジャズ・クレオパトラ パリのジョセフィン・ベーカー』野中邦子訳、平凡社

ジャズ・クレオパトラ―パリのジョゼフィン・ベーカー (20世紀メモリアル)

ジャズ・クレオパトラ―パリのジョゼフィン・ベーカー (20世紀メモリアル)

 『孤児たちの城』の方を読むべき
 フランスに渡った米国の黒人ダンサー・女優のジョセフィン・ベーカーの伝記で、記述は詳しいが、出典や引用元がちゃんと書かれていないのは気になる。1920年代当時のフランスでは黒人はまだ珍しくジョセフィンはモテたのだが、白人とデートするときは「白人にたいする復讐の一例」で「(白人の)男の祖先がジョセフィンの祖先にしたことのお返しだ」としてデート相手の男の金をひったくったと言うが、逆差別ではないか。また、第二次世界大戦中にファシズムと戦った黒人女性ということでフランスから勲章を貰うが、黒人だったから貰えたんじゃないかと思う。
 ところでジョセフィンが戦後来日した際に養子にしたアキオの母は韓国人だとあるが、これは日本人の間違いである。ジョセフィンは色々な人種の養子を育てている人道主義者として自分をアピールするため、養子の出自に対して嘘をついたことで知られる。このことは高山文彦『孤児たちの城 ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人』で詳述されるが、ジョセフィンが13人の養子をひきとり夢の国を作ろうと思ったものの上手くいかなかった様子は壮絶であり、ジョセフィン・ベーカーはこちらの事件で記憶されるべきではないか。


4.0 猪俣良樹『黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー 狂乱の1920年代、パリ』青土社

黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー―狂瀾の1920年代、パリ

黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー―狂瀾の1920年代、パリ

 伝記にはなっていない
 ジョセフィン・ベーカーを書きたいのか1920年代のパリを書きたいのか判然としない。彼女が 後年13人の孤児を引き取ったこともあまり触れられていない。
 まあただ、バナナの原産国は東南アジアでそこからインド、マダガスカルを経てアラビア商人に渡り、アフリカの象牙と交換するために世界初のプランテーションを作ったという歴史は勉強になった(p65-66)。また、ヨーロッパ人が本国及び植民地として支配する地域は1914年には地球全表面の84.4%に達しており、その当時はフランスが英国に次いで世界第2位の植民地帝国だったという(p76)。伝記にはなっていないが知識はつく。


4.0 ポール・D・ジンマーマン『マルクス兄弟のおかしな世界』中原弓彦永井淳訳、晶文社

マルクス兄弟のおかしな世界

マルクス兄弟のおかしな世界

 マルクス兄弟が好きな人向け
 喜劇役者マルクス兄弟の生い立ちと、彼らが出演した映画作品のデータなどが載っている。映画の中で一言も喋らない次男のハーポは、子供の頃ガキ大将に目を付けられ授業中に校舎の二階からたびたび突き落とされていて、ついに学校に行かなくなり、deadをdedと書くなど読み書きに問題のあるままだった(p84-85)というのは衝撃的だった。ただ、基本的にはマルクス兄弟が好きな人向けの本にとどまる。


4.0 石井光太『遺体 震災、津波の果てに』新潮社

遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

 津波の墓標』の方がいい
 東日本大震災のルポで、私が漫画(『学芸員の女』)を描く上では一応参考になったが、著者の宗教的な筆致が濃く共感できなかった。死体を土葬するのは可哀想だから火葬してあげたいなどと言うが、人間は死んだら終わりなのだから可哀想も何もない。また、著者は遺体の横で笑い話をするのは遺体に敬意を払っていないとも言うが、笑い話をして何がいけないのか。死体にはなにか特別な意味がある、と考えてしまうのは前近代的で、私にはオカルトにしか思えない。石井光太の震災ルポはこちらではなく『津波の墓標』(徳間書店)の方が断然面白い。


3.5 山平重樹『実録神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界』双葉社

実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界 (双葉文庫)

実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界 (双葉文庫)

 ヤクザは廃れていい
 山口組三代目組長の田岡一雄が立ち上げた芸能事務所「神戸芸能社」を記録した本。どうして山口組が芸能人と仲が良かったかというと、「ギャラの払いもよければ、トラブルもな」く興行をするなど(p93)、他のヤクザとは違い芸能人を大事に扱ったからだという。また、スターのボディガードとしてヤクザが芸能人の周りに突くことも多かったというのでなるほどと思った。その他写真が多くあり、美空ひばり高倉健江利チエミ夫妻が田岡と一緒に写真に写っている。
 しかし基本的に著者はヤクザを批判するスタンスではなく、途中途中ヤクザの抗争や笑い話のエピソードが挟まるが、ヤクザ嫌いの私としては面白がることは出来なかった。時代は変わったのであり、ヤクザは廃れていいのだ。


3.0 村松友視『裕さんの女房 もうひとりの石原裕次郎青志社

裕さんの女房―もうひとりの石原裕次郎

裕さんの女房―もうひとりの石原裕次郎

 モテ男向け
 元女優の北原三枝が夫の石原裕次郎を愛する気持ちは興味深いが、著者が北原三枝との対談で裕次郎の浮気を擁護するのは腑に落ちない。裕次郎が朝帰りしたとき、「こういう話になると、ついご主人の味方をしてしまう……これは私なりの保身のクセですけど(笑)」(p228)と言うが、こういう気持はモテる男にしか分からないのだろう。また北原三枝は、裕次郎が亡くなった年、あの世でも夫婦の契りを結び合うために総持寺で安名血盟式をし戒名を貰ったというが、私にはオカルトにしか思えない。


3.0 多木浩二『絵で見るフランス革命ーイメージの政治学岩波新書

絵で見るフランス革命―イメージの政治学 (岩波新書)

絵で見るフランス革命―イメージの政治学 (岩波新書)

 フランス革命の絵の資料
 フランス革命期に残された絵画やカリカチュアを収拾した本で、そういうのが見たい人にはまあいいが、「当時の社会や思想状況について新しい視点を提供してくれる」と銘打つわりに何が新しいのかよくわからない。絵の中にある「顕在化してはいない意味伝達の回路」(227p)を読み解くことを「イメージの政治学」と呼ぶことにするというが、絵の中に顕在化されていない意味があるのは当り前だし、わざわざ格好つけた名前を作らなくてもいいと思う。もちろん、当時描かれた絵やイメージが革命に寄与した面もあると思うが、美術評論家である著者は美術の貢献を過大評価しすぎている気がする。革命を支えたのはまず共和思想だろう。


3.0 ジンジャー・ロジャースジンジャー・ロジャース自伝』渡瀬ひとみ訳、キネマ旬報社

ジンジャー・ロジャース自伝

ジンジャー・ロジャース自伝

 オカルト的な語り口
 1930年代のミュージカル映画フレッド・アステアの相手役として知られる女優ジンジャー・ロジャース(1911-1995)の自伝。ただ、筆致がオカルト的で、母親の影響でクリスチャン・サイエンスという新興宗教を信奉することになり、体のイボがお祈りを捧げることで治った、というエピソードなどが色々出てくるが、全て偶然にしか過ぎない。終盤では神への感謝と、友達自慢や共和党の政治家(ニクソンなど)との交流自慢になってきてこれも面白くない。
 ただ、真珠湾攻撃の前日にイサム・ノグチに自分の胸像を彫って貰ったのだが、そのイサム・ノグチ強制収容所に収容されることを知り驚いたというエピソードは良かった(233p)。


2.5 瀬川裕司『「サウンド・オブ・ミュージック」の秘密』平凡社新書

 感情移入した方がいい
 映画評論家の瀬川が、すべての映画の中で一番好きだという『サウンド・オブ・ミュージック』を分析するが、民話から読み解いたり、椅子や小道具の効果についてまで書くなど詳しすぎてついていけない。ところで、「職業柄、映画を観るときには登場人物に感情移入をせず、客観的な分析をおこなう習慣を身につけている」(p75)というが、映画評論家とはそういうものなのだろうか。感情移入をせずに映画を観るという姿勢に全く共感できない。ノースロップ・フライは『よい批評家』で「文学を読む大衆の代表として、作家に共感し、学識のある人を、批評家という名称で呼びたい」(p96)と言っている。


2.0 藤えりか『なぜメリル・ストリープはトランプに噛みつき、オリバー・ストーンは期待するのか ハリウッドからアメリカが見える』幻冬舎新書

 平凡なリベラルの視点
 平凡なリベラルの視点から、反トランプ・反ヒトラー・反黒人差別などいかにも優等生的な意見が引きだされるだけで、たいしたことは言っていない。ディズニーは「1991年の『美女と野獣』でディズニー長編アニメ初の女性脚本家を起用した」(p111)というのは知れてよかった。


2.0 ジェームズ・キャグニージェームズ・キャグニー自伝』山田宏一訳、早川書房

ジェームズ・キャグニー自伝

ジェームズ・キャグニー自伝

 ハイウェイ建設に反対しながらドライブを楽しむ
 ハリウッドスター、ジェームズ・キャグニー(1899-86)の自伝で、1931年の映画『民衆の敵』の撮影では当時まだ空砲が開発されて折らず実弾を用いて撮影していた、など衝撃的な事実は載っている。しかし、あとはキャグニーの若い頃の喧嘩自慢だったり、キリスト教徒として自然破壊を嘆いたりと共感できない。しかも驚くべきことに、キャグニーはハイウェイ建設に反対しながら、「車で旅をして、車でとおりすぎるそれぞれの州が独自の美しさをもっていることに気がついた」とドライブを肯定しており完全に論理が破綻している(p260-261)。自然保護を叫ぶなら車から降りることだ。


2.0 フレッド・アステアフレッド・アステア自伝』篠儀直子訳、青土社

フレッド・アステア自伝 Steps in Time

フレッド・アステア自伝 Steps in Time

 当り障りのない自伝
 ミュージカルスターであるフレッド・アステアの自伝だが、ボブ・トーマス『アステア ザ・ダンサー』があるので別に真新しいことも書いていない。文章が紳士的すぎて、当り障りがない印象しかない。また、英国の皇太子は「その時代で最も輝いていた人だった」(153p)と王族への尊敬の意を示すが、私は身分制(君主制)に反対なので共感できない。


2.0 シャーリー・マクレーン『マイ・ラッキー・スターズ』岩瀬孝雄訳

マイ・ラッキー・スターズ―わがハリウッド人生の共演者たち

マイ・ラッキー・スターズ―わがハリウッド人生の共演者たち

 オカルト記述が目立つ
 女優シャーリー・マクレーンのハリウッドでの回想記だが、東洋的なスピリチュアルを賛美する記述が目立ちオカルトじみている。実際、彼女は何冊もオカルト本を執筆している。政治的にも左派を応援している立場だが、現代の目で見ると間違っていると思った。


2.0 河添房江『性と文化の源氏物語 書く女の誕生』筑摩書房

性と文化の源氏物語―書く女の誕生

性と文化の源氏物語―書く女の誕生

 無意味な議論
 現代思想だのジェンダーだのシニフィエシニフィアンだのをふまえようとした結果、些末なモチーフこだわりすぎており、また無意味な議論になっていて退屈だった。「〔従来の〕文学史観の有効性は疑うべくもないが、その一方で、今日つけ加えるべき視点があるとすれば、それは連続もしくは順接の史観に対する、不連続・逆接ともいうべき史観の発想ではないだろうか」(p13)というが、史観という発想自体が間違っている。歴史に目的など無いからである(史観という概念がそもそも間違っているということについてはカール・ポパー『歴史主義の貧困』を参照)。また、光源氏が少年と同性愛に不快陥らないことを著者は「残念」とも言っているが(p92)、なぜ残念なのかよく分からない。同性愛が描かれていれば作品として優れている、などということは無いのである。


2.0 石田瑞麿教行信証入門』講談社学術文庫

教行信証入門 (講談社学術文庫)

教行信証入門 (講談社学術文庫)

 理解できたところで…
 『教行信証』とは親鸞が書いた浄土真宗の教義を述べた書で、私は自分の漫画を描くために一応読んだが、入門とはいえ読みづらく、よく分からなかった。ただ、理解できたところで面白いとは私には思えそうにないが。


1.5 森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』講談社選書メチエ

宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)

宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)

 学問として疑わしい
 冒頭の宗教史はまあ普通だが、人民寺院やブランチ・ビリディアンなどの明らかなカルト集団をカルトと呼ばないように配慮し、また同情的な面すら見せているのでおかしい。人民寺院集団自殺について、「私には、死の直前に彼らの心に浮かんだのは、かつての人民寺院での生活、自由で安らかな、人種差別のない共同体での日々の思い出だったのではないかと思われてならない」(p163)というが、彼らが「自由で安らかな、人種差別のない共同体」だったとは到底思えずうさんくさい。価値判断が多く書かれており、学問としての客観性もない。


1.5 荒このみ『歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー』講談社

歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー

歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー

 都合の悪いところを描いていない
 著者はジョセフィンを「人道主義者であり理想主義者」とひいきするが、ジョセフィン・ベイカーの問題行動や孤児を引き取ったことの失敗はあまり語られないので伝記としての完成度は低い。ジョセフィン・ベーカーの本は既に何冊か出ているのだからわざわざ書く必要があったのか疑問である。


1.0 岩本憲児『光と影の世紀 映画史の風景』森話社

光と影の世紀―映画史の風景

光と影の世紀―映画史の風景

 インチキかつ左翼的
 話題が些末で散漫で、大げさに哲学用語を引用している。ポストモダンへの言及があるが(p36)、ポストモダンは相変わらず世界には訪れておらず学問的にインチキであることは富永健一『近代化の理論』(講談社学術文庫)にも書いてある。また、著者の恩師だという映画評論家の飯島正を受けてか、飯島と同じように左翼的な価値判断が多く、学問としての公平感がない。「第二次世界大戦後の日本人にとって、日本の現代史教育が不十分なままに来てしまったツケがいま問題化しているからである。とりわけ台湾や朝鮮半島への過去の弾圧的政策、日中戦争から大東亜戦争(太平洋戦争)へと至る戦争拡大の中で犯したアジア諸国への過ち、これらについて若い人々へ歴史教育が成されてこなかったことは、アジア諸国と日本との歴史認識の違いの大きな溝を作り上げてしまった」(p110)と言うが、東アジアがまとまらないのは日本の反省不足ではなくそれぞれの国が中華思想を分有しているためであるということが古田博司『東アジア・イデオロギーを超えて』(新書館)を読めば分かる。


1.0 ピート・ハミル『ザ・ヴォイス フランク・シナトラの人生』馬場啓一訳、日之出出版

ザ・ヴォイス―フランク・シナトラの人生

ザ・ヴォイス―フランク・シナトラの人生

 『ヒズ・ウェイ』を読むべき
 シナトラを格好良く描いて美化しており、彼に都合の悪い事件や暴力沙汰を隠している。伝記としての水準に達しておらず、シナトラを知りたいならキティ・ケリー『ヒズ・ウェイ』で充分である。

1.0 ショーエンK『「坊主まるもうけ」のカラクリ』ダイヤモンド社

「ぼうず丸もうけ」のカラクリ

「ぼうず丸もうけ」のカラクリ

 ショーエンKだあ?
 私が漫画(『学芸員の女』)を描くに当たり参考になればと読んだが、ページの余白が多くスカスカで、中島隆信『お寺の経済学』(東洋経済)より後に出たとは思えぬほどたいしたことは書いていない。本名も名乗る度胸もないのに、こんな本で儲けようとしていると思うと更に腹立たしい。


0.5 映画秘宝編集部『新世紀ミュージカル映画進化論』洋泉社

新世紀ミュージカル映画進化論 (映画秘宝セレクション)

新世紀ミュージカル映画進化論 (映画秘宝セレクション)

 知の後退
 基本的に『ラ・ラ・ランド』を誉めるだけの本で、反対意見は原田和典がデミアン・チャゼルのジャズの認識を批判しているくらいであり(それもジャズを愛していない私にはどうでもいい)、『ラ・ラ・ランド』がつまらない私には面白がるところがない。また、町山智浩を始めとして、どの執筆者も参考文献や出典を掲載しておらず、自説を展開するだけで学問的価値はない。この本を読んでミュージカル映画が進化しているとは思わないだろう。あと町山智浩の「~だよ」「~だよね」と読者に呼びかけてくる文体は気味が悪く思った。吉岡栄一『文芸時評ー現状と本当は恐いその歴史』が名著だと思う私としては、誉めるに値しない作品を寄ってたかって誉めている構図は知の後退であるとしか思えない。


0.5 飯島正『映画のあゆみ 世界映画史入門』泰流社

映画のあゆみ―世界映画史入門

映画のあゆみ―世界映画史入門

 過去の遺物
 1950年代当時の左翼視点による根拠のない決めつけの発言が多く、挙げればキリがない。「日本は、〔映画が〕二本立て、三本立ての好きな国」(p62)だというが、外国でももちろんあることは加藤幹郎『映画館と観客の文化史』(中公新書)などを読めば分かる。また、当時の著者は『市民ケーン』などの超有名な映画すらまだ見ていないので、現代では何の参考にもならない。