2017年に読んだ小説・エッセイ・漫画

10点満点。
小説・エッセイが84項目、漫画が8項目あります。
引用文における〔〕は筆者注。


10.0 紫式部源氏物語』<全5巻>円地文子訳、新潮文庫

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

 世界規模で見た傑作
 今から1000年前(平安時代中期)に書かれた長編小説。片思いの苦しさ(片思いも立派な恋愛である)・身分社会の息苦しさ・公家文化から武家文化への移行(武士が台頭)による女性の存在感の低下、などありとあらゆることが読み取れる傑作である。同時代の世界を見渡しても、源氏物語のような傑作は11世紀に見つからないとされる。いくつもの現代語訳が存在するが、私は円地文子訳で読んだ(円地の父親は国語学者である上田萬年)。


10.0 ホメロスオデュッセイア』<上・下>松平千秋訳、岩波文庫

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

 ヨーロッパ文学の源流
 紀元前8世紀ごろにホメロスによって書かれた古代ギリシア最古期の長編叙事詩トロイア戦争に参加した英雄オデュッセウスが主人公で、人を食う一つ目の巨人キュクロプスとの対決は面白い。また、オデュッセウスが家を留守にしている間に、彼の妻ペネロペイアを手に入れようと家には悪い求婚者達が群がっていたのだが、乞食の姿をしたオデュッセウスが彼らと対決をして蹴散らしていく様は迫力があり生々しい。物語自体が面白いので、注釈の多さに戸惑ってしまう人は注釈を飛ばしても楽しめるだろう。


10.0 『ギリシア悲劇エウリピデス(上)』『ギリシア悲劇エウリピデス(下)』ちくま文庫

ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

 愛憎劇は面白い
 エウリピデス(前480~前406)が残した悲劇をまとめたもの。劇では女の役割がちゃんとあり、自らの感情をはっきり述べて男達の価値観と対立し、遂には激しい愛憎劇となって吹き出るのが面白い。「メデイア」「救いを求める女たち」「オレステス」などがよかった。ところでエウリピデスは生前、大衆受けはしていたが当時の知識人からはあまり評価されていなかったというのは驚いた。いつの時代も大衆に支持される物は知識人の気に入らないのは同じようだ。私はソポクレスよりもエウリピデスの方が人間ドラマがあって好きである。


9.5 ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』青木次生訳、講談社

 背筋が凍るほど美しい
 英国を舞台にした心理小説で、1902年に刊行された。主人公ケイトは新聞記者のマートンを愛しているが、彼には金がなく結婚に踏み切れないでいる。そこに、米国から余命幾ばくもない女性資産家ミリーが社交場にやってくるので、ケイトはマートンにミリーと仲良くするよう勧める。ケイトは男を愛するがために、わざと三角関係に陥るのである。それぞれの登場人物のバックグラウンドから心の動きを徹底的に書き尽くすことで、愛の悲劇を背筋を凍らせるほど美しく立ち上げさせた傑作である。ここまで人間の心理を描き出すことが出来るのかと驚嘆するし、不倫がどうこうで騒いでいる場合ではないだろう。1997年にイアン・ソフトリーによって映画化。


9.5 オノレ・ド・バルザック『従妹ベット』<上・下>平岡篤頼訳、新潮文庫

従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)

従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)

 貴族への女の復讐
 1847年に刊行された長編小説。放埒を極める男爵の堕落と、男爵の妻アドリーヌの従妹ベットのパッとしない生活がメインで描かれる。美人でもないし家柄も良くないし生い立ちも不幸なベットは、自分への慰めとして貧しい芸術家の男を支援していたのだが、その芸術家が貴族達間で話題になりついにはアドリーヌの娘と結婚してしまうので、ベットは男爵家に復讐することを決意する。劇的な物語は概して女の生々しい情感に満ちており、終盤で派手な展開にならない所こそインパクトに欠けるが、それでも傑作である。


9.5 ヴィクトル・ユゴー『九十三年』<上・下> 榊原晃三訳、潮出版社

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)

 ユゴーの集大成
 1874年に刊行されたユゴー最後の長編小説。フランス革命後の1793年に起った王党派によるヴァンデの反乱を舞台に、立場を異にする人々同士でドラマが織りなされ、そこでは戦場における非情な決断が余すことなく描かれる。フランス革命の理想と現実、ひいては人間の在り方を問う傑作歴史小説と言える。


9.5 オウィディウス『変身物語』<上・下>中村善也訳、岩波文庫

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

 意外にも読みやすい
 ローマの詩人オウィディウス(全43-後18)が残した名作。変身をモチーフとする物語が大小合わせて250含まれているが、それぞれの神話が別の神話に繋がっているので思ったより読みやすく驚いた。血なまぐさい話も多いが、許されぬ恋に燃え上がり悩む男女の心情もリアルで面白かった。


9.0 永井豪デビルマン』<全5巻>講談社漫画文庫(漫画)

新装版 デビルマン(1) (講談社漫画文庫)

新装版 デビルマン(1) (講談社漫画文庫)

 やれることをやり尽くした傑作
 1972年から1973年に連載された漫画で、これは本当に傑作である。漫画を面白くするためならば手段を選ばず、許される限りの表現を徹底的にやり尽くしたと言えるし、それが文庫本で5冊という絶妙な短さで終わっているのも凄い。先の読めない展開や、残酷なドラマに戦慄を覚えるのはもちろんだが、とくに私には溌剌としたヒロイン美樹がいとおしく、他に取り替えのきかない唯一無二のヒロインだと感じる。ただそれだけに、私だったら美樹をこうはしない…とも思ってしまうが。


9.0 宮本百合子『二つの庭』

 正義感の強い女性は面白い
 著者の自伝的3部作である伸子シリーズの第2部をなす小説で(第1部は『伸子』、第3部は『道標』)、1949年にかけて発表された。伸子は結婚生活の破綻から親友の素子(モデルは湯浅芳子)と暮らすが、距離が近くなることによりかえってお互いにすれ違いが生まれるところが興味深い。また、『伸子』からも相変わらず母親との確執は続いており、「どうして私たちのことを小説に書くんだ」「もっと分かりやすい小説を書け」と言われるところは胸が痛くなる。もちろん、その親子喧嘩すら小説にしている宮本の覚悟は凄い。その他、母親の言うことをききすぎる弟を心配したり、進歩的な学者と言われながら女性を差別している男に怒りを感じたり、左翼運動のつもりで金をせびりに家を訪ねてくる貧乏学生を叱ったりと非常に面白い。私はこういう素朴なフェミニスト、素直な目で社会に矛盾を感じてしまう正義感の強い女性が大好きである。


9.0 マーガレット・ミッチェル風と共に去りぬ』<全6巻>荒このみ訳、岩波文庫

 不撓不屈の女
 南北戦争を舞台にした大河小説で、1936年に刊行。利発でプライドの高い女主人公スカーレットが、「女の身で出過ぎた真似を…」と周囲に非難され対立したり、融和したりを繰り返しながらしながらも力強く前に進んでいく様には感動する。異性をめぐる愛憎劇もさることながら、戦争の悲惨な実態も生々しく描かれていて迫力がある。終盤のスカーレットとバトラーの退屈な結婚生活は冗長に感じたが、それでも映画ともども傑作である。


9.0 ヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル』<全4巻>豊島与志雄訳、岩波文庫

レ・ミゼラブル〈1〉 (岩波文庫)

レ・ミゼラブル〈1〉 (岩波文庫)

 大河小説
 ユゴー1862年に刊行した長編大河小説で、「ああ無情」の題でも知られる。パンを盗んだくらいのことがここまで悲劇になるのか、と思ってしまうがそれは置いておいて、主人公ジャン・バルジャンを中心としたキャラクターが当時の社会情勢に翻弄されるさまは面白く、人間の醜いところと美しいところを描ききっている。ジャン・バルジャンが孤児の少女コゼットと交流するのも胸を打つが、個人的にマリユスという青年に実らぬ恋をするエポニーヌの勇気に感動した。その他、著者の七月革命への熱い思い入れも伝わってきて読み応えがある。


9.0 E.M.フォースター眺めのいい部屋』北條文緒訳、みすず書房

眺めのいい部屋 (E.M.フォースター著作集)

眺めのいい部屋 (E.M.フォースター著作集)

 フォースターの入門
 1908年に刊行された小説。若い男女ジョージとルーシーの愛が英国の階級社会に翻弄される様が描かれており、とくにルーシーが旧来の価値観を守ろうか脱皮しようかとジレンマに陥り悩む様には引き込まれる。ハッピーエンドであるのもよく、社会の階級や障壁を考え続けたフォースターの入門に格好の小説と言える。新井潤美の『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)では『眺めのいい部屋』が平易に解説されているので合わせて読みたい。1985年にはジェイムズ・アイヴォリーによって映画化された。


9.0 E.M.フォースター『インドへの道』瀬尾裕訳

インドへの道 (ちくま文庫)

インドへの道 (ちくま文庫)

 異文化間のドラマ
 1924年に発表された長編小説で、英国の植民地だった頃のインドで巻き起こる2カ国の人間同士の交流と不和が描かれた名作である。もちろん、白人による偏見や問題点も暴かれるが、フィールディングという近代的で無神論者の白人男は魅力的で、友達になりたくなる。また、インド人同士の間でもヒンドゥー教徒イスラームだったりして対立している所もちゃんと描かれており、偏見の問題が重層的に捉えられている。ただ、英国人旅行者ミス・クェステッドが、主要キャラであるわりに存在感が薄く、終盤ではまるで悪者のような扱いになっているのは不満だった。『インドへの道』は1984年に映画化されているが(デヴィッド・リーン監督)、こちらはミス・クェステッドの人間としての魅力が伝わってくるし、彼女がインド人のアジズという男から手紙を貰うという感動的なシーンも挿入されているので大傑作である。


9.0 イーディス・ウォートン『エイジ・オブ・イノセンス』大社淑子訳、新潮文庫

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事 (新潮文庫)

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事 (新潮文庫)

 息をのむ美しさ
 女性作家イーディス・ウォートンの長編小説で、1921年ピューリッツァー賞を受賞。1870年代のニューヨークの狭い階級社会が、自由な精神を身につけたエレンと出会ったことにより動揺するさまが描かれるが、著者の階級社会の偽善性を喝破する筆致は楽しい。また、主人公の男アーチャーは上流階級出身であり、結局はエレンと擦れ違ってしまうのだが、この悲劇的な顛末が息をのむ美しさで描かれている。ただ、その分生々しい肉欲的な情感はあまり表現されないので、何か一つエロスがほしいとも思える。1993年にスコセッシによって映画化。


9.0 ハーマン・ウォーク『ケイン号の叛乱』新庄哲夫訳、フジ出版社

ケイン号の叛乱 (1970年)

ケイン号の叛乱 (1970年)

 映画共に傑作
 映画『ケイン号の叛乱』(エドワード・ドミトリク監督、1954年)の原作小説で、1951年刊行。太平洋戦争により主人公ウィリーはオンボロの掃海駆逐艦ケイン号に派遣された。ところで乗組員のウィリーや副艦長マリク達は、神経症的な艦長クイーグの常軌を逸した命令にいつも悩まされていたが、太平洋上の嵐を前にして副艦長はついに艦長の精神が錯乱したと判断し、クイーグを解任し自らを艦長とする叛乱を起こした。これがのちに軍法会議にかけられる騒動になり、死刑か無罪か…という闘争になる。映画も小説も共に面白く傑作であるが、とくに小説ではウィリーとイタリア系の恋人メイ・ウィンとの家柄の差や人種の問題などが掘り下げられているし、また映画では一切出てこなかった日本軍との対決も描かれている。全編通して戦争の捉え方が現実的であり、軍人を卑しめずかつ美化もしない筆致で、歴史小説としても楽しめる。
 ただ、結局ウィリーが恋人と結ばれるかどうか分からないオチは家柄の問題を棚上げしていて物足りないので、その分ハリウッド映画の明確なハッピーエンドはいい結末だと思う。


9.0 円地文子『虹と修羅』講談社文芸文庫

虹と修羅 (講談社文芸文庫)

虹と修羅 (講談社文芸文庫)

 優れた私小説
 円地文子の自伝的3部作の第3作目(1作目は『朱を奪うもの』、2作目は『傷ある翼』)で、1968年刊行。乳房の手術や子宮がんの手術をしても好きな男とセックスをするなど、中年女性の生々しい性欲に興奮した。また、成長してきた自分の娘の美子との間に確執がおこり、ときには物を投げ合うよう喧嘩にも発展するなど、家庭の不和をありのままに描いており壮絶で面白かった。
 

8.5 コデルロス・ド・ラクロ『危険な関係』<上・下>伊吹武彦訳、岩波文庫

危険な関係〈上〉 (岩波文庫)

危険な関係〈上〉 (岩波文庫)

 スリルと官能
 ラクロ(1741-1803)の書簡体小説で、1782年に刊行。復讐するために手を組んだ男女が純粋な少女を誘惑していくが、18世紀にして心理描写が緻密で官能的であり驚いた。書簡だけで構成された小説なので読みづらさはあるが、それぞれのキャラクターの性格がしっかり書き分けられているので、スリリングなドラマをしっかり演出できていると思った。


8.5 宮本百合子『伸子』新潮文庫

伸子 (新潮文庫 み 1-1)

伸子 (新潮文庫 み 1-1)

 素朴かつ理性的
 著者の自伝的3部作である伸子シリーズの第1部をなし、1924~1926年にかけて発表された。自由な精神を持って成長してきた若い主人公伸子は、旧来の価値観を有する母などと喧嘩し対立する。自分を押し通して周囲の反対をよそに結婚したものの、失望感を味合わされ離婚に至る。伸子の素朴な心と、恋愛結婚における理想や現実を冷静に考察する理性とが絶妙にマッチしていて面白かった。


8.5 佐多稲子『素足の娘』新潮文庫

素足の娘 (新潮文庫 さ 4-2)

素足の娘 (新潮文庫 さ 4-2)

 少女の性を扱った名作
 1940年に刊行された小説で、少女時代に播磨相生で父親と暮らしていたときのことが描かれる。東京から来た娘だということで男達の視線を感じたり、また逆に自分が男のことを気にしたりと麗しい心情が描かれる。また、父親や男性労働者と暮らしていた相部屋で自分一人だけになり、ふと性的に興奮してきて自分の体を触ったり、野外で処女を喪失する顛末が書かれていたりと生々しい性も描かれていて面白かった。


8.5 瀬戸内晴美『美は乱調にあり』岩波現代文庫

 大杉栄と共に殺された伊藤野枝の伝記小説
 著者は現在の瀬戸内寂聴で、1966年に刊行された。甘粕事件で大杉栄と共に殺された、雑誌「青鞜」の最後の編集者伊藤野枝の伝記小説で、神近市子との傷害沙汰にまで発展する愛憎劇には目を瞠るものがある。また伊藤野枝だけでなく、大正時代の作家・アナーキスト平塚らいてうなどの女性たちの理想や挫折が記録されており、それぞれ力強く生きていたことが伝わってきて読み応えがある。今の瀬戸内寂聴はともかく(作家の政治思想と作品の面白さは別けて考える必要がある)、これは名著である。


8.5 石ノ森章太郎『千の目先生』双葉文庫(漫画)

 女キャラが生き生きとしている
 実は超能力を持つ女教師の千草(ちぐさ)が、宇宙人の侵略から地球を守るというSF漫画で、1968年に連載。女性達の造形が美しいのはもとより、女学生達も一人一人が生き生きとして引き込まれる。ただ、壮大なスケールの話になるのかと思ったら小さくまとまってしまった感じはある。


8.5 白土三平『サスケ』<全15巻>小学館文庫(漫画)

 面白いが死にまくる
 1961年から1966年にかけて連載。少年忍者サスケの成長を描いた漫画で、基本的には人間が容赦なく死んでいく殺伐とした世界観だが、女キャラがそれぞれ可愛かったり色気があったりしてそこは楽しめる。4巻に出てくる、サスケの命を狙うがサスケに助けられてしまう鬼姫なんかもいとおしい。ただ、終盤はキリスト教などの宗教がテーマになってくるのが共感できなかったのと、ラストが悲惨すぎるのは勘弁してと思った。


8.5 吾妻ひでお失踪日記イースト・プレス(漫画)

失踪日記

失踪日記

 ホームレス生活
 2005年に刊行された、吾妻ひでお私漫画鬱病とアル中に陥った吾妻は山で自殺しようとするが失敗し、そのまま野外生活を始めた。ホームレスとしてしばらく暮らしていたが、金に困り身分を偽って配管工として働き、また「東英夫」という名前で漫画を描いて雑誌にも載ったが誰にも吾妻だとは気付かれなかったというから面白い。酷い体験であるはずなのに清々しいポップな絵で表現されているのでどんどん読み進むことが出来る。ところで、吾妻が明らかな浮浪者の格好をしていたとき、車に乗った謎のオヤジに「乗ってけよ 送ってやるからよ」と声をかけられたというエピソードは意図が分からなくて怖い。
 ただ、吾妻に迷惑をかけられ続けている奥さんを思うと気の毒ではある。奥さんがどう思っているのか、彼女に迫るシーンがあるとよかった。


8.5 三島由紀夫「サド侯爵夫人」

(イメージ無し)
 エロくて良い
 マルキ・ド・サドの妻ルネを主人公にした戯曲で、1965年発表。登場する女性たちは品があって物静かなのに、彼女らがグロテスクで過激な性行為の思い出話を淡々と口にして描写していくのは面白く、ギャップがあって興奮した。「悪徳というものは、はじめからすべて備わっていて何一つ欠けたもののない、自分の領地なのでございますよ」と、そこで展開される悪徳論も興味深い。新潮文庫には「わが友ヒットラー」が併録されているが、「サド侯爵夫人」のほうが断トツで面白い。


8.5 小谷野敦『非望』幻冬舎

悲望 (幻冬舎文庫)

悲望 (幻冬舎文庫)

 小谷野の意地
 小谷野が東大院生時代に好きになった女性を追い回してしまったことが書かれている私小説で、2007年刊行。女性がカナダに留学したので自分も留学するなど、目を覆いたくなるような体験を余すことなく白状していて圧倒される。もちろん著者は自らの過去を客観視して反省した上で小説を書いているので、ストーカー論としても読めると思う。小谷野は人の作品に容赦のない比較文学者・批評家だが、ちゃんと自分でも小説を書いて世に提示しているというのは偉いことだし、しかもできれば隠したいような過去を小説にしているのだから小谷野の意地が感じられる。一方で併録された中編「なんとなく、リベラル」は、小谷野の文学論や政治論を織り交ぜたもので主人公を女性にするなど虚構性が強く、つまらなくはないが「非望」のインパクトに比べると箸休めみたいに感じてしまった。


8.0 二葉亭四迷浮雲新潮文庫

浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)

 冴えなくて面白い
 1887年から1889年にかけて発表された長編小説で、日本の近代小説の始まりにも位置づけられる。序盤の語り口こそ装飾的で鬱陶しいが、その文体は次第に洗練され自然になっていく。うまく世渡りが出来ず復職できず女にもモテない主人公・文三は面白く、勝ち気で頭の良い従妹お勢も魅力的である。冴えない人間の片思いは面白い、というのはどの時代も一緒である。


8.0 広瀬正『エロス』集英社文庫

 愛のすれ違い
 早世したSF作家広瀬正(1924-1972)が1971年に刊行した小説。「もしもあのとき…していたら」という仮定のもと、すれ違った二人の男女の愛が平行世界で提示されている。娯楽的なSFでありながら、愛の擦れ違いが静謐に語られていて胸を打つ。また、昭和初期や二・二六事件の時代背景がしっかり描き出されているのもリアリティがあって良い。ただ、オチのブラックな感じは好みではなかった。


8.0 大塚ひかり『いつの日か別の日かーみつばちの孤独』主婦の友社

いつの日か別の日か―みつばちの孤独

いつの日か別の日か―みつばちの孤独

 度胸を感じる
 大塚ひかりがデビューしたエッセイで、1988年に刊行。うんこがでないので恋人に背中をさすって貰ううちにセックスになった、恋人に過去の女の写真を出させて彼から過去の女を否定させる言葉を引きだすまで粘るといった、恋人と付き合っていた頃の思い出から、男と別れた後も諦められずに新しい女が住んでいるという下北を徘徊した(p98)ことなど、大塚の痛切な思いが恥ずかしいところも含めて吐露されていて度胸を感じた。「かなりのトシで独身で、しかもキレイな女がいたならば、“かげの男”が必ず彼女をたっぷりかわいがっていると思っていい」(p41)という提言など、大塚の洞察力が既に鋭いことも伺い知れる。
 ところで大塚はライター時代、編集長に命令され、男女混浴風呂で男の作家の背中を流したりしたというが(p173)、現代ではアウトだから驚いた。


8.0 司馬遼太郎空海の風景』<上・下>中公文庫

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

 客観的な筆致がいい
 空海を扱った歴史小説で、1975年刊行。まるで歴史学者のように資料を検証するスタイルで、事実は事実として書き出し、よく分からない所については作者が注釈をしながら想像を膨らませる。分からないことが多い古代の人物を、客観的な筆致を持って浮かび上がらせていて面白い。ただ、司馬は科学と宗教がどちらが本物かは分からず誰にも「回答を出す資格を持たされていない」(p109、上巻)と言うが、なぜ著者にはそんなことを言う資格があるのか分からない。科学と宗教では科学が勝ったのは事実である。


8.0 吾妻ひでお『アル中病棟 失踪日記2』イースト・プレス(漫画)

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

 アル中の怖さ
 漫画『失踪日記』の続編で、2013年刊行。アル中を直すために入院した時の闘病生活が描かれている。病院の方針でなぜかアル中患者は途中から精神疾患の人達と一緒に生活せねばいけなくなるが、便座にうんこが塗られるなどとても共同生活が出来なくなったという。物語としてのインパクトは『失踪日記』に比べると欠けるが、退院したと思ったらまた酒を飲んで死にそうになる患者が何人も居たりと、アル中の怖さは認識できる。これ以降吾妻は酒を一滴も飲めなくなったが、吾妻がまだ生きているということはちゃんと酒をやめているということだろう。


8.0 佐々木守小島剛夕『一休伝』<上・中・下>講談社(漫画)

 面白いが妻子を捨てるのは酷い
 1989年から1990年に刊行された漫画。天皇の私生児だったとされる一休の、偽善を拒否する生き様を力強く描いており、また彼に関係する女たちにも官能的な魅力があっていい。水・風・煙や、風に揺れる木々などの絵の迫力もある。ただ、一休は「あえて地獄に入るため」妻子を捨てるのだが、妻子にしてみたら堪ったものではないし、妻子を捨てる言い訳にしか聞こえない。


8.0 ポール・ギャリコ『七つの人形の物語』矢川澄子訳、王国社

七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)

七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)

 『リリー』の原作
 人形を通してでないと人に気持を伝えられない人形遣いの男コックと、金も仕事もなく死のうと思っていた若い女性ムーシュが織りなす屈折した愛が描かれており、ミュージカル映画の傑作『リリー』(1953年)の原作である。ムーシュの純粋な心が、女嫌いの捻くれたコックを変えていく様は感動的だが、しかし小説では男のDVや暴力が酷すぎて感情移入しにくいのが欠点だと思った。まずは映画を薦めたい。


7.5 円地文子『傷ある翼』新潮文庫

傷ある翼 (1964年) (新潮文庫)

傷ある翼 (1964年) (新潮文庫)

 女の生々しい情感
 円地文子の自伝的3部作の第2作目(1作目は『朱を奪うもの』、3作目は『虹と修羅』)で、1962年刊行。主人公滋子は愛していない男と結婚したので、普段から夫のことを嫌っているが、夫が職場で色恋沙汰を犯してしまい、滋子は社会的な地位を失いたくないので夫の味方をしてしまう。また、他の男に惹かれる女の生々しい情感などが描かれていて引き込まれた。ただ、第二次世界大戦が物語に効果的に絡んでいるとは思えなかった。小椋という男が満州人に撲殺されるが、主人公とそんなに接点があったわけでもないし感情を揺さぶられなかった。


7.5 安野モヨコ『監督不行届』祥伝社(漫画)

監督不行届 (FEEL COMICS)

監督不行届 (FEEL COMICS)

 庵野との結婚生活
 安野モヨコが夫・庵野秀明との結婚生活を漫画にしたもので、2005年刊行。オタク夫婦同士の変なノリやルールは小っ恥ずかしいが面白く、また夫の風呂嫌いなところや一度服を着たら着っぱなしになるところを突き放さず、ちょっとずつ改善させていく妻には愛を感じる。ただ、なぜか著者は自分を赤ちゃんの姿で描いているが、わざとそうしているとはいえデザインが好みではなかった。


7.5 P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳、岩波少年文庫

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

 読み応えがある
 1934年に刊行された児童小説で、メアリー・ポピンズの第1作。ナニー(乳母)のメアリー・ポピンズは不思議な力を持っていて、例えば明らかに空からやって来たのに、子供達に不思議がられると「そんな訳ないでしょう!」「ありえません!」と急にツンと叱ったりするなど面白いし、妙に色気がある。新井潤美が『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)で述べるように、英国のナニーという乳母のありかたや階級問題が作品に反映されており、児童文学だが読み応えがある。


7.5 三島由紀夫「熱帯樹」

(イメージ無し)
 女性蔑視的だが面白い
 1960年発表の戯曲。夫を殺そうと目論む妻・母子との近親相姦・兄妹との近親相姦など、ギリシア悲劇のテーマをうまく日本に翻案している。妻を悪く描きすぎるという女性蔑視はあるものの、ドラマとしては楽しめる。息子の勇が衣装箪笥を開けて母親の着物をひっぱりだし、匂いを嗅いで自慰をするシーンなどは背徳的なエロさがあり印象に残った。


7.0 P.L.トラヴァース『帰ってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳、岩波少年文庫

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

 幻想的だがリアリティもある
 『風にのってきたメアリー・ポピンズ』の第2作で、1935年刊行。子供の身に不思議なことは起こっても、今のは「夢だったかもしれない」という保留が付くなどリアリティがある。「なんだって永久につづくものは、ありません」というような何気ないメリー・ポピンズの大人な言葉には掴まれる。ただまあ、前作の方が面白かった。


7.0 『ソーントンワイルダー戯曲集3 結婚仲介人』水谷八也訳、新樹社

結婚仲介人 (ソーントン・ワイルダー戯曲集)

結婚仲介人 (ソーントン・ワイルダー戯曲集)

 生き生きと喋っている
 1954年に発表された戯曲。ト書きが少なく、キャラクターが生き生き喋っていて面白い。が、ファルス(笑劇)なのでプロットが練ってあるとは言い難い。主人公ドーリーがどうしてケチな男ホレスのことが好きなのかという心情が掘り下げられているともっと面白くなるが。


7.0 ホメロスイリアス』(上・中・下)呉茂一訳、岩波文庫

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

 戦闘しっぱなし
 紀元前8世紀中頃に書かれたといわれるホメロスの長編叙事詩。戦闘シーンや人間が殺される描写は生々しいが、いかんせん3巻ずっと戦闘をやりっぱなしなので飽きてしまう。ギリシアの古典は一読の価値があるが、私は『オデュッセイア』の方が面白かった。


7.0 小谷野敦『美人作家は二度死ぬ』論創社

美人作家は二度死ぬ

美人作家は二度死ぬ

 虚構小説の難しさ
 2009年に刊行された小説。「もし樋口一葉が夭折しなかったら」というアイデアは面白く、著者の比較文学者としての教養が発揮されていて説得力もある。が、主人公の女学生の魅力がイマイチ伝わってこない。男性目線にならないように、女性に配慮しているのは分かるが、生き生きしていないと思った。男が女を主人公に据える場合、漫画や映画に比べて文学だとより粗が見えやすいのかもしれない。


7.0 津本陽『弥陀の橋は―親鸞聖人伝』<上・下>読売新聞社

弥陀の橋は―親鸞聖人伝 (上) (文春文庫)

弥陀の橋は―親鸞聖人伝 (上) (文春文庫)

 上巻は面白い
 津本陽(1929-)が親鸞を描いた小説で、2002年に刊行された。親鸞が旧来の僧侶や仏教に偽善を感じて反発したり、流刑になってもしぶとく生きる様は面白い。時代背景も生々しく描かれており、鎌倉時代の飢饉では「生まれた子を祖父母が涙をふるい膝頭で圧し殺し、口減らしをすることもめずらしくなかった」(p383)というから怖い。ただ、後半は抽象的な仏教の思索が多くなり退屈した。著者は、「肉体が元素に帰ったのち、そこに宿っていた心が消耗した電池のように無に帰すると、どうしても思えない」(p327)と語るなど宗教的な人間だが、私は無宗教なので入り込めなかった。


7.0 ヴィクトル・ユゴーノートル=ダム・ド・パリ』<上・下>辻昶、松下和則訳、岩波文庫

ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)

ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)

 片思いは面白いが散漫
 1831年に刊行された小説で、『ノートルダムのせむし男』の題でも知られる。詩人のグレゴワール、女嫌いの司教補佐フロロ、そして醜い鐘番のカジモドが皆、同じエスメラルダというジプシー女を好きになるが、それぞれうまくいかず片思いなのが面白い。ただ、主人公が絞りきれず散漫になっている。また、エスメラルダが恋する男フェビュスは嫌なやつだし、結局彼女は絞首刑になるので後味が悪い。


6.5 井上靖天平の甍』新潮文庫

天平の甍 (新潮文庫)

天平の甍 (新潮文庫)

 鑑真の来朝
 1957年に刊行。鑑真の来朝を描いた歴史小説で、もちろんドラマになっていて読まされるし、何度渡航を失敗しても船を差し押さえられても挫けない鑑真には驚かされる。が、この本で描かれるのは男の僧と僧のつながりであり、女が全く出てこないホモソーシャル的な世界に私は共感しきれなかった。


6.5 立松和平『遠雷』河出文庫

遠雷 (河出文庫 132A)

遠雷 (河出文庫 132A)

 殺人犯のバックボーンがない
 1980年刊行。まあまあ面白いが、映画(根岸吉太郎監督、1981年)が小説を忠実に再現しているので映画を観れば充分、という気もする。あと映画でもそうなのだが、殺人を犯してしまう公次(主人公満夫の親友)のバックボーンがよく分からないので、殺人を犯されても感情移入できない。
 ところで、異性の陰毛を財布に入れたり、柱に貼ったりして商売繁盛を願うなど(p269-270)、田舎の性の認識が覗けるのは面白い。


6.5 福永武彦「廃市」

(イメージ無し)
 短編向きのテーマではないのでは
 映画『廃市』(大林宣彦監督、1983年)の原作短編小説。愛する心がすれ違う悲劇はヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』を思わせるが、扱っているテーマのわりに紙片が少なく物足りない。映画はこの短編を上手く膨らませたと言える。


6.5 ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ美女と野獣』藤原真実訳、白水社

美女と野獣[オリジナル版]

美女と野獣[オリジナル版]

 なかなか心情がリアル
 1756年刊行。王子はよぼよぼの老女の妖精にプロポーズされるが振ったところ、怒った妖精に野獣に変えられてしまうのだが、変身の経緯に女の情念が絡んでいて面白い。また、醜い姿の野獣になかなか心を許せないベルの心情はリアルで、容姿により格差が生まれてしまう現実を描いているようにも思える。ところで、野獣が王子に戻った後、ベルの身分も実は王女だったことが判明するのは都合が良すぎるし、後半はドラマがなくて残念だった。


6.0 井上ひさし「日本人のへそ」

 政治的には同意するが
 1969年に発表された戯曲で、1977年に映画化(須川栄三監督)。天皇制をホモソーシャルと絡めるなど、著者の政治的な認識には同意できるが、主人公の女性にイマイチ主体性がなく、また彼女が惚れた詐欺師の男の魅力もよく分からない。映画を見ればいい。


6.0 倉田百三親鸞』中公文庫BIBLIO

親鸞 (中公文庫BIBLIO)

親鸞 (中公文庫BIBLIO)

 読みやすいが終盤が蛇足
 倉田百三(1891-1943)が親鸞を描いた小説で、1940年に刊行された。読みやすく親鸞の入門にはいいが、親鸞と息子の善鸞が和解するのは創作だろう。ところで、親鸞が長い行脚を終えて京都に帰ってから、なぜか弥女という下女が主人公になり話が進むが、ここが面白くなかった。


6.0 マリヤ・トラップ『サウンド・オブ・ミュージック』中込純次訳、三笠書房

サウンド・オブ・ミュージック

サウンド・オブ・ミュージック

 言うほど激動の人生か?
 マリヤ・トラップが1949年に発表した自叙伝で、映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)の原作。トラップ一家が米国に渡りコンサートを開こうとした際、マリヤには「セックスアピールがないから人が集まらないのではないか」と言われたエピソードなどは面白いが、基本的には戦争から逃れて欧州から米国にやってきた平均的な移民の一例に過ぎないのではないか。この原作を巧みに脚色した映画をお勧めしたい。


6.0 江戸川乱歩『黒蜥蜴』創元推理文庫

黒蜥蜴 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

黒蜥蜴 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 乱歩唯一の女賊もの
 1934年に発表された探偵小説。『黒蜥蜴』は江戸川乱歩の小説では唯一女賊もの(p246)というが、女盗賊・黒蜥蜴には色気があっていい。しかし、それぞれのトリックには無理があり白けてしまうので、現代の目から見て質の高いサスペンスとは言えないだろう。また、明智小五郎が自分の身代わりとして松公という男を見殺しにするシーンがあるのは探偵としていいのかと思う。


6.0 三島由紀夫『黒蜥蜴』祥伝社

黒蜥蜴―戯曲 (1969年)

黒蜥蜴―戯曲 (1969年)

 色気があるのはいい
 江戸川乱歩の小説『黒蜥蜴』の戯曲化で、1961年発表。黒蜥蜴が明智小五郎に恋愛感情のようなものをもつと、黒蜥蜴の部下の雨宮が嫉妬するのは面白い。ただ、サスペンスのアイデアや物語は乱歩より多少新しくなったというくらいで、原作を超えたとまでは思えなかった。


6.0 山田太一異人たちとの夏新潮文庫

異人たちとの夏 (新潮文庫)

異人たちとの夏 (新潮文庫)

 ホラー小説
 映画『異人たちとの夏』(大林宣彦監督、1988年)の原作小説で、1987年刊行。両親の霊との交流などつまらなくはないが、終盤の愛憎シーンでは映画の演出の方が優れていると思った。


5.5 ガストン・ルルーオペラ座の怪人三輪秀彦訳、創元推理文庫

 爆破テロ
 1909年に発表されたゴシック小説。意外とちゃんとしたミステリーで、砂が敷き詰めてある鏡張りの部屋に人間が閉じ込められるシーンは興味深いし、怪人が劇場の下に大量の火薬を仕掛けて爆破しようとするさまは凶悪テロの先取りにも思える。ただ文庫本で450ページもあって長く、そのわりにクリスティーヌなど女性キャラの心情が掘り下げられず不満が残る。


5.5 ウィリアム・メイクピース・サッカレーバリー・リンドン』角川文庫

 映画の方は傑作
 映画『バリー・リンドン』(キューブリック監督、1975年)の原作小説で、1844年刊行。成り上がりの主人公バリーの一人称小説で、死んだ兵士の肩章を味方がむしり取るなど生々しい戦争の描写は面白い(p117)が、自分より下の階級を蔑視する発言が多く入り込めなかった。また、サッカレー自身がギャンブル中毒だったためか(p513、訳者あとがき)、賭け事をするシーンが長くしつこかった。映画はこの小説の筋をうまく改編し、映像化したと言える。


5.0 バーナード・ショーピグマリオン』小田島恒志訳、光文社

 ハッピーエンドでいいのに
 1913年に刊行された戯曲で、映画『マイ・フェア・レディ』の原作。上流階級出身のヒギンズはマザコンで女嫌いの言語学者で、イライザは労働階級の花売りの娘だが、映画とは違い二人は結ばれない。ショー自身は「彼女〔イライザ〕にとって彼〔ヒギンズ〕はあまりにも神のごとき存在であり、到底つき合えるものではない」(263p)と言っているが、神と言われてもちょっと共感できない。しかもこの言い方だと、ヒギンズのような傲慢な上流階級を批判しているわけでもない。ヒギンズは上流階級でイライザは労働階級だが、二人が結婚して「大きな階級を超えた恋が実る」というラストでも充分階級問題を視野に入れた作品になるのだから、ハッピーエンドにしていいのではないか。映画『マイ・フェア・レディ』は傑作。


5.0 ショラム・アレイヘム『屋根の上のバイオリン弾き南川貞治訳、早川書房

屋根の上のバイオリン弾き (ハヤカワ文庫 NV 44)

屋根の上のバイオリン弾き (ハヤカワ文庫 NV 44)

 宗教色が強い
 映画『屋根の上のバイオリン弾き』の原作小説で、1894年発表。娘を嫁に出す父親の心境と、社会の近代化に直面する彼の不安が描かれているが、映画以上に父親の敬虔なユダヤ教徒ぶりが強調されるなど宗教色が強く共感しかねるところもある。


5.0 赤川次郎『ふたり』新潮文庫

ふたり (新潮文庫)

ふたり (新潮文庫)

 彼氏に魅力を感じない
 1989年に刊行された小説で、映画『ふたり』(大林宣彦監督、1991年)の原作。だが、小説では主人公・実加に哲夫という恋人がすんなりできてしまうので、少女のウジウジした心が表現されないし、しかも哲夫のバックボーンも提示されないのでこの男に魅力を感じなかった。映画の方が断然面白い。


5.0 シェイクスピア『新訳 ロミオとジュリエット河合祥一郎訳、角川文庫

新訳 ロミオとジュリエット (角川文庫)

新訳 ロミオとジュリエット (角川文庫)

 有名だが
 1597年に刊行された戯曲。しかし、ロミオもジュリエットも一目惚れで相思相愛になるだけで丁寧な恋愛描写は無いから、読んでいても二人の人間としての魅力が伝わってこない。また、二人が死ぬことで両家が仲直りする、というのも楽観的で腑に落ちなかった。


5.0 ロアルド・ダールチョコレート工場の秘密』1964年柳瀬尚紀訳、評論社

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)

 冒頭は面白いが
 1972年に刊行された小説。冒頭の、チョコレートの当たりを引くために試行錯誤する人々を見るのは面白いが、工場主ワンカのバックグラウンドは描かれず、ミステリアスな魅力もない。子供を工場の跡継ぎにする理由も、「大人は、わたしの言うことを聞かない。学ぼうとしない。自分のやり方でやろうとする、わたしのやり方ではなく。だから、子供でなくちゃならんのです。わたしは、ものわかりのいいかわいい子がほしいのです」(p253)と子供を買いかぶりすぎていて共感できない。2005年の映画『チャーリーとチョコレート工場』に乗り越えられている。


5.0 ジーン・ウェブスターあしながおじさん』松本恵子訳、新潮文庫

あしながおじさん (新潮文庫)

あしながおじさん (新潮文庫)

 少女の視点は面白いが
 1912年に発表された児童文学。孤児の少女ジーンのみずみずしい感性と、社会の矛盾を突くするどい近代的な視点は面白い。貧しき者がこの世にあるのは我々をして常に慈善を行わしめんとする神の意志である、という聖書の言葉に対しても「これじゃあ、まるで貧乏人は役に立つ家畜同様ではございませんか!」と宗教を批判する姿勢はまともである。しかし、とくにドラマもなく退屈であることは事実である。あしながおじさんのバックボーンもなく人間性が浮かび上がってこないのも問題ではないか。


4.5 近藤聡乃『A子さんの恋人』<1~4巻(連載中)>エンターブレイン(漫画)

 男が描けていない
 けいことあいこのモテない女同士の奇妙な友情など女キャラは面白いが、男キャラは全て恋愛可能なモテ男やチャラ男として描かれており全然共感できない。男の人間性が表面的にしか捉えられていないので、その男達が惚れる主人公のA子の魅力もあまり伝わってこなかった。


4.5 三島由紀夫「十日の菊」

(イメージ無し)
 自殺の美化
 1961年発表の戯曲。政治家の妾になっている母親の裸を息子が目撃し、その裸に唾を吐きかけるなど目を瞠るシーンはあるが、いかんせん「自殺すること」を美化しているので高評価はしかねる。


4.0 シェイクスピア恋の骨折り損小田島雄志訳、白水uブックス

 女が気になる心は分かるが
 1595~96頃に発表された戯曲。勉学のために女を遠ざけようとしても女のことが気になる、という男心には共感するが、全体として何を言いたのかは分からない。男女の仲が結局どうなるのか不明瞭なのも物足りない。


4.0 シェイクスピア『じゃじゃ馬馴らし』松岡和子訳、ちくま文庫

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

 妻の「調教」
 1594年頃に発表された戯曲。夫(ペトルーチオ)が頭の良い妻(キャタリーナ)を「調教」する話で、前半のキャタリーナの生き生きした舌鋒は面白いが、夫は妻に食事を与えず眠らせないなどの措置を講じており魅力的だった舌鋒もなくなる。400年以上前の作品とはいえ大丈夫なのかと思ってしまう。


4.0 水上勉飢餓海峡新潮文庫

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

 長い
 1963年に刊行された推理小説で、700ページあるが長い。無実の人を2人殺している犬飼には同情できないし、刑事の人物像も平凡でバックボーンも詳しく描かれないので、ドラマや感動も感じなかった。唯一私が感情移入が出来た売春婦も中盤で死んでしまう。飢餓海峡は映画を観ればいいだろう。


4.0 フランク・ボーム『オズの魔法使い』幾島幸子訳、岩波少年文庫

オズの魔法使い (岩波少年文庫)

オズの魔法使い (岩波少年文庫)

 映画を見れば足りる
 1900年刊行の童話。オズという名の魔法使いが実は地上から気球で迷い込んできた男だった、というのは宗教と距離を置いているように読めるからいいが、基本的には忠実に再現された映画を見ればい足りるだろう。


4.0 三島由紀夫『朱雀家の滅亡』河出書房新社

朱雀家の滅亡

朱雀家の滅亡

 エウリピデスの翻案
 エウリピデスの戯曲「ヘラクレス」を日本の第二次世界大戦下に翻案した劇で、1967年に発表。まあ筋だけ見ればつまらなくないし、三島が読者に天皇主義や身分制を押しつけているとまでは言えない。しかし、近代的な考えをもつ女中おれいへの扱いが悪く、防空壕に逃げ込んだのに死んでしまうのは酷いと思った。


3.5 三島由紀夫命売りますちくま文庫

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

 女が官能的なのはいいが
 1968年刊行の小説。「静脈より動脈に噛みつきたい」という女など、官能的な女が出てくるので興奮できるが、主人公の羽仁男は基本的に「死にたい」と思っている人間なので感情移入は出来ない。感情が死んでいる羽仁男は女性にフラれても「何ともなかった」(p40)というが、私は何ともないことはない。また、庶民の生活が「ゴキブリの生活」(p205)と表現されるが、全体的にインテリが庶民を見下しているようなトーンで書かれていて腑に落ちなかった。


3.0 ロベール・トマ「八人の女」

現代フランス戯曲名作選―和田誠一翻訳集

現代フランス戯曲名作選―和田誠一翻訳集

 趣味が悪い
 映画『8人の女たち』(2002年)の原作で、1962年発表。8人の女達が1人の男をめぐって小競り合いをする話で、全体を通して女性嫌悪的というか、「女ってこんな嫌なところがあるんだよ」ということを言いたいために作品を作ったとしか思えない。ミステリーにはなっているが、ちょっと趣味が悪いと思う。 


3.0 吉川英治親鸞』<全3巻>、講談社

親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

 長すぎる
 1938年から48年にかけて発表された親鸞の生涯を描いた小説だが、長すぎて退屈である。終盤に、DV夫が親鸞の教えに感動して反省する場面が出てくるが、酷いDVを振るわれていた妻が簡単に夫を許すのは腑に落ちないし、夫を責めたほうがいい。宗教の「許し」の限界である。親鸞の小説は津本陽『弥陀の橋は』を読めばいいだろう。


3.0 チャールズ・ディケンズ『オリヴァ・トゥイスト』<全2巻>北川悌二訳、三笠書房

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

 名作だとは思わない
 1837年から39年にかけて発表された小説。ただ、話の筋に矛盾や無理がある。スリに深入りしていないオリバーをスリ仲間がしつこく必死に捕まえようとするのはおかしい。オチも、オリバーの生れは結局良かったことが強調されるだけだし、とくに名作だとは思わなかった。


2.5 陳舜臣曼陀羅の人』<上・中・下>徳間文庫

 虚構が浮いている
 空海が留学生として唐に渡った時の記録をもとにした歴史小説で、1984年刊行。しかし、事実の記録に対して作者が想像したドラマが浮いている。全3巻というのも長く退屈で、司馬遼太郎の『空海の風景』を読んだ方がいい。


2.5 ジェームズ・バリ『ピーター・パン』厨川圭子訳、岩波少年文庫

ピーター・パン (岩波少年文庫)

ピーター・パン (岩波少年文庫)

 語り口は現代的だが
 元々戯曲として作ったものを1906年に小説として刊行。作者の語り口は現代的だが、ウェンディの弟たちが「イギリス王万歳!」と叫ぶ(272-273p)などディズニー映画とは違い身分制の肯定があり、またティンカーベルが爆死するので可哀想である。フックがピーター・パンの命を狙う理由も「ピーターのなまいきな性質のため」(240p)というだけなので弱い。
 ところでピーター・パンが読者に向かって「妖精を信じている子供は拍手をしてください」と呼びかけるシーンがあるが、黒澤明の『素晴らしき日曜日』(1947年)を思い出す演出であった。


2.0 モルナール・フェレンツ『リリオム』徳永康元訳、岩波文庫

リリオム (岩波文庫 赤 771-1)

リリオム (岩波文庫 赤 771-1)

 DVの肯定
 映画『回転木馬』(1956年)の原作戯曲で、1909年刊行。だが、映画以上に主人公の男が妻子の暴力を振るう。しかも、妻子が男にぶたれても「痛くない」ということが強調されるが(p162)、このDVを肯定したかのようなメッセージにはやはり変である。ちなみに作者のモルナール(1878-1952)はハンガリーのユヤダ系の作家(ハンガリーでは日本と同じく上が名字で下が名前)。


2.0 三島由紀夫「女は占領されない」

(イメージ無し)
 反米思想を代弁しているだけ
 1959年発表の戯曲。米軍に占領される日本を「女」に例えるだけの、三島の政治思想を代弁する作品にしか思えず退屈である。この劇では、日本の未来が米軍に全て委ねられているかのような大げさな筆致だが、そうすることで読者の反米感情を煽りたいだけだろう。「身分!身分なんて!アメリカにそんなものがありますか」(p44)と言う米国人のハリスンは良かった。


2.0 三島由紀夫「恋の帆影」

(イメージ無し)
 殺人の動機が不明
 1964年発表の戯曲。主人公のみゆきは、かつて男を湖に落として殺したことがあるというのが話の肝だが、抽象的な動機しかないので(男に愛の告白をされたのが許せなかったというだけ)、とくに共感できず入り込めなかった。


2.0 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・カロル』村岡花子訳、新潮文庫

クリスマス・カロル (新潮文庫)

クリスマス・カロル (新潮文庫)

 単なるおとぎ話
 1843年刊行。金貸しの金持ちスクルージが改心することで町に平和が訪れるという内容だが、紙片が少ないので彼が唐突に心変わりした印象を受ける。また、そもそも金持ちが一人改心したくらいでは世の中が良くなるわけがないのであり、階級問題を射程に入れていないので単なるおとぎ話にとどまる。


2.0 ベルトルト・ブレヒト三文オペラ千田是也訳、岩波文庫

 全員嫌なやつ
 1928年に発表された著名な戯曲だが、登場人物が全員極端に嫌なやつなので人間を描いておらず感情移入が出来ない。世の中の悪を暴きたいという著者の左翼的なイデオロギーが濃すぎて面白くなかった。


2.0 メリメ『カルメン』 杉捷夫訳、岩波書店

カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

 悪人への同情
 1845年発表。主人公のスペイン旅行者の男は盗賊や殺人犯に同情的であるので共感できないし、作中で扱われる情事による殺人にも関心が持てない。なぜ有名なのかよく分からない小説だと思った。


2.0 メーテルリンク『青い鳥』堀口大學訳、新潮文庫

青い鳥 (新潮文庫 メ-3-1)

青い鳥 (新潮文庫 メ-3-1)

 内向きな童話
 1908年発表の有名な童話だが、オズの魔法使い(1900年刊行)のように冒険しても何だかんだ「おうちが一番」という内向きな話。訳者の堀口はあとがきで、「万人のあこがれる幸福は、遠いところにさがしても無駄、むしろそれはてんでの日常生活の中にこそさがすべきだというのがこの芝居の教訓になっているわけです」(238p)というが、貧乏な家庭やDV・虐待で苦しむ家庭の中から万人のあこがれる幸福が見つかるとは思えない。『青い鳥』を読んだだけではメーテルリンクノーベル賞を受賞できた理由は私にはちょっと分からない。


2.0 ロアルド・ダール『おばけ桃が行く』柳瀬尚紀訳、評論社

おばけ桃が行く (ロアルド・ダールコレクション 1)

おばけ桃が行く (ロアルド・ダールコレクション 1)

 ジャイアント・ピーチ』の原作
 1961年発表の童話で、映画『ジャイアント・ピーチ』(1996年)の原作。しかし原作では、蜘蛛の女が他の虫に嫌われていないなど、いまいち設定を生かせていない。映画の方が面白い。


1.5 ジェイムズ・ヒルトン『チップス先生、さようなら』白石朗訳、新潮文庫

チップス先生、さようなら(新潮文庫)

チップス先生、さようなら(新潮文庫)

 パブリック・スクールの美化
 1934年に発表された小説。女に興味の無いパブリック・スクールの教師チップスが主人公で、女にしか興味の無い私にはまず共感できないが、そのくせチップスは女に惚れられて結婚できるのだからムカついてしまう。チップスの妻子は戦争で死ぬが、どうやって死んだのかも分からないままで扱いが悪い。また、パブリック・スクールといえば虐めや体罰が横行していた体育会系の場所だが(新井潤美パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』に詳しい)、虐めで悩む子供も出てこず美化されて描かれていて嫌である。


1.5 山田宗樹嫌われ松子の一生幻冬舎

 リアリティがない
 2003年に刊行された小説。平凡で真面目な女教師・松子の身に次々と不幸な事件が舞起り、ソープ嬢に落ち、男を殺すに至る話だが、機械的なストーリー展開なので松子達キャラクターの心情にリアリティが感じられない。骨壺が「ことり」と鳴って死者の意志が示されるといったオカルト演出もあり、映画以上に馬鹿馬鹿しいと思った。


1.5 アニタ・ルース『紳士は金髪がお好き常盤新平訳、大和書房

紳士は金髪がお好き (1982年)

紳士は金髪がお好き (1982年)

 主人公が嘘くさい
 1925年に刊行された小説。作者のアニタ・ルースは黒髪女性だが、序文で彼女は「同じくらいのルックスでも自分より金髪の女の方が男に優遇されている」「私の方が教養もあるのに」と漏らすのは面白い。しかし小説自体はつまらなかった。主人公を金髪女にしていて、嘘くさいからである。作者と同じ黒髪の女を主人公に据えて、その女から見える世界を描写すればリアリティも出るし面白かったであろうに、失敗作である。


1.5 斉藤憐『上海バンスキング』而立書房

上海バンスキング

上海バンスキング

 ジャズが好きな人向け
 1980年刊行。戦時中に上海にやって来た日本人ミュージシャンらが主人公だが、深作欣二の映画同様、第二次世界大戦下の日本の植民地政策を何となくリベラルに批判しているだけのように思える。ジャズが好きな人には面白いのだろうか?


1.0 三島由紀夫「わが友ヒットラー

(イメージ無し)
 女性が出てこない
 1968年発表の戯曲。ヒトラーを親友だと信じていたのに裏切られ殺された軍人エルンスト・レームを讃える劇で、三島はこの劇でヒトラーを讃えているわけではない。レームは「人間の信頼だよ。友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ。これなしには現実も崩壊する。従って政治も崩壊する」と言うが、この場合の「人間」は男性しか指さないわけで、いかにも古代ギリシアのようなホモソーシャルが目立つ。ヒトラーどうこうよりまず、私は女性を蔑視する姿勢に共感できない。


1.0 三島由紀夫『癩王のテラス』中公文庫

 君主制とオカルト
 1969年刊行の戯曲。カンボジアの慈悲深い王が主人公だが、とくに面白いところはない。ラストは王の「肉体」と「精神」が語り合うなどオカルトな展開になる。本当に慈悲深いなら身分制はなくした方が良いのではないか。


1.0 三島由紀夫『喜びの琴―附・美濃子』新潮社

 オカルトの肯定
 「喜びの琴」「美濃子」共に1964年に発表された戯曲。「喜びの琴」は警官や右翼・左翼活動家が出てくるが、未来のビジョンのない破壊衝動やテロ行為を讃えているので賛同できない。「美濃子」は愚連隊のリーダー豊が巫女の美濃子に惚れたことで改心するという話だが、神道を讃えているだけの宗教プロパガンダに思えた。二人が雷に打たれて死ぬと登場人物が「二人は今、神になった」と言うがそんな訳はなく、オカルトの類いだろう。
 

1.0 十返舎一九『現代語訳 東海道中膝栗毛』<上・下>、伊馬春部訳、岩波現代文庫

 何が面白いのか
 1802年刊行。弥次さん喜多さんという男二人が飲んでは女に惚れられるが、女の描き方が一辺倒で深みがなく、何が面白いのか全く分からない。弥治は妻が働いて得た金まで遊びに使い、服も食べ物もろくに与えないまま妻を死なせた(p164-165)というし酷い。訳者の後書きでは、この物語は金持ちの道楽息子の弥次が財産を使い果たし、同性愛の相手であった若衆・喜多と駆け落ちした話だというので、ホモ関係に興味の無い私にはそりゃあ理解できないと思った。


1.0 パトリック・デニス『メイムおばさん』上田公子訳、角川文庫

メイム叔母さん (1956年)

メイム叔母さん (1956年)

 なぜか売れた
 1955年刊行された小説。身寄りを無くした少年が変わり者の叔母に引き取られる話で、戦後米国でそこそこ売れたようだが面白くない。全体的に日本人の下男イトウを差別口調に描いているのも嫌である。引き取ったイギリスの戦争孤児達にイトウが苛められ、古い奴隷部屋に彼をつなぎ足を三カ所骨折させられた(p352)というが犯罪だろう。


0.5 サン=テグジュペリ星の王子さま内藤濯訳、岩波書店

星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

 私には分からなくていい
 1943年に発表された小説だが、女性キャラが全く出てこないので楽しくない。まるで人生における大事な登場人物は男だけだと言いたげである。また全体的に、大人より子供の方が良いという反動的な筆致で、どこに共感すれば良いのか私には分からなかった。
 ところで、サン=テグジュペリは「私のふるさとは、私の子供時代である」と言ったというし(p136、あとがき)、訳者も「〔この小説は〕かつての童心に生きている大人でなくては、歯が立ちようのないたぐいです」(p138)と言っているので、つまり裏を返すと童心に生きていない人はこの小説の良さを分からなくていいということである。


0.5 三島由紀夫「源氏供養」

(イメージ無し)
 気分が悪くなる
 1962年発表の戯曲。紫式部を思わせる「野添紫」という女性作家の霊が登場人物に批判されるだけの内容で、何が面白いのか全く分からない。武家社会に影響を受けた三島が公家文化の小説(源氏物語など)と相容れないのは分かるが、野添紫の霊がとくに反論も出来ないまま消えて、登場人物に「彼女の文学もこの程度だよ」と総括されるなどフェアではないし気分が悪くなる。

2017年に読んだ研究書・伝記・ルポなど

10点満点。
引用文における〔〕は筆者注。


10.0 富永健一『近代化の理論 近代化における西洋と東洋』講談社学術文庫

近代化の理論 (講談社学術文庫)

近代化の理論 (講談社学術文庫)

 近代化は西洋化ではない
 社会学の泰斗、富永健一の名著で、近代化の歴史や仕組みがまとまっている。「近代化」と聞くと、日本が西洋化してしまった悲劇だと嘆く人や右翼もいるかもしれないが、近代化と西洋化とは別物である。東洋は東洋で、古代→中世→近世と文明が発展し前進していったのは明白で、著者はそういう前進を近代化と言っているのである。だから、江戸時代の日本が明治政府に移行できたのも、いきなり西洋風に近代化したのではなく、日本社会が既に独自に近代化をしていたからに他ならない。近代化を嘆く右翼は筋違いなのだ。
 また、29章のポストモダン批判は必見である。私も現代思想にかぶれていたときはポストモダンという言葉を使ってしまっていたが、ポストモダンなどまだ世界には訪れていないことがわかる。ポストモダンとはモダン(近代)が終わったことを意味するが、世界の経済状況(資本主義)・家族形態・恋愛や結婚に至るまで、近代のやり方や価値観がそのまま今も続いているのは明らかである。また、民主主義や自由などの近代的価値観は相変わらず重要であり、近代をいたずらに批判するのは無益どころか有害である。そういうのが日本浪漫派(保田與重郎)などの思想(アンチ西洋)と結び付くと、ただの右翼になる。


10.0 ノースロップ・フライ『批評の解剖』海老根宏、中村健二、出淵博、山内久明訳、叢書・ウニベルシタス

批評の解剖 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

批評の解剖 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

 文学を語るには文学を読むのが第一である
 文芸批評をしたい人には必読とされるノースロップ・フライ(1912-1991)の主著。フライは言う、「文芸批評家がまず第一になすべきことは、文学を読み、その領域を帰納的に概観し、ただその領域についての知識からのみ批評原理を形作るようにすることである。批評原理は、神学や哲学や自然科学や、あるいはこれらを組み合わせたものから出来合いの形で安直に取り入れることはできない」(p11)。つまり、いくら科学や社会学や哲学に詳しかろうが、文学を語るにはまず文学をたくさん読むしかないのである。また、フライは文学における価値判断も厳しく批判する。例えば、シェイクスピアはジョン・ウェブスター(英国の劇作家)より偉大かどうか、などと考えるのは文芸批評と何の関係もない。もちろん、純文学よりケータイ小説のほうが偉いかどうかという優劣も批評とは関係なく、ケータイ小説でも面白ければ批評に値するのである。フライの姿勢は学問をする上でもっともだと思った。その後も文学作品は喜劇・ロマンス・悲劇・アイロニーに分類され分析されるが、ここは現在のジャンル論に直接影響を与えているので重要であるし面白い。
 ただ、英語詩の分析ではウィリアム・ブレイクやT.S.エリオットの詩を英語で読めないとよく分からないだろうし、私もよく分かっていない。よく分からない箇所があるのに10点を付けても良いのかと思うが、一応つける。


9.5 吉岡栄一『文芸時評ー現状と本当は恐いその歴史』彩流社

文芸時評―現状と本当は恐いその歴史

文芸時評―現状と本当は恐いその歴史

 本音で批評しなくなったら終わり
 文芸時評の歴史をふり返ることで、「ホンネ批評」がルールだったはずの文壇が、いつのまにか「ホメ批評」や「ヨイショ批評」が中心になったさまを暴き出している。詳しく言うと、1969年に石川淳朝日新聞の時評を担当するようになってからホメ批評が中心になったという。昔は良かったというわけではないが、ムラ社会のなかでもいいものはいいと褒め、駄作は駄作としてきっちりと欠点を指摘していた明治の文壇は、ホメ批評中心の現代より健康的である。「交友関係や情実などにとらわれるようなことがあってはならず、つまり周囲の事情の如何に不拘、自分の善しと信じ、悪しと信じるところのものを遠慮なく真直ぐ言う」と宣言した佐藤春夫には非常に共感した。ホンネで批評しなくなったら終わりだろう。


9.5 小谷野敦『日本売春史ー遊行女婦からソープランドまで』新潮選書

日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)

日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)

 小谷野の主著
 比較文学者、小谷野敦(1962-)の主著。売春をめぐる世の言説は極端で、売春をとにかく廃止しろという人もいれば、自由な性愛は素晴らしいとして江戸の遊女を「聖なるもの」として賛美する人もいる。しかし、売春を廃止するとレイプや性犯罪が増える危険があるし、女にモテない男は一生セックスできないまま死ぬことになる(モテる男は女とすぐセックスできるので売春がなくなっても痛くも痒くもない)。一方で、江戸や吉原で働かされていた風俗嬢はかわいそうなほど過酷であり、性病で早死にする例も多く、遊女を神格化したり美化するのは酷いことなのである。小谷野は学問では価値判断は避けるべきだとしながらも、「売春は合法化し、しかるべき規制によって性病の広まりを抑えるのが現実的な方向性だと思う」とあとがきで述べている。詳細な筆致なので読みづらさを感じるかもしれないが、今でも吉原のソープランドで非合法の売春が公然と行われている現代に訴えかけるものがある。


9.5 小谷野敦『日本恋愛思想史 記紀万葉から現代まで』中公新書

 川端康成の日本と三島由紀夫の日本は全然違う
 私が本や映画の恋愛描写を語る上で参考にしている本である。日本文化における恋愛の歴史で最も重要なのは、「公家的な、男が恋することを美ととらえる感性から、むしろ古代ギリシア的な、女性蔑視的で、女に一方的に恋する事を醜いととらえる感性への転換である」(p51)という。例えば平安時代源氏物語では、光源氏など男の主人公達がひたすら女に恋をする話であるのに、近松門左衛門など近世の武家文化に書かれた作品は、色男が女に惚れられるばかりで、男は自分から恋するのは恥だと思っているのである。ここに日本の歴史の断絶がある。だから一見すると、川端康成三島由紀夫も同じ日本的な・伝統主義的な作家だと思ってしまうが、実際は、川端は公家文化・三島は武家文化の影響を受けており全然違うのである。
 また、戦後の純愛教育で、まるで人間は誰でも恋愛が出来るように教えこまれ、90年代になっても例えば宮台真司のように誰でも努力すればモテるかのように言った論客はいるが、実際そんなことはありえないという主張は切実で面白い。どんなに個人が努力してもダメなものはダメである。それと合わせて売春論も展開されるが、売春防止法が制定された当時は誰でも25歳くらいまでには結婚するということが前提だったのであり、今の時代に即していない(p210)とするのはもっともな話だと思った。
 ただ、一部の知識人の認識である「恋愛輸入品説」や「恋愛は西欧二十世紀の発明説」を小谷野が批判していく様は専門的で、一般読者には読みづらいかもしれない。


9.5 古田博司『東アジア・イデオロギーを超えて』新書館

東アジア・イデオロギーを超えて

東アジア・イデオロギーを超えて

 必読の東アジア論
 東アジア諸国が一つにまとまれないのは、中国で生まれた「中華思想」という概念(自分たちが世界の中心であるという考え)をそれぞれの国が分有しているためだと論じられる。国同士が仲良く出来ない理由は、間違っても日本だけのせいではないのだ。また、ベトナムは地理的に中国に近く文明が入ってきたので、文明が遅れているカンボジアラオスを蔑視している(p47)というのも興味深い。著者は自分の立場を左派だとしているが、しかし反日を持ち出す中国や韓国の姿勢は支持していないし、自国のナショナリズムを批判するのに他国(中・韓)のナショナリズムを批判しない日本の左派を批判するのでまともである。
 ところで北朝鮮に関する章では、金正日政権がカルト宗教のように国民を洗脳するさまが詳しく分析されるが、北朝鮮がおかしいのは当たり前なのだからそこまで詳しくしなくてもと思い退屈だった。


9.5 新井潤美『階級にとりつかれた人々 英国ミドル・クラスの生活と意見』中公新書

 階級を勉強する意義
 比較文学者である新井潤美の初の著作である。米国と違い英国は階級社会で、英国の階級にまつわる物語やギャグ・コメディは米国人にもそのままでは理解できないというのは驚いた。また、階級がアッパー・クラス(上流階級)、ミドル・クラス(中産階級)、ワーキング・クラス(労働者階級)に分かれるというのは知っていたが、とくに英国ではミドル・クラスの中でも上下に分かれており(アッパー・ミドル・クラスとロウアー・ミドル・クラス)、その階級の違いを意識することが英国作品を理解する上での助けになるということも勉強になった。いつの世でもそうだと思うが、上流階級は成り上がりが嫌いなもので、アッパー・クラスは道徳的なミドル・クラスを馬鹿にするが、ワーキング・クラスの無骨な振る舞いは賛美する。これはきっと、ワーキング・クラスほど下の階級なら自分を脅かさない、という心理が働くからだろう。アッパー・クラスの若者の間ではワーキング・クラスの言葉が流行る、ということも無関係ではない(p182)。
 読者の中には、何でわざわざ階級を勉強しなくてはいけないのかと思う人もいるかもしれない。確かに日本でも見かけの階級はなくなった。しかしその代わりに、スクールカーストなどといった階層は今の日本にも存在しており、そういう息苦しいものはどうにかした方が良いのだから、階級を勉強する意味は失われていないと言える。


9.0 小野一光『震災風俗嬢』太田出版

震災風俗嬢

震災風俗嬢

 震災に関する本の傑作
 東北地方の沿岸部では大震災の津波により壊滅的な被害を受けたが、わずか二週間くらいで復旧した風俗店もあるというから驚きで、いかに人々に性産業が必要とされているかが分かる。デリヘル嬢が半壊した家に呼ばれて、半壊した家の二階で性行為をした話などがたくさんあり衝撃的である。またユキコという子持ちの主婦は、素人時代の彼氏の命令でアナルファックをするためにアナルを拡張しており、それが風俗店の面接で武器になったと言うし、自分が風俗に勤めているのを娘が知っているとも言う。震災の現実と風俗嬢の生活の記録、双方がありのままに描き出され混じり合い、傑作である。


9.0 羽入辰郎マックス・ヴェーバーの犯罪ー『倫理』論文における資料操作の詐術と「知的誠実性」の崩壊』ミネルヴァ書房

 個人崇拝の愚かさ
 著名なドイツの社会学マックス・ヴェーバー(1864-1920)の論文『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』におけるたくさんの矛盾や間違いを指摘し、かつヴェーバーを崇拝する学者がその間違いを認めないという姿勢も問題視する。事態は結構シリアスで、崇拝者の多い学者(この場合ヴェーバー)を若手学者が批判すると、干されたり虐められたりするという現実があるのだから酷いものである。個人崇拝をすることの愚かさや、学者とはどうあるべきか、学問にはどう望むべきかという誠実さを考えさせられる好著である。
 もっとも、著者はマックス・ヴェーバーの業績を全否定しているわけではない。


9.0 マックス・ガロ『イタリアか、死か―英雄ガリバルディの生涯』米川良夫・樋口裕一訳、中央公論社

イタリアか、死か―英雄ガリバルディの生涯

イタリアか、死か―英雄ガリバルディの生涯

 評価すべき英雄
 イタリアを統一した共和思想の英雄ジュゼッペ・ガリバルディ(1807-1882)の伝記であり、小説仕立てなので物語としても面白い。もっとも、ガリバルディは過激な思想を持っていた訳ではなく、ときには市民の暴動を鎮圧したこともあったが、大元の共和思想を守るためにはある程度仕方が無かったともいえる。またガリバルディは信仰を捨てた後は無信仰を貫き通していて、死ぬ間際になっても自分を火葬するようにと主張したことには感銘を受けた(キリスト教では火葬は禁忌である)。歴史にはガリバルディのように評価すべき英雄がいる、という骨太な視点は必要だろう。


9.0 窪田精『文学運動のなかでー戦後民主主義文学私記』光和堂

文学運動のなかで―戦後民主主義文学私記 (1978年)

文学運動のなかで―戦後民主主義文学私記 (1978年)

 作家達の歴史
 戦後すぐ、プロレタリア系の作家を中心にしてで来た「新日本文学会」が、時代とともに変化していく様を内側から記録したものである。窪田は日本共産党員だがイデオロギーの偏りは感じられず、民主主義とは何かというテーマを素直に扱っており非常に面白い。のちに会の実権を握った大西巨人花田清輝が横暴になり、採算の目処が立たないのに機関誌を増刷するなど内部での不和が容赦なく描かれる。また、野間宏は家に人を通すとき庶民的な部屋と豪勢な書斎とを使い分けたというが、人々の見栄やイヤらしさも垣間見えて興味深い。


9.0 小谷野敦『なぜ悪人を殺してはいけないのかー反時代的考察』新曜社

なぜ悪人を殺してはいけないのか―反時代的考察

なぜ悪人を殺してはいけないのか―反時代的考察

 死刑の意義
 序盤では死刑の存在意義が論じられる。「世に、まったく改悛の情を見せない凶悪犯罪者がいる以上、死刑制度は残すべきである」(p42)という著者の主張はシンプルだが、死刑廃止論者の主張を一つ一つ論破していくスタンスに裏打ちされているので説得力がある。死刑廃止論者は死刑は残酷だと言うが、終身刑を始めとして他の刑罰もみな残酷であるのだから、死刑だけやめる理由にはならないとジョン・スチュアート・ミルの言葉を引用する(p22)。欧州では死刑は廃止されているから日本も廃止すべきだ、という主張に対しては、「死刑を廃止したヨーロッパ諸国は、キリスト教国である。キリスト教ならば、「ローマ人への手紙」にある「復讐するは我にあり」つまり人が人に復讐すべきではなく、神の手に委ねるべきだという思想があり、死後、人々は神の国へ行き、最後の審判によって悪人は裁かれる、という「信仰」がある」(20p)と、そもそも文化の違いを見落としていることを指摘する。もちろんここでは、欧米がやったから日本も真似するべきだという姿勢も批判されねばならない。何でも欧米の真似をした方がいいと考える人は、では欧米が海外に植民地をもったから日本も植民地をもった方がいいと考えるのだろうか?また、死刑廃止論者は治安のいい高級住宅街に住むのではなく、「率先して、出所してきた凶悪犯罪者の近所に住んだらどうか」(p29-30)と提案するのも偽善を突いていて面白い。
 その他、共和思想や天皇制について分かりやすく語られており参考になった。


9.0 校條剛『ザ・流行作家』講談社

ザ・流行作家

ザ・流行作家

 作家の執念
 流行作家だった笹沢佐保(1930-2002)と川上宗薫(1924-1984)の生涯を、担当編集者だった校條剛の目からまとめた伝記で、二人とも生き様が破天荒で面白く、作家の執念を感じる。流行作家とは著者によれば「雑誌あるいは新聞に描いて原稿料で稼ぐ(自転車操業的)な作家」を指すが、現代では作家は書籍で稼ぐのが一般的なのでもう滅びている。笹沢佐保は時代小説や推理小説を主に書いたが、ホテルに缶詰になると10日も15日も1~2時間寝るだけでひたすら執筆するので、顔色はどす黒く目は真っ赤になり、鬼の形相になるという。また川上宗薫は官能作家で、官能小説を書くためにどんなに器量の悪い女とでも寝たというが、晩年に重い病気で入院した時、死ぬかも知れないのに女子大生を病室に呼んでセックスをしたというエピソードは衝撃的である(ただイかなかったようだ)。
 ところで、「ダメ出しをしたあとに、編集者の想像を上回る直しが出来る新人は、急速に大物になっていく」(p102)というのは核心を突いており胸が痛くなる。


8.5 高山文彦『孤児たちの城 ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人』新潮社

孤児たちの城―ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人

孤児たちの城―ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人

 ユートピアの失敗を記録した貴重な文献
 どうも知識人の中には、13人の孤児を引き取ったジョセフィン・ベーカー(ダンサー、女優)のことを人道主義者・聖人のように持ち上げたい人がいるようだが、それぞれ人種の違う13人の子供を一度に城で生活させるというユートピア的な実験はこれを読めば失敗していたことが分かる。ジョセフィンは来日した時2人の子供を引き取ったが、二人とも日本人であるより片方が韓国人である方が人種の融和という理想に近づくと思ったので片方を韓国人として二十歳まで育てていたというのは恐ろしく(p43)、人権を無視している。また、ジョセフィンは同性愛的傾向のある養子のアキオにベッドで性の喜びを教えた疑惑があったり(p205)、城の子供部屋に嵌めきりの窓をとりつけて観光客に観光料をとったり(p248)、ゴリラをペットにしたが人間に危害を加えそうになったので彼女の指示で射殺したり(p186-187)と衝撃的な話題に事欠かない。ユートピアの失敗を記録した貴重な文献で壮絶だ。


8.5 ノースロップ・フライ『よい批評家ー文芸批評の平均律法』渡辺美智子訳、八潮出版社

よい批評家―文芸批評の平均率法 (1980年)

よい批評家―文芸批評の平均率法 (1980年)

 批評には多読と共感が必要
 1961年にフライが行った講義をもとにした本。第一章では、人に考えを伝えるのには正しい言葉遣いが大事であることが強調され、「語は考えの容器である。語が見つかるまで考えは完全には存在しない」(p26-27)と言い切る。第三章では、批評について大事なのは、知識の集積とその続行、つまり読書や勉強をし続けることだと説かれ、シンプルだがもっともである。またフライが良いのは、批評には共感が大事だと言うことを忘れないところである。「文学を読む大衆の代表として、作家に共感し、学識のある人を、批評家という名称で呼びたい」(p96)というところもそうだし、以下も長くなるが引用する。
 「批評の基本的姿勢は、文学作品に対して私的な感情を持ち込まない反応をすることである」(p122)。しかし、「同時にこのようなつきはなした反応は、本来批評の目的ではない。どうしても巻き込まれ、引っ張り込まれるし、意見も出てくる、理想も言いたくなる。そして習慣的想像的態度、こうだときめてかかる自分の意見というものがでてくる。そして当然のことながら、自分の意見とか理想などが巧みに表現されている文学を、われわれは好きなのである。(略)もし客観的で審美眼的反応だけをもつようにしたら、文学鑑賞を正しくしていないことになる」(p122-123)。


8.5 大塚ひかり『「ブス論」で読む源氏物語講談社+α文庫

 源氏物語は凄い
 古典エッセイストの大塚ひかりが、源氏物語の登場人物を顔や体格で分類して人間を語り尽くす異例の書だが、大塚が分類をしていって思うのは、そもそも登場人物達にさまざまな容姿を設定した紫式部がすごいということである。容姿により人間にカーストが出来るのはいつの世も同じなのであるが、そのテーマすら紫式部はきちんと抑えていたのだ。また、源氏物語にはブスな女が沢山出てくるが、源氏物語以降その傾向は見られず女は美人が多い。これは、釈迦とは長身で美しい顔をしているものだとする仏教思想が広まったことと符合するという指摘は面白かった。


8.5 大塚ひかり源氏物語 愛の渇き』KKベストセラーズ

 武士の台頭と女の地位の低下
 源氏物語が書かれた時代は母系社会から父系社会に変わる過渡期であり、武士の台頭により女の立場が弱くなっていくことが、物語の女達の悲劇的な末路と符合する、というのはなるほどと思った。そして、その父系社会的な道徳観が裏目に出た男・薫は権威主義で偽善者で一番嫌いだ(p234)という主張にも繋がるが、大塚の人間を見抜く洞察力には驚かされる。
 ただ一方で、登場人物の切り口は『「ブス論」で読む源氏物語』の方が容赦なくて面白いと思った。


8.5 小谷野敦斎藤貴男栗原裕一郎禁煙ファシズムと戦う』ベスト新書

禁煙ファシズムと戦う (ベスト新書)

禁煙ファシズムと戦う (ベスト新書)

 差別したい心理
 昨今の禁煙運動は禁煙者差別であり、特定の集団を差別したいという心理が暴走しているとして、三人の著者がそれぞれ禁煙運動の矛盾を突いていく。小谷野の言い分は明快で、この世には体に悪いものなどいくらでもあり(自動車、過重労働、酒、ファーストフードなど)、車など排気ガスをまき散らして人もはねる。「車になるべく乗るのはやめましょう」というキャンペーンなど行われないのに(車会社が日本経済の中心でメディアのスポンサーになっているからだろう)、喫煙者が狙い撃ちにされているという実態を指摘する。また「ヒステリックな嫌煙家というのは、どうも元は喫煙者だったものが多い」(p91)というが、確かに小池百合子も元喫煙者である。一方で斎藤貴男は煙草を吸わないジャーナリストである。健康のために何かを予防していくとなると、ケガの原因となるスポーツ・目を悪くする読書、人間のありとあらゆる営みを制限することができ、何のために生きているのか分からなくなると主張する。また、禁煙運動は高所得者低所得者や肉体労働者を制限する構図になっていることや、受動喫煙の害の証明が疑わしいことなどが冷静に書いてある。
 もっとも、三人の著者で共通しているのは、ファシズム的なやり方でなければ煙草がなくなることを否定している訳ではない、ということである。あくまでその禁煙運動のやり方が恐ろしいと言っているのである。ただそれにはこのストレス社会をどうにかした方がいいし、煙草に代わるストレス発散方を教えてくれと喫煙者は言うだろう。


8.5 小谷野敦禁煙ファシズムと断固戦う!』ベスト新書

禁煙ファシズムと断固戦う! (ベスト新書)

禁煙ファシズムと断固戦う! (ベスト新書)

 小谷野は保守主義とは一線を画す
 『禁煙ファシズムと戦う』の続編で、禁煙運動への鋭い反論も引き続き行われるが、小谷野が大学のキャンパスや町中で喫煙していたときのエピソードや法廷闘争の記録などが書かれており、その場に居合わせた嫌煙家や注意してくるが法的に逮捕できない警官との会話など面白いエッセイとして読める。
 ところで、著者は「煙草は文化だから守れ」という主張はダメで、「合法であるから喫煙は権利として擁護される」(p193)べきだとしている。文化だから守れということになると、遊郭も纏足も家父長制も一夫多妻制も守ることになるからだ。伝統だから守れ、というような保守主義者とは一線を画すからこそ私は小谷野が信用できるのである。


8.5 キティ・ケリー『ヒズ・ウェイ』柴田京子訳、文藝春秋

ヒズ・ウェイ

ヒズ・ウェイ

 悪事を描ききった労作
 酔って発砲し市民を怪我させる、窓ガラスに女を突き飛ばし流血させる、ファンの老人を子分に殴らせる、当時妻だった女優のミア・ファローが映画(『ローズマリーの赤ちゃん』)に出演できないように全身を殴ってあざを作る、そのくせマフィアには媚びる…。世界中にファンがいる一人のスター、フランク・シナトラが行い、ひた隠しにしてきた悪事を膨大な資料とインタビューによって容赦なく描ききった労作で、崇拝されている人物の本性を暴くことは必要であると実感させられた。もっとも、この労力をもっと尊敬できる人物に費やせば良かったのに、とも思ってしまうが。


8.5 玉井次郎『ソープランドでボーイをしていました』彩図社

ソープランドでボーイをしていました

ソープランドでボーイをしていました

 風俗の必要性
 東日本大震災で家計に窮し、妻子に隠して吉原で働くことにした著者のルポルタージュソープランドでは厳しい縦社会に耐えねばならず、休みもほとんどなく、先輩の虐めに遭うのも印象的である。だが一番印象的なのは、要介護者のお客さんを車椅子ごとプレイ部屋まで運ぶと、彼は三発抜いて喜んでいたというエピソードで、感動的ですらある。モテる男は風俗など無くても女性とセックスができるが、モテない男(障害者など特にそうだろう)にとって性欲を発散する貴重な場所なのだ。また吉原のソープランドは全て違法だが、自治体も目をつむっており、茶番のような保健所の立ち入りの様が描かれて滑稽である。
 ところで、ボーイと風俗嬢は原則交流が禁止されているので、女性の登場人物の存在感が薄いのは物足りなく思った。


8.5 新井潤美『不機嫌なメアリー・ポピンズ』平凡社新書

 勉強になる
 階級を通して英国の小説や映画を読み解いていく新井の評論集で、彼女の『階級にとりつかれた人々』を読んでから取り組むと理解が深まっていいだろう。ところで英国は、政治の政策に賛成か反対かといった世論調査をするとき、男女・世代別の他に階級別(正確には職種・収入別)で出すというのは驚いた。


8.0 新井潤美パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』岩波新書

 上流階級と結び付く体育会系
 英国民の中でパブリック・スクール(英国の私立エリート校)に在学したことのある人間の割合は非常に少ないにもかかわらず、パブリック・スクールが英国民に大きな影響を与えたことを検証する。パブリック・スクールではスポーツを重視する一方、時代遅れのラテン語の授業が長く存続するなど、実はパブリック・スクールでは学問を軽視していた。なぜかというと、元々英国のアッパー・クラス(上流階級)は女性はおろか男性にも教育の必要性を認めておらず、「シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の筋書きさえ知らない」ような、「教育の欠如」を誇っていたからである(p130)。私は体育会系は嫌いだが、体育会系は上流階級とも結び付いていることを知り腑に落ちた。他にも、学校内での虐めや体罰が語られるが、パブリック・スクールのしつけとして行われる鞭打ちは、キリスト教の苦行が元になっているなど興味深かった(p5-6)。


8.0 新井潤美『へそ曲がりの大英帝国平凡社新書

へそ曲がりの大英帝国 (平凡社新書)

へそ曲がりの大英帝国 (平凡社新書)

 階級の調和という偽善
 アッパー・クラスにとって田舎は階級社会の理想像である。典型的な村にはまず大地主(村の権力者)がいて、その周りに村の牧師・医師・学校の教師といった「知的職業者」がおり、その下に小規模の農場主や小売業者などの人々がいて、さらに労働者がいる。「村では、あらゆる階級の人々が、美しい調和の中で暮らして」おり、「それぞれの階級が自分の居場所を持っていて、それに満足しており、自分に与えられた役割をこなしている。しかし、同時に、村の住民であるという認識によって一体となり、村の運営には互いに協力しあう」(p153)。これが階級社会の理想像であるというが、自分に出過ぎたことをしてはいけない階級社会の息苦しさが伝わってくる。アッパー・クラスが郊外や都市を馬鹿にするのはこのためだが、私には都市の生活のほうが絶対に良い。ちなみに、「使用人を一人でも置くことがミドル・クラス(ロウアー・ミドルを含む)の必須条件」(p131)とあるので、使用人がいない家庭はすべて中産階級ではない。私を含めて日本人のほとんどは中産階級以下なのだ。


8.0 秋山虔源氏物語岩波新書

源氏物語 (岩波新書 青版 667)

源氏物語 (岩波新書 青版 667)

 古びていない
 源氏物語研究の第一人者である秋山虔が1968年に発表したものだが、女の階級に着目した視点が良いし、充実していて古びていない。しかし考えてみれば当たり前で、今から1000年も前の小説に対する研究が、この50年で飛躍的に進化することは考えにくい。源氏物語のことは50年前でもよく分からないのだから、今でもよく分からないのは自然なことである。源氏物語への理解を深めたい人が読む基本書。


8.0 ジョン・バーンズ『エビータ』牛島信明訳、新潮文庫

エビータ (新潮文庫)

エビータ (新潮文庫)

 手厳しい筆致だが面白い
 アルゼンチン共和国の大統領フアン・ペロンの妻エバ・ペロン(通称エビータ)の伝記で、米国人の著者の筆致は時折手厳しく彼女のことが嫌いなのではないかと思わせるが、やはりエビータが下手くそな芝居女優から大統領夫人にまで上り詰めるまでの話は面白い。また、政治で権力をふるい独裁的だったとよく批判されるが、しかしエビータは女性の地位向上のために闘い(p185)、貧民のために医療機関などを建設する(p191)など社会貢献はしている。ファシズム共産主義だったわけでもない。共和国の政治家だから擁護すると言うわけではないが、ペロン夫妻の政治の評価が待たれるところだろう。


8.0 石井光太津波の墓標』徳間書店

津波の墓標

津波の墓標

 『遺体』より断然面白い
 乳児を背負う女が火事場泥棒をしていたり、高校生が金庫をこじ開けようとしたり、被災者同士が交通事故で喧嘩したり、避難生活の鬱憤を晴らすように子供たちの虐めが酷くなったりと、人間を美化せず記録している。個人的に、仮設トイレに血便をしたのが恥ずかしくペーパーで血便を包み林に捨てに行った女性の話が印象に残った。同じ著者の『遺体 震災、津波の果てに』より断然面白い。


8.0 小谷野敦『面白いほど詰め込める勉強法 究極の文系脳を作る』幻冬舎新書

 雑多だが参考になる
 まるで受験の勉強法を教えてくれるようなタイトルだが違う(タイトルは小谷野ではなく出版社が考えたという)。この本では、小谷野の読書体験や作家の著作年譜のまとめ方・買った本を忘れないようにメモする「読書ノート」の書き方の伝授など本好きには有用で、「読書ノート」は少し形式は違うが私は真似している。巻末附録の「知の年表」(戦後の主要な人文科学系の研究書の一覧)も参考になる。小谷野の話題は次々に飛び移るが、ブックガイド系の新書とはそういうものだと思えばいいだろう。著者のエッセンスである言葉をいくつか抜粋しておく。
 「本を読む、とくに文学作品を読むということは、ときに権威との戦いとなる」が、「単に権威への畏れを知らず、「なーんだ難しくってわからないや」と放り出す、あまり頭のよくない読者とは別である。ある外国の作家が、一読して面白くなくても、信頼している人がいいと言ったらもう一度読んでみると言っていたが、これは至言であろう」(p42)
 「呉智英が言っているように、吉本〔隆明〕は難解で分かりにくい書き方をしたため、「ありがたみ」が生まれて崇拝者が叢生したということになるのだが、だいたい、崇拝者を生む人というのは、難解な書き方、しかも、不必要に難解な書き方をする人が少なくない。」また、自伝というものは「都合のいいことしか書いてない」ので、「客観的で冷静な、あるいは時には冷酷な「伝記」を編纂すべきだろう。」(p144)
 「ところで近頃は「育メン」とかで育児する父親が増えているようだが、果して育児をしつつ知的に生活することは出来るだろうか。育児をして作家として大成した曾根綾子のような人はいるが、学問の世界では今のところ、微妙なラインだと言える。育児をした女性学者の業績で、「大成」と言えるかどうか疑わしい例はあるが、大きな仕事をした女性学者は、おおむね子供はない。」(p227)


8.0 小谷野敦私小説のすすめ』平凡社新書

私小説のすすめ (平凡社新書)

私小説のすすめ (平凡社新書)

 私小説は誰でも書ける
 批評家の大塚英志は、虚構の物語は訓練すれば誰でも書けると言うが、小谷野にするとそれは間違いである。虚構の物語を考えるにはやはりどうしても才能がいるであり、本当に誰にでも書けるのは私小説なのだという。また、虚構のファンタジーやSFは人に見せないと意味がないが、私小説は世間に発表しなくても書くことだけでカタルシスを得られるから良い(p181)というのはなるほどと思った。ところで私小説批判者には、人をモデルにするとその人を傷つけるからよくないという人がいるが、そんなことを言い出すと『源氏物語』も『若きウェルテルの悩み』もヘンリー・ミラーも同時代人のモデルがいる。二十歳で夭折したラディケの『肉体の悪魔』は長く虚構小説だと思われていたが、実は私小説だったことがあとになって分かったと言う。モデルにプライヴァシーで訴えられたら…という心配も、よほど小説が売れない限り自らわざわざモデルが名乗り上げてくるわけは無い。その他、日本の批評家が私小説を批判していた歴史がまとめてある。


7.5 清水好子紫式部岩波新書評伝選

紫式部 (岩波新書)

紫式部 (岩波新書)

 紫式部研究の古典
 紫式部の残した歌や日記をもとに彼女の人間像を描き出そうとした、紫式部研究の古典である。紫式部は漢学者の娘なのだが、女でありながら漢学に詳しいというので仕事場で虐められた時期があり、夫を早くに亡くしたのは「漢学に通じていて罰が当たった」と思われていたなど泣ける。また、紫式部が女房務めをしていた頃、后の彰子が皇子を出産した際、男達が皇子の性別ばかりを気にする中、まず彰子の安産を書いているなど女を想うところは胸を打つ(p174)。源氏物語に興味がある人は必読。


7.5 リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子<増補新装版>』紀伊國屋書店

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 まあ分かりやすい
 遺伝子というのは利己的で、自分のことしか考えていないという有名な主張がなされた生物学者リチャード・ドーキンス(1941-)の本。例えば二頭の動物が喧嘩をするときに相手を殺さないのは、相手のことを思いやっているからではなく、相手を殺す自分の体力が惜しいのはもちろん、自分が殺されたくないからである。ただ一方で、動物への考察がどこまで人間に当てはまるかという問題はある。もちろん、人間にとっても遺伝は重要で、例えば統合失調症などの精神病に人がかかるかどうかは遺伝が大きく関わっているが、科学の業績が文学や漫画に直接関わりがあるなどと過剰に思う必要はないだろう。その他、進化論の業績を簡潔にまとめてあり参考になった。


7.5 小谷野敦『本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝』新潮新書

本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)

本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)

 ブックガイド
 私はこの本は『『こころ』は本当に名作か――正直者の名作案内』 (新潮社、2009年)に連なる小谷野のブックガイドとして捉えている。私はこういう教養に裏打ちされた挑発行為が好きなのである。各人物の評の後に伝記が示されているのもいい。ただ説明不十分で誉めているのか貶しているのかよく分からない項もあるから、その場合は小谷野の別の著書を読むのを薦めたい。


7.0 安達正勝『物語フランス革命中公新書

 入門書
 平易な語り口なのでフランス革命の入門書として良いが、それほど重要だとは思えない登場人物も色々出てくるので読みづらい気もする。どうせ入門書を書くのならもっと主人公を絞って紙片を減らしてもよかったかもしれない。


7.0 北野圭介『ハリウッド100年史講義・夢の工場から夢の王国へ』平凡社新書

ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ (平凡社新書)

ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ (平凡社新書)

 まとまってる
 映画史の本は細かすぎたりマイナーすぎたりして読みづらいものが多いが、これは良い。エジソンの相棒ディクソンがキネトスコープを作った時代から、現代までを簡潔にまとめており、ハリウッドの歴史の概要を掴みたい人には最適だろう。後ろには参考文献リストも示されており説得力がある。


7.0 ジャン・カナヴァジオ『セルバンテス』円子千代訳、叢書・ウニベルシタス

セルバンテス (叢書・ウニベルシタス)

セルバンテス (叢書・ウニベルシタス)

 損は無いが読みづらい
 『ドン・キホーテ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの伝記で、小谷野敦は本書を「現在日本語で読める中では最も精細なセルバンテスの伝記である」としている。戦争で捕虜になったり投獄されたりと波瀾万丈であるが、細部が詳しすぎるし文体も読みづらく思った。ただまあ読書が好きな人がセルバンテスの伝記を読んで損をすることはない。


7.0 親鸞歎異抄岩波文庫

歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

 ほとんど無宗教に思える
 親鸞の仏教書。彼は今世の利益を一切求めないので、親鸞はほとんど無宗教なのではないかと思えてしまう。ただ、それなら宗教など信じなければいいのだから、無宗教の私は本書を読んで感動することはなかった。一読には値するが。


7.0 梅原猛全訳注『歎異抄講談社文芸文庫

歎異抄 (講談社学術文庫)

歎異抄 (講談社学術文庫)

 入門
 岩波文庫と同じ『歎異抄』だが、詳細な注釈と80ページ近い解説があるのでこちらから読むのもいい。親鸞というと結婚あり肉食ありだが、やりたい放題横暴にしていたのではなく、妻帯してからもずっと真面目だったようである。


7.0 リチャード・ドーキンス『神は妄想である 宗教との決別』垂水雄二訳、早川書房

神は妄想である―宗教との決別

神は妄想である―宗教との決別

 宗教に関心のある人が読むべき
 科学者として、一人の人間として、著者が宗教を徹底的に批判する本である。無神論者と不可知論者の違いなどは勉強になったが(不可知論者は神の存在自体を否定しないぶん、宗教の肩を持っている)、本書は一神教を信じている人が読むと有効な本であり、そもそも無宗教の私が読んでも感動するほどではなかった。また、批判されている宗教はあくまで一神教であり、仏教やギリシア神話など多神教には言及されておらず物足りない。一神教ほどではなくても多神教も有害なのだ。ところで、日本の神風特攻隊は宗教とは関係ない熱狂だという風に書いているが(p448-449)、そこには「天皇崇拝」という明らかな神道の狂信的な面があるので間違っていると思う。


7.0 小谷野敦『退屈論』河出文庫

退屈論 (河出文庫)

退屈論 (河出文庫)

 まだ共感できない
 「『遊びが大切だ』とか『快楽を肯定せよ』とか言われると、もうごく単純な疑問が湧いてくる、ということなのである。それはつまり、『飽きないか』」(p12)という冒頭には掴まれる。また、小谷野は何の本で読んだか忘れたというが、恐らく昭和初期の農村で、一日農作業を終えた老婆が日暮れ時、田の畦に座り込み、「ああ、えらかった」と言いながら陰部に手を差し入れてオナニーに耽っていた、という話は面白い。
 ただ、どういう結論になるのか不明瞭なまま話題が次々に飛び移るので、とくに読者を選びそうな本である。また小谷野は、本当に恐ろしい退屈は大人になってから訪れるというが、私はまだ本当に恐ろしい退屈に直面していないので共感しかねた。


6.5 山本淳子『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』朝日出版社

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

 平易だが物足りない
 小説『源氏物語』が執筆された一条天皇の時代が語られるが、紫式部は同時代人を小説の登場人物のモデルにしたと推測できて楽しい。また『源氏物語』ではよく登場人物が出家をするが、それは仏教に惹かれたというよりも、人生に絶望した心の自殺である(p94)というのはなるほどと思った。平易なのでこの時代の貴族の雰囲気を知るには良い。
 しかし個人的には時代の盛衰(公家文化の衰退と武家文化の勃興)を意識している大塚ひかりの著作のほうが好きなので物足りなさも感じる。


6.0 ボブ・トマス『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版』玉置悦子・能登路雅子訳、講談社、2010年

ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版

ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版

 英国びいき
 ウォルト・ディズニー(1901-1966)の伝記。1924年、ウォルトは23歳でディズニー・ブラザーズ・スタジオを設立したときから作画をアブ・アイワークスなどに任せており、ウォルト本人はほとんど絵を描かなくなったというのには驚いた(p100)。また、ウォルトは何本も英国で劇映画を撮影しているなど英国びいきで(p327)、ディズニーで君主制(王制)がやたらと出てくるのはこのためかもしれないと思った。共和国である米国人が君主国に憧れるのはよくあることだが、ウォルトは自分のことを「なさけ深い君主の最後の生き残り」だとも言ったことがあるらしく(p245)、さすがにここには狂気を感じる。ところで、ウォルトはいつも色々考えすぎていて毎晩寝付きが悪かったらしく、寝付きの悪い私はそこは共感した。


6.0 蓮實重彦『ハリウッド映画史講義 翳りの歴史のために』筑摩書房

 わざと読みづらい文章
 この本は、オーソドックスな映画史に反発するために書かれており、わざとマイナーな人物や蓮實が好きな人物を取り上げたりしているから、蓮實に惑わされずに普通のハリウッドの歴史を学ぶのが大事である(北野圭介『ハリウッド100年史講義・夢の工場から夢の王国へ』が分かりやすい)。それにしても、歴史的事実を記述する本なのに、語尾が「だろう」と推測の形を多用しまくっている意味が分からない。わざと読みづらい文章にしていて腹が立ってしまう。


6.0 阿満利麿『親鸞からの手紙』ちくま学芸文庫

親鸞からの手紙 (ちくま学芸文庫)

親鸞からの手紙 (ちくま学芸文庫)

 息子との絶縁は面白い
 現存する親鸞の手紙四二通を現代語訳と解説でまとめたもので、息子と絶縁したときの親鸞の動揺などは面白いが、基本的には親鸞に興味がある人向けである。


6.0 アラン・ジェイ・ラーナー『ミュージカル物語 オッフェンバックから「キャッツ」まで』千葉文夫・星優子・梅本淳子訳、筑摩書房

ミュージカル物語―オッフェンバックから『キャッツ』まで

ミュージカル物語―オッフェンバックから『キャッツ』まで

 参考にはなる
 「マイ・フェア・レディ」などのミュージカルの台本で知られるアラン・ジェイ・ラーナーが、著名な作曲家・作詞家の生い立ちを書いたり、ミュージカルの成り立ちをオペラから簡潔に説明した本で、私がブログでミュージカル映画の感想を言う上で参考になった。ただ、著者は「ゲルマン民族の本性には、ほとんど反キリスト的な遺伝子がそなわっていたかのようにも思われる」(25p)と全編通してドイツを批判しているのがくどく、また「英国社会こそもっとも文明的だと私は言いたい」(26p)とも言っているが、王制が存続し階級社会もはっきりしていて生まれによって差別される英国が「もっとも文明的」だとは思えない。


6.0 チャールズ・ハイアム『オードリー・ヘップバーン 映画に燃えた華麗な人生』柴田京子訳、近代映画社

オードリー・ヘプバーン―映画に燃えた華麗な人生

オードリー・ヘプバーン―映画に燃えた華麗な人生

 興味深いエピソードもあるがインパクトはない
 ハリウッド女優オードリー・ヘプバーン(1929-1993)の伝記。母はオランダ貴族、父はヒトラーに傾倒したイギリスのブルジョワで銀行の常務取締役でもあった(p7)。幼少の頃はぽっちゃりしていて同級生から虐められたらしいので(p11)、後年ずっと痩せていたことと関係があるのかも知れない。また、自分を美人に撮れないと思った撮影監督を解雇させたり(p206)、『マイ・フェア・レディ』の撮影中スタッフやキャスト全員が自分の視野に入らないよう命令を下すなど(p223)、横暴な面も描かれている。まあしかし、幼少の頃の戦争体験を除くと波瀾万丈の人生と言うほどのインパクトは無いので6点に留めた。


5.0 中島隆信『お寺の経済学』東洋経済

お寺の経済学

お寺の経済学

 僧侶批判として読む分にはいい
 僧侶が儲けるシステムを色々と暴露しているのでまあ面白いし、ショーエンK『「坊主まるもうけ」のカラクリ』(ダイヤモンド社)よりも数段詳しいが、著者は仏教に好意的なので無宗教の私には共感できない主張も多い。「学校や幼稚園を兼業すれば、まだ俗世間の色に染まっていない子供たちに仏教の教えの素晴らしさを伝えることが出来る。将来の信者を増やすという意味でも効果的であるし、宗教に裏打ちされた倫理教育を子供に施すことで学校教育の価値をより高めることもできる」(p144)と布教する意欲満々である。もっとも、著者の息子は脳性麻痺で車椅子生活をしているらしいので、彼が宗教にすがる気持も分からなくはないが。


5.0 日向一雅『源氏物語の世界』岩波新書

源氏物語の世界 (岩波新書)

源氏物語の世界 (岩波新書)

 まとまっているだけ
 一応まとまっているが、独自の視点はないし、先行する研究書を踏まえるとあまり新しい発見はないように思った。秋山虔源氏物語』(岩波新書)を読めば良いのではないか。


5.0 河添房江『源氏物語と東アジア世界』NHKブックス

源氏物語と東アジア世界 (NHKブックス)

源氏物語と東アジア世界 (NHKブックス)

 詳しすぎてついていけない
 894年の遣唐使の廃止から日本は唐の影響から脱していき国風文化が成立したが、依然として日本には唐物が渡来しており文化に影響を与えていた、というのはなるほどと思った。ただ、唐物一つ一つを分析していくのは詳しすぎてついて行けなかったし、また文化的ジェンダーがどうこう、とジェンダー論を展開していくが抽象的すぎて何を論じているのかよく分からなかった。


5.0 木谷佳楠『アメリカ映画とキリスト教 120年の関係史』キリスト新聞社

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

 宗教を押しつける筆致は残念
 米国映画とキリスト教の関係を映画黎明期から追っている。エリア・カザン赤狩りの対象となった背景には、ギリシャ系移民という彼の出自が関係しており(p72)、カザンばかりを悪者にするのはおかしい、というのはなるほどと思った。しかし、著者は実際にキリスト教の伝道師で、宗教を読者に押しつける筆致になることがある。「絶えず変化しつづける現代の映画というメディアに代表される大衆文化と、それを受容する我々の間において、時を超越して生きて働かれる神がどこに立ち、我々に語りかけているのか、ということを模索する」必要があるとか言っている(そんな必要はない)。神学部に入学した理由は「神の不思議な御手による導きがあったとしか思えない」とカルト的で恐い(そんな導きなど存在しない)。また木谷は後書きで佐藤優に感謝したり、佐藤優が本書を推薦したりとそれも嫌である。


5.0 新井恵美子『美空ひばりふたたび』北辰堂出版社

美空ひばりふたたび

美空ひばりふたたび

 拍子抜け
 横浜の魚屋に生まれた美空ひばり(1937-1989)は、幼少の頃から抜群の歌唱力を発揮し、1947年にNHKののど自慢素人音楽会に出演したが、審査員の丸山鉄雄に「ゲテモノ趣味である」「奇形児である」「大人の真似をさせる如きは児童虐待である」(p64)と批判され、またサトウハチローに『東京タイムズ』(昭和25年11月23日)で「吐きたくなった。(略)可愛らしさとか、あどけなさがまるでないんだから怪物、バケモノのたぐいだ。あれをやらしてトクトクとしている親のことを思うと寒気がする。あれをかけて興行している奴のことを思うと張り倒したくなる」(p89-90)とバッシングされたりと、当時の音楽業界では美空ひばりが全く受け入れられていないことに驚いた。あとは小林旭との結婚が破綻した様子や、山口組組長の田岡一雄との関わりなどが描かれ、まあつまらなくはないけど美空ひばりの人生には波瀾万丈な愛憎劇があるわけではなく拍子抜けした。伝記は愛憎劇があるほうが面白い。
 ちなみに著者はひばりの父について「最後まで身元に愛人を置いておくほど男気のある人だった」(p156)と書いているが、なぜそれが男気になるのか不明である。


5.0 ボブ・トマス『アステア ザ・ダンサー』武市好古訳、新潮社

アステア―ザ・ダンサー

アステア―ザ・ダンサー

 スターだが面白い人生ではない
 ミュージカル映画に革命を起こしたダンサー、フレッド・アステア(1899-87)の伝記で、『フレッド・アステア自伝』よりは面白い。が、ダンスに革命を起こしたわりに彼の人生には大事件などというものは起らず、退屈な印象を持った。スターだとはいえ面白い人生を歩んでいるとは限らないのだろう。
 ところで、映画『ブロードウェイのバークレー夫妻』を降板したはずのジュディ・ガーランドが突如スタジオに現われた話は面白い。代役のジンジャー・ロジャースはすぐさま楽屋に隠れたが、その後もガーランドは自分が演じるはずだった場面を勝手に演じ続け、監督チームにつまみ出される際に「くたばれ」とジンジャー・ロジャースを罵倒した、というから強烈である。


5.0 山本淳子『平安人の心で「源氏物語」を読む』朝日新聞出版社

平安人の心で「源氏物語」を読む (朝日選書)

平安人の心で「源氏物語」を読む (朝日選書)

 参考になるところもあるが
 『源氏物語』に出てくるシーンや描写を通して、平安時代の考え方や暮らしを一つ一つ取り上げており、「人妻の不倫が激しく罰せられるのは武家社会に入って以後のこと(父の財産を子が相続する制度では、妻が婚外子を生むと家系が乱れ、実に不利益となったから)」など勉強になるものもあるが、話題が雑多であり些末すぎる見出しもある。
 ところで巻末の方で、修道女の渡辺和子の「置かれたところで咲きなさい」、「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」という言葉を引用し(p247)、「人とは何か。それは、時代や運命や世間という「世(現実)」に縛られた「身」である」(p248)と著者は語っているが、これは「人間は出過ぎた真似をしてはならない」というように、人間の自主性や自由を批判しているように読めるから嫌である。別に、置かれてないところで咲いていいのである。


5.0 加藤幹郎『映画館と観客の文化史』中公新書

映画館と観客の文化史 (中公新書)

映画館と観客の文化史 (中公新書)

 マニアックすぎる
 映画館の上映形態の歴史を、国内外含めて調べており、またパークシアターやDVD・インターネット視聴・飛行機内の視聴まで分析しているが、詳しすぎてマニア向けになっている。また、「今日、インターネットによるポルノ動画配信時代にポルノ映画館が残存している最大の理由は、そこがもはやポルノ映画を見るための場所ではなくなっているという逆説においてであ」り、そこは「もっぱら男性同性愛者たちが遭遇し交流するための場所として積極的に機能している」(p280)というが、もう今ではポルノ映画館はほとんど残存していない(新橋文化劇場も2014年に閉館した)から論理が破綻しているし、なんだか無理に同性愛を絡めて映画館の意義を語っているように思える。ゲイに興味の無い私には、映画館の存亡など関係ないことなのかもしれない。


4.0 フィリス・ローズ『ジャズ・クレオパトラ パリのジョセフィン・ベーカー』野中邦子訳、平凡社

ジャズ・クレオパトラ―パリのジョゼフィン・ベーカー (20世紀メモリアル)

ジャズ・クレオパトラ―パリのジョゼフィン・ベーカー (20世紀メモリアル)

 『孤児たちの城』の方を読むべき
 フランスに渡った米国の黒人ダンサー・女優のジョセフィン・ベーカーの伝記で、記述は詳しいが、出典や引用元がちゃんと書かれていないのは気になる。1920年代当時のフランスでは黒人はまだ珍しくジョセフィンはモテたのだが、白人とデートするときは「白人にたいする復讐の一例」で「(白人の)男の祖先がジョセフィンの祖先にしたことのお返しだ」としてデート相手の男の金をひったくったと言うが、逆差別ではないか。また、第二次世界大戦中にファシズムと戦った黒人女性ということでフランスから勲章を貰うが、黒人だったから貰えたんじゃないかと思う。
 ところでジョセフィンが戦後来日した際に養子にしたアキオの母は韓国人だとあるが、これは日本人の間違いである。ジョセフィンは色々な人種の養子を育てている人道主義者として自分をアピールするため、養子の出自に対して嘘をついたことで知られる。このことは高山文彦『孤児たちの城 ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人』で詳述されるが、ジョセフィンが13人の養子をひきとり夢の国を作ろうと思ったものの上手くいかなかった様子は壮絶であり、ジョセフィン・ベーカーはこちらの事件で記憶されるべきではないか。


4.0 猪俣良樹『黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー 狂乱の1920年代、パリ』青土社

黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー―狂瀾の1920年代、パリ

黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー―狂瀾の1920年代、パリ

 伝記にはなっていない
 ジョセフィン・ベーカーを書きたいのか1920年代のパリを書きたいのか判然としない。彼女が 後年13人の孤児を引き取ったこともあまり触れられていない。
 まあただ、バナナの原産国は東南アジアでそこからインド、マダガスカルを経てアラビア商人に渡り、アフリカの象牙と交換するために世界初のプランテーションを作ったという歴史は勉強になった(p65-66)。また、ヨーロッパ人が本国及び植民地として支配する地域は1914年には地球全表面の84.4%に達しており、その当時はフランスが英国に次いで世界第2位の植民地帝国だったという(p76)。伝記にはなっていないが知識はつく。


4.0 ポール・D・ジンマーマン『マルクス兄弟のおかしな世界』中原弓彦永井淳訳、晶文社

マルクス兄弟のおかしな世界

マルクス兄弟のおかしな世界

 マルクス兄弟が好きな人向け
 喜劇役者マルクス兄弟の生い立ちと、彼らが出演した映画作品のデータなどが載っている。映画の中で一言も喋らない次男のハーポは、子供の頃ガキ大将に目を付けられ授業中に校舎の二階からたびたび突き落とされていて、ついに学校に行かなくなり、deadをdedと書くなど読み書きに問題のあるままだった(p84-85)というのは衝撃的だった。ただ、基本的にはマルクス兄弟が好きな人向けの本にとどまる。


4.0 石井光太『遺体 震災、津波の果てに』新潮社

遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

 津波の墓標』の方がいい
 東日本大震災のルポで、私が漫画(『学芸員の女』)を描く上では一応参考になったが、著者の宗教的な筆致が濃く共感できなかった。死体を土葬するのは可哀想だから火葬してあげたいなどと言うが、人間は死んだら終わりなのだから可哀想も何もない。また、著者は遺体の横で笑い話をするのは遺体に敬意を払っていないとも言うが、笑い話をして何がいけないのか。死体にはなにか特別な意味がある、と考えてしまうのは前近代的で、私にはオカルトにしか思えない。石井光太の震災ルポはこちらではなく『津波の墓標』(徳間書店)の方が断然面白い。


3.5 山平重樹『実録神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界』双葉社

実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界 (双葉文庫)

実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界 (双葉文庫)

 ヤクザは廃れていい
 山口組三代目組長の田岡一雄が立ち上げた芸能事務所「神戸芸能社」を記録した本。どうして山口組が芸能人と仲が良かったかというと、「ギャラの払いもよければ、トラブルもな」く興行をするなど(p93)、他のヤクザとは違い芸能人を大事に扱ったからだという。また、スターのボディガードとしてヤクザが芸能人の周りに突くことも多かったというのでなるほどと思った。その他写真が多くあり、美空ひばり高倉健江利チエミ夫妻が田岡と一緒に写真に写っている。
 しかし基本的に著者はヤクザを批判するスタンスではなく、途中途中ヤクザの抗争や笑い話のエピソードが挟まるが、ヤクザ嫌いの私としては面白がることは出来なかった。時代は変わったのであり、ヤクザは廃れていいのだ。


3.0 村松友視『裕さんの女房 もうひとりの石原裕次郎青志社

裕さんの女房―もうひとりの石原裕次郎

裕さんの女房―もうひとりの石原裕次郎

 モテ男向け
 元女優の北原三枝が夫の石原裕次郎を愛する気持ちは興味深いが、著者が北原三枝との対談で裕次郎の浮気を擁護するのは腑に落ちない。裕次郎が朝帰りしたとき、「こういう話になると、ついご主人の味方をしてしまう……これは私なりの保身のクセですけど(笑)」(p228)と言うが、こういう気持はモテる男にしか分からないのだろう。また北原三枝は、裕次郎が亡くなった年、あの世でも夫婦の契りを結び合うために総持寺で安名血盟式をし戒名を貰ったというが、私にはオカルトにしか思えない。


3.0 多木浩二『絵で見るフランス革命ーイメージの政治学岩波新書

絵で見るフランス革命―イメージの政治学 (岩波新書)

絵で見るフランス革命―イメージの政治学 (岩波新書)

 フランス革命の絵の資料
 フランス革命期に残された絵画やカリカチュアを収拾した本で、そういうのが見たい人にはまあいいが、「当時の社会や思想状況について新しい視点を提供してくれる」と銘打つわりに何が新しいのかよくわからない。絵の中にある「顕在化してはいない意味伝達の回路」(227p)を読み解くことを「イメージの政治学」と呼ぶことにするというが、絵の中に顕在化されていない意味があるのは当り前だし、わざわざ格好つけた名前を作らなくてもいいと思う。もちろん、当時描かれた絵やイメージが革命に寄与した面もあると思うが、美術評論家である著者は美術の貢献を過大評価しすぎている気がする。革命を支えたのはまず共和思想だろう。


3.0 ジンジャー・ロジャースジンジャー・ロジャース自伝』渡瀬ひとみ訳、キネマ旬報社

ジンジャー・ロジャース自伝

ジンジャー・ロジャース自伝

 オカルト的な語り口
 1930年代のミュージカル映画フレッド・アステアの相手役として知られる女優ジンジャー・ロジャース(1911-1995)の自伝。ただ、筆致がオカルト的で、母親の影響でクリスチャン・サイエンスという新興宗教を信奉することになり、体のイボがお祈りを捧げることで治った、というエピソードなどが色々出てくるが、全て偶然にしか過ぎない。終盤では神への感謝と、友達自慢や共和党の政治家(ニクソンなど)との交流自慢になってきてこれも面白くない。
 ただ、真珠湾攻撃の前日にイサム・ノグチに自分の胸像を彫って貰ったのだが、そのイサム・ノグチ強制収容所に収容されることを知り驚いたというエピソードは良かった(233p)。


2.5 瀬川裕司『「サウンド・オブ・ミュージック」の秘密』平凡社新書

 感情移入した方がいい
 映画評論家の瀬川が、すべての映画の中で一番好きだという『サウンド・オブ・ミュージック』を分析するが、民話から読み解いたり、椅子や小道具の効果についてまで書くなど詳しすぎてついていけない。ところで、「職業柄、映画を観るときには登場人物に感情移入をせず、客観的な分析をおこなう習慣を身につけている」(p75)というが、映画評論家とはそういうものなのだろうか。感情移入をせずに映画を観るという姿勢に全く共感できない。ノースロップ・フライは『よい批評家』で「文学を読む大衆の代表として、作家に共感し、学識のある人を、批評家という名称で呼びたい」(p96)と言っている。


2.0 藤えりか『なぜメリル・ストリープはトランプに噛みつき、オリバー・ストーンは期待するのか ハリウッドからアメリカが見える』幻冬舎新書

 平凡なリベラルの視点
 平凡なリベラルの視点から、反トランプ・反ヒトラー・反黒人差別などいかにも優等生的な意見が引きだされるだけで、たいしたことは言っていない。ディズニーは「1991年の『美女と野獣』でディズニー長編アニメ初の女性脚本家を起用した」(p111)というのは知れてよかった。


2.0 ジェームズ・キャグニージェームズ・キャグニー自伝』山田宏一訳、早川書房

ジェームズ・キャグニー自伝

ジェームズ・キャグニー自伝

 ハイウェイ建設に反対しながらドライブを楽しむ
 ハリウッドスター、ジェームズ・キャグニー(1899-86)の自伝で、1931年の映画『民衆の敵』の撮影では当時まだ空砲が開発されて折らず実弾を用いて撮影していた、など衝撃的な事実は載っている。しかし、あとはキャグニーの若い頃の喧嘩自慢だったり、キリスト教徒として自然破壊を嘆いたりと共感できない。しかも驚くべきことに、キャグニーはハイウェイ建設に反対しながら、「車で旅をして、車でとおりすぎるそれぞれの州が独自の美しさをもっていることに気がついた」とドライブを肯定しており完全に論理が破綻している(p260-261)。自然保護を叫ぶなら車から降りることだ。


2.0 フレッド・アステアフレッド・アステア自伝』篠儀直子訳、青土社

フレッド・アステア自伝 Steps in Time

フレッド・アステア自伝 Steps in Time

 当り障りのない自伝
 ミュージカルスターであるフレッド・アステアの自伝だが、ボブ・トーマス『アステア ザ・ダンサー』があるので別に真新しいことも書いていない。文章が紳士的すぎて、当り障りがない印象しかない。また、英国の皇太子は「その時代で最も輝いていた人だった」(153p)と王族への尊敬の意を示すが、私は身分制(君主制)に反対なので共感できない。


2.0 シャーリー・マクレーン『マイ・ラッキー・スターズ』岩瀬孝雄訳

マイ・ラッキー・スターズ―わがハリウッド人生の共演者たち

マイ・ラッキー・スターズ―わがハリウッド人生の共演者たち

 オカルト記述が目立つ
 女優シャーリー・マクレーンのハリウッドでの回想記だが、東洋的なスピリチュアルを賛美する記述が目立ちオカルトじみている。実際、彼女は何冊もオカルト本を執筆している。政治的にも左派を応援している立場だが、現代の目で見ると間違っていると思った。


2.0 河添房江『性と文化の源氏物語 書く女の誕生』筑摩書房

性と文化の源氏物語―書く女の誕生

性と文化の源氏物語―書く女の誕生

 無意味な議論
 現代思想だのジェンダーだのシニフィエシニフィアンだのをふまえようとした結果、些末なモチーフこだわりすぎており、また無意味な議論になっていて退屈だった。「〔従来の〕文学史観の有効性は疑うべくもないが、その一方で、今日つけ加えるべき視点があるとすれば、それは連続もしくは順接の史観に対する、不連続・逆接ともいうべき史観の発想ではないだろうか」(p13)というが、史観という発想自体が間違っている。歴史に目的など無いからである(史観という概念がそもそも間違っているということについてはカール・ポパー『歴史主義の貧困』を参照)。また、光源氏が少年と同性愛に不快陥らないことを著者は「残念」とも言っているが(p92)、なぜ残念なのかよく分からない。同性愛が描かれていれば作品として優れている、などということは無いのである。


2.0 石田瑞麿教行信証入門』講談社学術文庫

教行信証入門 (講談社学術文庫)

教行信証入門 (講談社学術文庫)

 理解できたところで…
 『教行信証』とは親鸞が書いた浄土真宗の教義を述べた書で、私は自分の漫画を描くために一応読んだが、入門とはいえ読みづらく、よく分からなかった。ただ、理解できたところで面白いとは私には思えそうにないが。


1.5 森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』講談社選書メチエ

宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)

宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)

 学問として疑わしい
 冒頭の宗教史はまあ普通だが、人民寺院やブランチ・ビリディアンなどの明らかなカルト集団をカルトと呼ばないように配慮し、また同情的な面すら見せているのでおかしい。人民寺院集団自殺について、「私には、死の直前に彼らの心に浮かんだのは、かつての人民寺院での生活、自由で安らかな、人種差別のない共同体での日々の思い出だったのではないかと思われてならない」(p163)というが、彼らが「自由で安らかな、人種差別のない共同体」だったとは到底思えずうさんくさい。価値判断が多く書かれており、学問としての客観性もない。


1.5 荒このみ『歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー』講談社

歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー

歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー

 都合の悪いところを描いていない
 著者はジョセフィンを「人道主義者であり理想主義者」とひいきするが、ジョセフィン・ベイカーの問題行動や孤児を引き取ったことの失敗はあまり語られないので伝記としての完成度は低い。ジョセフィン・ベーカーの本は既に何冊か出ているのだからわざわざ書く必要があったのか疑問である。


1.0 岩本憲児『光と影の世紀 映画史の風景』森話社

光と影の世紀―映画史の風景

光と影の世紀―映画史の風景

 インチキかつ左翼的
 話題が些末で散漫で、大げさに哲学用語を引用している。ポストモダンへの言及があるが(p36)、ポストモダンは相変わらず世界には訪れておらず学問的にインチキであることは富永健一『近代化の理論』(講談社学術文庫)にも書いてある。また、著者の恩師だという映画評論家の飯島正を受けてか、飯島と同じように左翼的な価値判断が多く、学問としての公平感がない。「第二次世界大戦後の日本人にとって、日本の現代史教育が不十分なままに来てしまったツケがいま問題化しているからである。とりわけ台湾や朝鮮半島への過去の弾圧的政策、日中戦争から大東亜戦争(太平洋戦争)へと至る戦争拡大の中で犯したアジア諸国への過ち、これらについて若い人々へ歴史教育が成されてこなかったことは、アジア諸国と日本との歴史認識の違いの大きな溝を作り上げてしまった」(p110)と言うが、東アジアがまとまらないのは日本の反省不足ではなくそれぞれの国が中華思想を分有しているためであるということが古田博司『東アジア・イデオロギーを超えて』(新書館)を読めば分かる。


1.0 ピート・ハミル『ザ・ヴォイス フランク・シナトラの人生』馬場啓一訳、日之出出版

ザ・ヴォイス―フランク・シナトラの人生

ザ・ヴォイス―フランク・シナトラの人生

 『ヒズ・ウェイ』を読むべき
 シナトラを格好良く描いて美化しており、彼に都合の悪い事件や暴力沙汰を隠している。伝記としての水準に達しておらず、シナトラを知りたいならキティ・ケリー『ヒズ・ウェイ』で充分である。

1.0 ショーエンK『「坊主まるもうけ」のカラクリ』ダイヤモンド社

「ぼうず丸もうけ」のカラクリ

「ぼうず丸もうけ」のカラクリ

 ショーエンKだあ?
 私が漫画(『学芸員の女』)を描くに当たり参考になればと読んだが、ページの余白が多くスカスカで、中島隆信『お寺の経済学』(東洋経済)より後に出たとは思えぬほどたいしたことは書いていない。本名も名乗る度胸もないのに、こんな本で儲けようとしていると思うと更に腹立たしい。


0.5 映画秘宝編集部『新世紀ミュージカル映画進化論』洋泉社

新世紀ミュージカル映画進化論 (映画秘宝セレクション)

新世紀ミュージカル映画進化論 (映画秘宝セレクション)

 知の後退
 基本的に『ラ・ラ・ランド』を誉めるだけの本で、反対意見は原田和典がデミアン・チャゼルのジャズの認識を批判しているくらいであり(それもジャズを愛していない私にはどうでもいい)、『ラ・ラ・ランド』がつまらない私には面白がるところがない。また、町山智浩を始めとして、どの執筆者も参考文献や出典を掲載しておらず、自説を展開するだけで学問的価値はない。この本を読んでミュージカル映画が進化しているとは思わないだろう。あと町山智浩の「~だよ」「~だよね」と読者に呼びかけてくる文体は気味が悪く思った。吉岡栄一『文芸時評ー現状と本当は恐いその歴史』が名著だと思う私としては、誉めるに値しない作品を寄ってたかって誉めている構図は知の後退であるとしか思えない。


0.5 飯島正『映画のあゆみ 世界映画史入門』泰流社

映画のあゆみ―世界映画史入門

映画のあゆみ―世界映画史入門

 過去の遺物
 1950年代当時の左翼視点による根拠のない決めつけの発言が多く、挙げればキリがない。「日本は、〔映画が〕二本立て、三本立ての好きな国」(p62)だというが、外国でももちろんあることは加藤幹郎『映画館と観客の文化史』(中公新書)などを読めば分かる。また、当時の著者は『市民ケーン』などの超有名な映画すらまだ見ていないので、現代では何の参考にもならない。

ミュージカル映画(398本)の点数順

1927~2017年までのミュージカル映画(398本)を点数順に並べました。
詳しい感想は以下のリンクからお願いします。

1927年-1944年のミュージカル映画(99本) - 大類浩平の感想
1945年-1959年のミュージカル映画(100本) - 大類浩平の感想
1960年-1989年のミュージカル映画(102本) - 大類浩平の感想
1990年-2017年のミュージカル映画(97本) - 大類浩平の感想




点数(10点満点)『映画タイトル』(制作年/制作国)監督名


10.0『ドリトル先生 不思議な旅』(1967/米)リチャード・フライシャー
10.0『リリー』(1953/米)チャールズ・ウォルターズ
9.5『カラミティ・ジェーン』(1953/米)デヴィッド・バトラー
9.5『マイ・フェア・レディ』(1964/米)ジョージ・キューカー
9.5『マイ・シスター・アイリーン』(1955/米)リチャード・クワイン
9.5『アラジン』(1992/米)ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ
9.0『雨に濡れた欲情』(1953/米)カーティス・バーンハート
9.0『メリー・ポピンズ』(1964/米)ロバート・スティーヴンスン
9.0『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995/印)K.S. ラヴィクマール
9.0『サウンド・オブ・ミュージック』(1965/米)ロバート・ワイズ

9.0『ノートルダムの鐘』(1996/米)トルースデール、ワイズ
9.0『オーケストラの少女』(1937/米)ヘンリー・コスター
8.5『若草の頃』(1944/米)ヴィンセント・ミネリ
8.5『輝く瞳』(1934/米)デイヴィッド・バトラー
8.5『ミモラ 心のままに』(1999/印)サンジャイ・リーラー・バンサーリー
8.5『フィニアスとファーブ/ザ・ムービー』(2011/米)ダン・ポベンマイヤー
8.5『ハッピー・フィート』(2006/豪・米)ジョージ・ミラー
8.5『美女と野獣』(1991/米)ゲーリー・トゥルースデイル、カーク・ワイズ
8.5『歌え!ロレッタ 愛のために』(1980/米)マイケル・アプテッド
8.5『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(1986/米)フランク・オズ

8.0『アヴェ・マリア』(1938/米)ノーマン・タウログ
8.0『踊る海賊』(1948/米)ヴィンセント・ミネリ
8.0『踊るニュウ・ヨーク』(1940/米)ノーマン・タウログ
8.0『水着の女王』(1949/米)エドワード・バゼル
8.0『ティム・バートンのコープス・ブライド』(2005/米)、ティム・バートン
8.0『スイング・ホテル』(1942/米)マーク・サンドリッチ
8.0『日本人のへそ』(1977/日)須川栄三
8.0『皇帝円舞曲』(1948/米)ビリー・ワイルダー
8.0『屋根の上のバイオリン弾き』(1971/米)ノーマン・ジュイソン
8.0『マイアミの月』(1941/米)ウォルター・ラング

8.0『會議は踊る』(1931/独)エリック・シャレル
8.0『フラッシュダンス』(1983/米)エイドリアン・ライン
8.0『ディセンダント』(2015/米)ケニー・オルテガ
8.0『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』(2014/英)スチュアート・マードック
8.0『アルナーチャラム 踊るスーパースター』(1997/印)スンダル・シー
8.0『塔の上のラプンツェル』(2010/米)グレノ、ハワード
8.0『プリンセスと魔法のキス』(2009/米)ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ
7.5『野ばら』(1957/独)マックス・ノイフェルト
7.5『今晩は愛して頂戴ナ』(1932/米)ルーベン・マムーリアン
7.5『我輩はカモである』(1933/米)レオ・マケアリー

7.5『ペンチャー・ワゴン』(1969/米)ジョシュア・ローガン
7.5『チャーリーとチョコレート工場』(2005/米)ティム・バートン
7.5『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977/米)ジョン・バダム
7.5『SING シング』(2016/米)ガース・ジェニングス
7.5『恋する水兵』(1938/米)エリオット・ニュージェント
7.0『恋愛準決勝戦』(1951/米)スタンリー・ドーネン
7.0『恋をしましょう』(1960/米)ジョージ・キューカー
7.0『恋の手ほどき』(1958/米)ヴィンセント・ミネリ
7.0『百万弗の人魚』(1952/米)マーヴィン・ルロイ
7.0『地上に降りた女神』(1947/米)アレクサンダー・ホール

7.0『晴れた日に永遠が見える』(1970/米)ヴィンセント・ミネリ
7.0『桑港』(1936/米)W.S.ヴァン・ダイク
7.0『空中レヴュー時代』(1933/米)ソーントン・フリーランド
7.0『ポパイ』(1980/米)ロバート・アルトマン
7.0『ブルー・スカイ』(1946/米)スチュアート・ヘイスラー
7.0『ひばり・チエミの弥次喜多道中』(1962/日)沢島忠
7.0『ダンシング・レディ』(1933/米)ロバート・Z・レナード
7.0『ダニー・ケイの新兵さん』(1943/米)エリオット・ニュージェント
7.0『コンチネンタル』(1934/米)マーク・サンドリッチ
7.0『ゴールド・ディガーズ』(1933/米)マーヴィン・ルロイ

7.0『ANNIE』(2014/米)ウィル・グラック
7.0『ハッピー・フィート2 踊るペンギンレスキュー隊』(2011/豪・米)ジョージ・ミラー


↓7点未満(同点は順不同)↓

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1990年-2017年のミュージカル映画(97本)

点数(10点満点)『映画タイトル』(制作年/制作国)監督名
(ほぼ全てネタバレをしているのでご了承ください。)

2.0『ディックトレイシー』(1990/米)ウォーレン・ベイティ

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 暗黒街に興味が出ない
 原作は同名のコミック。1930年代の米国の暗黒街が舞台だが、ギャングがそもそも魅力的だと私は思わないので彼らの犯罪行為を見ていても楽しくない。
 ギャングの女である歌姫(マドンナ)が、刑事ディックトレイシー(ウォーレン・ベイティ)に片思いをするのは『黒蜥蜴』を彷彿とさせるが、女が死んでしまうのは可哀想に思った。


8.5『美女と野獣』(1991/米)ゲーリー・トゥルースデイル、カーク・ワイズ

 美女と野獣』で一番面白い
 野獣と対面しても言葉で張り合えるベルの強さは格好いいし、野獣の片思いも面白い。終盤で巻き起こる、城に攻めてきた人間たちと家財道具との闘いは、ディズニーアニメの戦闘シーンの中でも特に面白いと思った。男に羽をむしられる女の箒もエロい。この映画は原作小説(ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ著)を楽しく脚色しているといえるし、1945年のフランス映画『美女と野獣』(ジャン・コクトー監督)や2017年の実写版より面白い。
 ところで、『美女と野獣』はディズニー長編アニメとして初めて女性脚本家を起用したことで知られる(藤えりか『なぜメリル・ストリープはトランプに噛みつき、オリバー・ストーンは期待するのか』幻冬舎新書、p111)。


9.5『アラジン』(1992/米)ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ

 ディズニーアニメの傑作
 下層の生れと王族の生れが上手く対比されており、身分制への問題提起がなされているなど結構深い。悪役ジェファーがアラジンのことを「素性卑しいペテン師」「ドブネズミ」と言うのは印象的である。また、ジャスミンは黒髪で頭が良いので、ディズニーのヒロインとしては私は一番好きである。終盤でも、アラジンを助けるためにジェファーに惚れたふりをするなど機転が利くし健気である。ディズニーアニメ最高峰の傑作だと思う。
 ただランプの精ジーニーのギャグは、ショウガールだのキャビンアテンダントだの時代背景を無視していて、笑えないし冷めてしまった。そこだけ減点。


1.5『ニュージーズ』(1992/米)ケニー・オルテガ

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 少年愛に興味がある人向け
 19世紀末のニューヨークで、新聞販売少年たちが戯れるホモソーシャルな映像が続き、開始20分まで主要な女性キャラが出てこない。私には少年愛の傾向が皆無なので入り込めない。主人公ジャックは不良少年で、かつ販売員仲間デイヴィッドの妹とすぐ相思相愛になるなど呆れてしまう。
 物語のラストでは、少年たちはストライキを成功させハッピーエンドになるが、むしろそれからの少年たちの生活が心配になる。多少賃金がアップしたくらいでは、彼らが貧しい階級から抜け出すことは難しいからである。


1.0『天使にラブ・ソングを…』(1992/米)エミール・アルドリーノ

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 人殺しのヤクザを許していいのか
 人殺しのヤクザに追われるウーピー・ゴールドバーグ修道院に身を隠したことをきっかけに、シスター達のあいだで保守的な宗教観とリベラルな宗教観が対立する話だが、そもそも宗教に興味が無い私にとっては無意味な対立である。終盤、シスターに感化されたウーピーがヤクザに「あなたを許します」というが、ヤクザに殺された人のことを考えたら許しちゃだめだろう。宗教における寛容の欺瞞である。


0.5『サラフィナ!』(1992/南アフリカ)ダレル・ジェームズ・ルート

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 白人を悪く描けば良いということではない
 同名の反アパルトヘイト・ミュージカルの映画化だが、黒人たちが神を賛美する歌を歌うばかりで無宗教の私には興味を惹かれない。「神が地上で初めて作った人間の肌の色は?何色か聖書には書いてないのよ」と歌うが、宗教を用いて差別を乗り越えようとするのには限界がある。
 また、警察が学校で生徒たちに発砲し多数の死者を出すなど、白人の悪さを強調するシーンがあるが、白人への無意味な憎悪をいたずらに煽っても新たな戦争が勃発するだけなので意味がないだろう。


4.0『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993/米)ヘンリー・セリック

 世界観を生かすプロットではない
 女の子サリーもかわいいし世界観も面白いが、それを生かすプロットではない。主人公ジャックとサリーのドラマや恋愛が出てくると期待したが、そういう描写はほとんど無く、登場人物達は怪物流のクリスマスを行うための準備ばかりしている。終盤で人間世界にやってくるのはジャックだけなのも物足りない。サリーも一緒に行けば二人の仲も深まるのに、そういうこともなく、それでいて最後はお互い結ばれるので制作側はちゃんと考えろと思った。


3.0『ヤジャマン 踊るマハラジャ2』(1993/印)R.V.ウダヤクマール

ヤジャマン 踊るマハラジャ2

ヤジャマン 踊るマハラジャ2

 生れが良いことに起因する余裕
 みんなに慕われる旦那様(=ヤジャマン)のラジニーカントと、悪党が対決する話で、ラジニーカントの妻が毒を盛られ殺されるなど陰惨な展開もあるが、人間に迫るような胸を打つシーンは少ない。生れの良いラジニーカントは「人格者だ」「人道主義者だ」と庶民に尊ばれているが、だったら生れで徹底的に差別されるカースト社会をどうにかしてほしい。自分の生れが良いことに起因する余裕が人道的に見えるだけだろう。
 ちなみに「踊るマハラジャ2」という副題だが、『ムトゥ 踊るマハラジャ』とは関係ない。しかも『ムトゥ』は『ヤジャマン』の2年後の映画(1995年製作)なので謎である。


2.0『ザッツ・エンターテイメント3』(1994/米)バド・フリージェン、マイケル・J・シェリダン

ザッツ・エンタテインメント PART 3 [DVD]

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 マニア向け
 『ザッツ・エンターテイメント2』(1976年)の続編で、マニア向け。


1.5『ライオン・キング』(1994/米)ロジャー・アラーズ、ロブ・ミンコフ

 シンバの成長が描かれていない
 私は身分制に反対なので、冒頭で動物たちが王のライオンに恭しく頭を下げているのがまず気味が悪いと思った。中盤で子ライオンのシンバは砂漠に追放されるが、ミアーキャットらに救出された後いつの間にか大人に成長しており、それまで砂漠をどう生き抜いたかというエピソードが省かれているのはおかしいし物語の魅力が半減している。


4.0『バーシャ!踊る夕陽のビッグ・ボス』(1994/印)スレーシュ・クリシュナ

バーシャ!?踊る夕陽のビッグボス?【字幕版】 [VHS]

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 警察官の弟との対立は面白い
 元「密輸王」ラジニーカントがヤクザをやっつける話だが、昔はラジニーカントも悪かったのであり、現在どれだけラジニーカントが心を入れ替えているのか不明瞭である。事実、ラジニーカントは自らの過去を盾に、妹を大学に入学させるなど不正行為をする。
 ただ、警察官になった弟と対立していく展開はドラマがあり面白かった。


1.5『ボンベイ』(1995/印)マニ・ラトナム

 では、無神論者は?
 宗教対立のむなしさを描いており、劇中の「宗教という名の狂気は捨てて」という歌詞だけ見れば賛同できる。しかし、描かれるのはヒンドゥーイスラームの対立・融和の問題であり、無神論者はどうなんだ、仲良くしなくていいのかという問題からは逃げている。
 あと、主人公の男が周囲の反対を押し切って女性との愛を誓うとき、彼女の腕を強引につかんで刃物で切り、自分の傷口と合わせる場面は気持が悪くてひいた。同意もなく女の腕を傷つけるという前近代的な蛮行は全く美しくなく、反省させた方が良い。


9.0『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995/印)K.S. ラヴィクマール

ムトゥ 踊るマハラジャ[DVD]

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 真面目なテーマと娯楽性が融合した傑作
 使用人には謝らないという大旦那が出てくるなど、身分制をめぐる真面目なテーマから逃げずに物語が作られていて、かつ曲やギャグ・カット割りに至るまで、観客を飽きさせない工夫が凝らされているので傑作である。また、掃き掃除をしていて両手がふさがっている男の足の甲を女が裸足でなでるなど、エロティックな場面でも興奮できる。
 ただ、実は使用人のムトゥは高貴な生まれだったというのは、『オリバー・トゥイスト』と同様可も不可も無いオチでガッカリした。


1.0『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(1996/米)ウディ・アレン

 群像劇の失敗作
 登場人物が多すぎてそれぞれの人物像が描けていないので、失敗作である。恋愛もすぐ相思相愛になってキスをしてセックスをしてお前ら何なんだ。何となくレトロな雰囲気であるのも寒い。


1.0『エビータ』(1996/米)アラン・パーカー

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 エビータを必要以上に悪く描いている
 アルゼンチンの大統領フアン・ペロンの妻エバ・ペロン(通称エビータ、役;マドンナ)を批判的に描いた伝記映画で、2時間ぶっ通しで「チェ」という狂言回しがエビータをディスるので観るのが辛い。もちろんエビータを個人崇拝する必要は無いが、映画では必要以上に彼女のことを悪く描いていると思う。私は彼女の伝記『エビータ』(ジョン・バーンズ著、新潮文庫)も読んだが、エビータは女性の地位向上のために闘い(同上、p185)、貧民のために医療機関などを建設する(同上、p191)など一応社会貢献はしているのである。伝記映画を作るのならイデオロギーに偏ることなく、客観的事実をふまえて誠意をもって製作してほしい。
 また、劇中で使われている曲はポップ・ミュージックにしてはキャッチーでもないし良さが分からなかった。


9.0『ノートルダムの鐘』(1996/米)トルースデール、ワイズ

 醜い主人公の片思いは泣ける
 原作小説(ユゴー著『ノートル=ダム・ド・パリ』)では詩人が主人公だが、映画では醜いカジモドが主人公になっていて見やすく、エンターテインメント性が増しており成功している。容姿による地位の違いやモテるモテないなど社会的な現実的がちゃんと落とし込まれていて、自己評価の低いカジモドがジプシー女エスメラルダに片思いをして夜な夜な想うシーンでは感動した。
 もっとも、宗教や教会の良心が描かれるのみで宗教の偽善には触れられず、政治権力者が一方的に悪者になっているのは幼稚ではあるが。


5.0『ジャイアント・ピーチ』(1996/米)ヘンリー・セリック

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 原作よりは面白い
 実写とアニメパートに別れる。少年と巨大化した虫たちとの友情が描かれるが、蜘蛛の女は捕食者であるためか他の虫たちからは嫌われているのは面白い。リアルな虫の関係性が生かされた設定になっている。原作小説(ロアルド・ダール『おばけ桃が行く』)より映画の方が面白い。
 しかし一方で、サメがやたらメカニックな造形をしているなど世界観が掴めない。虫の造形もなんだか奇抜なのに、最終的に彼らが人間生活に馴染んで社会的に成功するというオチも、ファンタジーとはいえ違和感がある。


2.0『アナスタシア』(1996/米)ブルース 、ゴールドマン

 『追想』(1956年)の方が面白い
 ディズニー長編アニメ。ロシア革命勃発時、アナスタシアは王族と離ればなれになり幼い頃の記憶を無くすが、少しずつ自分を取り戻していく話である。が、初めから観客はアナスタシアが王女であるというオチが分かっているのだから、もっとうまく面白く物語を引っ張らなければならない。王制への憧れや反動だけでなんとなく映画を作っただけに思える。私としては、リメイク元の『追想』(アナトール・リトヴァグ監督、1956年)の方が面白い。こちらでは、アナスタシア王女(役;イングリッド・バーグマン)が自らの貴族という身分を最終的に捨てるように読めるからである。
 ちなみに、皇帝ニコライ二世の一家七名は銃殺され、遺体は焼却されたので(土肥恒之『ロシア・ロマノフ王朝の大地』講談社学術文庫、p318)、アナスタシアのような少女が生き残っていると考えるのは空想である。


0.5『レズパラ』(1996/米)ジェフ・B・ハーモン

レズパラ [DVD]

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 不快なだけ
 レズとかゲイを扱うブラックな映画だが、宗教色や米国の田舎色が強くてギャグの元ネタが何なのかピンとこない。人間を描こうとせず、わざと趣味悪く下品に作られていて不快なだけである。こういうのはカウンターとは言わない。


8.0『アルナーチャラム 踊るスーパースター』(1997/印)スンダル・シー

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 恋愛描写以外は面白い
 序盤で、ラジニーカントと女が相思相愛になる展開は馬鹿馬鹿しいが、身分の違いや都市と田舎の対比などがしっかりと描かれていて引き込まれる。悪人に財産を横取りされる前に莫大な財産を使い切る、という展開もエンターテインメントとして面白い。終盤でラジニーカントが悪人と対決する前に吐く「言えば分かる奴もいれば 分からん奴もいる お前たちは後の方らしい」という台詞も格好良かった。


1.0『ブルース・ブラザース2000』(1998/米)ジョン・ランディス

 前作と変わらない
 前作の『ブルース・ブラザース』(1980年)同様、主人公がバンドを結成するためにかつてのメンバーを集めるという展開で捻りがない。牧師のジェームス・ブラウンの説教によって「神の声を理解した」と悟った警官が空を飛べるようになったり、「エル・ウッドのおかげで神に近づいた」と劇中で歌われるなどオカルト要素も引き続き多く共感できなかった。
 ただ個人的にエリカ・バドゥの歌は好きなので最低点は避けておく。


0.5『ジャンヌと素敵な男の子』(1998/仏)オリビエ・デュカステル 、ジャック・マルティノー

 ゴムを付けろ
 人々が誰彼構わずセックスしてエイズになる。主人公のジャンヌも「これは私の宿命」と勝手に悲しみに浸るが、ちゃんとコンドームをつければいいのであり、全く同情できない。ミュージカルに仕立てた意味も分からない。


8.5『ミモラ 心のままに』(1999/印)サンジャイ・リーラー・バンサーリー

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 オチが良ければ大傑作
 イタリア人とのハーフの男サミルとナンディニの許されぬ恋は、恋愛ものとして楽しめるし、家柄の問題など社会問題もしっかり絡んでいる。結局ナンディニは好きでもない男と結婚するが、サミルのことが忘れられず、彼を探しに夫とともにイタリアに旅立つ。その時の夫の複雑な感情や嫉妬心が巧みに表現されていて、息をのんだ。
 しかし、オチでは「献身こそが真の愛」という反動的なものに成り下がり、社会問題がすべて宙ぶらりんになったのでガッカリしたし、全体的にイタリア人(白人)を誇張して悪く描きすぎているのでそこもフェアでは無いと思った。オチが良ければ大傑作だったのだが。


2.0『恋の骨折り損』(1999/英・米)ケネス・ブラナー

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 よく分からない
 王や王に仕える貴族が、学問に専念するために女を絶つが、結局男達は女のことしか考えられないという様は、女性を人生において意味のあるものとして捉えていて女性嫌悪ではないから良い。ただ、物語はほとんど無いし登場人物が多く散漫なので、シェイクスピアの原作戯曲同様、何が言いたいのか分からない。


1.0『王様と私』(1999/米)リチャード・リッチ

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 なぜリメイクしたのか謎
 ワーナーブラザーズの長篇アニメ。タイの王様が、悪い王様ではなく良い王様になるように英国の家庭教師が諭していくが、王制そのものは批判されない。1956年版の『王様と私』とは違い、王は死なず家庭教師と結婚した風に読めるオチだが、ふたりの間にはそんなに恋愛描写も無いのでドラマも感じない。なぜリメイクしたのか謎である。


1.0『パダヤッパ いつでも俺はマジだぜ!』(1999/印)K.S.ラヴィクマール

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 前近代的な教訓がうるさい
 村の掟に従わなければ罰が当たる、死人が風を起こして書類の契約を邪魔する、私生児の男が悪者役であるなど、前近代的な価値観の肯定が強い。主人公のラジニーカントは一度に二人の美女に惚れられるのがムカつくし、エロい格好をした女にはズバズバ注意をするなどうるさい。曲の歌詞も、女性に対する教訓的なメッセージが多く退屈だった。


0.5『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000/デンマーク・独)ラス・フォン・トリアー

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 見所なし
 主人公のビョークは目が不自由だが、他人の「目が見えないのか」という問いかけに「見るべきものがある?」と答えるなど、生きる気力を序盤から無くしており感情移入できない。その後も、ビョークが重傷の人間にとどめを刺したりするのも意味不明だし、法廷で全く反論しないのもおかしい。結局ビョークは無実のまま死刑になるので、この映画には「死刑は酷い」という死刑反対の主張が込められているのだろうが、こんなケースを持ち出して死刑廃止を訴えるのは極論で、宅間守のように無実の人間を殺し一切反省しないような人間は死刑になってもやむを得ないのだ。見所が一切ない映画である。


4.0『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2001/米)ジョン・キャメロン・ミッチェル

 宗教への批判が足りない
 監督自身がゲイのミュージシャンを演じている。あまり美人には見えないが、本人もゲイなのでキャラクターの感情が生々しく引き込まれるところはある。
 ただ、主人公が東ドイツ出身という設定が必要だとは思えない。自分の片割れを探すという比喩のために「ベルリンの壁」という言葉を使っているが、なんとなく社会問題を取り入れただけなように思える。同性愛への差別に反抗する歌が歌われるが、その割に宗教用語を歌詞で肯定的に使っているのも腑に落ちない。同性愛はすべての宗教で迫害されているので、宗教への批判的視点がないとたいした問題提起にならないだろう。


1.0『プラハ!』(2001/チェコ)フィリプ・レンチ

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 簡単にセックスをしている
 1968年のプラハの春の時代が舞台で、わざとらしくレトロな雰囲気にしているが寒くなっている。登場人物達の恋愛も一目惚れによる相思相愛なだけで捻りがなく、簡単にセックスをしていて腹が立った。


0.5『ムーラン・ルージュ』(2001/米)バズ・ラーマン

 馬鹿にされている
 1900年ごろのパリが舞台なのに、画家のロートレックを始めとした登場人物が「サウンド・オブ・ミュージック」や現代のロック・ポップスを歌いまくるので馬鹿にされている気分になった。だったら舞台設定を現代にすればいいのに。映像がめまぐるしく展開するが物語を読ませる工夫はなく、ミュージックビデオを延々と見せられているだけであった。

0.5『サウスパーク 無修正映画版』(2001/米)トレイ・パーカー

 表現の自由の勘違い
 捻りもなく無駄に下品な言葉を使っているだけで、こういうのが表現の自由だと思ったら大間違いだろう。また宗教ネタが多く私にはどうでもいい。


4.0『8人の女たち』(2002/仏)フランソワ・オゾン

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 ミュージカルにする必要がない
 「八人の女」(ロベール・トマ著)という、ある殺人事件をめぐる戯曲をわりと忠実に映画化しているが、まずはとにかく、ミュージカルにする必要が全くなかったと言わねばならない。サスペンスの緊張感が登場人物の歌によっていちいち中断され空気をぶちこわしている。普通のサスペンス映画として作った方がよっぽど良かっただろう。
 もっとも、疑心暗鬼になった意地悪な女達の小競り合いがそんなに面白いか疑問だが。


4.0『STOMPの愛しの掃除機』(2002/米)リューク・クレスウェル 、スティーブ・マクニコラス

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 物語はちゃんとしている
 ライバル会社の掃除機の情報を知るためにスパイとして送り込まれた従業員が主人公で、わりと物語はちゃんとしているが、ライバル会社の美女と一目で惹かれるなど恋愛の展開は適当である。また、ライバル会社にしょうもないイタズラや嫌がらせを行ったり、酒の一気飲み大会になったりとレベルの低いやりとりが多かった。


1.5『クリビアにお任せ!』(2002/蘭)ピーター・クラマー

 タイプではない
 まず看護士クリビア役の女性がかなりおばさんで、ここで好き嫌いが分かれるのではないか。私はタイプではない顔だった。コメディ映画だがギャグも笑えなかった。
 ところで、ラストで「ようこそベアトリクス妃」と王族を歓迎するシーンが流れるのが不可解である。何らかの政治的な立場を表明していたのだろうか。


3.0『恋に唄えば♪』(2002/日)金子修介

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 優香への片思いは面白い
 間抜けな妖精の竹中直人が優香に片思いするのは面白いが、ダサいCGに相まってギャグがことごとく寒い。優香の彼氏である玉山鉄二が真相を隠して別れ話を切り出したりと、ストーリー展開にも違和感がある。


6.0『キャンプ!』(2003/米)トッド・グラフ

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 もっと面白く出来そうだが
 ブロードウェイを目指す若者たちのサマーキャンプが舞台で、登場人物の感情を丁寧に描写しているし、ミュージカル業界の裏側のどうしようもなさを美化せず描いている。
 ただ、主人公の男は本当は恋人がいるのに、すぐにブスな女とキスをしてその気にさせるなど酷い。さらにこの男は黒人の少女ともキスをするのだからムカつく。憎めない登場人物であれば、もっと面白いドラマになっていただけに残念。


0.5『歌う大捜査線』(2003/米)キース・ゴードン

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 陰鬱で楽しくない
 皮膚病によりグロテスクな見た目になった男が主人公で、『オール・ザット・ジャズ』のような陰鬱な雰囲気で楽しくない。奥さんが浮気して病気の夫を裏切るなど、「愛を裏切るのは女のほう」という女性蔑視の構図そのままで不愉快である。


5.0『巴里の恋愛協奏曲』(2003/仏)アラン・レネ

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 処女じゃなくても良いだろ
 夫は妻が処女の時に結婚したと信じているので、妻は夫を傷つけないように最初の夫の存在を隠している、というコメディ調の映画。だが、別に結婚してても処女じゃなくても良いではないか。私は処女だろうが処女じゃなかろうがどうでもいいので、この映画のテーマにそもそも共感できない。この夫は「女は最初に抱いた男の者だ」「その女には男の刻印が押されている」などと発言するが、気味が悪い。
 ただまあ、妻役のサビーヌ・アゼマは色気があるし、彼女が男達の求愛をかわしていく様は面白い。


6.0『オペラ座の怪人』(2004/米)ジョエル・シューマカー

 つまらなくはない
 つまらなくはないし、原作小説(ガストン・ルルー著)を読むよりは楽しめると思うが、ホラーっぽい演出が多く間延びしていて、人間模様がなかなか描かれないのが惜しい。あと、クリスティーヌ目線のシーンもあっていいのではないかと思った。


4.0『Ray/レイ』(2004/米)テイラー・ハックフォード

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 そんなに面白い人生かは疑問
 回想シーンなどを効果的に使い主人公の人間性を浮かび上がらせている。が、ドラッグに溺れ、女にモテモテで浮気をするレイ・チャールズの人生がそもそも面白いとは思えなかった。また、レイが人生の道を誤る度に母親の思い出がフラッシュバックされて彼は正気になるなど、マザコンの傾向が強い。もちろん、マザコンが即悪いと言うことでは無いが、大の大人になったレイ・チャールズが母親に「カモン・ベイビー」と呼ばれて腕に抱かれる空想のシーンは少々気味が悪かった。


1.0『五線譜のラブレター』(2004/米・英)アーウィン・ウィンクラー

 二度も映画化する人物か
 作曲家コール・ポーターの人生を、コール・ポーターの目の前で劇中劇のように見せるというメタフィクション的な映画で、演出家がキャラクターに指示を出すという構図は『ラ・マンチャの男』にも似ているが、回想シーンと現在とが何度も往復して気が散るので失敗作である。同じくポーターの伝記映画である『夜も昼も』(1946年)では彼がバイセクシャルであることが隠されていたが、こちらではちゃんと描かれている。しかし、だからといって私には興味が出ない人物だとしか言えない。二度も映画化するほどの人物だろうか。


1.0『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば』(2004/米)ケビン・スペイシー

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 思い出を好きにしていいのか
 50年代から60年代に活躍したエンターテイナー、ボビー・ダーリンの伝記映画だが、見ず知らずの少年がなぜか本人の過去を知っているというファンタジー要素がある。また、ボビーは「思い出は月光のようなもの 好きにしていい」と、まるで伝記作品では何をやってもいいように受け取れる発言をするが、思い出だとしても嘘をつかず誠実に向き合ったほうがいい。まあ、嘘だろうが本当だろうがこの映画に見どころはなかったが。


0.5『ニール・ヤング/グリーンデイル』(2004/米)ニール・ヤング

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 ニール・ヤングの曲を歌うだけ
 登場人物がニール・ヤングのアルバム『グリーンデイル』の曲を歌うが、それだけである。物語では、車にコカインとマリファナを大量に積んでいたジェドという男が衝動的に警官を射殺するが、観客はなぜかこのヤク中に同情するように仕向けられるので全く共感できない。ザ・フーのアルバムを映画化したケン・ラッセルの『トミー』の方がまだ面白い。


5.0『ヘンダーソン夫人の贈り物』(2005/英)スティーヴン・フリアーズ

 夫人独自の魅力が足りない
 70になるヘンダーソン夫人は、かつて自分の息子が戦争で死んだ。その際、息子は生身の女を知らぬままエロ写真を持って死んだので、これからの兵隊のためにとヌードレヴューを経営しようと思い立つという動機は面白い。ただ、結局のところヘンダーソン夫人は息子思いの母親であり、一人の人間としてのオリジナルの魅力は伝わってこなかった。また、ショウガールと兵隊の恋もすぐ相思相愛になり物足りず、戦争によって引き裂かれたところで「へえ」と思うだけで、ドラマを感じさせる演出が足りなかった。


1.5『オペレッタ狸御殿』(2005/日)鈴木清順

 昔のシリーズを踏襲しているだけ
 由紀さおりが歌う「びるぜんばばあ」という曲は笑ったが、基本的に昔の狸御殿シリーズを踏襲しているだけで退屈である。


0.5『RENT』(2005/米)クリス・コロンバス

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 ゴムをつけろ
 出てくる登場人物がみんなセックスによるエイズにかかっていて馬鹿馬鹿しく、ゴムをつけろと思った。ラストでエイズにより死線をさまよっているミミが、「柔らかな光の中を歩いていたらエンジェルに会った」と発言するなどオカルト的な世界観も強い。


7.5『チャーリーとチョコレート工場』(2005/米)ティム・バートン

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 チョコレート工場はこれ
 ジョニー・デップ演ずる工場主ワンカのバックグラウンドがしっかり描かれていたりと、原作小説(ロアルド・ダール著)や1971年版の映画(『夢のチョコレート工場』)よりもクオリティが高く面白いので、チョコレート工場はこれを見ればいい。



1.0『プロデューサーズ』(2005/米)スーザン・ストローマン

 ホモ映画
 1968年版(メル・ブルックス監督)同様つまらない。とりあえずナチスを出せばブラックユーモアになるという短絡的な思考が寒い。この映画には外見がオッサンのゲイがたくさん出てくる一方で、女性が軽視され女優にほとんど出番がない。法廷でプロデューサーと会計士が見せる友情も同性愛の表現にしか見えない。女性にしか興味がない私は、しばしば観ていてキツくなった。ちなみに監督のスーザン・ストローマンは女性。


8.0『ティム・バートンのコープス・ブライド』(2005/米)、ティム・バートン

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 ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』より面白い
 死んでいる女エミリーを始めキャラクター造形がかわいいし、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年)に比べると登場人物を中心として物語が紡がれていくので引き込まれる。ただ主人公ビクターの花嫁ビクトリアが監禁されたりして出番が少ないのでそこは物足りない。


1.0『キンキー・ブーツ』(2005/米・英)ジュリアン・ジャロルド

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 実話だろうが興味がないものはない
 靴製造工場の若き社長チャーリーが、経営を立て直すためにドラァグクイーンのためのブーツを製造することにする話で、実話を元にしているという。が、私は異性愛者なのでこの時点で映画への興味がなくなっている。しかも、ドラァグクイーン役の黒人がとくに美人ではないので見るのがキツかった。また、チャーリーの妻が夫の仕事に理解を示さないなど、女性を悪役として描いていて嫌だった。


5.0『ドリーム・ガールズ』(2006/米)ビル・コンドン

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 メンバー間の対立が幼稚
 女性3人組の歌手の成長物語で、つまらなくはないが、中途半端に伝記的な作品である。実在の人物をしっかり掘り下げるか架空の人物を綿密に作り上げるかどちらかに振り切ってほしい。また、女性メンバーの喧嘩の原因が、「私をメインにして」とか「私の男と寝たんじゃないの」とか幼稚すぎるので、もっと深いところで対立してほしかった。


1.0『嫌われ松子の一生』(2006/日)中島哲也

 女性をひどい目に遭わせて楽しいのか
 原作小説(山田宗樹著)も酷いが、映画のほうが僅かにマシであるように思う。しかし、地味で真面目な少女だった松子(役;中谷美紀)がソープ嬢に落ちたり人を殺したりするのは全くリアリティを欠いていて冷める。ヤクザの伊勢谷友介が聖書を読んで改心するなどオカルト色も強くて気味が悪い。また、物語の冒頭で松子の死体が発見された時、一体誰が殺したのかというサスペンス調の筋だったはずなのに、かなりがっかりするオチである。こういう、特に理由もなく女性をひどい目に遭わせる作品を作って楽しいのだろうか。


8.5『ハッピー・フィート』(2006/豪・米)ジョージ・ミラー

 中盤まで大傑作
 歌が下手なペンギンとして生まれてきたマンブルは周囲に白い目で見られ、成長しても全くモテないなど、やるせないペンギンの感情が丁寧に描写されていて泣ける。そんなマンブルの武器はダンスで、歌えない代わりにダンスで雌にアピールしたりして何とか生きていこうとする姿は感動的である。しかし、後半ではペンギンと人間の接触がメインとなり、恋愛の問題が二次的になるのは残念だった。映画のテーマが二つになって散らかってしまい、途中まで傑作だっただけに残念だった。
 ところで人間たちはペンギンのために海の一部を「禁漁区とする」と取り決めるが、リアリティのない環境保護的なメッセージに違和感を覚えた。監督の出身国がオーストラリアであることと関係があるのかもしれない。


1.0『ハイスクール・ミュージカル』(2006/米)ケニー・オルテガ

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 モテ男が何でもうまくいくバカ映画
 イケメンの主人公が「歌なんて歌えない」と言いながらめちゃめちゃ巧いという寒気のするシーンからはじまる。このイケメンは女にモテるし、バスケのキャプテンとして大会で優勝するし、歌のコンテストでも優勝するしで、この人間どこに魅力があるんだと思った。ディズニーが企画したテレビ映画だがディズニーがこんなのを企画しちゃダメだろ。


1.0『魔笛』(2007/英・仏)ケネス・ブラナー

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 ずっとスベってる
 第一次世界大戦を舞台にしているのにメルヘンチックなギャグばかりで全然胸に響いてこない。ファンタジーのような荒唐無稽な展開がいちいちスベっている。また、女の天使は嘘つきなので少年の天使を信用しないといけなかったり、悪役が女王だったりと、女性嫌悪なところも嫌である。


6.0『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007/米)ティム・バートン

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 グロさを優先させ人間を描いていない
 つまらなくはないが、いつしか無差別に人を殺していく主人公にはまったく感情移入できないし、映像としてのグロテスクさを優先させて人間を描くことを怠っているので評価しようと思えない。主人公が気にかけていた娘についても、双方がちゃんと再会し対話するでもなく中途半端のまま終わりガッカリした。


1.0『アクロス・ザ・ユニバース』(2007/米)ジュリー・テイモア

 60年代を回顧してるだけ
 ビートルズの曲で構成されたミュージカル映画だが、だからどうしたという感じで、60年代を経験した大人が過去をふり返ってるようにしか思えない。あと、男友達同士で遊ぶシーンがよく出てくるが、女性監督の趣味が出ているのだろう。私には共感できない。


1.5『ヘアスプレー』(2007/米)アダム・シャンクマン

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 太った女性が好きな人向け
 なぜかジョン・トラボルタが特殊メイクで巨体の母親を演じているが、気味が悪い。主人公の女の子は米国映画には珍しく太っていて背が低いが、私はデブ専ではないので性的に興味が出ない。太った女性が好きな人向けか。ところで、女性番組プロデューサーが人種差別をしたり自分の娘を目立たせたりと悪者役だが、悪い男がほとんど出てこないので嫌だった。


6.5『魔法にかけられて』(2007/米)ケヴィン・リマ

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 ヤケクソな設定だが意外性がある
 お姫様と王子が現代にタイムスリップしてくる話だが、タイムスリップ前の設定がやけくそである。そもそもいつの時代の姫なのかよく分からないので、現代にやってきたところでギャップの面白さが感じられない。もっとも、姫が王子ではなく一般人と結婚するという展開はディズニーにしては意外で面白い。


0.5『ハイスクール・ミュージカル2』(2007/米)ケニー・オルテガ

ハイスクール・ミュージカル2 プレミアム・エディション [DVD]

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 大人が見るに堪えない
 女子たちがモテ男を中心に動いていくという構図は前作(『ハイスクール・ミュージカル』2006年)と変わらない。キャラクターの人間性や性格を丁寧に描写することが出来ておらず、とにかくカップルの仲をシャーペイという女子生徒が裂こうとするだけで大人が見るに堪えない。


0.5『ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー』(2008/米)ケニー・オルテガ

 苛め映画
 『ハイスクール・ミュージカル』の劇場版。主人公のイケメンが更衣室で新入生の着替えを持ち逃げするが、体育会系による苛めである。苛めっ子が感情移入して楽しむ映画なのだろう。


1.5『マンマ・ミーア!』(2008/米)フィリダ・ロイド

マンマ・ミーア! [DVD]

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 DNA鑑定をしろ
 若いときの母親(メリル・ストリープ)の性が乱れていて、「自分の父親候補が三人居て誰がお父さんか分からない!」と女の子が困る映画だが、ごちゃごちゃ言わずDNA鑑定しろと思った。あとメリル・ストリープはただのおばさんにしか見えず魅力が無い。クリスティーン・バランスキーという当時50過ぎの女優はエロいが、かといって別にキャラクターが浮き彫りにされているわけではなくただのスケベなおばさんになっているので残念。


0.5『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』(2008/米)ジェームズ・D・スターン、アダム・デル・デオ

 マニア向け
 ミュージカル「コーラスライン」のオーディションのドキュメンタリー。マニア向けで、主人公がおらず散漫で、一般の人が観ても面白くない。


8.0『プリンセスと魔法のキス』(2009/米)ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ

プリンセスと魔法のキス ブルーレイ(本編DVD付) [Blu-ray]

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 ベタだが恋愛描写が丁寧
 蛙に変身した女の子が王様と結婚するおとぎ話で、身分制への批判意識はないが、カエル同士の心境の変化というか、男の片思いの雰囲気や、恋愛が発展していく模様は丁寧に描けている。ホタルのレイの片思いや死も切なくて良かった。


0.5『NINE』(2009/米・伊)ロブ・マーシャル

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 何が面白いのか
 フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』のミュージカル化で、私は『8 1/2』を2回観ているが、そもそも主人公の映画監督が悩みを吐露しながら女と戯れるだけのこの映画の何が面白いのかよく分からない。自意識過剰な新人作家のような陳腐な内容で、今時ミュージカル化して何の意味があるのか。


1.0『シャーペイのファビュラスアドベンチャー』(2010/米)マイケル・レンベック

 金持ちの社会勉強
 『ハイスクール・ミュージカル』の派生作品。金持ちの白人娘が、父親に「家賃や飛行機代を出すから自立できるか証明しろ」と言われるが、それは自立と言わないんじゃないかと思う。金持ちが下の階層の暮らしをしてみて社会勉強、という金持ちの余裕はまあムカつく。彼女が飼っている犬が別の犬と恋に落ちるが、とくに捻りもなく犬が一目ぼれしあって相思相愛になってなんなんだと思った。


8.0『塔の上のラプンツェル』(2010/米)グレノ、ハワード

 難癖をつけたくなるが面白い
 それぞれのキャラクターの性格がちゃんと描写されているし、細かいギャグも楽しめる。モテる盗賊が、ラプンツェルのだけはなかなか落とせないのも面白い。ただ、王国が平和ボケしているというか、「王国から犯罪が消えた」とラストで出るが人間がいる限り悪事はおこるからそんな訳はない。また、王様や王女の人柄が良くて人々に支持されていることも強調されるが、王国(君主国)である限り人を生まれで差別する社会であることにかわりはない、とついつい付け加えたくなる。


2.0『バーレスク』(2010/米)スティーヴン・アンティン

 アギレラが好きな人向け
 歌手になる夢を追いかけているクリスティーナ・アギレラがクラブで働き始め成功するが、今時こういうルートでスターになる人が居るのか疑問である。物語やキャラクター造形に工夫があるわけではないので、アギレラが好きな人向けの映画にとどまっている。


8.5『フィニアスとファーブ/ザ・ムービー』(2011/米)ダン・ポベンマイヤー

フィニアスとファーブ/ザ・ムービー [DVD]

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 平行世界の姉が格好いい
 「ジョージアオキーフ」や「実存主義哲学者」などインテリ受けを狙ったギャグは鼻につくが、結構笑えるし、女の子やカモノハシの造形は可愛い。ひょんなことから主人公たちは異次元の抗争に巻き込まれるが、平行世界に居る姉が知的で勇敢で、時に大人として非情な決断をくだすのは良かった。ただ、バトルシーンが長く食傷気味になった。


7.0『ハッピー・フィート2 踊るペンギンレスキュー隊』(2011/豪・米)ジョージ・ミラー

 前作のほうが面白い
 『ハッピー・フィート』の続編。まあまあ面白いのだが、流氷によって餌場のない場所に閉じ込められたペンギンたちを救うために、ほかの動物が種を超えて力を合わせる、というのはユートピア的でリアリティがなく入り込めなかった。餌場がなければペンギンたちは雛を食べたり共食いしそうなものだが。まあエンターテインメントだからいいのか。


3.0『ザ・マペッツ』(2011/米)ジェームズ・ボビン

 マペッツを知っている人向け
 マペッツに憧れている人形の男児が主人公という、ディズニーのセルフオマージュで、私はマペッツをよく知らないのであまり楽しめなかった。「よくこの映画予算あったな」とメタ的な視点のギャグが多くそれも笑えなかった。ところで、主人公の彼女メアリーが、児童を相手に車を直す授業をしているがよく分からない。車会社がスポンサーなのだろうか。


1.0『フットルース 夢に向かって』(2011/米)クレイグ・ブリュワー

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 なぜリメイクしたのか
 『フットルース』(1984年)のリメイクで、1984年版よりは僅かにマシだが、若者が度胸試しでトレーラーで無茶なレースをするなどやはり不愉快である。なぜリメイクしたのか。


1.0『アンコール!!』(2012/英)ポール・アンドリュー・ウィリアムズ

 老人を苛めている
 老人ホームに入居する老人たちが合唱コンクールに出ようと頑張る話だが、介護士たちは老人に若い世代の曲やセックスについての歌・ヘビメタ・ロックを歌わせるので、悪趣味だしスベっている。また、主人公の老人は頑固な男なのだが、何かあるたびに介護士や家族に自らの考えが古いことを批判され、喫煙を注意され、「生きづらそうね」と言われるさまは、苛められているようにしか見えない。いくら頑固な老人とはいえ、一方的に彼を批判するのはフェアプレーではないし観ていて嫌な気分になる。


0.5『カルテット!人生のオペラハウス』(2012/英)ダスティ・ホフマン

 スベる上流階級
 引退した音楽家たちが暮らす老人ホームが舞台で、『アンコール!!』(2012年)と同じような話だが、あちらよりも人々の階級が上なので鼻につく。老人たちはわざとらしく性的で下品なワードを口に出すが、どれもスベっていて見てられない。
 また、80歳前後の老人たちが煙草を吸っているシーンで、介護士が「煙草は寿命を縮める」と喫煙を注意すると、別の老人が「今更縮まっても…」と反論する。すると介護士は反論してきた老人に「あなたは公害だわ」と言い放つのだが全く意味が分からない。反論にもなっておらず、ただの侮辱である。そうやって老人を苛めることで老人はストレスで死んでしまうのではないか。その一方、中盤で老人が車を運転したり、ひいては飲酒運転をするように読めるシーンがあるが、鉄の塊を老人が運転する方が明らかに危険で悪いのにこれはお咎めなしだから狂っている。


0.5『愛と誠』(2012/日)三池崇史

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 愚劣
 原作の漫画は未読。1972年の高度成長期の日本が舞台で、不良の男(妻夫木聡)がモテる一方で、真面目な生徒(斎藤工)は「ガリ勉メガネ」と馬鹿にされ続け全くいい思いができず、不愉快極まりない。歌のシーンもダサく、高度経済成長期や昭和の時代が好きな人達が作ったオナニー映画でしかない。最初と最後がアニメーションであるのも意味が分からない。愚劣。


1.0『ロック・オブ・エイジズ』(2012/米)アダム・シャンクマン

 ロック・プロパガンダ
 政治家や中年の女性を悪者にすればいいだろ、という程度のロック・プロパガンダ映画。これを見てロックが好きになる人はいるのだろうか?


2.0『レ・ミゼラブル』(2012/英)トム・フーパー

 原作を知っている人向け
 長編小説を無理に一本のミュージカルにしているので、多くの重要なシーンが省略されており、原作を知らない人は楽しめないというか理解ができないのではないか。原作小説(ユーゴー著)は長いが、その分登場人物たちの心の動きを丁寧に描写しているからこそ面白いのである。原作を知っていないと視聴しても意味が無さそうである。


1.5『ピッチ・パーフェクト』(2012/米)ジェイソン・ムーア

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 応援する気にならない
 女子大学生がアカペラの全国大会を目指す映画だが、ポルノのような直接的なエロ描写が多く、またゲロが映るなど気持ち悪い。キャラクターが多くて分かりづらいし、アジア人の扱いも悪いし、このアカペラチームを応援しようという気にならない。


1.0『ティーン・ビーチ・ムービー』(2013/米)ジェフリー・ホーナデイ

 良識を疑う
 ラブラブの10代のカップルでビーチで体を触ったりしてるシーンから始まるのでまず怒りを覚える。海の向こうから荒波がやって来たとき、波に「乗らなきゃ」とワクワクしていて良識を疑う。二人は波に飲み込まれて(ざまあみろ)1960年代の世界にやってくると、サーファーとライダー(暴走族)の対立に巻き込まれるが、私はどちらにも関心がないのでそんな抗争はどうでもいい。男が不良のライダーの姿を「かっこいい」とか言っているが馬鹿である。
 

2.0『サンシャイン/歌声が響く街』(2013/英)デクスター・フレッチャ

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 父親に恨みはないのか
 スコットランドのバンド、プロクレイマーズが1988年に発表したアルバムの曲を元に作られているが(公式HPより)、曲に沿った物語展開なだけで退屈である。老夫婦・その娘・その弟の3組のカップルとも女が男を誤解し、観客は「男が可哀想だ」と誘導されるので女性蔑視のきらいがある。また、隠し子の女と父親との間で全く葛藤がなく仲よさげなのはおかしい。彼女は隠し子という身の上で辛いこともあったであろうに、父親に恨みを抱かない方が不自然である。美談のようになっていて気味が悪かった。


6.0『はじまりのうた』(2013/米)ジョン・カーニー

 面白いが酒に溺れる男に魅力を感じない
 シンガーソングライターのカップルのバックボーンをしっかり描いているのでシンプルに恋愛ものとして楽しめる。「他の男を思って作った曲?」と、男が女の愛を疑ったりするのも面白く、全体的に女性蔑視はない。
 ただ、もう一人のメインキャストである、酒に溺れる落ち目の音楽プロデューサーには私はあまり魅力を感じなかった。彼の娘も登場シーンが多い割りに、何となくバンドに参加したら上手くいって…という都合の良いもので、成長の物語になっていない。


6.0『アナと雪の女王』(2013/米)、アニメクリス・バック、ジェニファー・リー

 ブロック経済か?
 アナはかわいいしエルサの陰のある所も美しいが、エルサはアナの元を早々に去るので、二人の間に交わされるやりとりが少なくドラマとして物足りない。また、アナがかなりの高さの崖から転落するシーンで、下が新雪だからフカフカで助かるなど冬山を舐めている演出がある。
 ところで、アレンデール王国はウェーゼルトン国と「今後一切取引しない」というオチだが、北朝鮮のような危険な国家に経済制裁を加える場合ならともかく、ブロック経済は戦争の危険を産むのでそれを肯定するかのようなラストは教育上好ましくないのではないか。


2.0『ジャージー・ボーイズ』(2014/米)クリント・イーストウッド

 この時代のミュージシャンが好きな人向け
 米国のバンド、フォー・シーズンズの経歴をもとにしたトニー賞受賞ミュージカルをイーストウッドが映画化したものであるが、いかにもミュージシャンが味わう成功と挫折だ、というだけでとくに印象深いシーンはなかった。フォー・シーズンズやこの時代のミュージシャンが好きな人向けの映画、というだけではないか。


4.0『セッション』(2014/米)デミアン・チャゼル

 ラ・ラ・ランド』よりマシ
 冴えない主人公ニーマンがジャズドラマーを目指して音大に通う物語で、デミアン・チャゼル監督はジャズに恨みがあるんじゃないかと思うほどフレッチャー教授に厳しい授業を展開させていく(このように、ジャズを恐ろしく描いていてジャズ愛が見えないためにジャズ・ミュージシャンの仲にはこの映画を酷評する人が居るのではないかと思うが、私自身にはジャズ愛はないのでどうでもいい)。もちろん、フレッチャーの苛めをいとわないやり方は度が過ぎていて見ていて不愉快である。ただ、アメフトをやってるスポーツマンと、価値観の上で喧嘩になるところは、体育会系が嫌いな私としては賛同できる。また、結局のところニューマンの恋愛は上手くいかないが、まあ「モテない人間がなにくそと頑張っている」と捉えれば、恋愛そのものを否定してなくて良いんじゃないかと思った。後述するが『ラ・ラ・ランド』よりマシである。


8.0『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』(2014/英)スチュアート・マードック

ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール 通常版 DVD

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 よく観ると深い
 冴えない眼鏡のバンドマンが、精神病棟を抜け出してきた少女に惹かれていくのが面白く、感情移入しやすい。人間のモテる・モテないというカーストが描かれているし、また社会への不満を歌にする主人公に少女が「あなたは今後10年社会にうんざりし続けるつもり?」と全うなツッコミをいれるなど、よく観ると深い映画である。
 ただ、一見まともな少女がどうして精神病棟に入院していたのか分からないし、無神論者だったはずの彼女がクリスチャンヒーリングを受けたのをきっかけに「祈り」を始めた、というラストはオカルト的で嫌だった。


1.5『踊るアイラブユー♪』(2014/英)マックス・ギワ、ダニア・パスクィーニ

 表面的な美男美女に感情移入できない
 米国の80年代のヒット曲が次々と歌われるなど、雰囲気は『マンマミーア!』(2008年)に似ているが、登場人物が多くそれぞれの人間性を浮き彫りに出来ていない。表面的な相思相愛の美男美女に私は感情移入などできない。


2.0『ラスト5イヤーズ』(2014/米)リチャード・ラグラベネーズ

 陰鬱で思わせぶり
 男に捨てられた女優志望の女が主人公で、彼氏の思い出をふり返るが、この彼氏は努力しているように見えないのにたまたま書いた小説がベストセラーになるなど馬鹿馬鹿しい。話に工夫がなく、ドラマチックでもなく、陰鬱で思わせぶりな時間ばかりが流れていて疲れた。


1.0『イントゥ・ザ・ウッズ』(2014/米)ロブ・マーシャル

 ゴチャゴチャうるさい
 シンデレラや赤ずきんなどの童話の主人公たちを集めて、主人公を決めないまま筋が展開されるがゴチャゴチャしてうるさい。元々の昔話がたいした話ではないのだから、それぞれの物語が絡んだからといって面白くない。


1.5『ジェームス・ブラウン ~最高の魂を持つ男~』(2014/米)テイト・テイラー

 何が最高の魂なのか分からない
 ホモの男は出てくるが女の主要キャラがなかなか出てこず、ジェームズ・ブラウンが女に恋するシーンも少ない。開始50分くらいしてジェームズ・ブラウンが女店員をクドくシーンが出ると思ったらすぐ結婚して、もう次には子供が居る。ジェームズ・ブラウンかこの監督が同性愛者なのかは知らないが、女が好きな私は見ていて楽しくない。また、冒頭からジェームズ・ブラウンはライフルを持って記者達を脅しに来たり、ドラッグをやって勝手に墜ちたりとどうでもよく、何が最高の魂なのか分からない。「男の運命はとめられない」とか「神の意志だ」とか宗教的なことを彼はよく言うが、無宗教の私にはピンとこない(そもそも「ソウル」(魂)というのが宗教用語で、魂は存在しないのだが)。


7.0『ANNIE』(2014/米)ウィル・グラック

 1982年版より面白い
 富豪の実業家ジェイミー・フォックス人間性をちゃんと描写しており、アニーと対比できていて面白い。ジェイミー・フォックスがアニーを引き取る理由もちゃんとアニーである必然性があり(車に轢かれそうになった彼女を救ったのでそのまま選挙利用をする)、リメイク前の『アニー』(1982年)より物語がちゃんと考えられている。最後の逃走劇でも、アニーはまた自分が選挙の宣伝に利用されているのではないかと疑うところは感情を揺さぶられた。
 ただ、アニーがませていて生意気すぎるのが鼻につき、魅力的に欠ける。また音楽も現代風に格好つけようとしすぎて耳障りになっている。


8.0『ディセンダント』(2015/米)ケニー・オルテガ

 ハイスクール・ミュージカル』より断然面白い
 今までのディスニー作品のキャラクターにもし子供が居たら、というディズニーのセルフカバーのような映画である。悪役の親と子供は性質が違うというメッセージは分かるし、フェアリー・ゴッドマザー(白雪姫を助けた魔法使い)の娘も、実は心に問題を抱えているなど面白い。イヴィという黒髪の女の子は頭が良くてかわいい。監督は『ハイスクール・ミュージカル』のケニー・オルテガだが、『ハイスクール・ミュージカル』より断然面白い。
 ただ、モテ王子ベンが良いやつ過ぎるのは嘘っぽくムカつくし、メインのカップル以外の恋の結末がどうなったのか最終的に分からないのでモヤモヤした。


2.0『味園ユニバース』(2015/日)山下敦弘

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 物語から逃げないでほしい
 ヤクザとつるんでいた主人公渋谷すばるは、強盗傷害で逮捕されていたが出所する。すばるは二階堂ふみがマネージメントを務めるバンドに参加することになるが、私には彼らがあまり魅力的な登場人物達だと思えない。すばるが出訴後ヤクザにボコボコにされそうになった時、なぜか二階堂ふみがその場に居合わせているが意味不明で、しかも渋谷を救い出してライブハウスに連れてきたシークエンスも省かれており訳が分からない。長いわりに物語から逃げた印象。


0.5『ラ・ラ・ランド』(2016/米)デミアン・チャゼル

 杜撰な映画
 女優の卵ミアとミュージシャンのセブはお互い第一印象が悪かったのに、ミアは彼がピアノを弾く姿に惚れて感銘をうけるのはおかしい。ミアの中には嫌な男を好きになりたくないという葛藤が起こるはずであるが、心情の描写が丁寧でない。しかも彼女は先に「ジャズが嫌い」と発言していたので尚更である。ミアの心境がどう変化して男やジャズを好きになったのか、描写するのを一切怠っている。その後二人は付き合うことになり、表面上は楽しそうだが、ミアから別れ話を切り出す。しかし、二人の間にはたいした事件が起っていないので、なぜ別れないといけないのか観客には分からない。監督らの「女の方から愛を裏切る」という女性蔑視を表現したかっただけではないか。それだったら監督は男を主人公にして話を作れば良いのに、中途半端に女を主人公にするから女性への価値観が歪んだ作品になっている。
 その他、昔のミュージカル作品のいいとこ取りをしてオマージュしようとして、急にダンスになったり空を飛ぶファンタジーになったりと統一性がなく、杜撰で寒い。概してキャラクターに元気がなく、感情を揺さぶられないので、見終わったあと何も残らない。
 それにしても、ジャズクラブで誰も煙草を吸ってないのは怖い。


0.5『マダム・フローレンス!夢見るふたり』(2016/英)スティーヴン・フリアーズ

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 権力に擦り寄る人々を肯定するくだらない映画
 実在した音痴の金持ち老女、フローレンス・フォスター・ジェンキンスが主人公だが、下手な歌を聴かされるだけで映画にするに値する人間ではない。裸の王様のように「婆さん、お前はヘタだ」と周りが言ってあげないとダメなのだが、誰も本音を言わないのは婆さんが金持ちだからである。人々が金や権力に擦り寄ることを肯定するくだらない映画。


5.0『モアナと伝説の海』(2016/米)ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー

 政治的に間違っていないが退屈
 お姫様ではなく村長の娘であるモアナは、楽園とうたわれる自分の島にウンザリしている。この映画は概して冒険を肯定する内容で、『オズの魔法使』や『青い鳥』と違って女性を家庭に閉じ込める意図がないから良い。しかし、その冒険をともにする英雄マウイの性格が意地悪で、不細工なくせにモテ男のように女に自信満々に振る舞うのには違和感がある。不細工ならもっと女に優しかったり惚れやすい性格にすればいいのに、全然感情移入できなかった。また、冒険自体も別に捻りのあるものではなくて、メッセージ性は政治的には間違っていないが、内容は退屈で期待外れだった。


7.5『SING シング』(2016/米)ガース・ジェニングス

 面白いがお人好しすぎる
 コアラのバスターは劇場を建て直すために賞金1000ドルで歌のオーデシションを開催するが、手違いで賞金10万ドルと印刷されたポスターを配布してしまう、というドタバタ喜劇。内気なゾウの女の子(声はMISIA)、男に浮気されるハリネズミ、自分より体の大きい動物にきつく当たるネズミなどキャラクターがどれも面白いので単純に楽しい。
 ただ、バスターは結局賞金を用意できず舞台は流れ劇場まで潰すのだが、そんな彼にオーディション参加者が同情して劇場の再建に奮闘していく様には違和感を覚える。そこまでバスターに同情するほど参加者との間で友情や信頼関係が芽生えるシーンが無かったからである。参加者はお人好しすぎるというか、「騙された!」と訴訟を起こす動物が居てもいいくらいである。また、バスターは元々洗車屋の息子だという設定もそうなのだが、動物が誰も彼も車を乗り回していて、危険運転もしちゃったりして、車社会を大々的に宣伝しているように見えて気味が悪かった。そんなに排気ガスをまき散らしながら煙草は吸わないのだ。


2.0『美女と野獣』(2017/米)ビル・コンドン

 アニメを観ればいい
 アニメが十分面白いのだからわざわざ実写化する必要があったのか疑問である。アニメより40分ほど長いが、野獣が最初からそれほど怖くないためにギャップが演出できておらず、またガストンの手下ル・フウが洗練されているなど下品な描写も無くなっている。あと人種に配慮しているのか黒人俳優が当然のように居るが、だったらアジア人の俳優も出してほしい。


参考文献

・土肥恒之『ロシア・ロマノフ王朝の大地』講談社学術文庫、2016年
ジョン・バーンズ『エビータ』牛島信明訳、新潮文庫、1996年
・藤えりか『なぜメリル・ストリープはトランプに噛みつき、オリバー・ストーンは期待するのか ハリウッドからアメリカが見える』幻冬舎新書、2017年

1960年-1989年のミュージカル映画(102本)

点数(10点満点)『映画タイトル』(制作年/制作国)監督名
(同年の映画は点数順に並んでいます。
 また、ほぼ全てネタバレをしているのでご了承ください。)


7.0『恋をしましょう』(1960/米)ジョージ・キューカー

 『銀の靴』(1951年)より面白い
 大富豪のイヴ・モンタンマリリン・モンローの気を惹くために生まれて初めてショウやコメディに挑戦するが、うまくいかずプライドが壊れていくなど、似た設定の『銀の靴』(1951年)より面白い。ただ結局は金持ちの美男が得をするという構図になっていて、イヴ・モンタンの登場によって役を失う男や翻弄される演出家たちを思うと可哀想ではある。
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6.0『G.I.ブルース』(1960/米)ノーマン・タウログ

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 まあまあ楽しめる
 兵士たちの間で、身持ちの固い彼女を陥落させた男に300ドルが与えられるという賭けが始まる。いかにもマッチョ思想の男が考えることで私は苦手だが、エルヴィス・プレスリーが女を落とすために彼女に近づくうち本当に好きになる、という展開は恋愛ものとしてはまあまあ楽しめる。
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3.0『ベルズ・アー・リンギング』(1960/米)ヴィンセント・ミネリ

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 筋が不自然
 電話応対代行会社に務めるジュディ・ホリディは、劇作家のディーン・マーティンの「ママ」役を務めていて、彼にモーニング・コールをかけるのが日課になっている。マーティンはなかなか脚本を書かずに酒を飲んでは出版社に執筆を催促されるのだが、すぐクビにならないのは売れっ子作家であるからだし、加えて彼は「女友達は大勢いる」と発言するなど身近な人物だとは思えず私は共感できなかった。また、電話交換手が違法行為をしていないかと大した理由もなくジュディ・ホリディが警察にマークされる展開になるがこれは不自然であり、彼女がマーティンになかなか連絡できないという物語構造を保つための言い訳に過ぎず面白くない。


1.5『カンカン』(1960/米)ウォルター・ラング

 興味が出ない物語
 1896年のパリが舞台で、カンカンという踊りは卑猥だから取り締まろうとする判事とそれに抵抗する人々が描かれるが、そもそもカンカンのどこに魅力があるのか分からないので正直取り締まられようがられまいが興味が出なかった。また、早い段階でシャーリー・マクレーンと判事がキスをするので恋愛ものとしての情緒もないし、インチキ弁護士のフランク・シナトラの「不貞の原因は結婚にある。結婚がなければ不貞はない」というモテ独身男宣言があるのも嫌である。モテない人間はそもそも結婚が出来ないのである。加えて弁護士は誠実であるべきなのだからインチキ弁護士が良い人のように描かれるのも問題があると思う。
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2.0『花くらべ狸道中』(1961/日)田中徳三

花くらべ狸道中 [DVD]

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 まだ狸をやるか
 60年代に入って狸の設定はもうキツいんじゃないか。狸が「お月様、時間を元に戻してください」と念じることで時間が戻るなど何でもありのファンタジーで面白くない。ただ、中田康子や若尾文子の色気があったり、勝新太郎が出てきたりと、他の狸映画よりは見ていられるかもしれない。


0.5『ウエスト・サイド物語』(1961/米)ロバート・ワイズ

 ガキの喧嘩
 原作の『ロミオとジュリエット』は両家の対立の背景は詳しくは説明されず、二人の恋愛描写も無いのにロミオとジュリエットが愛し合っているという構図で私にはイマイチだが、『ウエスト・サイド物語』は両者の対立がガキの喧嘩に置き換わっていて余計私には共感できない。悪ガキを取りしまる警官を悪く描いていてるのもおかしいし、恋愛も『ロミオとジュリエット』と同じく一目ぼれの相思相愛で捻りがないし、不良グループの歌う歌もダサい。悲劇的な結末なので不良を正当化していないだけマシかもしれないが、そこだけである。
 例えばこの作品をほめる批評家の萩尾瞳は「『ウエスト・サイド物語』はミュージカル映画に画期的な変革をもたらした。それは特定のスターを起用することをさけ、グループの魅力で見せようとしたことであり、モダン・バレーの要素を取り入れた新しいダンスを展開したことである」(『プロが選んだ初めてのミュージカル映画』92p)と言っているが、私にとって映画で重要なのは内容である。「グループの魅力を見せる」ことで、逆にキャラクターそれぞれの個性が薄れて人間ドラマを描けていないのは明白である。『ウエスト・サイド物語』はしばしばミュージカル映画の傑作であると紹介されが、まったく納得できない。
 

6.5『黒蜥蜴』(1962/日)井上梅次

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 エロティックなのは良い
 江戸川乱歩の小説『黒蜥蜴』を三島由紀夫が戯曲化し、さらにそれを映画化した作品で、私は両方の原作も読んだが、基本的に映画は原作に忠実である。しかし映画のオチでは哲学的なテーマを加えているが、これはただスノッブなだけでいらないと思った。
 替え玉を使ったり変装をしたりと強引な展開は多いが、京マチ子明智小五郎大木実)の関係がまるで恋愛のように発展してく様が面白く、布越しに明智を撫でようとする京マチ子の仕草もエロティックで良い。


7.0『ひばり・チエミの弥次喜多道中』(1962/日)沢島忠

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 モテない江利チエミが面白い
 ひばりとチエミは麻薬組織の仲間だと思われ誤認逮捕されてしまう。すぐに釈放されるが、「牢屋に入った」という偏見から務めていた芝居小屋をクビになり、二人は男装して旅に出る。しかし、どうして男装しなくてはいけなのかは分からない。美空ひばりが目が悪いという設定も面倒臭く、物語には蛇足に思える。
 ただ、江利チエミの喋りにモテない女の悲哀や滑稽さが出ていてそこは面白かった。
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5.0『ヤング・ヤング・パレード』(1963/米)ノーマン・タウログ

ヤング・ヤング・パレード [DVD]

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 相棒が嫌なやつ
 便利屋のプレスリーには何人も女がいて、冒頭からいきなり女といちゃつくのでムカつく。プレスリーの相棒もギャンブル狂で、大負けした後金を払わずに逃げるなどダメなやつである。また、相棒は嘘をついたり密輸に手を出そうとするのに、プレスリーとは全然喧嘩にならならず、何となく両者が和解するのはおかしいし人間ドラマを演出するチャンスを潰している。ただ、プレスリーが最後に惚れた看護婦はなかなか落ちず、そこから片思いの物語になっていく様は恋愛映画として楽しめた。
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2.0『ひばり・チエミのおしどり千両傘』(1963/日)沢島忠

ひばり・チエミのおしどり千両傘 [DVD]

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 ひばりとチエミの掛け合いがない
 お姫様である美空ひばりが脱走してしまったため、代わりに乳姉妹江利チエミが姫のフリをして当座をしのぐという話で、江利チエミの歌や台詞回しは面白いが、ひばりとチエミが同じシーンに出ないので掛け合いがなくつまらない。また、姫という身分が入れ替わったからといって身分制への意識や批判的視点があるわけでもなく私には物足りない。
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1.0『バイ・バイ・バーディー』(1963/米)ジョージ・シドニー

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 人に魅力がない
 バーディーというスター歌手はただのプレスリーの二番煎じで全くカリスマ性を感じないし、人間性も描かれないので何の魅力もない。ディック・ヴァン・ダイクは作曲家であるが科学者でもあり薬を開発できるなど荒唐無稽でギャグとしても笑えない。唯一面白かったのは、バーディーを見て興奮して絶頂に達し、イキっぱなしみたいになってしまった熟女がエロかったところ。
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9.5『マイ・フェア・レディ』(1964/米)ジョージ・キューカー

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 恋愛感情を肯定的に捉えていて感動できる
 言語学の教授レックス・ハリスンは、「(人は)話し方で人を差別し 話し方で人をさげすむ その壁は崩せぬものか」と、言葉によって階級の壁を打破することを考えていて、その実験のために下層の花売り娘オードリー・ヘプバーンにレッスンを受けさせることにした。オードリーに対するハリスンの言語教育は厳しさを極め、ほとんど人格を無視して女を見下しているように見える。そのため原作戯曲『ピグマリオン』(バーナード・ショー著)では二人は結ばれないことで作者は女性の味方をしようとしているのだと思うが、映画ではオードリーを通してハリスンの内面が徐々に変化していって恋心が芽生え、女性嫌悪を反省させることによってオードリーの味方をしている。恋愛感情というものをとても肯定的に捉えていて感動できる。ラジカルフェミニストはこの男の元から去らないオードリーを批判しそうだが、もし二人がこのまま結婚しなければオードリーは一人で生きて行かざるをえず、花屋を始めるとしても最初の資本金も必要だし、しかも店を経営したところで上手くいく保証もないのだから、彼女にとって結婚が幸せならそれでいいのである(男のもとを去った方が良い、と考える人は、その女性の今後の人生が失敗したとき責任を持てるのか?無責任ではないか?)。その他、音楽も演出もいいしハリスンが上流階級にずけずけ物を言ったりするのも面白い。もっとも、本来原作『ピグマリオン』は英国の「アッパー・ミドルクラス」や「ロウアー・ミドルクラス」という中産階級のさらに細かい区分における対立も問題にしているが、米国で映画にするにあたりアッパー・クラスとワーキングクラスという分かりやすい対立に偏向されている(新井潤美『階級にとりつかれた人びと』p136)。
 ただ映画が170分あり、オードリーにレッスンを受けさせるかどうか揉めるシーンや父親が歌うシーンなどは中だるみしていると思った。
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9.0『メリー・ポピンズ』(1964/米)ロバート・スティーヴンスン

メリーポピンズ スペシャル・エディション [DVD]

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 原作をうまくミュージカル化している
 既に舞台女優として名声を得ていたジュリー・アンドリュースの映画デビュー作で、原作小説(『メアリー・ポピンズ』シリーズ、P.L.トラヴァース著)も面白いが映画はそれをうまくミュージカル化していると思う。メリー・ポピンズ(役ジュリー・アンドリュース)は乳母だが母性は強すぎず、誇り高くツンとしているので子供と大人という対比にもなっており色気があって魅力的である。メリー・ポピンズがただただ子供に甘かったり優しかったりするだけではこの作品の魅力はほとんど削がれてしまうように思える。もっとも、比較文学者の新井潤美によれば、英国のナニー(乳母)はアッパー・クラスの子供をしつけるためにかなり行儀が良く、映画のジュリー・アンドリュースはこれでもニコニコしすぎだという(『不機嫌なメアリー・ポピンズ』p92-93)。ほかには、両親の人間性がしっかりと提示できているので、ファンタジーでありながらも子供と夫婦のズレや夫婦間のズレがリアルで楽しめる。父親(役デヴィッド・トムリンソン)が大道芸人(役ディック・ヴァン・ダイク)と相対して感染し、銀行の頭取を前にして生き生きと歌うシーンでは感動した。
 ただ、ポピンズらが絵の中の世界に入って遊ぶシーンは20分もあり長いので、途中で飽きてしまった。
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1.5『シェルブールの雨傘』(1964/仏)ジャック・ドゥミ

シェルブールの雨傘 デジタルリマスター版(2枚組) [DVD]

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 内容がないのに後味が悪い
 全部の台詞がメロディに乗っているが、そういうアイデアと映画が面白いかどうかは別の話である。カトリーヌ・ドヌーヴと恋人ギイは、いきなり相思相愛のカップルとして登場し、結婚を前に戦争で引き裂れ、それぞれ別々の恋人と結婚するが、なぜそうなったかという描写が足りずついていけない。しかも、ドヌーヴの方が男の愛を裏切ったように描いているので女性蔑視の傾向がある。なんでわざわざ後味の悪い映画を作るのかよく分からない。
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3.0『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(1964/英)リチャード・レスター

ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ![決定版] [DVD]

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 冴えないリンゴ・スターは面白い
 ビートルズ初の主演映画で、全編を通してビートルズの曲が使われるが、女の子にキャーキャー言われながら追いかけ回されるだけで映画としては退屈である。
 ただ、リンゴ・スターだけは冴えなくてモテず、女の子をナンパしようとしても「何よチビ」と言われるなど哀愁があり面白かった。


0.5『ああ爆弾』(1964/日)岡本喜八

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 テロを企てるヤクザ
 爆弾テロを企てるヤクザの主人公を面白く描こうとしているのがまずおかしいし、しかもギャグが面白くない。歌も寒いし筋もつまらずいい所なしである。
 ところで、「南無妙法蓮華経」と祈りを挙げるヤクザの妻は創価学会員なのだろうか?主人公のヤクザの下の名前も「大作」であり深読みしてしまう。


0.5『七人の愚連隊』(1964/米)ゴードン・ダグラス

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 いいギャングなどそもそもいない
 フランク・シナトラがいいギャングで、ピーター・フォークが悪いギャングだが、そもそもヤクザ自体が「悪」なのだから私には全く興味のない対立である。しかもシナトラはいいヤクザということになっているが、「盗むなら車ごと盗め」と教えてくれたボスを崇拝しているなど普通に犯罪者である。ラストでもシナトラは大きく罰せられることはなく楽しそうにサンタの格好をして踊って終わるので不快だった。
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9.0『サウンド・オブ・ミュージック』(1965/米)ロバート・ワイズ

 映画初心者も玄人も楽しめる傑作
 同名のマリア・フォン・トラップの自叙伝をもとにして作られたミュージカル映画で、1930年代のオーストリアを舞台にしている。「マリア(ジュリー・アンドリュース)は修道女には向きません」と先輩の修道女が言うように、ジュリーが宗教に熱心すぎないから無神論者の私も彼女に共感しやすい。ナチス批判などの政治的なメッセージは脚色されているものの、長女リーズルの恋人で郵便配達員のロルフがナチスに傾倒していくところなどは、政治状況をうまく活用してドラマにしているから映画として面白くなっている。終盤でナチス党員となったロルフが逃走するトラップ一家を発見し、上官に報告しようかどうしようか、と葛藤する場面は劇的である。もっとも、この逃走劇はフィクションである(瀬川裕司『「サウンド・オブ・ミュージック」の秘密』p203)。傑作であり、映画初心者も玄人も楽しめる作品だろう。ちなみに私は劇中の曲「マイ・フェイヴァリット・シングス」をサックス奏者ジョン・コルトレーンのカバーで先に知っていたが、原曲の方がいいと思った。
 ただ、父親(役;ロバート・プラマー)のキャラがモテ男で格好付けているのが少々鼻に付くし、そのプラマーのことが好きな金持ちの女(役;エリノア・パーカー)がジュリー・アンドリュースを追い出す女として強調されているのは嫌であった。
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1.0『ヘルプ!4人はアイドル』(1965/英)リチャード・レスター

 マニア向け
 指輪をめぐるファンタジックな追いかけっこが展開されるだけで、ビートルズを見たい人だけが見ればいい映画であった。


1.0『歌え!ドミニク』(1966/米)ヘンリー・コスター

(イメージ無し)
 単なる宗教プロパガンダ
 実在する尼がモデルの映画だが、主人公ドミニクは説教臭くて『サウンド・オブ・ミュージック』に比べて魅力が全然感じられない。ある日、望まない妊娠をした女性が中絶するつもりだとドミニクに言うと、「出産はすてきなことよ 子供をわざと殺すなんて」と怒り出し、他の尼僧も出産が正しいことだと疑わない。しかし、憎い男や嫌いな男の子供を産めというのは酷だし、お金のない女性にとって養育費は死活問題なのに子供を産めというのは無責任である。なのに妊娠した女性の話を聞かずに「中絶は悪」と決めつけるのは完全に思考停止のカルトである。中絶廃止論者はレイプされて妊娠された女性に向かって子供を産めと言えるのか。ラストでは、刑務所に入るなど問題のあった父親が、息子が交通事故にあっただけでまともになり、神に祈りを捧げるまでに変貌するが、現実はそんなに簡単なはずがなく、もはや単なる宗教プロパガンダ映画である。


0.5『努力しないで出世する方法』(1966/米)デヴィッド・スウィフト

(イメージ無し)
 ほとんどカルト宗教
 学歴もない男が、出世する方法が書かれた本を頼りに嘘とインチキを塗り重ねてどんどん出世していくが、ギャグとしても全く笑えない。出世することの引き替えに何か失ったりリスクが増えるのならまだ分かるが、そうではなく中途半端なギャグが続くだけで得るものがない。狂信者が聖書に従うが如く本を盲信し、会長にまで出世し美人の秘書と結婚する内容なのだが、要するにこれは聖書を盲信することで人生が上手くいくというカルト宗教映画という風に読める。


0.5『ローマで起こった奇妙な出来事』(1966/米)リチャード・レスター

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 差別を楽しむ趣味の悪い映画
 ローマ時代の奴隷が主人公で、女性の人身売買をギャグにしているが笑えないし、身分差別の実態や残酷さ、生きるか死ぬかというようなリアリズムがなく面白くない。奴隷として購入したフィリスが処女だというのに「私の体はあなたのもの」と性行為のニュアンスを嬉しがっているなど、映画に登場するすべての女が男を誘惑する女として人間性を剥奪されていて気分が悪くなる。「メイドを持とう 忠実でネズミより静かな女」という歌も歌われいる。人間を差別することを楽しんでいるような趣味の悪い映画である。


10.0『ドリトル先生 不思議な旅』(1967/米)リチャード・フライシャー

 原作をこえた傑作
 全13冊からなる原作小説のエピソードをうまく繋ぎ、ずっと楽しい脚本にしている。人間も動物もそれぞれ個性がしっかり出ていて登場するキャラクター全てが魅力的である。とくに、ドリトル(役;レックス・ハリスン)のことをおかしいと思っている検事の娘(役;サマンサ・エッガー)が、ドリトルの直向きな姿に感銘を受けていき、また女嫌いのドリトルも女性に心を開いていく様は面白く、恋愛ものとしても胸を打つ。さらに私が感動したのは、法廷で精神異常者ではないかと疑われたドリトルが、「人間とはこんなものか」と歌で判事に反論するシーンで、彼の主張は偽善ではなくしっかりと的を射ており、動物愛護団体の人間でなくとも感動できる。私は今まで400本ほどミュージカルを見たが、その中で一番感銘を受けた歌のシーンだと言っていい。以下に歌詞の一部を紹介する。

 「『まるで犬扱い』『牛馬のように働く』『豚のように食う』改めるべきだ
  卑劣な相手をイタチにたとえ 嫌な女は雌ギツネか猫
  なぜ言わぬ 『蛙のように気高い』『雌鶏のように裕福』
  いつ訪れる 豚をきれいと言う日は」
 「赤んぼヤギやラムの毛皮も 女にはただの毛皮
  毛皮をまとい羽を飾り 思ってもみない 
  殺した動物のことを それは誰かの兄 子をもつ母親かも知れぬ」

ドリトル先生 不思議な旅』は原作をこえているしギャグも笑えるし本当に言うことのない映画である。
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1.5『モダン・ミリー』(1967/米)ジョージ・ロイ・ヒル

モダン・ミリー [DVD]

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 全体的に寒い
 ジュリー・アンドリュースは「ついに男女平等の時代になったのよ」と言うが、そのくせ上司の男に惚れて「男らしい」とウットリするのは矛盾している。またジュリーは結局は「男女平等はもういいの 一人の女性でいたいわ」と反動的なことを言うのでガッカリする。ギャグも笑えなくて、サイレント映画のような字幕の挿入の仕方もスベっている。物語の舞台設定である1920年代当時の映画のようなドタバタ喜劇風に演出しようとしているが全体的に寒い。また、ダンスシーンも独創的には思えず冗長に感じた。
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1.5『キャメロット』(1967/米)ジョシュア・ローガン

 倍速で見ても同じ
 聖杯とアリマタヤのヨセフの伝説に基づく映画だが、何か大きな物語が進行するわけではないのに3時間もあり退屈である。王女が王の愛を裏切るという女性蔑視もあり嫌だし、身分制への批判意識もないし、全編倍速で見ても差し支えない。


1.0『ロシュフォールの恋人たち』(1967/仏)ジャック・ドゥミ

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 手抜きに見える
 登場人物が多く一人一人の人間性を浮かび上がらせていない。それを補うような音楽やダンス、笑いもない。また、お互いの元に運命の人が現れるという相思相愛の展開が多く、恋愛の丁寧な描写もない。オチも、カトリーヌ・ドヌーヴの恋がどうなったかを描かず省いているのが手抜きに見える。
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4.0『スター!』(1968/米)ロバート・ワイズ

 ミュージカル映画の退潮を象徴する作品
 気丈な振る舞いがジュリー・アンドリュースにあっているが、3時間近くあるのは長い。ジュリーが傍に居てあげられず別居状態だった娘とギクシャクするが、最終的に関係がどうなったのかはちゃんと描かれず終わるので物足りない。また、この当時ジュリー・アンドリュースは「もっともギャラの高い女優」となったにもかかわらず『スター!』が興行的に大失敗したことにより、「ミュージカル映画の退潮を人々に強く印象づけることになった」(瀬川裕司『「サウンド・オブ・ミュージック」の秘密』p155-156)映画となった。
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3.0『オリバー!』(1968/英)キャロル・リード

 原作よりはマシ
 歌は多く楽しめるが、脇役の背景を描いていないので脇役が歌うとき感情移入しにくい。また主人公オリバーは孤児として生まれたが、じつはいいとこの生まれだったというオチで、これも「なんだ、結局生まれがいい人間は幸せになるだけか」とガッカリするだけである。まあそもそも原作の『オリバー・ツイスト』(ディケンズ著)自体がイマイチだから仕方は無いが、原作を読むよりは映画を見た方がマシ、という感じ。


1.5『アンデルセン物語』(1968/日)矢吹公郎

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 世界観が掴めなかった
 ネズミと会話できる少年が「空から人間が降りてくるなんてあり得ない」と言っているが、だったらネズミと喋るのもあり得ないし、どこまでがリアリズムの範囲なのかブレていて世界観が掴めなかった。その後もキャラクターの性格が浮かび上がらないままで、最後に強引にハッピーエンドにしているがつまらない。絵柄もあまりかわいくない。


1.0『チキ・チキ・バン・バン』(1968/英)ケン・ヒューズ

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 車社会の宣伝
 「チキチキバンバンそれは美しい車愛する車」という歌詞があるようにチキ・チキ・バン・バンとは車の名前で、車による死亡事故や排気ガスなどの負の側面には触れられないので、私にはこの映画は車社会のプロパガンダに感じた。また、後半の悪党ボンバースト男爵との戦いはありがちなファンタジーの展開で、特筆することは無い。『メリー・ポピンズ』のヒットにあやかり同じスタッフが多く結集したらしいが、そうだとは思えないほどつまらない。
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1.0『フィニアンの虹』(1968/米)フランシス・フォード・コッポラ

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 「あんたなんか黒んぼになればいい」という矛盾
 冒頭から、ロケ撮影やカメラワークなどを駆使したリアリズムの強い作品なのかと思ったが、内容は「三つの願いが叶う壺」をフレッド・アステアとその娘がアイルランドから米国に持ち出し、それを妖精が取り戻しにくる」、という単なるファンタジーである。しかし、アステアと妖精の関係性が分からないし、なぜ妖精から壺を借りてきたのかも分からないので釈然としない。
 フィニアンの村では白人と黒人が仲の良く暮らしているという設定が、偽善っぽくて気味が悪いし、それにじゃあアジア人はどうなんだと言いたくなる。また、この村の土地を奪おうとする人種差別主義者の白人議員が出てくるが、アステアの娘は怒って「あんなたんか黒んぼになればいい」と言い放ち魔法で議員を黒人にする。しかしこれは完全に論理破綻していて、アステアの娘は「黒人は苛められていい」と内心思っているのであり、本当に人種差別をしない人は「あんたなんか黒んぼになれ」だなんて言わないのである。その他、男が強引にキスをすると女もそれを受け入れ、一気に相思相愛の良い関係になるというマッチョ思想も出てきたりして満遍なくつまらなかった。
 ちなみにこの映画はアステアが最後に出演したミュージカル映画である。
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0.5『イエロー・サブマリン』(1968/英)アニメジョージ・ダニング

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 レコードを聴けば良い
 ペパーランドという楽園をビートルズが敵の手から助けるというものだが、ディズニーの劣化版のようなドタバタ劇は観ていて辛くしつこい。普通にビートルズのレコードを聴けば良い。


0.5『プロデューサーズ』(1968/米)メル・ブルックス

 男同士の戯ればかり
 ミュージカル映画プロデューサーズ』(2005年)の原作映画。エロい婆さんエステル・ウィンウッドの演技は少し面白かったが、全体的にギャグが笑えない。また2005年版に比べ女性ウーラの出番がほとんど無く、よりホモソーシャルな内容になっている。主人公らが逮捕された後も刑務所で男たちだけで仲良くショウをやっていて、男同士の戯れに全く興味がない私としては良さがわからなかった。


0.5『ジョアンナ』(1968/英)マイケル・サーン

 ヌーヴェルヴァーグの焼き回し
 終始アートぶった雰囲気で、ヌーヴェルヴァーグの焼き回しにしか見えない。登場人物が退廃的だったり性に放縦だったりするだけで面白くない。ジョアンナは殺人を犯した黒人の子を身籠もるが、彼女には感情移入できないので同情できず、感情を揺さぶられなかった。


7.5『ペンチャー・ワゴン』(1969/米)ジョシュア・ローガン

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 奇妙な西部劇
 『桑港』(1936年)と同じく、放埒な街が天罰で崩壊するというキリスト教の教訓が強すぎるものの、それを抜きにするとなかなか変わった映画で面白い。クリント・イーストウッド主演の西部劇にもかわらずドンパチ戦うシーンや暴力的なシーンがほとんど無いのがまず驚いたが、その後もジーン・セバーグイーストウッドリー・マーヴィンの一妻二夫制で生活するという奇妙な展開になる。一歩間違えると馬鹿馬鹿しいギャグ映画になりそうだが、人間ドラマが丁寧に描かれているのでリアリティを失っていないのでそんなに飽きなかった。


3.0『ファニー・ガール』(1969/米)ウィリアム・ワイラー

 歌がうまいのは分かるが
 歌手バーブラ・ストライサンドの映画デビュー作で、喜劇女優ファニー・ブライス(ファニーは本名)の伝記映画。バーブラ・ストライサンドの歌がうまいのは分かるが、好きになった男がギャンブル狂でそいつに振り回されるなど内容はどうでもいいレベルで印象に残らない。結局男女は結ばれないが、女性に悪く責任があるようには描かれていないから『シェルブールの雨傘』(1964年)などよりはマシかもしれないが。
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4.0『ハロー・ドーリー!』(1969/米)ジーン・ケリー

 ケチで偏屈な男に惚れる理由が分からない
 結婚ブローカーだというドーリー(バーブラ・ストライサンド)を中心に、他の登場人物たちが恋を巡らせるが、登場人物が多くそれぞれの人間性が伝わってこない。ドーリーがホレスというケチで偏屈な飼料の製造主が好きな理由も分からない。一方、「女性に触ったのは初めてだ」と女になれていない童貞の描き方は面白いが、その童貞も女とすぐ相思相愛になるのでムカついた、もっと丁寧に過程を描いてほしい。
 ちなみにソーントン・ワイルダーの原作戯曲『結婚仲介人』は登場人物が生き生き喋っていて面白いが、ドーリーがホレスという男のどこに惚れているのかも分からないなど映画同様描写が足りないのは否めない。
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2.0『スイート・チャリティ』(1969/米)ボブ・フォッシー

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 女性に恨みでもあるのか
 原作映画『カビリアの夜』(1957年、フェデリコ・フェリーニ監督)でもそうだが、なぜ主人公の女性をここまで可哀想に描く必要があるのか分からない。女性に恨みがある人間が作っているんじゃないかと思わざるを得ない。趣味が悪いし後味が悪い。ヒッピーのような格好をしたサミーデイヴィスjr率いる新興宗教が出てきたり、フラワーチャイルド(ヒッピー)が主人公を励ましたりするが、この当時のオカルトと左翼が結び付いた雰囲気は、無神論者で左翼ではない私には理解できない。
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2.0『チップス先生さようなら』(1969/米)ハーバート・ロス

チップス先生さようなら(1969) [DVD]

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 主人公が受動的すぎる
 教師のチップスは美人に惚れられたくせに、女の顔をおぼえていないなど恋に全然気付かず鈍感でムカついてしまう。全体的にチップスがなにか行動を起こすわけではなく受動的なので退屈である。
 ちなみに原作小説『チップス先生、さようなら』(ヒルトン著)ではより一層チップスが女に冷たく、妻と子供が戦争に巻き込まれて死んだらしいがどうやって死んだのかも含めて全然詳細が語られず、死んだ後も思い出話が出てこないので、映画以上に何が言いたいのかよく分からなかった。


1.0『素晴らしき戦争』(1969/英)リチャード・アッテンボロー

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 本当の平和主義者は戦争映画を撮らない
 序盤から実験的な会話劇があるが退屈である。また、「この国の最良な男達を私たちは殺しています」「戦争に勝者なし」という演説が出てくるようにこの映画の基本的なスタンスは平和主義なのだろうが、戦争をしないところで攻めてきた敵国が勝者になる訳だからこのスローガンは単純に間違っている。さらに、そもそも本当に平和主義者なら、暴力を描くこと自体に抵抗があるはずだから戦争を題材にした映画など撮らないと思う。戦争経験者のオードリー・ヘプバーンは映画『戦争と平和』の撮影中、戦争体験が甦ってくるので毎晩悪夢に悩まされたという(ハイアム『オードリー・ヘップバーン 映画に燃えた華麗な人生』p126)。風刺が効いているとも思えず、何がしたいのかよく分からない。


7.0『晴れた日に永遠が見える』(1970/米)ヴィンセント・ミネリ

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 評価が難しい
 精神医学博士のイヴ・モンタンが大学で大真面目に催眠術の講義をしているシーンから始まったので、オカルト色が強く面食らった。その講義に出席しているバーブラ・ストライサンドは霊感が強く、イヴ・モンタンに前世の記憶を話していく。バーブラには前世が何人もいるなどややこしいのだが、彼女の前世の話を聞くうちにモンタンが彼女の前世にどんどん惹かれて恋に近くなるように話が展開していき面白くなった。また、バーブラは自分を実験台にしていると感じモンタンを避けるようになったが、彼は何とか自分の元に戻ってもらおうと彼女の霊感に訴えるなど、設定をちゃんと生かしている。
 ところで最後バーブラの前世が、2038年に自分の来世とモンタンの来世が結ばれると予言するのだが、モンタンが本当にそれを信じたのかはわからないものの、来世に期待せよというメッセージだとも読めるから宗教色が強すぎて私には腑に落ちないところがあった。ファンタジーとしては楽しめるが、絶賛するのはためらわれる映画である。
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2.0『クリスマス・キャロル』(1970/米)年ロナルド・ニーム

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 寄付は偽善である
 金貸しの男スクルージはクリスマスも働きずくめで、「クリスマスに仕事なんて神のみ心にそむく」と悪どく描かれている。しかし現代ではクリスマスでも働くことはあるし、日本人の私にはピンとこない。またこのスクルージが寄付をしないことも批判されるが、金持ちが寄付をしたところで再度お金を吸い上げるのだから寄付とは基本的に金持ちの偽善行為である。世界で一番寄付をしているのはビル・ゲイツであるが、それは彼が世界で一番金儲けをしていて貧乏人から金を奪っているからであり(スラヴォイ・ジジェク『暴力 6つの斜めからの省察』)、本当に貧乏人のことを考えているのならマイクロソフトなど廃業した方がいいのである。またスクルージの元に幽霊が出てきて、一緒に過去にさかのぼって人生を見つめ直す作業をするが、スクルージが特に説明もなく簡単に子供のように童心に返ってしまうのが納得できない。現実において一度大人になったら童心に返ることは不可能であるし、しかもスクルージは特に現実主義者で金貸し業者であり、そんな男が無邪気になるには説得力のある理由やちゃんとした描写が必要である。映画『メリー・ポピンズ』(1964年)では銀行に勤める生真面目な父親が、金儲けしか考えていない上司たちに反抗するシーンがあるが、こちらの方が面白いし感情を揺さぶられる。
 ちなみに原作『クリスマス・カロル』(ディケンズ著)も映画とほぼ同じ内容でイマイチである。


1.5『恋の大冒険』(1970/日)羽仁進

 カラオケビデオを見せられてる感じ
 今陽子が「勇ましい」男に惚れるだけで、「恋の大冒険」という題名なのに恋愛描写ができていない。「催眠術」など使い古された手を使う悪者が出てくるなどコメディとしても笑えない。音楽にのせてカラオケみたいなミュージックビデオを流して面白い訳がない。


1.0『ロバと王女』(1970/仏)ジャック・ドゥミ

 身分制へのノスタルジー
 王は妃を亡くしたが、妃の面影が恋しすぎて自分の娘と結婚しようとする近親相姦の話で、童話を映画化しただけの平凡な作品に思える。王女と王子の恋愛も一目惚れなので捻りがない。興行的に成功したようだが、まあフランスという共和主義国にも当然、王制や身分制に対する反動やノスタルジーが沸いてくるというだけのことだろう。
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8.0『屋根の上のバイオリン弾き』(1971/米)ノーマン・ジュイソン

 原作より共感しやすい
 ロシアに住む伝統的なユダヤ教徒一家の父親が主人公で、彼の価値観は伝統と社会変革の間で揺れ動く。私は無神論者だからユダヤ教徒の伝統や選民意識に共感できないものの、娘達の恋愛結婚に動揺する父親の姿は普遍的なもので面白かった。また、娘達の恋愛結婚に影響されて父親自身も妻に「愛しているのか?」と訊くのは面白い。後半、ユダヤ人達はロシア政府によって土地を奪われるのだが、ロシア兵の描き方も悪者一辺倒ではないので冷静な演出で見やすかった。
 ちなみに原作小説『屋根の上のバイオリン弾き』(ショラム・アレイヘム著)は、映画よりユダヤ教的な思想が強く、娘の結婚に対する心理描写やドラマも少なかったので、映画の方が面白く無宗教の人にもわかりやすいと思った。


4.0『ボーイフレンド』(1971/英)ケン・ラッセル

 家庭におさまること自体は悪くない
 主演女優が怪我をしたので急遽本番に出ることになった舞台助手のツイッギーは、やはり台詞も覚えていなくうまく踊れなくて…というドタバタ喜劇。冒頭で、冴えないツイッギーが片思いしている団員トニーの気を惹こうとする様は可愛いが、すぐに相思相愛のようになるので恋愛の描写はなくなり、笑えないギャグがメインになるのは残念だった。また、途中からトニーが他の女に近づいてイチャつくのでムカつく。ラストでは、ツイッギーはハリウッドでの成功より、故郷英国で恋人と「新居探し」をすること選ぶが、ポジティブに考えれば男を裏切らない女と読める。過激なフェミニストなどはツイッギーのことを家庭におさまることに満足した女として批判しそうだが、別に家庭におさまること自体は悪くない。ツイッギーがハリウッドに行ったところで、もし失敗して身を崩したらあなたは責任が取れるのか?新居探しを選択した彼女は別に間違ってはいないのである。


2.5『夢のチョコレート工場』(1971/米)メル・スチュアート

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 2005年版を見るべき
 全体の3分の1は工場に行く前の話だが、工場に招待されるまでの人々のドキドキ感はしっかり描けている。ただ招待された人間同士に人間関係が生まれるわけでもなく、助け合いや喧嘩をするでもなく淡々と話が進むだけで拍子抜けする。また原作小説(ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』)でもそうだが、工場主ウィリー・ウォンカの人物像が描けておらず彼の魅力が全然わからない。一方これのリメイク作品『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)はウォンカのバックボーンをしっかり描いていてしっかり面白いのでそちらを見るべきである。


2.0『おしゃれキャット』(1971/米)ウォルフガング・ライザーマン

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 召使いにも遺産を別け与えればいいだけの話
 身寄りのない金持ちのマダムが、自分が死んだら全財産を猫に残す事に決めたため、マダムに忠実に仕えていた召使いが遺産に目がくらんで猫を始末しようとする、という物語だが、話自体がグロテスクで不愉快である。そもそもマダムが召使いにも多少遺産を別け与えれば済む話だろう。キャラクターはそれぞれ面白いのだが、暴力的なギャグばかりで笑う気になれなかった。ちなみに召使いは結局クビになったようだが、マダムはまだ死んでいないわけで、その間誰がマダムの世話をするんだと思った。また新しく召使いを雇うとしても、その召使いにもマダムは遺産を与えないのだろうか。


2.0『ブラザー・サン シスター・ムーン』(1972/伊)フランコ・ゼフィレッリ

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 宗教対立に私は関心がない
 中世イタリアの修道士アッシジのフランチェスコの伝記映画。戦争から帰ってきたフランチェスコキリスト教に目覚めるが、周囲はキチガイになったと思って理解しない。もちろん無神論者の私には共感できず、キリストの像を見て涙を流すフランチェスコの気持ちは理解できない。また、フランチェスコたちは司教と宗教の在り方をめぐって対立するが、宗教自体に無関心な私にとって宗教対立という問題自体がどうでもいい。もちろん、中世は科学が発達していなかったので宗教を心から信じた人の存在は頭では理解できるが、現代でアッシジのフランチェスコと全くと同じことをしてもオカルトにしかならないだろう。また、フランチェスコと彼らの仲間の男たちの信頼関係が美しく描かれて同性愛的に見えるが、女性にしか興味のない私には男同士の群れが美しいとは思わなかった。
 同じくフランチェスコを描いた映画でも、『神の道化師、フランチェスコ』(1950年、ロベルト・ロッセリーニ監督)の方が大袈裟でなくて私は楽しめた。


2.0『ラ・マンチャの男』(1972/米)アーサー・ヒラー

 ゴチャゴチャした失敗作
 牢屋に入れられたセルバンテスと付き人が、自ら騎士ドン・キホーテとサンチョを演じるというメタ的なミュージカルだが、ゴチャゴチャしていて面白くない。セルバンテスの生涯を映画化するのか『ドン・キホーテ』を映画化するのかはっきりするべきである。もっとも、元になったミュージカル『ラ・マンチャの男』も二重構造になっている(芝邦夫『ブロードウェイ・ミュージカル事典』p275)ので、原作から失敗しているのだが。ドン・キホーテはインテリに見えないからいいのに、セルバンテスが物語の要旨や教訓を説明していくので興ざめする。セルバンテスドン・キホーテ、という定式にとらわれすぎているのだろう。さらに、この劇中劇の役を演じている牢獄にいる人間たちのバックボーンも分からないので登場人物が多いだけになっている。加えて、ドン・キホーテの冒険が大幅に省かれているので、苦労を重ねる冒険譚としての良さがほとんどない。死の床に伏すドン・キホーテと売春婦とが再会するシーンも、それまでの過程が省略されているので感動できない。
 伝記『セルバンテス』(カナヴァジオ著)や小説『ドン・キホーテ』を読んだ方が良いだろう。

1.0『キャバレー』(1972/米)ボブ・フォッシー

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 ナチス批判程度で過大評価されている
 ナチスが台頭し始めたドイツが舞台で、英国人学生マイケル・ヨークが部屋を探しに尋ねてくるやいなや、ライザ・ミネリに惚れられるのでまずムカつく。かと思えばライザ・ミネリが浮気して男を裏切るので、女を嫌なように描いていてそこもムカつく。「処女は押し倒すに限る」という劇中の台詞があり、押し倒されて本当に燃え上がる処女が出てきてこれも腹立たしい。ラストでは『スイート・チャリティ』のようにライザ・ミネリの恋はうまくいかないが、わざわざ悲しい終わり方にする意味も分からない。撮影中、フォッシーとライザ・ミネリがコカインを吸引しているのを撮影スタッフは目撃しているが(ウェンディ・リー『ライザ・ミネリ 傷だらけのハリウッド・プリンセス』167p)、ドラッグをやってるからわざと暗い退廃的なオチにしたのだろうか。また、ヌーヴェルヴァーグのような唐突なジャンプカットを用いるなど映像表現に実験的な姿勢を見せているが、だからなんだという話で内容が良くなければダメである。『キャバレー』は批評家に傑作扱いされることがあるが私には良さが分からず、ミュージカルでありながらナチスを批判してる程度のことで過大評価されているんじゃないかと思った。
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1.0『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973/米)ノーマン・ジュイソン

 私はヒッピーに関心が無い
 キリストの最後の一週間をミュージカル化したものである。当時のヒッピーやカウンター・カルチャーの担い手は自分たちの原点がイエスだと理解していたように(小谷佳楠『アメリカ映画とキリスト教 120年の関係史』p118)、ヒッピーとは基本的に宗教に興味のある人々なので無宗教かつ日本人の私には関心が持てない。劇中でキリストが商店街に突入し「ここは祈りの場所なのに盗人の場所にした」と商品をぶちこわしていくシーンがあるが、ふつうに酷いと思った。ところで、キリストを裏切るユダ役をなぜか黒人がやっているのも奇妙である。


1.0『ロビンフッド』(1973/米)ウォルフガング・ライザーマン

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 ロイヤリストとしてのロビンフッド
 金持ちから金を盗み貧乏人に与える義賊の狐(ロビンフッド)と熊(リトル・ジョン)が主人公だが、王族からは金を盗まないと言っていているので、彼らは王族を崇拝しているようである。確かに彼らの台詞を追うと、「リチャード王万歳」と言っていて、身分制に反対するどころか王を称えているロイヤリスト(英国王党派)であることが分かる。また、ロビンフッドの恋人である狐の姫マリアンは可愛いが、既にお互いに相思相愛となので丁寧な恋愛の描写はなく楽しめない。また不可解なことに、キツネの姫マリアンはライオンの姪であるなど、モデルとなった人間を機械的に動物の造形にしただけで動物である必然性が全然ない。さらに、バトルシーンが多くて長いが、変装で敵を出し抜くというパターンが多くて飽きる。


3.0『ファントム・オブ・パラダイス』(1974/米)ブライアン・デ・パルマ

 片思いの話にすればいいのに
 主人公の作曲家の男は冴えない風貌なのに、ジェシカ・ハーパーと一目惚れしあい相思相愛になるのがムカつく。この映画は『オペラ座の怪人』をモチーフにした悲劇であり、男の片思いという設定でも充分話は進行するのだから、わざわざ相思相愛にする脚本は無駄である。また、作曲家が作った曲はロック版『ファウスト』ということなのだが、『ファウスト』というキリスト教的なテーマをよく理解していない私にとって世界観を楽しめなかった。
 また、ジェシカ・ハーパーは美人で歌声も良いが、使われているロック音楽は全体的にダサいと思った。
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2.0『ザッツ・エンターテインメント』(1974/米)ジャック・ヘイリー・jr.

ザッツ・エンタテインメント [DVD]

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 マニア向け
 MGM社がこれまで制作したミュージカルの名場面をつなぎ合わせたもので、マニア向け。


1.5『メイム』(1974/米)ジーン・サックス

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 原作も映画も酷い
 父親が死に身寄りがメイム叔母さんしかいなくなった少年パトリックが、メイムと生活するようになるが、まずメイムやその友人の女優が年を取り過ぎていて美人ではないのが気になる。原作小説ではメイムは35~40歳の設定なのに(パトリック・デニス『メイムおばさん』p104)、メイム役のルシル・ボールは63歳である(70過ぎても美人な女優はもちろん居るがルシル・ボールはそうは思えない)。のちにお金に困ったメイムが女優として仕事をするエピソードが出てくるが、綺麗どころとして舞台に出ているのでおかしい。また、メイムと金持ちの男ボーレガードが一目惚れして相思相愛になりすぐ結婚するが、とくに情緒もなく面白くない。一方でパトリックはメイムと暮らし始めたかと思うとすぐ管財人に引き取られて彼女と離ればなれになり中盤は全く出てこないので、メイムとパトリックが心を通わすシーンがなく脚本に問題がある。二人の間に思い出がそもそも無いから、終盤で成長したパトリックとメイムが再開しても全然劇的にならない。
 もっとも原作ではメイムとパトリックはずっと一緒に暮らしているものの、面白いエピソードは全くないので原作もダメである。


0.5『星の王子さま』(1974/米・英)スタンリー・ドーネン

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 現実逃避かつ女性嫌悪
 大人を批判して子供心を賛美する現実逃避な内容だが、大人は大人で正しいのである。例えば劇中では変な軍人がバカにされているが、戯画化された軍人では「軍隊=悪」という一般論は引き出せない。北朝鮮やISの例を出すまでもなく、現実問題として軍隊は嫌でも必要である。また、女の精が宿っている花は、王子に色々要求するなど我が儘な存在としてだけ描かれていてつまらないし、そもそも主要キャラに女性が出てこないこと自体に女性嫌悪を感じる。
 原作はサン=テグジュペリの小説『星の王子さま』で、こちらも私にとっては同様の理由でつまらない。


5.0『トミー』(1975/英)ケン・ラッセル

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 ロッキー・ホラー・ショー』(1975年)よりは楽しめる
 ロックバンド、ザ・フーの発表したアルバム「トミー」の映画化で、主人公の障害者トミーが成長していく物語として展開するので、『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年)のようなエキセントリックなだけの映画よりも楽しめる。ただ、最終的にはイエス・キリストを無条件で肯定する内容になり支持できない。トミーは「あなたに従うだけで興奮する」と歌うが、そんなものはただの盲信であり、人間なら自分で考えて行動して興奮したほうがいい。


2.5『ナッシュビル』(1975/米)ロバート・アルトマン

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 登場人物の多い失敗作
 登場人物が序盤から出まくるので人間ドラマが薄れコメディみたいになっているが、別に笑えないので失敗作である。私が大学生の頃『ナッシュビル』を見たときは、主人公がいなくて登場人物が多いこの映画が何となく凄いと思ったが、しかしよく見ると各プロットや人間模様がそれぞれがうまく絡んでいるとは全く思えない。同じく登場人物の多い『フェーム』(1980年)よりは若干マシだが、ロバート・アルトマン監督でさえも、主人公が多い映画を撮るとこのくらいにしかならないと考えた方が無難だろう。またラストで、コンサートで歌う歌手たちに若い男が発砲し、バーバラという女性歌手が大怪我を負い搬送されるのが可哀想であるが、にもかかわらず別の歌手が歌を再開し、「私は気にしないわ 何も気にしない」「心安らかに暮らせないなら人生は無意味よ」と今の事件を無かったこととして客に受け取るように迫っており、被害者女性(バーバラ)からしたらとんでもないことを言っているのだからこのメッセージは理解できない。
 ちなみに発砲した若い男も序盤から出てくるキャラクターで、当初は普通の優しそうな青年だったのに、いつこんなテロを決意するに至ったのかというプロセスや心理描写もまったくない。「優しそうな人が社会によって犯罪者に作り変えられる」「犯罪は犯罪者ではなく社会に責任がある」という言い分は左翼が言いがちだが、実際に凶悪犯罪を起こすのは宅間守のように幼少からヤバい傾向があると私は思う。
 ところで、2人の聴覚障害児を持つ女(リリー・トムリン)がベッドで若い男の脇毛を撫でているのはエロかった。


2.5『ファニー・レディ』(1975/米)ハーバート・ロス

 前作の繰り返し
 『ファニー・ガール』(1969年)の続編。前半のバーブラ・ストライサンドジェームズ・カーンのちぐはぐなやりとりは面白いが、序盤で相手のことを「好きだ」と歌いあい相思相愛であることが明示されるので二人の恋の行方をドキドキして見たかった私はガッカリした。また、カーンがバーブラに無理矢理キスして良い感じになるのも、バーブラの気丈なキャラにも合わない。結局、バーブラの恋愛はうまくいかなり、前作の繰り返しみたいになるだけで残念だった。
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0.5『ロッキー・ホラー・ショー』(1975/英)ジム・シャーマン

 同性愛を扱っているからと過大評価してはいけない
 主人公のカップルは既に相思相愛として登場しており、恋愛ものとして楽しめない。またゲイの人が魅力的ではないし、かと思えばゲイでありながら処女と無理矢理セックスするなど酷い。同性愛を扱っているからと言って作品を過大評価することは絶対やめるべきである。もし同性愛を過大評価するとしたら、異性愛者差別である。他にも、ロック音楽もかっこよくないし、ギャグとしても面白くないし、語り部のじいさんがナレーションをいれるアイデアも効果的ではなく邪魔である。一部の映画評論家みたいな人は「このシーンは別の映画のオマージュだ」などと誉めるのだろうが、それがオマージュだったところで酷い物は酷いということに向き合った方がいい。また、「酷いところが逆に良い」というような感想を言う人がたまに居るが、そんな屁理屈を捏ね出すと全てが無意味になるのでやめたほうがいい。


2.0『ザッツ・エンターテイメント2』(1976/米)ジャック・ヘイリー・jr.、ジーン・ケリー

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 マニア向け
 『ザッツ・エンターテイメント』(1974年)の続編で、マニア向け。


1.0『青い鳥』(1976/米)ジョージ・キューカー

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 原作共に良さが分からない
 予算が無いのか知らないが、76年のわりに映像表現がダサい。原作同様、「青い鳥を探す冒険に出たら実は青い鳥は家の中にいた」という家庭を賛美する話で、おうちが一番という『オズの魔法使』のメッセージと一緒なのだが、幸せな家庭ならともかく、世の中には貧困にあえぐ家庭やDVや虐待のある家庭があって、そんな家に対しても「おうちが一番」と言えるのかと疑問である。良さが分からなかった。


0.5『スター誕生』(1976/米)フランク・ピアソン

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 1954年版を下回る
 『スタア誕生』(1954年)のリメイクで、ジャズ歌手がロック歌手に変わっただけだが、ロックスターのクリス・クリストファーソンはコカインに溺れているなど酒以上に感情移入できない。また、客前でバイクを暴走させたりヘリコプターに発砲するなどスターなら何でもやっていいという考え方に全く私は惹かれない。クリストファーソンは勝手に死んで相手役のバーブラ・ストライサンドは悲しむが、自業自得にしか思えないし、人々が悲しみに暮れる理由も分からなかった。1954年版も私は好きではないがそれを下回っている。
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0.5『ダウンタウン物語』(1976/英)アラン・パーカー

ダウンタウン物語 HDマスター版 [DVD]

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 発想が気持ち悪い
 まず、マフィアの抗争の話を、全キャスト子役に演じさせるという発想が気持ち悪い。よくアイデアは先にやった者勝ちというが間違いだと思う。作品で重要なのは内容である。まったく、悪ぶって格好付けていて女にモテモテのガキを、ナレーターが「いい男だ」と評するなどどうかしている。反ギャング的なメッセージもないので、観客に対してギャングをかわいらしく身近に感じさせようとする意図があるとしか思えない。この映画がヒットして得をするのは反社会勢力である。ちなみに子役らは銃弾の代わりにパイを投げあうのだが、男児を白いもの(=精液)まみれにしたいという男色映画に見えるので、男に一切興味がない私にはそこも気持ち悪く苦痛であった。


7.5『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977/米)ジョン・バダム

 人間を描こうとしていて面白い
 ジョン・トラボルタ主演の有名な映画だが、ダンスに狂う主人公と家族との軋轢がちゃんと描かれていて面白かった。また、トラボルタは自分も女も避妊具を持ってなかったのでセックスを中断するなど、そこまで不良ではないようだから良かった。ただ、ディスコに通う人々に私はそんなに感情移入できないのでディスコの雰囲気はイマイチ楽しめなかった。
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8.0『日本人のへそ』(1977/日)須川栄三

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 日本のミュージカル映画の中では面白い
 原作(「日本人のへそ」井上ひさし著)を忠実に映画化していて、かつ歌も歌詞も面白かったので日本のミュージカルとしてはクオリティが高い。同性愛の男や天皇崇拝家の男が「女は嫌いですよ」と言うなど、同性愛者の持つ女性嫌悪が明快に描かれていて政治的な部分も個人的に楽しめた。ただ、主人公の緑魔子が年齢以上に老けて見えて痛々しいのと、どんでん返しをさらにどんでん返しにする展開がそんなに面白いと思えなかった。


4.0『ニューヨーク・ニューヨーク』(1977/米)マーティン・スコセッシ

 長いのにドラマがなく退屈
 序盤のしつこく口説くサックス奏者のロバート・デニーロと、それをあしらう歌手のライザ・ミネリは見ていて面白かった。その後二人はタッグを組んでツアーを共にするが、妊娠したミネリが自分の体を過剰に心配してツアーを辞める、という展開は強引で共感できなかった。ミネリが息子を出産したあと結局二人は別れ、ミネリは歌手として、デニーロはレコード会社の社員としてそれぞれ成功する。だがラストで両者が数年ぶりに再会した際、とくに対立や葛藤もなく物足りないし、バッドエンドを美しく描こうとして嘘くさい。デニーロと息子が再会したら、もっとぎこちなくなるのではないか。映画が160分以上もあるのにドラマがなく退屈であった。
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2.0『愛と喝采の日々』(1977/米)ハーバート・ロス

 慎ましい女がすぐセックスするとは思えない
 登場人物の家庭環境などを丁寧に描こうとする姿勢は評価できる。しかし、慎ましい少女のようだったバレエ団に所属するエミリアが、すぐにダンサーのロシア人の男と相思相愛になりセックスをするのはおかしい。しかも「ピル飲んでるから大丈夫」と嬉しそうに母(シャーリー・マクレーン)に報告しているのも奇怪だし、コンドームを付けろとも思った。ところで、このロシア人は浮気をしていてエミリアはショックを受けるので、二人の中は終わるのかと思いきや、一緒に踊るうちにまた気持ちを取り戻す、という展開にも納得がいかない。どうしてまたヨリが戻るのかという心の道筋をちゃんと描写すべきである。
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1.0『グリース』(1977/米)ランダル・クレイザー

グリース スペシャル・エディション [DVD]

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 圧倒的に『サタデー・ナイト・フィーバー』の方がいい
 不良グループの日常やいさかいに私は一切興味が無い。また、清楚だったオリビアニュートン・ジョンがジョン・トラボルタと付き合ううちに不良少女化していくのはしょうもないと思った。歌や振り付けもダサいし、圧倒的に『サタデー・ナイト・フィーバー』の方が面白かった。
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1.5『ウィズ』(1978/米)シドニー・ルメット

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 24歳の女性らしくない
 『オズの魔法使』(1939年)をオール黒人キャストで製作したものだが、オール黒人キャストの映画は『ハレルヤ』(1929年)、『キャビン・イン・ザ・スカイ』(1943年)と昔からあるので真新しくない。また、主演のダイアナ・ロスは24歳という設定だが、言動が少女っぽくて少し気味が悪い。原作同様「家に帰りたい」というオチで終わっているが、大人の女性と少女を同一視しているというか、24歳という年齢を考慮した上で脚本を作らなければダメだろう。ダイアナ・ロスマイケル・ジャクソンの歌はいいけど、だったらサントラやCDを聴けば良い。


0.5『ローズ』(1979/米)マーク・ライデル

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 格好良くない
 ジャニス・ジョプリンをモデルにした女性ロック歌手ローズが主人公。冒頭から大酒を飲むなど彼女が「スターの苦悩」を抱えていることが描かれるが、私にはそんな贅沢な悩みを経験したことはないし、幼少期や売れない頃のシーンが無いので感情移入はできないために悲しくない。ローズは「恋をしたい」というが、すぐに男と相思相愛になって一気肉体関係になるのでこれも私には楽しくない。あと例によって彼女らは「ドラッグ!セックス!ロックンロール」の掛け声をあげるが、非合法のドラッグは反社会性力の儲けになる訳だから全く格好良くない。


0.5『オール・ザット・ジャズ』(1979/米)ボブ・フォッシー

 やけくそで作った映画
 主人公が覚醒剤を飲むシーンからはじまる。全編通して退廃的で、生きる活力が無く疲れる。また、主人公は女と遊ぶくせに、女が浮気するのは嫌という全くおかしい考えの人間で、何も共感できなかった。『オール・ザット・ジャズ』はボブ・フォッシーの遺作であり、彼は自分の死期を悟っていたのか、自分が理解できれば良いという独りよがりな内容で、やけくそで作ったんだと思う。もちろんそのやけくそは良い方に転がっていない。自らの映画作品『レニー・ブルース』からの引用などもあるが、引用があるからといって面白いわけではない。


0.5『ヘアー』(1979/米)ミロス・フォアマン

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 ヒッピーに共感できない
 何度も言っているが、無神論者の日本人の私には独自の信仰を持つヒッピーの言い分は共感できない。ヒッピーらが徴兵を控えた若者を批判するシーンが多いが、現代ではもはや軍隊は必要だと言わざるを得ないのだからわざわざ馬鹿にする必要は無い。また、ヒッピーのリーダーのバーガーはむしろ軍人よりもマッチョ野郎で、無理に女に手を出すところを観るのは不快だし、しかも彼は議論になったとき言葉に詰まると暴力を振るうので最低である。


8.5『歌え!ロレッタ 愛のために』(1980/米)マイケル・アプテッド

歌え!ロレッタ 愛のために [DVD]

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 魅力的な主人公
 カントリー歌手ロレッタ・リン(役;シシー・スペイシク)の自伝小説を元にした映画らしく、ロレッタの思春期からの家庭環境や生活を丁寧に追っている。ロレッタが男に惚れる側だが、シシー・スペイシクがそんなに美人ではないので男に嫉妬できず応援できる(つくづく私は人間の容姿は重要だと感じる)。10代の頃早婚するもロレッタがセックスに怯える姿などはリアルだし、普通の女性が徐々にスターとなり精神が追い詰められていくところに共感できた。苦楽を共にする夫婦関係もしっかり描かれているし、ロレッタが愛を裏切ることもないので女性蔑視もなく楽しめた。


7.0『ポパイ』(1980/米)ロバート・アルトマン

ポパイ [VHS]

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 後半ダレる
 アニメ「ポパイ」の実写映画。セットが凝っているし、オリーブ役のシェリー・デュヴァルもはまっていて可愛い。またポパイの恋心が繊細に描かれていて楽しいし、ポパイと父親との関係など人間性への言及もちゃんとなされている。ただ、町で嫌われている役人を海に落としたくらいで余所者のポパイが人々に祝福されるのは物足りなく、役人ともっと議論するシーンが必要である。また、後半は喧嘩シーンの連続でダレる。


2.0『フェーム』(1980/米)アラン・パーカー

 前衛アート批判に見える箇所は面白い
 公立芸能学校に型破りな生徒達が入学してくる、という話だが、主人公がおらず誰のキャラも立っていないのに複数の人物を同時進行的に見るのは辛い。手法を優先して面白さを損なわせているだけである。文字の読めない黒人男子学生が出てくるが、授業態度が悪すぎるので感情移入も出来ない。また、劇中で『ロッキー・ホラー・ショー』を上映するが私にはこの映画の良さが全く分からないので、英国人監督(アラン・パーカー)が好きな英国映画を引用しているだけの自慰なのかと思った。
 一方で、映画を撮影するという男が、ゴダールだのなんだの知識をひけらかしながら黒人女性(アイリーン・キャラ)に服を脱ぐよう強要し、嫌がっているのに裸にさせるのは前衛アートへの批判として読めてそこだけはとても面白かった。ただこの映画自体が前衛映画のような骨組みになってているので説得力は欠けているが。


1.0『ブルース・ブラザース』(1980/米)ジョン・ランディス

ブルース・ブラザース [DVD]

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 宗教テロリストの思考
 強盗で3年服役していたジョン・ベルーシは牧師(ジェームズ・ブラウン)の歌を聴いて「バンドを作る」という啓示を受けたらしく、「俺たちは神の使命を帯びてる」と宣言するなど宗教色が強い。一方でジョン・べルーシは違反を累計150回以上おこして免停中なのに車を運転し、警察を巻くために店の中や人混みの中もかまわず車をぶっ飛ばすのだが、神の使命を帯びていれば何をしてもいいという考えは完全にオカルトや宗教テロリストだろう。ネオナチやヒトラー批判ネタも出てくるが、何となく政治を茶化しているだけで映画に必要な要素だとは思えない。また、アレサ・フランクリンレイ・チャールズキャブ・キャロウェイなど大物ミュージシャンが歌うが、これも映画の面白さとは別である。


1.0『ザナドゥ』(1980/米)ロバート・グリーンウォルド

ザナドゥ [DVD]

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 流行を取り入れただけ
 不思議な女神オリビア・ニュートン=ジョンと遭遇した画家志望の若者が彼女を探し求めるファンタジーだが、オリビアがなぜかローラースケートを履いたりするなど格好がダサいし曲もいいとは思わなかった。また、オリビアの方も若者に恋をしていると言うが、結局一目惚れの相思相愛に過ぎない。ローラースケートなど流行を取り入れているだけで、どこを面白いと思えばいいのか分からない。


1.0『愛と哀しみのボレロ』(1981/仏)クロード・ルルーシュ

愛と哀しみのボレロ [DVD]

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 何となくの3時間
 主人公を決めず、ロシア・パリ・ベルリン・ニューヨークでのシーンが錯綜し、わざと話をややこしくしている。それでいて男女が唐突に結婚したりするから、時間をかけるべきところにかけていない。何となく戦争を絡めただけの大げさな話を3時間見るのは苦痛である。


0.5『ショック・トリートメント』(1981/米)ジム・シャーマン

 前衛は色褪せる
 妻のジェシカ・ハーパーが嫌な女役で、夫が可哀想に見えるという女性蔑視の構図になっていて観ていて不愉快である。夫婦生活に不満があるとジェシカ・ハーパーは言うが、具体的にどういう生活だったのか描写されないので1秒も共感できない。物語も何も解決しないまま終わっている。この作品に限らずかつて「前衛」とか「カルト作品」とか持てはやされた作品は結局色褪せるということが分かる。
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2.0『アニー』(1982/米)ジョン・ヒューストン

 冒頭だけ面白い
 孤児のアニーは億万長者の議員の秘書に目をかけられて引き取られるが、秘書がアニーに目をかけたのはただの偶然で、別の孤児でもよかったのであり必然性が全くない。なぜたくさん孤児がいる中でアニーなのかという理由付けがあれば面白いのにと思った。また、議員の家にやってきた時、既に家にいた上流階級の人々がなぜか皆アニーに優しいのが偽善的で気味が悪い。しつけをされていないアニーを上流階級の人々が見たら、「こんな子供を一体どこから連れてきたんだ」と蔑みそうなものである。強面の富豪議員も最初はアニーに無関心だったが、いつのまにか彼女のわがままを許していて物語が薄っぺらい。また、議員が巨大映画館の席を全部買い占めてアニーを映画に連れてってくれる際も、彼女は無邪気に楽しむだけだけだが、孤児の出身ならそういう金持ちのお金の使い方にズレや違和感や怒りを感じないのだろうかと疑問に思った。加えて、魔法が使える用心棒プンジャブというキャラが出てくるが必要なキャラだとは全く思えない。
 冒頭のアニーが捨て犬を助けるシーンだけ面白かったが、その後は別に犬も活躍しないしガッカリした。これのリメイク映画『ANNIE/アニー』(2014年)の方が面白い。


1.5『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982/米)フランシス・フォード・コッポラ

 興行的な失敗も納得
 最初からカップルとして登場する男女が喧嘩をするが、お互いの人間性が分からないので喧嘩をされてもついていけない。男がセックスしたあと「昔は足の毛を剃ってたのに」と女に文句を言うが、私は女性の体毛をまったく気にしない(というか無いよりあるほうが好き)なので共感できなかった。しかも男女は別れた後、すぐそれぞれ別の異性と一目惚れをして相思相愛になるから馬鹿馬鹿しい。また、全体的に「女が男の元から去って行った」と女が裏切り者で男が可哀想に描かれている調子なのも嫌である。興行的に失敗した映画のようだがそりゃそうだろう。


1.5『ビクター/ビクトリア』(1982/米)ブレイク・エドワーズ

 内面を描けていない
 ジュリー・アンドリュースがゲイの芸人ロバート・プレストンと組み、「女装した男性」を演じて一発当てようとする、という話だが今一つピンとこない。また当初ジュリーはちょっと抜けたバカっぽいキャラだったのに、男装した瞬間にジェンダー論のようなものを滔々と喋れるインテリになっていておかしく思った。またジュリーは仲が悪そうだったはずのクラブ経営者といつの間にか恋に落ちている理由も分からない。ジュリーは彼のことを「男性優先主義者」と怒っていたはずなのに、クラブで喧嘩が起こった混乱で、経営者とジュリーがいきなりキスをし、そのままベッドを共にしているが、彼女の心は彼に対してどう折り合いをつけたのか語るのをこの映画はサボっている。オチではゲイの芸人プレストンがショーでクオリティの低い女装をして客から爆笑をとるが、普段は男装をしている同性愛の男が仕事とはいえ女装して笑いものになるのは傷つくと思うのに(例えば同性愛者の作家ジャン・ジュネは『泥棒日記』の中で、自分が女装して周囲に笑われ傷ついたことを書いている)、そういう内面に迫らずになんとなくハッピーエンドで終えているのはおかしい。
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0.5『パイレーツ・ムービー』(1982/濠)ケン・アナキン

 強盗殺人を肯定するバカ映画
 大人しそうな主人公の女の子マーベルは、海賊に育てられ海賊として生きてきたことがコンプレックスの青年フレデリックといきなり相思相愛になりキスをする、という酷い展開から始まる。しかもマーベルは彼に「(海賊って)船を襲って人を殺してお宝を奪う連中?カッコいいじゃん」と強盗殺人行為を美化し肯定する発言をするので益々共感できない。しかも、フレデリックは当初海賊だった過去が嫌だという設定のはずなのに、マーベルに「海賊がカッコいい」と言われても気分を害さないどころか自慢げにしており腹が立った。二人は敵の海賊達と対立するが、「敵と仲良くなれば良い」という意味不明の歌が流れ、海賊達の悪事は不問に付されるという最低の着地で終わる。海賊のホモソーシャル女性嫌悪的な世界を低いクオリティで肯定したバカ映画である。


8.0『フラッシュダンス』(1983/米)エイドリアン・ライン

フラッシュダンス [DVD]

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 恋愛映画として楽しめる
 製鉄所の若き社長マイケル・ヌーリーが、社員でダンサーを目指している女ジェニファー・ビールスをなかなか口説き落とせない感じが面白い。音楽やダンスは特別私の好みではないが、恋愛描写や物語はちゃんとしていて楽しめた。ところでジェニファーはなぜか度々教会に行って「懺悔を怠りました」と泣くが、なぜ彼女は心神深いのかよく分からなかった。彼女の家族の影響なのか、それとも土地柄なのかは知らないが、突然のキリスト教的なシーンについていけずバックボーンを描いてほしかった。


1.0『ル・バル』(1983/仏・伊・アルジェリア)エットーレ・スコラ

(イメージ無し)
 今見ると面白くない
 私が大学生の頃見たときは実験的で凄いと思ったが、特定の主人公もいなく台詞もなく実験性が先行しているだけで、人間が描かれておらず今見返すと面白くなかった。途中で戦争を絡めているのだが、「とりあえず何とか深い映画にしよう」という魂胆だけ見えて寒くなった。黒髪でボブの色っぽい女性が居るなあ、という所以外は私には見るところがなかった。


1.5『上海バンスキング』(1984/日)深作欣二

あの頃映画 「上海バンスキング」 [DVD]

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 左翼が右翼を台頭させている
 原作同様(『上海バンスキング』斉藤憐著)、戦時中の上海を舞台に、日本から逃れてきた音楽家がヤクザの世話になってジャズを演奏する話である。しかしヤクザの店で働くようになった松坂慶子が「上海は私をアヘンのように夢中にさせた」と言うなど、楽観的すぎてついていけない。さらに松坂慶子の夫でクラリネット奏者で風間杜夫はドラッグにより廃人になるが、勝手に廃人になられても全く共感できない。また、日本兵上海市民を虐殺していく描写があるなど概して左翼的な目線で物語は進む。いや、もちろん日本は中国を植民地にしたのだが、それなら先に中国を植民地化した英国などの欧米も批判せねばフェアではなく、日本だけ批判するのは非生産的な左翼の政治観にとどまる(なぜ非生産的なのかというと、日本が謝ったところで中国との関係が好転するとは思えないからである)。別の国が謝らないのに日本だけ謝るのは危険であり、かえってそのことに反発する右翼が「自虐史観だ」と台頭することになる。左翼が右翼を台頭させているのである。左翼も右翼も私は嫌いである。


1.0『コットンクラブ』(1984/米)フランシス・フォード・コッポラ

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